いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻14 辰巳錄

兵のうちで才を試して優れた者と、大砲をよく当てた者を論賞することを請う状啓請軍人試才優等及大炮能中者論賞狀

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 懲毖錄 · 柳成龍(リュ・ソンリョン) · 1633年刊行(壬辰倭乱の後に著す) · 段落 1 · 漢字 282字 · 朗読 2.4分

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻14 辰巳錄 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。

武學事目中有試統試射論賞。啓聞之規而外方各官尙未擧行故軍士無興起之心鍊兵之事日就解弛誠爲可慮臣所巡左右道諸邑軍士試射試銃從其中數多少以臣所賫廳中木疋弓箭量數分給其中優等者後錄。啓聞令該曹急速相考論賞以勸其餘守城之具莫過於大炮而近日京外炮手但習鳥銃而不習大炮放法雖有軍器寺破陣軍而每大炮試放之際心悸膽怯不能以堅持必中爲意故聲威雖壯而實難於中賊臣到秃城看砲樓之制勝於婆娑令陣中炮手從砲穴放佛狼機城外山麓遠處立防牌使之看中則能者絕無其中有三人得中而一人則一發二丸而俱中穿過防牌盡爲破裂若使人人習此則其爲守城之助不少大炮論賞雖不在於武學事目而其中優等者一人不可不獎勸故幷爲錄。啓

武学の事目の中に、銃を射ることと弓を射ることを試して論賞し啓文する法がありますのに、外の邑でまだ行っておりませんので、兵に奮い立つ心がなく、兵を操練する事が日ごとに緩んで、まことに気がかりです。

臣が巡った左右道の諸邑の兵に弓を射ること銃を射ることを試して、その当てた数の多少に従って、臣が持ち歩く庁の中の木綿と弓と矢を数を計って分け与えました。そのうちで優れた者は後に記して申し上げますので、該当の曹に急ぎ考え合わせて論賞させ、その他の者を勧められてください。

城を守る道具では大砲に勝るものがありません。ところがこのごろ京城も外も砲手がただ鳥銃ばかりを習って、大砲を放つ法を習いません。軍器寺の破陣軍はおりますが、常に大砲を試して放つ折に胸が高鳴り怯えて、固く構えて必ず当てることを意としません。ですから声と威は盛んでも、実は敵に当てることが難しいのです。

臣が禿城に至って砲楼の制が婆娑城より勝っているのを見て、陣中の砲手に砲の穴から仏狼機を放たせ、城の外の山の裾の遠い所に防牌を立てて当てるのを見させましたところ、よくできる者がほとんどありませんでした。そのうち三人が当て、一人は一発で二つの弾をともに当てて防牌を貫き通してすっかり壊しました。もし人ごとにこれを習わせれば、城を守るのに助けが少なくないでしょう。大砲の論賞は武学の事目にはありませんが、そのうちで優れた一人は褒めて勧めないわけにはまいりませんので、あわせて記して申し上げます。