いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻5

李同年が和して贈ってくれた詩に次韻する次韻李同年見和來贈

東国李相国集(東国の李相国の文集) 東國李相國集 · 李奎報(イ・ギュボ) · 1241年(高麗・高宗28年)編 · 1251年に改め補う · 段落 2 · 漢字 166字 · 朗読 1.8分

東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻5 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。

1第一首

才豪曾被柳公容。𧪈𧪈如吾亦見籠。蹇足勉追千里騁。頑金欣忝一爐融。我留塵世牽浮䆠。子去田居號遁翁。南畝雨晴苗秀綠。西垣風澹藥翻紅。謾勞淸夢飛天外。豈意芳蹤到洛中。問爾閑身誰擺撼。邈從炎徼倐迴東。

才が優れていて、早くから柳公に認められ わたしのような取るに足らぬ者も、またその懐に収められた 足をひきずりながら、千里を走る馬を懸命に追い 鈍い鉄が一つの炉で溶けるのは、嬉しくもあり恥ずかしくもある わたしは塵の世に留まって、浮いた官につながれているが 君は田に帰り住んで、遁翁(とんおう)と号している 南の畝に雨が晴れて、苗は青く秀でて伸び 西の垣に風が穏やかで、芍薬が赤くひるがえる いたずらに清い夢だけが天の外へ飛んでいたのに どうして君の芳しい跡が都に至ろうとは思っただろう 問う、君の閑かな身を誰が揺り動かして 遥かな南の辺りから、たちまち東へ帰らせたのか

夾注 2

二首

二首

俱出柳公門下。故云。

二人ともに柳公の門下から出たので、こう言った。

2第二首

子曾於世勿求容。應恐鸞凰窘鶴籠。便去田園追靖節。終敎邑里化陳融。偶然踏却人間路。猶是飄然物外翁。縱有兒孫衣弄綵。柰無妾媵面粧紅。鄕心揔寄千山外。旅夢偏淸一枕中。愧我此時難以慰。謾誇同牓出河東。

君はかつて世に容れられることを求めなかった おそらく鸞(らん)や鳳(ほう)が鶴の籠に窮(くる)しむのを恐れたのだろう すぐに田園へ去って陶淵明にならい ついには村里を陳融のように教え導いた たまたま人の世の道を踏んだだけで やはり飄然と物の外に遊ぶ翁である たとえ子や孫が色どりの衣で戯れるとしても 赤く装う妾(しょう)のないのを、どうしようか 故郷への思いはみな千重の山の外に託し 旅の夢はとりわけ一つの枕の中で清い このとき君を慰めがたいわたしが恥ずかしく いたずらに同じ榜に上がり、ともに河東の柳公の門下から出たことを誇る

夾注 2

陳融墓表云。故老曰。吾里有某。孝慈仁信。鄕人見之云云。

陳融の墓表にこう記されている。昔の老人が言うには、「わが里に某という者があり、孝で慈しみ深く、仁(じん)にして信があるので、里の人々が彼を見て云々」とある。

來寓子家。

君の家に来て寄寓した。