いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻17
みずからを責める自責
東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻17 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
三入諫垣無一語。得言舌在誰鉗錮。泚毫草制十六祀。思涸心枯空自苦。靑山有路不汝遮。胡不歸休早爲所。人或妄以台輔期。此特誑言愼勿取。
三たび諫垣に入りながら、一言も言わなかった 言える舌があるのに、誰が鉗で塞いだのか 筆を濡らして制を草すること十六年 思いは涸れ心は枯れて、空しくみずから苦しんだ 青い山に路があって、お前を遮りはしないのに どうして早く帰り休む所としなかったのか 人はときに妄りに台輔の位を期すけれども これはただの誑かしの言葉だ、慎んで取ってはならぬ
夾注 1
有所憤作
憤ることがあって作った。