いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 前集 巻41

龍宝院を新しく建てて慶讃する疏龍寶院新創慶讚踈

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 1 · 漢字 272字 · 朗読 2.9分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 前集 巻41 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

興大利不必舊䂓。貴能適變。理古寺猶得梵福。况迺創新。眷上都之邇畿。有南壤之要會。其距民居也最隔。故爲賊種之常栖。凡馬駄人負之所輸。皆國用家資之攸仰。備經山水。邈自遠來。垂蹈京師。反爲他有。非惟物之見掠。甚則人亦被戕。聞之大嗟。思所可救。宜開僧院。使不絶於人煙。鎭作福場。亦得依於佛蔭。與善知識。發大願悰。旣崇鱗屋而處以釋流。申納膏田而充其歲費。麗之聚落。備厥使令。功皆出於私營。力不借於官辦。方其已事。將以落成。謂精覈盧舍那之淨根。凡莫如李長者之英論。先此會而雖已繙於九件。本所期者欲連講於十番。所邀皆南地之名僧。數盈一百。以此演圓通之正法。利洽大千。繄玆勝因。格彼明鑒。伏願邦基定鼎。聖算後天。公私殷阜而路不拾遺。中外寧謐而民未識戰。

大きな利を起こすのに、必ずしも古い法に従うことはなく、変化に合わせられることを貴びます。古い寺を手入れしてもなお仏の福を得るのですから、まして新しく建てることはなおさらです。

顧みれば、都に近い畿内に、南の地の要となる辻があります。人の住む所から最も遠く離れているために、賊の群れが常に棲む所となりました。およそ馬に積み人が背負って運ぶものは、みな国の費えと家の暮らしが頼るものです。山と水をあまねく過ぎて、はるか遠くから来ます。都にほとんど着くところで、かえって他人のものになります。物が奪われるだけでなく、ひどいときは人まで害を受けます。

これを聞いて大きく嘆いて、救う道を思いました。まさに寺を開いて、人の炊く煙が絶えないようにし、永く福を作る場として、また仏の蔭に頼れるようにします。善知識とともに、大きな願いの心を起こしました。すでに鱗のように連ねた堂を高くして僧たちを住まわせ、重ねて肥えた田を入れて、年ごとにかかる費えを満たしました。郡の村から、その使いをする人を整えました。功はみな私の財で賄ったところから出て、力は官の支度を借りませんでした。

その仕事を終えて、落成しようとします。盧舍那仏の清らかな根を精しく究めるには、およそ李長者の優れた論に及ぶものはないと思います。この会に先立って、すでに九度を繰り読みはしましたが、もとより期したところは、十度を続けて講じることです。お迎えしたのはみな南の地の名高い僧で、数が百人を満たしました。これによって遍く通じる正しい法を広げて、利が三千大千世界に行き渡るようにします。この優れた因が、あの明らかなご照覧に至ることを願います。

伏してお願いします。国の基が鼎を据えたように定まり、聖上の寿が天より後に尽きるようにし、公私が豊かで道に落ちたものを拾わず、内も外が安らかで静かで、民が戦を知らないようにしてください。