いにしえの文 › 懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) › 巻15 軍門謄錄

京畿の巡察使に送って南漢山城に倉を建てさせた文移京畿巡察使南漢山城設倉文

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 懲毖錄 · 柳成龍(リュ・ソンリョン) · 1633年刊行(壬辰倭乱の後に著す) · 段落 2 · 漢字 99字 · 朗読 0.7分

懲毖録(過ちを懲らし後の憂いを慎む記録) 巻15 軍門謄錄 壬辰倭乱が終わった後、領議政の柳成龍が自らの目で見たものを記して残した記録。「過ぎたことを懲らして後の憂いを慎む」という意で名を付けた。戦争がどのように始まり、朝廷が何を見落としたかを言い逃れなく記した。李舜臣を推挙したこと、明の軍とのいざこざ、民が経た惨状がそのまま収められている。

南漢山城設倉基址防禦使與本州牧使看審設倉可當處速爲牒報此乃時急之事而今此始役地凍力弱恐不得趁時成就以誤大計本道各別叅酌功役多少便宜指授俾令有成

南漢山城に倉を建てる敷地は、防禦使が本州の牧使と共に見て調べ、倉を建てるに足る所を速やかに報せよ。これは時の急な事であるのに、今この役を始めようとしても地が凍り力が弱く、時に及んで成し遂げられず大計を損なうことを恐れる。本道は格別に役の多少を参酌し、便宜に従って指示して、成ることがあるようにせよ。

夾注 1

同月二十三日

同じ月の二十三日

若本州民力不足則或以其處上番或入番水軍及他有役人除役使之

もし本州の民の力が足りなければ、その地で上番する者や番に入る水軍、そのほか役のある人の役を除いて使え。