善徳王が察し知った三つの事善德王知幾三事
1察し知った三つの事
第二十七徳曼〔一作万.〕謚善徳女大王姓金氏,父真平王.以貞觀六年壬辰即位御國十六年凡知㡬有三事.
第二十七代徳曼〔万となっている本もある。〕は諡が善徳女大王で、姓は金氏、父は真平王である。貞観六年壬辰に位に就いて国を十六年治めたが、あらかじめ察し知った事がおよそ三つあった。
1. 牡丹の絵に香りがないことを知る
初唐太宗送畫牧丹三色紅·紫·白以其實三升.王見畫花曰,“此花定無香”,仍命種於庭.待其開落果如其言.
一つめ。唐の太宗が、赤・紫・白の三色の牡丹を描いた絵と、その種三升を送ってきた。
王は絵の花を見て言った。「この花はきっと香りがないだろう。」
そうして種を庭に植えさせた。花が咲いて散るまで待ってみると、はたしてその言葉のとおりであった。
2. 冬の蛙の声で百済の伏兵を捕らえる
二於霊廟寺玉門池冬月衆蛙集鳴三四日.國人恠之問於王,王急命角干閼川·弼呑等錬精兵二千人,速去西郊問女根谷必有賊兵掩取殺之.二角干旣受命各率千人問西郊,富山下果有女根谷.百濟兵五百人來藏於彼並取殺之.百濟将軍亐召者藏於南山嶺石上又圍而射之殪,又有後兵一千二百人來亦擊而殺之一無孑遺.
二つめ。霊廟寺の玉門池で、真冬に蛙たちが集まって三、四日鳴いた。国の人々が怪しんで王に尋ねた。
王は急いで角干の閼川と弼呑らに命じた。精兵二千人を選び、急いで西の郊へ行って女根谷を探せば、必ず敵兵がいるから、襲って殺せというのであった。
二人の角干が命を受けてそれぞれ千人を率いて西の郊を調べると、富山の下にはたして女根谷があった。百済の兵五百人が来てそこに隠れていたので、みな捕らえて殺した。
百済の将軍の于召が南山の峠の岩の上に隠れていたので、これも囲んで射殺した。後から来た兵千二百人も攻めて殺し、一人も残さなかった。
3. 自分の死ぬ日と葬られる所をあらかじめ言う
三王無恙時謂群臣曰,“朕死於某年某月日,葬我於忉利天中.”群臣罔知其䖏奏云“何所”,王曰“狼山南也.”至其月日王果崩群臣葬於狼山之陽.後十餘年文虎大王創四天王寺於王墳之下.佛経云四天王天之上有忉利天,乃知大王之霊聖也.
三つめ。王が何の病もないときに臣下たちに言った。「朕は何年何月何日に死ぬから、わたしを忉利天の中に葬れ。」
臣下たちはその所がわからず「どこでしょうか」と申し上げると、王は言った。「狼山の南である。」
その月その日になって王がはたして世を去ったので、臣下たちは狼山の南に葬った。
その後十余年に文武大王が王の墓の下に四天王寺を建てた。仏典に四天王天の上に忉利天があるというから、これによって大王が神々しく聖であったことがわかる。
4. どうして知ったのかを王が明かす
當時群臣啓於王曰,“何知花蛙二事之然乎.”王曰“畫花而無蝶知其無香斯,乃唐帝欺寡人之無耦也.蛙有怒形兵士之像,玉門者女根也.女爲隂也,其色白,白西方也,故知兵在西方.男根入於女根則必死矣.以是知其易捉.”於是群臣皆服其聖智.
そのとき臣下たちが王に申し上げた。「花と蛙、その二つの事をどうしてそのようにお知りになったのですか。」
王は言った。
「絵の花に蝶がいないので香りがないことを知った。これは唐の帝がわたしに配偶がないことをあざけったのである。
蛙は怒った姿であるから兵士の形である。玉門とは女の陰部をいう。女は陰であり、その色は白く、白は西方であるから、兵が西方にあることを知った。男根が女根に入れば必ず死ぬから、これによって容易に捕らえられることを知った。」
そこで臣下たちはみなその聖なる知恵に感服した。
5. 三色の花と瞻星台
送花三色者盖知新羅有三女王而然耶,謂善徳·真徳·真聖是也.唐帝以有懸解之明.善徳之創霊庙寺具載良志師傳詳之.别記云是王代錬石築瞻星䑓.
花を三色で送ったのは、おそらく新羅に三人の女王があることを知ってそうしたのだろうか。善徳・真徳・真聖をいう。唐の帝には先を見通す明があったのである。
善徳王が霊廟寺を建てた事は『良志師伝』に詳しく載っているから、そこで詳しく見るとよい。
『別記』には、この王の代に石を磨いて瞻星台を築いたという。