いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻2
正月二十九日に作る正月二十九日有作
東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻2 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
兒雛婚嫁此時終。雖死猶甘就木中。尙子歸來猶未晚。靑山不肯拒衰翁。
子らの婚姻がこの時に終わった 死んで棺に入ることになっても、なお甘んじよう 尚子平のように帰るのも、まだ遅くはない 青山が衰えた翁を拒もうとはしまい
夾注 1
有季男未婚。今夕歸。
末の子がまだ婚していなかったが、今夕その礼を行う。