序文序
1内と外が分かたれた由来
夫恢恢乾德,萬類之所資始;蕩蕩坤儀,九區之所均載。考羲軒於往統,肇承天而理物;訊炎昊於前辟,爰制地而疏疆。襲冠帶以辨諸華,限要荒以殊遐裔,區分中外,其來尚矣。九夷八狄,被青野而亙玄方;七戎六蠻,綿西宇而橫南極。繁種落,異君長,遇有道則時遵聲教,鐘無妄則爭肆虔劉,趨扇風塵,蓋其常性也。詳求遐議,曆選深謨,莫不待以羈縻,防其猾夏。
広々とした天の徳は、万物がそこから始まるところであり、果てしない大地のありようは、九つの区域をひとしく載せるところである。過ぎた世の系統に伏羲と軒轅をたずねれば、初めて天の業を受け継いで万物を治めた。それより前の君主に炎帝と太昊を問えば、ここで土地を定めて境を分けた。冠と帯を受け継いで中華の諸国を見分け、要服・荒服をもって限りを立てて遠い辺境を別とした。内と外を分けることは、その由来が古い。
九夷(きゅうい)と八狄(はちてき)は青い野を覆って北方にまでつらなり、七戎(しちじゅう)と六蛮(りくばん)は西の空に続いて南の果てに横たわる。種族と集落は数多く、君長はそれぞれ異なる。道のある君主に出会えばしばらくはその声教(せいきょう)に従い、無道の時に当たれば競って殺し奪う。風塵のように吹き動かされるのが、おおむね彼らの常の性である。遠い世の議論を詳しく求め、深い計略を一つ一つ選んで見れば、羈縻(きび)の策で接して中華を乱させぬように防がなかったことはない。
2二十三国が朝貢する
武帝受終衰魏,廓境全吳,威略既申,招攜斯廣,迷亂華之議,矜來遠之名,撫舊懷新,歲時無怠,凡四夷入貢者,有二十三國。既而惠皇失德,中宗遷播,凶徒分據,天邑傾淪,朝化所覃,江外而已,賝貢之禮,於茲殆絕,殊風異俗,所未能詳。故采其可知者,爲之傳云。北狄竊號中壤,備於載記;在其諸部種類,今略書之。
武帝は衰えた魏から禅譲を受け、呉をまるごと取り込んで境を広げた。威勢と計略が行きわたると、離れていた者を招き入れることもこれによって広がった。中華を乱すことになるという議論には動かされず、遠方の者を来させたという名を誇り、古くからの者をいたわり新しい者を抱いて、季節ごとに怠ることがなかった。およそ四夷(しい)のうち朝貢してきた国は二十三国であった。
やがて恵帝が徳を失い、中宗すなわち元帝は都を移して流れ渡り、凶悪な徒党が土地を分け取った。天子の都は傾き沈み、朝廷の教化が及ぶところは長江の南だけとなった。貢ぎ物と朝貢の礼はこのときほとんど絶え、異なる風俗を詳しく知ることができなくなった。そこで知りうるものだけを採って、この伝を作った。北狄のうち中原で帝号を僭称した者たちについては載記(さいき)に詳しく記した。その諸部の種類だけを、いまは略して書きつける。