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耕柱

墨子(墨翟の書) 墨子 · 墨翟とその門人たち · 紀元前4世紀頃 · 段落 22 · 漢字 2,354字 · 朗読 9.4分

墨子(墨翟の書) 戦国時代に儒家と並んで「二つの大きな群れ」に数えられた学派の文章である。一人の著述ではなく、墨翟とその門人たちが代を継いで加えたものなので、同じ主張を上・中・下の三通りに記した篇が多い。門派が分かれ、それぞれに写し取った跡と見られる。 十の主張が骨格である — 賢い者を高くし(尚賢)、上と義を同じくし(尚同)、あまねく愛し(兼愛)、攻めることを否とし(非攻)、用に節度を置き(節用)、葬に節度を置き(節葬)、天の意に従い(天志)、鬼神を明らかにし(明鬼)、音楽を否とし(非楽)、命を否とする(非命)。 「他人の家を見ることを自分の家のようにすれば、誰が盗むだろうか」が兼愛篇に、桃一つを盗めば罰しながら他国を攻めれば称えるという「非攻」の階段が、尺度なしに語れば「回る轆轤の上に日の出と日の入りの位置を立てるようなもの」だという三表が非命篇にある。 終わりの「公輸」の一篇は物語である。楚が雲梯を作って宋を攻めようとすると、墨子が十日十夜を歩いて行き、公輸盤と帯と木片で九度競って勝ち、帰る道で雨に遭い、よりによってその宋の村の門の内で雨を避けられない。

子墨子怒耕柱子,耕柱子曰:「我毋俞於人乎?」子墨子曰:「我將上大行,駕驥與羊,子將誰敺?」耕柱子曰:「將敺驥也。」子墨子曰:「何故敺驥也?」耕柱子曰:「驥足以責。」子墨子曰:「我亦以子爲足以責。」

墨子先生が耕柱子に怒ったので、耕柱子が言った。「私は人よりまさるところがないのですか。」

墨子先生が言った。「私がこれから太行山に登ろうとして、駿馬と羊をつないだなら、あなたはどちらを御すか。」

耕柱子が言った。「駿馬を御します。」

「何のゆえに駿馬を御するのか。」

「駿馬が鞭打つに足るからです。」

墨子先生が言った。「私もまた、あなたを鞭打つに足ると思うのだ。」

巫馬子謂子墨子曰:「鬼神孰與聖人明智?」子墨子曰:「鬼神之明智於聖人,猶聰耳明目之與聾瞽也。昔者夏后開使蜚廉折金於山川,而陶鑄之於昆吾,是使翁難卜於白若之龜,曰:『鼎成三足而方,不炊而自烹,不舉而自臧,不遷而自行,以祭於昆吾之虛,上鄉!』卜人言兆之由曰:『饗矣!逢逢白雲,一南一北,一西一東,九鼎既成,遷於三國。』夏后氏失之,殷人受之。殷人失之,周人受之。夏后、殷、周之相受也,數百歲矣。使聖人聚其良臣與其桀相而謀,豈能智數百歲之後哉?而鬼神智之。是故曰:鬼神之明智於聖人也,猶聰耳明目之與聾瞽也。」

巫馬子が墨子先生に言った。「鬼神と聖人では、どちらがより明らかで賢いのですか。」

墨子先生が言った。「鬼神が聖人より明らかで賢いのは、耳が聡く目が明らかな者が、耳の聞こえない者や目の見えない者に対するようなものだ。

昔、夏后の開が蜚廉に山や川で金を採らせ、昆吾でこれを鋳させた。そこで翁難に白い亀で占わせてこう言った、『鼎が出来上がって三つ足で四角く、炊かなくても自ら煮え、挙げなくても自ら蔵まり、移さなくても自ら行って、昆吾の旧地で祭ろう。上よ、享けたまえ』と。

占う者が兆しのゆえを言った、『享けられた。もくもくと白い雲が、ひとたびは南へひとたびは北へ、ひとたびは西へひとたびは東へ行き、九つの鼎がすでに出来上がって、三つの国へ移るであろう』と。

夏后氏がこれを失うと殷の人が受け、殷の人がこれを失うと周の人が受けた。夏后と殷と周が互いに受け継いだのは数百年である。聖人にその良い臣とそのすぐれた相を集めて謀らせても、どうして数百年後を知りえようか。それなのに鬼神はこれを知っていた。

だからいう、鬼神が聖人より明らかで賢いのは、耳が聡く目が明らかな者が、耳の聞こえない者や目の見えない者に対するようなものだ、と。」

治徒娛、縣子碩問於子墨子曰:「爲義孰爲大務?」子墨子曰:「譬若築墻然,能築者築,能實壤者實壤,能欣者欣,然後墻成也。爲義猶是也,能談辯者談辯,能說書者說書,能從事者從事,然後義事成也。」

治徒娛と縣子碩が墨子先生に問うた。「義を行うのに、何が大きな務めですか。」

墨子先生が言った。「たとえれば垣を築くのと同じである。築ける者は築き、土を詰められる者は土を詰め、ならせる者はならして、そうしてはじめて垣が出来上がる。義を行うのもこれと同じである。論じ弁ぜられる者は論じ弁じ、書を説ける者は書を説き、事に当たれる者は事に当たって、そうしてはじめて義の事が成るのだ。」

巫馬子謂子墨子曰:「子兼愛天下,未云利也;我不愛天下,未云賊也。功皆未至,子何獨自是而非我哉?」子墨子曰:「今有燎者於此,一人奉水將灌之,一人摻火將益之,功皆未至,子何貴於二人?」巫馬子曰:「我是彼奉水者之意,而非夫摻火者之意。」子墨子曰:「吾亦是吾意,而非子之意也。」

巫馬子が墨子先生に言った。「先生は天下をあまねく愛するが、まだ利があるとはいえず、私は天下を愛さないが、まだ害したとはいえません。功がどちらもまだ至っていないのに、先生はどうしてひとり自分を是とし、私を非とするのですか。」

墨子先生が言った。「いまここに火事があって、一人は水を持ってこれから注ごうとし、一人は火を持ってこれから加えようとしている。功がどちらもまだ至っていないが、あなたは二人のどちらを貴ぶか。」

巫馬子が言った。「私はあの水を持った者の心を是とし、あの火を持った者の心を非とします。」

墨子先生が言った。「私もまた、自分の心を是とし、あなたの心を非とするのだ。」

子墨子游荆耕柱子於楚,二三子過之,食之三升,客之不厚。二三子復於子墨子曰:「耕柱子處楚無益矣,二三子過之,食之三升,客之不厚。」子墨子曰:「未可智也。」毋幾何,而遺十金於子墨子,曰:「後生不敢死,有十金於此,願夫子之用也。」子墨子曰:「果未可智也。」

墨子先生が耕柱子を楚に遣わして游ばせた。二、三人が彼のところに立ち寄ったが、三升の飯を食わせるだけで、客のもてなしが厚くなかった。

二、三人が墨子先生のところに戻って言った。「耕柱子が楚にいることは足しになりません。二、三人が彼のところに立ち寄ったのに、三升の飯を食わせるだけで、客のもてなしが厚くありませんでした。」

墨子先生が言った。「まだ分からない。」

いくらもしないうちに、十金を墨子先生に送ってきてこう言った。「後に生まれた者が、あえて死なずにおります。ここに十金があります。先生がお使いになることを願います。」

墨子先生が言った。「やはり、まだ分からなかったのだ。」

巫馬子謂子墨子曰:「子之爲義也,人不見而助,鬼不見而富,而子爲之,有狂疾!」子墨子曰:「今使子有二臣於此,其一人者見子從事,不見子則不從事。其一人者見子亦從事,不見子亦從事,子誰貴於此二人?」巫馬子曰:「我貴其見我亦從事,不見我亦從事者。」子墨子曰:「然則是子亦貴有狂疾者。」

巫馬子が墨子先生に言った。「先生が義を行っても、人は見て助けず、鬼神は見て富ませないのに、先生はそれを行う。狂の病があります。」

墨子先生が言った。「いまあなたにここに二人の臣がいるとしよう。その一人はあなたを見れば事に当たり、あなたを見なければ事に当たらない。その一人はあなたを見ても事に当たり、あなたを見なくても事に当たる。あなたはこの二人のどちらを貴ぶか。」

巫馬子が言った。「私は、私を見ても事に当たり、私を見なくても事に当たる者を貴びます。」

墨子先生が言った。「それなら、これはあなたもまた狂の病のある者を貴ぶということだ。」

子夏之徒問於子墨子曰:「君子有鬭乎?」子墨子曰:「君子無鬭。」子夏之徒曰:「狗豨猶有鬭,惡有士而無鬭矣?」子墨子曰:「傷矣哉!言則稱於湯文,行則譬於狗豨,傷矣哉!」

子夏の徒が墨子先生に問うた。「君子に闘いはありますか。」

墨子先生が言った。「君子に闘いはない。」

子夏の徒が言った。「犬や豚にも闘いがあるのに、どうして士となって闘いがないことがありましょうか。」

墨子先生が言った。「痛ましいことだ。言えば湯や文王を称え、行えば犬や豚になぞらえる。痛ましいことだ。」

巫馬子謂子墨子曰:「舍今之人而譽先王,是譽槁骨也。譬若匠人然,智槁木也,而不智生木。」子墨子曰:「天下之所以生者,以先王之道教也。今譽先王,是譽天下之所以生也。可譽而不譽,非仁也。」

巫馬子が墨子先生に言った。「いまの人を捨てて先王を誉めるのは、枯れた骨を誉めることです。たとえれば大工が枯れた木は知って生きた木は知らないのと同じです。」

墨子先生が言った。「天下が生きているのは、先王の道で教えるからである。いま先王を誉めるのは、天下が生きている理由を誉めることである。誉めるべきなのに誉めないのは、仁ではない。」

子墨子曰:「和氏之璧,隋侯之珠,三棘六異,此諸侯之所謂良寶也。可以富國家,衆人民,治刑政,安社稷乎?曰:不可。所爲貴良寶者,爲其可以利民也,而和氏之璧,隋侯之珠,三棘六異,不可以利人,是非天下之良寶也。今用義爲政於國家,國家必富,人民必衆,刑政必治,社稷必安。所爲貴良寶者,可以利民也,而義可以利人,故曰:義,天下之良寶也。」

墨子先生が言った。「和氏の璧、隋侯の珠、三棘六異、これが諸侯のいう良い宝である。これで国家を富ませ、人民を多くし、刑と政を治め、社稷を安んじられるか。いう、できない。

良い宝を貴ぶ理由は、それが民を利することができるからであるが、和氏の璧、隋侯の珠、三棘六異は人を利することができないので、天下の良い宝ではない。

いま義を用いて国家に政を執れば、国家は必ず富み、人民は必ず多く、刑と政は必ず治まり、社稷は必ず安らかである。良い宝を貴ぶ理由は民を利することができるからであり、義は人を利することができる。だからいう、義が天下の良い宝である、と。」

葉公子高問政於仲尼,曰:「善爲政者,若之何?」仲尼對曰:「善爲政者,遠者近之,而舊者新之。」子墨子聞之,曰:「葉公子高未得其問也,仲尼亦未得其所以對也。葉公子高豈不知善爲政者之遠者近也而舊者新是哉?問所以爲之若之何也。不以人之所不智告人,以所智告之,故葉公子高未得其問也,仲尼亦未得其所以對也。」

葉公子高が仲尼に政を問うて言った。「政をよく執る者は、どのようなものですか。」

仲尼が答えた。「政をよく執る者は、遠い者を近づけ、古い者を新しくする。」

墨子先生がこれを聞いて言った。「葉公子高はその問いを得ておらず、仲尼もまたその答えるところを得ていない。葉公子高が、どうして政をよく執る者が遠い者を近づけ古い者を新しくすることを知らないであろうか。それをどうやってするのかを問うたのである。人が知らないことを人に告げず、知っていることで告げたのだから、だから葉公子高はその問いを得ておらず、仲尼もまたその答えるところを得ていないのだ。」

子墨子謂魯陽文君曰:「大國之攻小國,譬猶童子之爲馬也。童子之爲馬,足用而勞。今大國之攻小國也,攻者農夫不得耕,婦人不得織,以守爲事;攻人者亦農夫不得耕,婦人不得織,以攻爲事。故大國之攻小國也,譬猶童子之爲馬也。」

墨子先生が魯陽文君に言った。「大国が小国を攻めるのは、たとえれば子どもが馬のまねをするのと同じである。子どもが馬のまねをすれば、自分の足だけを使って疲れる。

いま大国が小国を攻めると、攻められる側は農夫が耕せず、婦人が織れず、守ることを仕事とし、攻める側もまた農夫が耕せず、婦人が織れず、攻めることを仕事とする。だから大国が小国を攻めるのは、たとえれば子どもが馬のまねをするのと同じである。」

子墨子曰:「言足以復行者,常之;不足以舉行者,勿常。不足以舉行而常之,是蕩口也。」

墨子先生が言った。「言葉が繰り返して行うに足るなら、常に言え。挙げて行うに足らないなら、常に言うな。挙げて行うに足らないのに常に言えば、これは口を動かすだけである。」

子墨子使管黔𣷫游高石子於衛,衛君致祿甚厚,設之於卿。高石子三朝必盡言,而言無行者。去而之齊,見子墨子,曰:「衛君以夫子之故,致祿甚厚,設我於卿。石三朝必盡言,而言無行,是以去之也。衛君無乃以石爲狂乎?」子墨子曰:「去之苟道,受狂何傷?古者周公旦非關叔,辭三公,東處於商葢,人皆謂之狂。後世稱其德,揚其名,至今不息。且翟聞之,爲義非避毀就譽,去之苟道,受狂何傷!」高石子曰:「石去之,焉敢不道也?昔者夫子有言曰:『天下無道,仁士不處厚焉。』今衛君無道,而貪其祿爵,則是我爲苟陷人長也。」子墨子說,而召子禽子,曰:「姑聽此乎!夫倍義而鄉祿者,我常聞之矣;倍祿而鄉義者,於高石子焉見之也。」

墨子先生が管黔𣷫に高石子を衛に遣わして游ばせた。衛の君は禄をはなはだ厚く与え、卿の位に置いた。高石子は三度朝廷に出てそのたびに必ず言葉を尽くしたが、言葉は行われなかった。

去って斉に行き、墨子先生に見えて言った。「衛の君は先生のゆえに禄をはなはだ厚く与え、私を卿の位に置きました。石は三度朝廷に出てそのたびに必ず言葉を尽くしましたが、言葉が行われなかったので、それで去ったのです。衛の君はおそらく石を狂っていると思うのではないでしょうか。」

墨子先生が言った。「去ることがまことに道にかなっているなら、狂っていると言われて何の損があろうか。昔、周公旦は関叔を非として三公を辞し、東の商蓋に身を置いたので、人はみな彼を狂っているといった。後の世はその徳を称え、その名を揚げて、今に至るまでやまない。

また私はこう聞いている、義を行うのは謗りを避けて誉れに就くことではないと。去ることがまことに道にかなっているなら、狂っていると言われて何の損があろうか。」

高石子が言った。「石が去るのに、どうしてあえて道にかなわないようにしましょうか。昔、先生がこう言われました、『天下に道がなければ、仁なる士は厚い所に身を置かない』と。いま衛の君に道がないのに、その禄と爵を貪れば、これは私がかりそめに人のものをすり減らす者になることです。」

墨子先生は喜んで、禽子を呼んでこう言った。「しばらくこれを聴きなさい。そもそも義に背いて禄に向かう者は、私は常に聞いてきたが、禄に背いて義に向かう者は、高石子にこれを見たのだ。」

子墨子曰:「世俗之君子,貧而謂之富則怒,無義而謂之有義則喜,豈不悖哉!」

墨子先生が言った。「世俗の君子は、貧しいのに富んでいるといえば怒り、義がないのに義があるといえば喜ぶ。どうして道理に背かずにいようか。」

公孟子曰:「先人有則,三而已矣。」子墨子曰:「孰先人而曰有則三而已矣?子未智人之先有後生。」

公孟子が言った。「先の人に法があり、三つだけです。」

墨子先生が言った。「誰が、先の人だからといって法が三つだけだというのか。あなたは、人の先にまた後に生まれる者があることを知らない。」

有反子墨子而反者,「我豈有罪哉?吾反後。」子墨子曰:「是猶三軍北,失後之人求賞也。」

墨子先生に背いて帰ってきた者がいて、「私にどうして罪がありましょうか。私は後から帰ったのです」と言った。

墨子先生が言った。「これは三軍が敗走したのに、後に取り残された人が賞を求めるのと同じである。」

公孟子曰:「君子不作,術而已。」子墨子曰:「不然,人之其不君子者,古之善者不訹,今也善者不作。其次不君子者,古之善者不遂,己有善則作之,欲善之自己出也。今訹而不作,是無所異於不好遂而作者矣。吾以爲古之善者則訹之,今之善者則作之,欲善之益多也。」

公孟子が言った。「君子は作らず、受け継ぐだけです。」

墨子先生が言った。「そうではない。人のうちもっとも君子でない者は、古の善いものも受け継がず、いまの善いものも作らない。その次に君子でない者は、古の善いものを継がず、自分に善があれば作って、善が自分から出ることを望む。

いま受け継ぐだけで作らないなら、これは受け継ぐことを好まずに作るだけの者と違いがない。私は、古の善いものは受け継ぎ、いまの善いものは作って、善がいっそう多くなることを望むのだと思う。」

巫馬子謂子墨子曰:「我與子異,我不能兼愛。我愛鄒人於越人,愛魯人於鄒人,愛我鄉人於魯人,愛我家人於鄉人,愛我親於我家人,愛我身於吾親,以爲近我也。擊我則疾,擊彼則不疾於我,我何故疾者之不拂,而不疾者之拂?故有我,有殺彼以利我,無殺我以利彼。」子墨子曰:「子之義將匿邪?意將以告人乎?」巫馬子曰:「我何故匿我義?吾將以告人。」子墨子曰:「然則一人說子,一人欲殺子以利己;十人說子,十人欲殺子以利己;天下說子,天下欲殺子以利己。一人不說子,一人欲殺子,以子爲施不祥言者也;十人不說子,十人欲殺子,以子爲施不祥言者也;天下不說子,天下欲殺子,以子爲施不祥言者也。說子亦欲殺子,不說子亦欲殺子,是所謂經者口也,殺常之身者也。」

巫馬子が墨子先生に言った。「私は先生と違って、あまねく愛することができません。私は鄒の人を越の人より愛し、魯の人を鄒の人より愛し、わが郷の人を魯の人より愛し、わが家の人を郷の人より愛し、わが親を家の人より愛し、わが身をわが親より愛します。私に近いと思うからです。

私を撃てば痛み、彼を撃てば私には痛くないのに、私が何のゆえに痛いものを払わず、痛くないものを払いましょうか。だから、私のために彼を殺して私を利することはあっても、私を殺して彼を利することはありません。」

墨子先生が言った。「あなたの義を隠すのか、それとも人に告げるのか。」

巫馬子が言った。「私が何のゆえにわが義を隠しましょうか。私はこれを人に告げます。」

墨子先生が言った。「それなら、一人があなたを好めば一人があなたを殺して自分を利そうとし、十人があなたを好めば十人があなたを殺して自分を利そうとし、天下があなたを好めば天下があなたを殺して自分を利そうとするだろう。

一人があなたを好まなければ一人があなたを殺そうとするだろう、あなたを不吉な言葉を広める者と思うからだ。十人があなたを好まなければ十人があなたを殺そうとするだろう、あなたを不吉な言葉を広める者と思うからだ。天下があなたを好まなければ天下があなたを殺そうとするだろう、あなたを不吉な言葉を広める者と思うからだ。

好んでもあなたを殺そうとし、好まなくてもあなたを殺そうとする。これがいわゆる、首を絞めるものは口であり、常に自分の身を殺すものだということだ。」

子墨子曰:「子之言惡利也?若無所利而不言,是蕩口也。」

墨子先生が言った。「あなたの言葉は何に利があるのか。もし利のあるところがないのに言わずにいられないなら、これは口を動かすだけである。」

子墨子謂魯陽文君曰:「今有一人於此,羊牛芻豢,雍人但割而和之,食之不可勝食也。見人之生餅,則還然竊之,曰:『舍余食。』不知日月安不足乎?其有竊疾乎?」魯陽文君曰:「有竊疾也。」子墨子曰:「楚四竟之田,曠蕪而不可勝辟,𧦝虛數千,不可勝入。見宋鄭之閒邑,則還然竊之,此與彼異乎?」魯陽文君曰:「是猶彼也,實有竊疾也。」

墨子先生が魯陽文君に言った。「いまここに一人の人がいて、羊や牛や飼った家畜を料理人がただ切り分けて調えるので、食べても食べきれない。それなのに人の作った餅を見ると、そっとこれを盗んで『わが食いものにしよう』という。分からないが、日々の食が足りないからだろうか、それとも盗む病があるからだろうか。」

魯陽文君が言った。「盗む病があるのです。」

墨子先生が言った。「楚の四境の田は空き荒れて開ききれず、空き地が数千で入りきれない。それなのに宋と鄭の間の邑を見ると、そっとこれを盗む。これはあれと違うのか。」

魯陽文君が言った。「これはあれと同じで、まことに盗む病があるのです。」

子墨子曰:「季孫紹與孟伯常治魯國之政,不能相信,而祝於樷社,曰:『苟使我和。』是猶弇其目,而祝於樷社也,曰:『苟使我皆視。』豈不繆哉!」

墨子先生が言った。「季孫紹と孟伯常が魯国の政を治めながら、互いに信じることができず、樷社に祈って『まことに我らを和させてください』と言った。これはその目を覆って樷社に祈り、『まことに我らがみな見えるようにしてください』と言うのと同じである。どうして誤りでないことがあろうか。」

子墨子謂駱滑氂曰:「吾聞子好勇。」駱滑氂曰:「然,我聞其鄉有勇士焉,吾必從而殺之。」子墨子曰:「天下莫不欲與其所好,度其所惡,今子聞其鄉有勇士焉,必從而殺之,是非好勇也,是惡勇也。」

墨子先生が駱滑氂に言った。「私は、あなたが勇を好むと聞いている。」

駱滑氂が言った。「そうです。私はその郷に勇ある士がいると聞けば、必ず追って行ってこれを殺します。」

墨子先生が言った。「天下に、自分の好むものとともにし、自分の憎むものを遠ざけない者はない。いまあなたはその郷に勇ある士がいると聞けば必ず追って行って殺すという。これは勇を好むことではなく、勇を憎むことである。」