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序——ゆく川の流れ序

方丈記(方丈の庵の記) 方丈記 · 鴨長明 · 建暦2年(1212年) · 段落 1 · 漢字 439字 · 朗読 1.1分

方丈記(方丈の庵の記) 全一巻 「ゆく川の流れは絶えることがありませんが、もとの水ではありません」 — 八百年前の京都で大火・辻風・遷都・飢饉・大地震を次々に経験した人が、方丈の組み立て式の庵に退いて書いた文章。災厄の記録がそのまま無常の記録となり、終わりにはその閑けさを愛する心までも咎ではないかと自らに問う。道徳経・法句経と並べて読む値打ちがある。

1ゆく川の流れ、泡のような住まい

行く川のながれは絕えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し。玉しきの都の中にむねをならべいらかをあらそへる、たかきいやしき人のすまひは、代々を經て盡きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。或はこぞ破れてことしは造り、あるは大家ほろびて小家となる。住む人もこれにおなじ。所もかはらず、人も多かれど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひとりふたりなり。あしたに死し、ゆふべに生るゝならひ、たゞ水の泡にぞ似たりける。知らず、生れ死ぬる人、いづかたより來りて、いづかたへか去る。又知らず、かりのやどり、誰が爲に心を惱まし、何によりてか目をよろこばしむる。そのあるじとすみかと、無常をあらそひ去るさま、いはゞ朝顏の露にことならず。或は露おちて花のこれり。のこるといへども朝日に枯れぬ。或は花はしぼみて、露なほ消えず。消えずといへども、ゆふべを待つことなし。

ゆく川の流れは絶えることがありませんが、もとの水ではありません。淀みに浮かぶ泡は、消えたかと思えばまた結び、長くとどまることがありません。世の中にある人とその住まいも、またこれと同じです。

玉を敷いたように美しい都の中に、棟を並べ瓦を争うようにして建つ、高貴な人も卑しい人もその住まいは、代々を経て尽きることがないように見えますが、これがまことかと尋ねてみますと、昔のままにある家はまれです。あるものは去年壊れて今年造られ、あるものは大きな家が滅びて小さな家となります。住む人もこれと同じです。場所も変わらず、人も多いのですが、昔見た人は、二、三十人の中にわずかに一人か二人です。

朝に死に、夕べに生まれるならわしは、ただ水の泡によく似ています。分かりません——生まれ、そして死んでゆく人は、どこから来てどこへ去るのか。これも分かりません——仮の宿りにすぎないこの住まいを、誰のために心を悩ませて造り、何によって目を喜ばせるのか。

その主と住まいとが、無常を争うようにして消えてゆくさまは、言うならば朝顔とその露に異なりません。あるときは露が落ちて花が残ります。残るといっても朝日に枯れてしまいます。あるときは花がしぼんで露がまだ消えずにいます。消えないといっても、夕べを待つことはありません。

夾注 1

やけイ

異本では「破れ(壊れて)」が「やけ(焼けて)」となっています。