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色についての喩え色喩

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 452字 · 朗読 4.1分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻20 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

世有惑於色者。所謂色者。紅耶白耶。靑耶雘耶。日月星宿。煙霞雲務。草木鳥獸。皆有色也。玆能惑乎。曰。非也。曰。金玉之美者。衣裳之異者。宮室棟宇之泰侈者。錦繡羅縠之纖靡者。皆色之尤備者也。玆亦能惑乎。曰。幾乎猶未也。夫所謂色者。人之色也。鬢綠膚晳。飾以脂澤。心挑目逆。一笑傾國。見之者皆迷。遇之者皆惑。及其嬖愛。雖兄弟親戚莫若也。然其嬖之也乃斥。其愛之也乃戒。子不聞乎。眼之嬌者斯曰刃。眉之曲者謂之斧。頰之豐者毒藥也。肥之滑者隱蠹也。斧以伐之。刃以觸之。隱蠹以食之。毒藥以苦之。玆非害之酷者乎。害之作敵。其能克乎。故曰賊。遇賊而殂。能復親乎。故曰斥。外之害旣如玆。外之害又甚斯。聞色之美。則破家產而求之不疑。被色之誘。則犯虎狼而赴之勿辭。畜好色則人猜衆妬。著美色則功落名隳。大則君王。小焉卿士。覆邦喪家。靡不由此。周之褒娰。吳之西子。陳後主之麗華。唐玄宗之楊氏。皆迷君眩主。滋育禍胎。周以之蹶。吳以之頽。陳唐以之崩摧。小則綠珠之嬌態敗石崇。孫壽之妖粧惑梁冀。若此之類。又何勝記。嗚呼。吾將搖鞴扇炭。鑄嫫母,敢洽之貌千千萬萬。盡錮其姚娧之面。然後刀𥉑華父之目。而易以正直之矚。鐵作廣平之腸。而納之於淫奢者之腹。則雖有蘭澤脂粉之具。糞溷也泥土也。雖有毛嬙,西施之秀。敦洽,嫫母也。又何惑之有。

世に色に惑う者がある。いわゆる色とは、赤いものか白いものか、青いものか紫のものか。日と月と星、霧と霞と雲と靄、草木と鳥と獣にみな色がある。これが惑わせるものだろうか。そうではない。金や玉の美しいもの、衣の珍しいもの、宮室や柱や軒の過度に奢ったもの、錦や絹の細やかで華やかなものが、みな色がいっそう備わったものだ。これも惑わせるものだろうか。ほとんどそうではあるが、まだそうではない。

およそいわゆる色とは、人の色である。鬢が青く肌が白く、脂で飾り、心をそそり目で誘い、ひとたび笑えば国を傾ける。見る者はみな迷い、出会う者はみな惑う。その人を愛するようになれば、兄弟や親戚でさえ及ばない。しかしその人を愛することが、つまり退けることであり、可愛がることが、つまり戒めるべきことなのだ。

あなたは聞いていないか。目が艶やかなことを刃と言い、眉が曲がっていることを斧と言い、頬がふっくらしているのは毒薬であり、肉が滑らかなのは隠れた蠹だと言う。斧で伐り、刃で刺し、隠れた蠹で食い、毒薬で苦しめるのだから、これこそ害することの酷いものではないか。害が敵となれば、勝てるだろうか。だから賊と言う。賊に遇って死んだら、また親しくできるだろうか。だから退けると言う。

外からの害がすでにこのようであるのに、外からの害がさらにこれより甚しい。色の美しさを聞けば家と財産を壊して求めることを疑わず、色の誘いを受ければ虎や狼を押して進むことを辞さない。好い色を蓄えれば人が猜み衆が妬み、美しい色を見せれば功が落ち名が崩れる。大きくは君王、小さくは卿士、国を覆し家を失うことがこれによらないものは無い。周の褒姒、呉の西施、陳の後主の麗華、唐の玄宗の楊氏が、みな君を迷わせ主を惑わして禍の胎を育てた。周はこれによって躓き、呉はこれによって頽れ、陳と唐はこれによって崩れた。小さくは緑珠の艶やかな姿が石崇を敗り、孫寿の妖しい粧いが梁冀を惑わした。このような類を、またどうして記し尽くせようか。

ああ、わたしはこれから鞴を揺り炭をあおって、嫫母と敦洽の姿を千千万万鋳出し、あの美しく艶やかな顔をみな錮じてしまおう。その後に華父の目を刀で刳り、正しくまっすぐな眼に取り替え、鉄で広平の腸を作って淫らで奢った者の腹に納めよう。そうすれば、蘭の脂や紅や粉があっても糞や泥土にすぎず、毛嬙や西施の秀でた姿があっても敦洽や嫫母にすぎないのだから、また何の惑いがあろうか。