第10章10장
中庸(偏らぬ道を説く書) 「天が命じたものを性といい、性に従うことを道といい、道を修めることを教えという」で始まる。四書のうち最も遠くまで行く文章である。
前のほうは孔子の言葉を集めて、中庸がなぜそれほど難しいのかを説く — 天下を平らかに治めることもでき、官位を辞することもでき、真っ青な刃を踏むこともできるが、中庸は能くできない。後のほうは誠の一つに移っていき、誠は天の道であり、誠であろうとするのは人の道であると言って、ついには天地と並んで三つになるところまで行く。
「人が一度で能くするなら私は百度やり、人が十度で能くするなら私は千度やる」という言葉もここから出た。
子路問強。子曰:「南方之強與,北方之強與,抑而強與?寬柔以敎,不報無道,南方之強也。君子居之。衽金革,死而不厭,北方之強也。而強者居之。故君子和而不流;強哉矯。中立而不倚;強哉矯。國有道,不變塞焉;強哉矯。國無道,至死不變;強哉矯。」
子路が強さを問うた。孔子が言った。
「南方の強さか、北方の強さか、それともおまえの言う強さか。
寛やかで柔らかく教え、道のない者に報いないのが南方の強さで、君子がここにいる。
武具と甲を敷いて寝、死んでも厭わないのが北方の強さで、強い者がここにいる。
だから君子は和やかであっても流されない。強いな、その毅さよ。中に立って寄りかからない。強いな、その毅さよ。国に道があっても、塞がっていたときの志を変えない。強いな、その毅さよ。国に道がなくても、死に至るまで変えない。強いな、その毅さよ。」