華厳宗僧統の都行に下す大官誥華嚴業僧統都行敎書官誥 大官誥
云云。道隱冥筌。唯碩德迺傳於正法。名爲重選。雖空門莫尙於休稱。衆所尊而奉之。禮當區以別矣。盍崇極品。以表英標。某官某。慧解疏通。心機沈邃。蓄無盡藏。雖胸呑萬法之源。由最上根。獨吻合十玄之味。以荷擔大乘而自任。其陶鑄後學者甚多。常居講席之主盟。可謂敎家之司命。國奉戴爲大和尙。身約敕猶貧浮屠。歷住名藍。其室若懸磬。再登批筆。於己如浮雲。境地自如。褒寵所絶。雖然。梁唐有國師大師之號。齊宋置法主僧主之呼。望苟稱於表儀。位宜居於首領。肆循公論。俾躡巍階。於戲。珠玉錢貝易耗也。不若僧寶之爲足攴。城池溝塹易危也。莫如法力之爲足恃。體玆眷注。勖爾精勤。云云。
云云。
道は奥深い筌の中に隠れているが、ただ碩い徳を備えた者だけが正しい法を伝える。名は重い選びとなるので、空門においても美しい称えに増すものはない。衆人が尊んで奉るのだから、礼として当然、区分して別けるべきである。どうして極まった品を崇めて、秀でた目じるしを表さないであろうか。
某官の某は、智慧の解きほぐしが晴れやかに通じ、心の機の働きが深く奥まっている。尽きることのない蔵を蓄えて、胸に万法の源を呑み、最上の根を賦されて、ひとり十玄の味に吻然と合った。大乗を担うことをみずからの任として、後の学ぶ者を陶し鋳て育てた者が甚だ多い。常に講席の盟主の座にあったのだから、教家の命を司る者と言うべきである。
国は奉じ戴いて大和尚としたが、身を取り締まることは貧しい僧のようであった。名のある寺を次々に住持したが、その部屋は懸けた磬のように空しく、二度も筆を執って決裁する地位に登ったが、みずからの身にとっては浮かぶ雲のようであった。境地が常のままであって、誉めと寵の及ばないところである。
そうではあっても、梁と唐には国師・大師の号があり、斉と宋には法主・僧主の呼びを置いた。名望がまことに手本にふさわしいなら、位は当然、首領にあるべきである。そこで公の論に従って、高い階を踏ませる。
ああ、珠と玉、銭と貝は耗りやすいので、僧の宝が十分な支えとなるのに及ばず、城と池、溝と塹は危うくなりやすいので、法の力が十分な頼みとなるのに及ばない。この目をかける意を身に受けて、汝の精しい勤めに励め。云云。