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養生主莊子 內篇 養生主

荘子(荘周の書) 莊子 · 荘周と後の人びと · 戦国時代(紀元前4〜3世紀)· 西晋・郭象の33篇本 · 段落 4 · 漢字 619字 · 朗読 2.5分

荘子(荘周の書) 内篇 「北の黒い海に魚がいる、その名を鯤という」 — この一行で始まり、背の広さが何千里あるか分からない鳥が南の海へ飛んでいくところから書が開く。胡蝶の夢を見て目覚め「私が胡蝶の夢を見たのか、胡蝶が私の夢を見ているのか」と問い、牛を解く庖丁は十九年のあいだ刃を研がず、妻が死ぬと盆を叩いて歌う。蝸牛の角の上で国と国が戦って死者数万が倒れたという話で戦をやめさせ、恵子の墓を過ぎて「私にはもう語り合う者がいない」と言う。道徳経と並べて置けば、同じところをまるで違う声で語っているのが聞こえる。

1生には限りがあり、知には限りがない

吾生也有涯,而知也无涯。以有涯隨无涯,殆已。已而爲知者,殆而已矣。爲善无近名,爲惡无近刑,緣督以爲經,可以保身,可以全生,可以養親,可以盡年。

わたしの生には限りがあるが、知には限りがない。限りのあるもので限りのないものを追うのだから危うい。それでもなお知を事とするなら、いよいよ危ういばかりである。

善いことをしても名に近寄らず、悪いことをしても刑に近寄るな。背骨に沿って中(ちゅう)を常の道とすれば、体を守ることができ、生を全うすることができ、親を養うことができ、授かった年を尽くすことができる。

2庖丁が牛を解く

庖丁爲文惠君解牛,手之所觸,肩之所倚,足之所履,膝之所踦,砉然嚮然,奏刀騞然,莫不中音,合於《桑林》之舞,乃中《經首》之會。文惠君曰:「譆,善哉!技蓋至此乎?」庖丁釋刀對曰:「臣之所好者,道也,進乎技矣。始臣之解牛之時,所見无非牛者。三年之後,未嘗見全牛也。方今之時,臣以神遇而不以目視,官知止而神欲行,依乎天理,批大郤,導大窾,因其固然。技經肯綮之未嘗,而況大軱乎?良庖歲更刀,割也;族庖月更刀,折也。今臣之刀十九年矣,所解數千牛矣,而刀刃若新發於硎。彼節者有間,而刀刃者无厚,以无厚入有間,恢恢乎其於遊刃必有餘地矣,是以十九年而刀刃若新發於硎。雖然,每至於族,吾見其難爲,怵然爲戒,視爲止,行爲遟,動刀甚微,謋然已解,如土委地。提刀而立,爲之四顧,爲之躊躇滿志,善刀而藏之。」文惠君曰:「善哉!吾聞庖丁之言,得養生焉。」

庖丁(ほうてい)が文恵君(ぶんけいくん)のために牛を解(さば)いた。手の触れるところ、肩の寄せるところ、足の踏むところ、膝(ひざ)の支えるところごとにさくさくと鳴り、刀を動かせばしゅっと音がして、調子に合わないものがなく、「桑林(そうりん)」の舞いに似合い、「経首(けいしゅ)」の節(ふし)にかなっていた。

文恵君が言った。「ああ、見事だ。技(わざ)がどうしてここまで至ったのか。」

庖丁は刀を置いて答えた。「わたしの好むものは道であり、技より進んだものです。はじめ牛を解いていたころは、見えるものは牛でないものがありませんでした。三年の後には、丸ごとの牛を見たことがなくなりました。今になっては、わたしは精神で出会い、目で見ることをしません。感覚が止まり、精神が行こうとするままに行きます。

天の理(すじめ)に沿って大きな隙(すき)を打ち、大きな空洞に導いて、もともとそうであるままにします。筋(すじ)と肉の絡んだところにも触れたことがないのですから、まして大きな骨はなおさらです。

良い料理人は年ごとに刀を替えますが、それは肉を切るからです。並の料理人は月ごとに刀を替えますが、それは骨を折るからです。いまわたしの刀は十九年になり、数千頭の牛を解きましたが、刃は砥石(といし)から出したばかりのようです。あの節には隙があり、刃には厚みがありません。厚みのないものを隙のあるところに入れれば、広々として、刃を動かすのに必ず余りの場所があります。だから十九年たっても刃は砥石から出したばかりのようなのです。

そうではあっても、絡んだところに至るたびに、わたしはその難しさを見て慎んで気をつけます。見ることを止め、動きを緩め、刀をごくわずかに動かすと、いつのまにかほろりと解け、土の塊が地に落ちるようになります。刀を手にして立ち、あたりを見回してためらい、心が満ち足りると、刀をよく拭って納めます。」

文恵君が言った。「見事だ。わたしは庖丁の言葉を聞いて、生を養う道を得た。」

3一本足の右師 — 沢の雉

公文軒見右師而驚,曰:「是何人也?惡乎介也?天與?其人與?」曰:「天也,非人也。天之生是使獨也,人之貌有與也,以是知其天也,非人也。」澤雉十步一啄,百步一飲,不蘄畜乎樊中。神雖王,不善也。

公文軒(こうぶんけん)が右師(ゆうし)を見て驚き、言った。「これはどういう人か。どうして一本足なのか。天がそうしたのか、人がそうしたのか。」

言った。「天であって人ではない。天がこれを生むときに一本足にしたのだ。人の姿には対(つい)が与えられるものだから、これによって天であって人でないことが分かる。」

沢(さわ)の雉(きじ)は十歩に一度ついばみ、百歩に一度飲むが、籠の中で飼われることを願わない。精神が盛んになったとしても、よくはないからである。

4老耽が死に、秦失が三度哭して出る

老聃死,秦失弔之,三號而出。弟子曰:「非夫子之友邪?」曰:「然。」「然則弔焉若此,可乎?」曰:「然。始也吾以爲其人也,而今非也。向吾入而弔焉,有老者哭之,如哭其子;少者哭之,如哭其母。彼其所以會之,必有不蘄言而言,不蘄哭而哭者,是遁天倍情,忘其所受,古者謂之遁天之刑。適來,夫子時也;適去,夫子順也。安時而處順,哀樂不能入也,古者謂是帝之縣解。」指窮於爲薪,火傳也,不知其盡也。

老耽(ろうたん)が死に、秦失(しんしつ)が弔(とむら)いに行って三度哭(こく)して出てきた。

弟子が言った。「先生の友ではありませんか。」

「そうだ。」

「それなら、弔いをこのようにするのが正しいのですか。」

「そうだ。はじめわたしは彼をその人だと思っていたが、いま見るとそうではない。さきほどわたしが入って弔ったとき、老いた者は自分の子を哭するように哭し、若い者は自分の母を哭するように哭していた。彼らが集まったわけには、必ず語ることを願わないのに語り、哭することを願わないのに哭したものがあるのだろう。これは天を外れ情を損なって、授かったものを忘れることであり、昔の人はこれを天を外れた刑(けい)と言った。

たまたま来たのは、先生が時を得たのであり、たまたま去ったのは、先生が順(じゅん)に従ったのである。時に安んじ順に身を置けば、悲しみも楽しみも入ることができない。昔の人はこれを天の懸(か)かりからの解き放ちと言った。」

脂(あぶら)は薪(たきぎ)を尽くすところで終わるが、火は移っていくので、その尽きるところを知らない。

夾注 1

指窮於爲薪

底本は「指(ゆび)」だが、「脂(あぶら)」と見て訳した。― 訳者