いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻22

四季に先祖を祭ることについておおまかに論ずる論四時饗先事略言

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 271字 · 朗読 2.3分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻22 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

古者人子之饗先。以血祀爲貴者。是禮經之制也。禮者。聖人之所制。聖人之制禮。雖幽至於鬼神。無所不測其情而制之者也。豈可輕廢哉。雖血祀之在所可重如此。子孫絶則血祀絶矣。夫然故。古之人深忌血食之不續。乃至以無後爲不孝。蓋亦以此。而如不用血祀。則其與無後何異哉。噫。今世之風俗。酷尙佛法。其祭先多以蔬蔌。是何法耶。若欲營佛事薦冥福。而幷祭其先。則用蔬菜可也。所謂四時之饗者。吉祭也。大禮也。當以官品之高下。或以大牢。或以小牢。禮也。若貧不能辦之。則以魚物禽鳥之類代之。燔炙以薦。則猶愈於蔬菜矣。且人死曰鬼。鬼神必於燔燒之際。乃始降神而歆其祀矣。不然。與不祭同。孔子不曰乎。爾愛其羊。我愛其禮歟。況祖先於高卑。一也。國之大廟。亦用蔬菜耶。但有等衰耳。

昔、子が先祖を祭るときに血の祭りを貴んだのは、礼経の定めである。礼は聖人が作ったものである。聖人が礼を作るとき、幽かにして鬼神にまで至っても、その情を推し量らずに作ったものはない。どうして軽々しく廃せようか。

血の祭りが重んじるべきものであることがこのようなのに、子孫が絶えれば血の祭りも絶える。だからこそ昔の人は、血の食が続かないことを深く忌んで、ついには跡継ぎのないことを不孝とするに至った。おおむねこれゆえである。それなのに、もし血の祭りを用いなければ、跡継ぎのないことと何が違おうか。

ああ、近ごろの世の風俗は仏法をひどく尊んで、先祖を祭るのに菜ばかりを使う。これは何の法であろうか。もし仏事を営んで冥福を祈り、あわせてその先祖を祭ろうとするなら、菜を使ってもよい。いわゆる四季の祭りは吉祭であり、大きな礼である。まさに官位の高下に応じて、あるいは大牢、あるいは小牢とするのが礼である。もし貧しくて用意できないなら、魚や鳥の類で代え、焼いて供えれば、それでも菜よりはよい。

また人が死ねば鬼という。鬼神は必ず焼き炙るときに、はじめて神が降りてその祭りを享ける。そうでなければ、祭らないのと同じである。孔子は言わなかったか。「お前はその羊を惜しむのか。私はその礼を惜しむ。」まして先祖は高い者も低い者も同じである。国の大廟でも、やはり菜を使うのか。ただ等級の差があるだけである。