いにしえの文 › 中庸(偏らぬ道を説く書)

第26章26장

中庸(偏らぬ道を説く書) 中庸 · 子思が著したと伝わる · 礼記に収められた文章 · 段落 1 · 漢字 76字 · 朗読 0.3分

中庸(偏らぬ道を説く書) 「天が命じたものを性といい、性に従うことを道といい、道を修めることを教えという」で始まる。四書のうち最も遠くまで行く文章である。 前のほうは孔子の言葉を集めて、中庸がなぜそれほど難しいのかを説く — 天下を平らかに治めることもでき、官位を辞することもでき、真っ青な刃を踏むこともできるが、中庸は能くできない。後のほうは誠の一つに移っていき、誠は天の道であり、誠であろうとするのは人の道であると言って、ついには天地と並んで三つになるところまで行く。 「人が一度で能くするなら私は百度やり、人が十度で能くするなら私は千度やる」という言葉もここから出た。

誠者自成也,而道自道也。誠者,物之終始。不誠無物。是故君子誠之爲貴。誠者,非自成己而已也。所以成物也。成己仁也。成物知也。性之德也,合外內之道也。故時措之宜也。

誠は自ら成るものであり、道は自ら行くものである。誠は物の終わりと始めであり、誠でなければ物はない。だから君子は誠にすることを貴ぶ。

誠は自分を成すだけにとどまるものではなく、物を成すものである。自分を成すのは仁であり、物を成すのは知である。性の徳であり、外と内を合わせる道である。だから時に応じて措いても宜しいのである。