いにしえの文 › 東国李相国集(東国の李相国の文集) › 後集 巻6
八月二十九日、筆を走らせて李学士が生魚を恵んでくれたことを謝す八月二十九日。走筆謝李學士惠生魚。
東国李相国集(東国の李相国の文集) 後集 巻6 高麗の李奎報が生涯に作った文章を、子の李涵が1241年に編んで刻み、孫の李益培が1251年に改め補った文集。詩と賦、王に奉った表と箋、寺と塔に付けた記、碑銘と墓誌銘、手紙と序文、そしてモンゴルが攻め入った時に行き交った国書までが収められている。高句麗の始祖を歌った「東明王篇」が前集の巻3にあり、酒と琴と詩を友として自ら白雲居士と名のった人の一日一日が後集に残っている。書は、彼が目を病んで筆を置く最後の詩と、彼が死んだ後に他の人が作って付けた誄書・墓誌銘で閉じる。
鱍鱍腥鱗活欲飛。江人來餉尙嫌遲。我因衰病身唯骨。豁與餘膏澤瘦肌。
ぴちぴちと生臭い鱗が、生きて飛び立とうとするのに 川辺の人が送って来たのを、わたしはまだ遅いと思った わたしは衰えて病み、身には骨だけが残っているので たっぷりと残りの脂を分けて、痩せた肌を潤してほしい
夾注 2
百全
百全である。
豁與餘膏澤瘦肌 — すでに与えた事を書いたものと見て「…潤してくれた」と読む見方もある。 ― 訳者