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在宥莊子 外篇 在宥

荘子(荘周の書) 莊子 · 荘周と後の人びと · 戦国時代(紀元前4〜3世紀)· 西晋・郭象の33篇本 · 段落 8 · 漢字 2,441字 · 朗読 9.8分

荘子(荘周の書) 外篇 「北の黒い海に魚がいる、その名を鯤という」 — この一行で始まり、背の広さが何千里あるか分からない鳥が南の海へ飛んでいくところから書が開く。胡蝶の夢を見て目覚め「私が胡蝶の夢を見たのか、胡蝶が私の夢を見ているのか」と問い、牛を解く庖丁は十九年のあいだ刃を研がず、妻が死ぬと盆を叩いて歌う。蝸牛の角の上で国と国が戦って死者数万が倒れたという話で戦をやめさせ、恵子の墓を過ぎて「私にはもう語り合う者がいない」と言う。道徳経と並べて置けば、同じところをまるで違う声で語っているのが聞こえる。

1天下をそのままに置けという話は聞いたが

聞在宥天下,不聞治天下也。在之也者,恐天下之淫其性也;宥之也者,恐天下之遷其德也。天下不淫其性,不遷其德,有治天下者哉?昔堯之治天下也,使天下欣欣焉,人樂其性,是不恬也;桀之治天下也,使天下瘁瘁焉,人苦其性,是不愉也。夫不恬不愉,非德也。非德也而可長久者,天下无之。

天下をそのままに置き、ゆるやかに任せるという話は聞いたが、天下を治めるという話は聞かない。

そのままに置くとは、天下が自分の性(さが)に度を越すことを恐れるからであり、ゆるやかに任せるとは、天下が自分の徳を移すことを恐れるからである。天下が自分の性に度を越さず、自分の徳を移さないなら、天下を治めることがあろうか。

昔、堯が天下を治めたとき、天下を浮き立たせて人々が自分の性を楽しむようにしたが、これは安らかなことではない。桀が天下を治めたとき、天下を疲れさせて人々が自分の性を苦しむようにしたが、これは楽しいことではない。

およそ安らかでも楽しくもないものは徳ではない。徳でないのに長く続くものは、天下にない。

2大いに喜べば陽に偏る

人大喜邪,毗於陽;大怒邪,毗於陰。陰陽并毗,四時不至,寒暑之和不成,其反傷人之形乎!使人喜怒失位,居處无常,思慮不自得,中道不成章,於是乎天下始喬詰卓鷙,而後有盜跖、曾、史之行。故舉天下以賞其善者不足,舉天下以罰其惡者不給,故天下之大,不足以賞罰。自三代以下者,匈匈焉終以賞罰爲事,彼何暇安其性命之情哉?而且悅明邪,是淫於色也;悅聰邪,是淫於聲也;悅仁邪,是亂於德也;悅義邪,是悖於理也;悅禮邪,是相於技也;悅樂邪,是相於淫也;悅聖邪,是相於藝也;悅知邪,是相於疵也。天下將安其性命之情,之八者,存可也,亡可也;天下將不安其性命之情,之八者,乃始臠卷傖囊而亂天下也,而天下乃始尊之惜之。甚矣,天下之惑也!豈直過也而去之邪?乃齊戒以言之,跪坐以進之,鼓歌以儛之。吾若是何哉?故君子不得已而臨莅天下,莫若无爲。无爲也,而後安其性命之情。故貴爲身於爲天下,則可以託天下;愛以身爲天下,則可以寄天下。故君子苟能无解其五藏,无擢其聰明,尸居而龍見,淵默而雷聲,神動而天隨,從容无爲,而萬物炊累焉。吾又何暇治天下哉!

人が大いに喜べば陽に偏り、大いに怒れば陰に偏る。陰と陽がともに偏れば四季が巡らず、寒さと暑さの和(やわ)らぎが成らないのだから、かえって人の体を傷つけないであろうか。

人に喜びと怒りの居場所を失わせ、住まいを定まらなくし、思いが自ら得られないようにし、途中で文(あや)を成さないようにする。そこで天下は初めて高ぶり、言い立て、突っ張って荒くなり、そののちに盗跖や曾参や史鰌の行いが生まれる。

だから、天下すべてを挙げてその善い者に賞しても足りず、天下すべてを挙げてその悪い者を罰しても間に合わない。だから天下の大きさでも、賞と罰には足りない。

三代より下、騒がしくも終(つい)に賞と罰を事としているのだから、彼らにどこに暇があって自分の性と命(いのち)の実(じつ)を安らかにしようか。

また、明るさを喜べば、これは色に度を越したことであり、聞くことを喜べば、これは音に度を越したことであり、仁を喜べば、これは徳を乱すことであり、義を喜べば、これは理(すじ)を狂わせることであり、礼を喜べば、これは技(わざ)を助けることであり、楽(がく)を喜べば、これは度を越すことを助けることであり、聖を喜べば、これは芸を助けることであり、知を喜べば、これは傷を助けることである。

天下が自分の性と命の実を安らかにしようとするなら、この八つはあってもよく、なくてもよい。天下が自分の性と命の実を安らかにしないのなら、この八つが初めて絡まりもつれて天下を乱すのに、天下はかえってこれを尊び惜しむ。ひどいことよ、天下の惑いは。どうしてただ通り過ぎて済むことであろうか。斎(ものい)みして語り、膝(ひざ)をついて差し出し、鼓(つづみ)を打ち歌って舞う。わたしがこれをどうしようか。

だから、君子がやむを得ず天下に臨むときには、為(な)すことのないのに及ぶものがない。為すことがなくて初めて、自分の性と命の実が安らかになる。だから、天下のためにするより自分の身を貴ぶ者にこそ天下を託すことができ、天下のためにするより自分の身をいとおしむ者にこそ天下を預けることができる。

だから、君子がまことに自分の五臓を解き放たず、自分の耳と目の明るさを抜き出さなければ、亡骸(なきがら)のようにしていても竜のように現れ、淵(ふち)のように黙っていても雷のような声がし、精神が動けば天が従い、ゆったりと為すことがなくても万物が湯気のように立ち上がる。わたしがまた、どこに暇があって天下を治めようか。

3人の心を揺るがすな

崔瞿問於老聃曰:「不治天下,安臧人心?」老聃曰:「汝慎无攖人心。人心排下而進上,上下囚殺,淖約柔乎剛彊。廉劌彫琢,其熱焦火,其寒凝冰,其疾俛仰之間而再撫四海之外,其居也淵而靜,其動也縣而天。僨驕而不可係者,其唯人心乎!昔者黃帝始以仁義攖人之心,堯、舜於是乎股无胈、脛无毛以養天下之形,愁其五藏以爲仁義,矜其血氣以規法度,然猶有不勝也。堯於是放讙兜於崇山,投三苗於三峗,流共工於幽都,此不勝天下也。夫施及三王,而天下大駭矣,下有桀、跖,上有曾、史,而儒墨畢起。於是乎喜怒相疑,愚知相欺,善否相非,誕信相譏,而天下衰矣;大德不同,而性命爛漫矣;天下好知,而百姓求竭矣。於是乎釿鋸制焉,繩墨殺焉,椎鑿決焉。天下脊脊大亂,罪在攖人心。故賢者伏處大山嵁巖之下,而萬乘之君憂慄乎廟堂之上。今世殊死者相枕也,桁楊者相推也,形戮者相望也,而儒墨乃始離跂攘臂乎桎梏之間。意,甚矣哉!其无愧而不知恥也甚矣!吾未知聖知之不爲桁楊椄槢也,仁義之不爲桎梏鑿枘也,焉知曾、史之不爲桀、跖嚆矢也?故曰:絕聖棄知,而天下大治。」

崔瞿(さいく)が老耽に問うた。「天下を治めずに、どうして人の心を善(よ)くするのですか。」

老耽が言った。「あなたは慎んで人の心を揺るがすな。人の心は押せば下がり、煽(あお)れば上がるが、上がり下がりしながら閉じこめられ、殺される。柔らかさで強く固いものを溶かす。角(かど)立って削り刻み、熱ければ焼ける火のようであり、冷たければ凍った氷のようである。その速さは、うつむいて仰ぐ間に四海の外を二度も撫(な)でる。留まるときは淵のように静かで、動くときは天に懸(か)かる。突っ張って繋(つな)ぎ止められないものは、ただ人の心だけである。

昔、黄帝が初めて仁義で人の心を揺るがした。堯と舜はこれによって、股(もも)に肉がなく脛(すね)に毛がなくなるほど天下の体を養い、自分の五臓を憂えさせて仁義を作り、自分の血と気を引き締めて法度を作った。それでも勝てないところがあった。

堯はこれによって驩兜(かんとう)を崇山(すうざん)に追い、三苗(さんびょう)を三峗(さんき)に投げ、共工(きょうこう)を幽都(ゆうと)に流したが、これは天下に勝てなかったことである。

およそ三王に至って、天下は大いに驚いた。下には桀や盗跖があり、上には曾参や史鰌があって、儒家と墨家がみな起こった。そこで喜びと怒りが互いに疑い、愚かさと知が互いに欺(あざむ)き、善さと悪さが互いに非とし、偽りと信が互いに嘲(あざけ)って、天下は衰えた。大きな徳が同じでなくなり、性と命が乱れ、天下が知を好んで、民は求め尽くした。

そこで手斧(ちょうな)と鋸(のこぎり)で裁(さば)き、墨縄で殺し、槌(つち)と鑿(のみ)で断ち切った。天下はごちゃごちゃと大いに乱れたが、その罪は人の心を揺るがしたところにある。

だから賢い者は大きな山の険しい崖(がけ)の下に伏して住み、万乗の君は廟堂(びょうどう)の上で憂え震える。

いまの世には、殺された者たちが互いに枕となって横たわり、首枷(くびかせ)をかけられた者たちが互いに押し合い、刑を受けた者たちが互いに見わたせる。それなのに儒家と墨家が、いまやっと足枷(あしかせ)と手枷の間で爪立(つまだ)ち、腕をまくる。

ああ、ひどいことよ。その恥じるところがなく、恥(は)ずかしさを知らないことがひどい。わたしは、聖い知が首枷の楔(くさび)にならないとは思えず、仁義が手枷の差し口にならないとは思えない。どうして曾参や史鰌が桀や盗跖の鏃(やじり)にならないと分かろうか。

だから言う。聖を絶ち知を捨てれば、天下は大いに治まる。」

4黄帝と広成子 — 至りの道の精

黃帝立爲天子十九年,令行天下,聞廣成子在於空同之上,故往見之,曰:「我聞吾子達於至道,敢問至道之精。吾欲取天地之精,以佐五穀,以養民人。吾又欲官陰陽,以遂羣生。爲之奈何?」廣成子曰:「而所欲問者,物之質也;而所欲官者,物之殘也。自而治天下,雲氣不待族而雨,草木不待黃而落,日月之光益以荒矣。而佞人之心翦翦者,又奚足以語至道!」黃帝退,捐天下,築特室,席白茅,閒居三月,復往邀之。廣成子南首而卧,黃帝順下風,膝行而進,再拜稽首而問曰:「聞吾子達於至道,敢問治身奈何而可以長久?」廣成子蹷然而起,曰:「善哉問乎!來,吾語汝至道。至道之精,窈窈冥冥;至道之極,昏昏默默。无視无聽,抱神以靜,形將自正。必靜必清,无勞汝形,无摇汝精,乃可以長生。目无所見,耳无所聞,心无所知,汝神將守形,形乃長生。慎汝內,閉汝外,多知爲敗。我爲汝遂於大明之上矣,至彼至陽之原也;爲汝入於窈冥之門矣,至彼至陰之原也。天地有官,陰陽有藏,慎守汝身,物將自壯。我守其一,以處其和,故我脩身千二百歲矣,吾形未常衰。」黃帝再拜稽首曰:「廣成子之謂天矣!」廣成子曰:「來,余語汝。彼其物无窮,而人皆以爲終;彼其物无測,而人皆以爲極。得吾道者,上爲皇而下爲王;失吾道者,上見光而下爲土。今夫百昌,皆生於土而反於土,故余將去汝,入无窮之門,以遊无極之野。吾與日月參光,吾與天地爲常。當我,緡乎!遠我,昏乎!人其盡死,而我獨存乎!」

黄帝が天子となって十九年、命令が天下に行われた。広成子(こうせいし)が空同(くうどう)の山の上にいると聞いて行って会い、言った。「わたしの聞くところでは、あなたは至りの道に通じているという。あえて至りの道の精(せい)をお尋ねします。わたしは天と地の精を取って五穀を助け、民を養いたい。わたしはまた陰陽をつかさどって多くの生を全うさせたい。これをどうすればよいのか。」

広成子が言った。「あなたが問おうとするものは、ものの素(もと)であり、あなたがつかさどろうとするものは、ものの滓(かす)である。あなたが天下を治めてから、雲の気が集まる前に雨が降り、草や木が黄ばむ前に落ち、日と月の光がいよいよ荒れた。それなのに、諂(へつら)う者のこまごました心で、どうして至りの道を語るに足りようか。」

黄帝は退いて天下を捨て、別に室(へや)を建て、白い茅(ちがや)を敷いて三月(みつき)を閑(しず)かに過ごしてから、再び行って請(こ)うた。

広成子は南に頭を向けて横になっていた。黄帝は風下から膝(ひざ)で歩いて進み、二度拝んで頭を下げて問うた。「聞けば、あなたは至りの道に通じているという。あえてお尋ねします。身を治めてどうすれば長く続くのか。」

広成子ははっと起き上がって言った。「よい問いだ。来なさい、わたしがあなたに至りの道を語ろう。

至りの道の精は奥深く暗い。至りの道の極みはぼんやりと黙っている。見ることもせず聞くこともせず、精神を抱いて静かにしていれば、体は自ら正しくなる。必ず静かに、必ず清らかに、あなたの体を労(つか)れさせず、あなたの精気を揺るがすな。そうすれば長く生きられる。

目に見えるものがなく、耳に聞こえるものがなく、心に知るものがなければ、あなたの精神が体を守り、体はそこで長く生きる。あなたの内を慎み、あなたの外を閉ざせ。知が多ければ崩れる。

わたしはあなたのために大きな明るさの上へ進んで、あの至りの陽の源に至った。あなたのために奥深い暗がりの門に入って、あの至りの陰の源に至った。天と地にはつかさどるものがあり、陰と陽には蔵(おさ)めるものがある。慎んであなたの身を守れば、ものは自ら強くなる。

わたしはその一つを守ってその和(やわ)らぎに身を置いた。だからわたしは身を修めて千二百年になるが、わたしの体はまだ衰えたことがない。」

黄帝は二度拝んで頭を下げて言った。「広成子こそ天というべきです。」

広成子が言った。「来なさい、わたしがあなたに語ろう。あのものには果てがないのに、人はみな終わりがあると思う。あのものは測(はか)り知れないのに、人はみな極みがあると思う。

わたしの道を得た者は、上は皇(こう)となり下は王となる。わたしの道を失った者は、上は光を見て下は土となる。

いまあの数々の茂るものが、みな土から生まれて土へ返る。だからわたしはあなたを去って、果てのなさの門に入り、極みのない野に遊ぼうと思う。わたしは日と月と光を並べ、天と地とともに常(かわ)らずにいよう。

わたしに近づくものも、ぼんやりしていることよ。わたしから遠ざかるものも、暗いことよ。人はみな死んでも、わたしだけが残るのだ。」

5雲将と鴻蒙 — 心を養え

雲將東遊,過扶摇之枝而適遭鴻蒙。鴻蒙方將拊髀爵躍而遊。雲將見之,倘然止,贄然立,曰:「叟何人邪?叟何爲此?」鴻蒙拊髀爵躍不輟,對雲將曰:「遊!」雲將曰:「朕願有問也。」鴻蒙仰而視雲將曰:「吁!」雲將曰:「天氣不和,地氣鬱結,六氣不調,四時不節。今我願合六氣之精以育羣生,爲之奈何?」鴻蒙拊脾爵躍,掉頭曰:「吾弗知,吾弗知!」雲將不得問。又三年,東遊,過有宋之野而適遭鴻蒙。雲將大喜,行趨而進,曰:「天忘朕邪?天忘朕邪?」再拜稽首,願聞於鴻蒙。鴻蒙曰:「浮遊不知所求,猖狂不知所往,遊者鞅掌,以觀无妄。朕又何知!」雲將曰:「朕也自以爲猖狂,而民隨予所往。朕也不得已於民,今則民之放也。願聞一言。」鴻蒙曰:「亂天之經,逆物之情,玄天弗成;解獸之羣,而鳥皆夜鳴;災及草木,禍及昆蟲。噫,治人之過也!」雲將曰:「然則吾奈何?」鴻蒙曰:「噫,毒哉!僊僊乎歸矣!」雲將曰:「吾遇天難,願聞一言。」鴻蒙曰:「噫,心養!汝徒處无爲,而物自化。墮爾形體,吐爾聰明,倫與物忘;大同乎涬溟,解心釋神,莫然无魂。萬物云云,各復其根,各復其根而不知;渾渾沌沌,終身不離。若彼知之,乃是離之。无問其名,无闚其情,物故自生。」雲將曰:「天降朕以德,示朕以默。躬身求之,乃今也得。」再拜稽首,起辭而行。

雲将(うんしょう)が東に遊び、扶揺(ふよう)の枝を過ぎて、たまたま鴻蒙(こうもう)に会った。鴻蒙はいましも股(もも)を叩いて雀(すずめ)のように跳ね回って遊んでいた。

雲将はこれを見て、ぴたりと止まり、驚いたように立って言った。「ご老人はどういう人ですか。ご老人はどうしてこうしておられるのですか。」

鴻蒙は股を叩いて雀のように跳ねるのをやめず、雲将に答えた。「遊んでいる。」

雲将が言った。「わたしはお尋ねしたいことがあります。」

鴻蒙は仰いで雲将を見て言った。「ふむ。」

雲将が言った。「天の気が和らがず、地の気が塞がり結び、六つの気が調(ととの)わず、四季が節(せつ)に合いません。いまわたしは六つの気の精を集めて多くの生を育てたいのですが、これをどうすればよいでしょうか。」

鴻蒙は股を叩いて雀のように跳ね、頭を振って言った。「わたしは知らない、わたしは知らない。」

雲将は問うことができなかった。

また三年の後、東に遊び、宋の野を過ぎて、たまたま鴻蒙に会った。雲将は大いに喜び、小走りに進んで言った。「天よ、わたしをお忘れですか。天よ、わたしをお忘れですか。」二度拝んで頭を下げ、鴻蒙に聞くことを願った。

鴻蒙が言った。「浮き遊んで求めるものを知らず、気ままにして行くところを知らない。遊ぶ者は取りとめもないままに、偽りのないものを見る。わたしがまた何を知ろうか。」

雲将が言った。「わたしも自分では気ままにしているつもりなのに、民はわたしが行くところに従います。わたしは民に対してやむを得なくなり、いまは民が見ならうところです。ひとこと聞きたいのです。」

鴻蒙が言った。「天の経(たていと)を乱し、ものの実を逆らえば、奥深い天は成してくれない。獣の群れを散らせば鳥はみな夜に鳴き、災いが草や木に及び、禍(わざわい)が虫に及ぶ。ああ、人を治めた過ちだ。」

雲将が言った。「それでは、わたしはどうすればよいのでしょうか。」

鴻蒙が言った。「ああ、毒だな。さっさと帰りなさい。」

雲将が言った。「わたしは天に会うのが難しかったのです。ひとこと聞きたいのです。」

鴻蒙が言った。「ああ、心を養え。あなたがただ為すことなくいれば、ものは自ら移り変わる。あなたの体を崩し、あなたの耳と目の明るさを吐き出し、仲間ともものとも忘れ去れ。大きな奥深さと同じになって、心を解き精神を放し、ぼんやりと魂(たましい)のないようにせよ。

万物が盛んに、それぞれ自分の根に帰る。それぞれ自分の根に帰りながら、それを知らない。ぼんやりと入り混じったまま、一生離れない。もしそれを知ろうとすれば、それがそのまま離れることである。その名を問わず、その実を覗(のぞ)くな。ものはもともと自ら生まれる。」

雲将が言った。「天がわたしに徳を下され、わたしに黙(もだ)しを示されました。自ら求めて、いまやっと得られました。」二度拝んで頭を下げ、立って暇(いとま)を告げて行った。

6独り有ること(独有)

世俗之人,皆喜人之同乎己,而惡人之異於己也。同於己而欲之,異於己而不欲者,以出乎衆爲心也。夫以出乎衆爲心者,曷常出乎衆哉?因衆以寧所聞,不如衆技衆矣。而欲爲人之國者,此攬乎三王之利,而不見其患者也。此以人之國僥倖也,幾何僥倖而不喪人之國乎?其存人之國也,无萬分之一;而喪人之國也,一不成而萬有餘喪矣。悲夫,有土者之不知也!夫有土者,有大物也。有大物者,不可以物;物而不物,故能物物。明夫物物者之非物也,豈獨治天下百姓而已哉?出入六合,遊乎九州,獨往獨來,是謂獨有。獨有之人,是之謂至貴。

世間の人はみな、人が自分と同じであることを喜び、人が自分と違うことを嫌う。自分と同じであれば望み、自分と違えば望まないのは、多くの人より抜け出ることを心としているからである。

およそ多くの人より抜け出ることを心とする者が、どうしていつも多くの人より抜け出ていようか。多くの人に従って聞いたことを安らかにするのは、多くの人の技(わざ)が多いことに及ばない。

それなのに人の国を治めようとする者は、三王の利だけを掴(つか)んで、その憂いを見ない者である。これは人の国を当て運(まぐ)れにすることであって、どれほど運がよければ人の国を失わないであろうか。人の国を保つことは万に一つもなく、人の国を失うことは、一つも成らないうちに万を越えて失う。

悲しいことよ、土地を持つ者が知らないことは。およそ土地を持つ者は大きなものを持つ者である。大きなものを持つ者は、ものとして扱われてはならない。ものでありながらものとして扱われないからこそ、ものをものたらしめることができる。

ものをものたらしめる者がものでないことを明らかにするなら、どうしてただ天下と民を治めるだけであろうか。六合(りくごう)を出入りし、九州に遊び、独(ひと)りで行き独りで来るので、これを独り有ること(独有)という。独り有る人、これを至って貴いという。

7大いなる人の教え

大人之教,若形之於影,聲之於響,有問而應之,盡其所懷,爲天下配。處乎无響,行乎无方,挈汝適復之撓撓,以遊无端,出入无旁,與日无始;頌論形軀,合乎大同,大同而无己。无己,惡乎得有有?覩有者,昔之君子;覩无者,天地之友。

大いなる人の教えは、体に対する影のよう、声に対する響きのようである。問いがあれば応じて、その抱くところを尽くし、天下の連れ合いとなる。

響きのないところに身を置き、方角のないところを行き、あなたを導いて行き帰りの取りとめのなさに進ませ、糸口のないところに遊び、傍(かたわ)らのないところを出入りして、日とともに始まりがない。

その姿を誉(ほ)めて論ずれば大きな同じさに適(かな)うので、大きく同じになれば自分がない。自分がないのに、どうして有(あ)ることを持とうか。有ることを見る者は昔の君子であり、無いことを見る者は天と地の友である。

8天の道と人の道

賤而不可不任者,物也;卑而不可不因者,民也;匿而不可不爲者,事也;麤而不可不陳者,法也;遠而不可不居者,義也;親而不可不廣者,仁也;節而不可不積者,禮也;中而不可不高者,德也;一而不可不易者,道也;神而不可不爲者,天也。故聖人觀於天而不助,成於德而不累,出於道而不謀,會於仁而不恃,薄於義而不積,應於禮而不諱,接於事而不辭,齊於法而不亂,恃於民而不輕,因於物而不去。物者莫足爲也,而不可不爲。不明於天者,不純於德;不通於道者,无自而可;不明於道者,悲夫!何謂道?有天道,有人道。无爲而尊者,天道也;有爲而累者,人道也。主者,天道也;臣者,人道也。天道之與人道也,相去遠矣,不可不察也。

賤(いや)しくても任せないわけにいかないものは、ものである。低くても拠(よ)らないわけにいかないものは、民である。隠れていても為さないわけにいかないものは、事である。粗(あら)くても述べないわけにいかないものは、法である。遠くても留まらないわけにいかないものは、義である。近くても広げないわけにいかないものは、仁である。節(ふし)があっても積まないわけにいかないものは、礼である。中(うち)にあっても高めないわけにいかないものは、徳である。一つであっても変えないわけにいかないものは、道である。神(くしび)であっても為さないわけにいかないものは、天である。

だから聖人は、天を見ても助けず、徳を成しても繋がれず、道から出ても謀(はか)らず、仁に集まっても頼らず、義に近づいても積まず、礼に応じても憚(はばか)らず、事に触れても退けず、法に揃(そろ)っても乱さず、民に頼っても軽んじず、ものに拠っても離れない。

ものとは為すに足るものではないが、為さないわけにいかない。天に明るくない者は徳に純(すみ)やかでなく、道に通じない者は拠るところがない。道に明るくないのだから、悲しいことよ。

何を道というのか。天の道があり、人の道がある。為すことなく尊いのが天の道であり、為すことがあって繋がれるのが人の道である。主(あるじ)は天の道であり、臣は人の道である。天の道と人の道は、互いに隔たりが遠いのだから、見きわめないわけにいかない。