いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻3
恵みの雨を喜ぶ喜雨
東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻3 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
經春久作屯膏吝。到夏方施霈澤新。入地未深君莫歉。一犂猶活萬千人。
春を通じて長く恵みの雨を惜しんで吝嗇であったのに 夏になってようやく、たっぷりとした新しい雨を施してくれた 地に深く染み込まなかったからと、あなたは物足りなく思うな 鋤一枚の深さでも、万千の人を生かすのだ
夾注 1
二首○四月十七日
二首である。○ 四月十七日である。
將抽菜甲抽何捷。已綠林梢綠更新。久渴膏恩甘受濕。深憎路上笠簦人。
菜の芽が出ようとして、出るのが何と速いことか すでに緑だった林の梢は、緑がさらに新しい 長く恵みに渇いていたので、濡れるのを甘んじて受けるが 道の上で笠をかぶり傘を持つ人が、ひどく憎らしい