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天運莊子 外篇 天運

荘子(荘周の書) 莊子 · 荘周と後の人びと · 戦国時代(紀元前4〜3世紀)· 西晋・郭象の33篇本 · 段落 44 · 漢字 2,724字 · 朗読 10.9分

荘子(荘周の書) 外篇 「北の黒い海に魚がいる、その名を鯤という」 — この一行で始まり、背の広さが何千里あるか分からない鳥が南の海へ飛んでいくところから書が開く。胡蝶の夢を見て目覚め「私が胡蝶の夢を見たのか、胡蝶が私の夢を見ているのか」と問い、牛を解く庖丁は十九年のあいだ刃を研がず、妻が死ぬと盆を叩いて歌う。蝸牛の角の上で国と国が戦って死者数万が倒れたという話で戦をやめさせ、恵子の墓を過ぎて「私にはもう語り合う者がいない」と言う。道徳経と並べて置けば、同じところをまるで違う声で語っているのが聞こえる。

1天は巡るのか、地は留まるのか

「天其運乎?地其處乎?日月其爭於所乎?孰主張是?孰維綱是?孰居无事推而行是?意者其有機緘而不得已邪?意者其運轉而不能自止邪?雲者為雨乎?雨者為雲乎?孰隆施是?孰居无事淫樂而勸是?風起北方,一西一東,有上彷徨。孰噓吸是?孰居无事而披拂是?敢問何故?」

「天は巡るのか。地は留まるのか。日と月は場所を争うのか。誰がこれを取り仕切るのか。誰がこれに綱(つな)を張るのか。誰が事もなくいながら押してこれを行かせるのか。

思うに、それに仕掛けと封じがあって、やむを得ないのか。思うに、それが巡り転じて自ら止まれないのか。

雲が雨になるのか、雨が雲になるのか。誰がこれを降らせるのか。誰が事もなくいながら楽しんでこれを促すのか。

風が北から起こり、あるときは西へ、あるときは東へ行き、上でさまよう。誰がこれを吐き吸うのか。誰が事もなくいながらこれを煽(あお)るのか。あえてその訳をお尋ねする。」

2巫咸祒の答え

巫咸祒曰:「來,吾語女。天有六極五常,帝王順之則治,逆之則凶。九洛之事,治成德備,監照下土,天下戴之,此謂上皇。」

巫咸祒(ふかんしょう)が言った。「来なさい、わたしがあなたに語ろう。天には六つの極みと五つの常(かわ)らなさがあり、帝王がこれに従えば治まり、逆らえば凶(きょう)である。九洛(きゅうらく)の事は、治めが成り徳が備わって、下の土を見下ろして照らし、天下がこれを戴(いただ)くので、これを上皇(じょうこう)という。」

3虎や狼が仁しい

商大宰蕩問仁於莊子。莊子曰:「虎狼,仁也。」

商の大宰(だいさい)の蕩(とう)が荘子に仁を問うた。荘子が言った。「虎や狼が仁である。」

4どういう意味か

曰:「何謂也?」

言った。「どういう意味でしょうか。」

5父と子が互いに親しむのだから

莊子曰:「父子相親,何為不仁?」

荘子が言った。「父と子が互いに親しむのだから、どうして仁しくないことがあろうか。」

6至りの仁をお尋ねします

曰:「請問至仁。」

言った。「至りの仁をお尋ねします。」

7至りの仁には親しみがない

莊子曰:「至仁無親。」

荘子が言った。「至りの仁には親しみがない。」

8親しみがなければ孝ではないのか

大宰曰:「蕩聞之,無親則不愛,不愛則不孝。謂至仁不孝,可乎?」

大宰が言った。「わたしの聞くところでは、親しみがなければ愛さず、愛さなければ孝(こう)でないといいます。至りの仁が孝でないと言ってよいのですか。」

9天下にわたしをあわせて忘れさせるのは難しい

莊子曰:「不然,夫至仁尚矣,孝固不足以言之。此非過孝之言也,不及孝之言也。夫南行者至於郢,北面而不見冥山,是何也?則去之遠也。故曰:以敬孝易,以愛孝難;以愛孝易,以忘親難;忘親易,使親忘我難;使親忘我易,兼忘天下難;兼忘天下易,使天下兼忘我難。夫德遺堯舜而不為也,利澤施於萬世,天下莫知也,豈直大息而言仁孝乎哉!夫孝悌仁義,忠信貞廉,此皆自勉以役其德者也,不足多也。故曰,至貴,國爵并焉;至富,國財并焉;至願,名譽并焉。是以道不渝。」

荘子が言った。「そうではない。およそ至りの仁は高いものだから、孝ではまことに語るに足りない。これは孝を越えた言葉ではなく、孝に及ばない言葉である。

およそ南へ行く者が郢(えい)に至り、北を眺(なが)めても冥山(めいざん)が見えないのは、どうしたことか。来た道が遠いからである。

だから言う。敬いで孝をするのはやさしいが、愛で孝をするのは難しい。愛で孝をするのはやさしいが、親を忘れるのは難しい。親を忘れるのはやさしいが、親にわたしを忘れさせるのは難しい。親にわたしを忘れさせるのはやさしいが、天下をあわせて忘れるのは難しい。天下をあわせて忘れるのはやさしいが、天下にわたしをあわせて忘れさせるのは難しい。

およそ徳は堯や舜を捨て置いても為さず、恵みが万世に及んでも天下が知らない。どうしてただ大きく息をついて仁や孝を語ろうか。

およそ孝と悌(てい)、仁と義、忠と信、貞(ただ)しさと廉(きよ)さは、みな自ら努めて自分の徳を使役するものだから、多いとするに足りない。

だから言う。至って貴いものには国の爵(しゃく)も含まれ、至って富んだものには国の財も含まれ、至って願うものには名も誉れも含まれる。このために道は変わらないのだ。」

10北門成が咸池の楽を問う

北門成問於黃帝曰:「帝張咸池之樂於洞庭之野,吾始聞之懼,復聞之怠,卒聞之而惑;蕩蕩默默,乃不自得。」

北門成(ほくもんせい)が黄帝に問うた。「帝が咸池(かんち)の楽を洞庭(どうてい)の野で奏(そう)されたとき、わたしは初めに聞いて恐れ、また聞いてだらけ、最後に聞いて惑いました。広々として黙り、自分を保てませんでした。」

11初めには恐れた

帝曰:「汝殆其然哉!吾奏之以人,徵之以天,行之以禮義,建之以大清。夫至樂者,先應之以人事,順之以天理,行之以五德,應之以自然,然後調理四時,太和萬物。四時迭起,萬物循生;一盛一衰,文武倫經;一清一濁,陰陽調和,流光其聲;蟄蟲始作,吾驚之以雷霆;其卒无尾,其始无首;一死一生,一僨一起;所常无窮,而一不可待。汝故懼也。

帝が言った。「お前はおそらくそうであったろう。わたしは人でこれを奏し、天でこれを調べ、礼と義でこれを行い、大いなる清らかさでこれを立てた。

およそ至りの楽は、まず人の事で応じ、天の理に従い、五つの徳で行い、自ずからそうであることで応じてから、四季を調え、万物を大いに和らげる。

四季が入れ替わって起こり、万物が従って生まれる。ひとたび盛んになりひとたび衰え、文と武が順に過ぎていく。ひとたび清くひとたび濁り、陰と陽が調え和らいで、その音が光のように流れる。

冬眠していた虫が動き出すと、わたしは雷でこれを驚かす。その終わりに尾がなく、その初めに頭がなく、ひとたび死にひとたび生まれ、ひとたび倒れひとたび起こる。常(かわ)らないところが果てがないのに、一つも待つことができない。だからお前は恐れたのだ。

12次にはだらけた

吾又奏之以陰陽之和,燭之以日月之明;其聲能短能長,能柔能剛;變化齊一,不主故常;在谷滿谷,在阬滿阬;塗卻守神,以物為量。其聲揮綽,其名高明。是故鬼神守其幽,日月星辰行其紀。吾止之於有窮,流之於无止。予欲慮之而不能知也,望之而不能見也,逐之而不能及也;儻然立於四虛之道,倚於槁梧而吟。目知窮乎所欲見,力屈乎所欲逐,吾既不及已夫!形充空虛,乃至委蛇。汝委蛇,故怠。

わたしはまた陰と陽の和らぎでこれを奏し、日と月の明るさでこれを照らした。その音は短くもあり長くもあり、柔らかくもあり固くもある。変化が一様で、古い常らなさを取り仕切らない。谷にあれば谷を満たし、窪(くぼ)みにあれば窪みを満たす。隙(すき)を塞ぎ精神を守って、ものを量(はか)りとする。その音は広くゆったりとし、その名は高く明るい。

このために鬼神はその奥深さを守り、日と月と星はその綱に従って運ぶ。わたしはこれを尽きるところで止め、止まりのないところへ流した。

お前はこれを慮(おもんぱか)っても知ることができず、眺めても見ることができず、追っても及ぶことができない。ぼんやりと四方の空(むな)しい道に立ち、枯れた桐(きり)に寄りかかって吟じるだけである。目は見ようとするところで尽き、力は追おうとするところで屈するのだから、わたしもすでに及ばなかった。体が空しさに満ち、そのままうねうねと従うことになる。お前がうねうねと従ったので、だらけたのだ。

13最後には惑った

吾又奏之以无怠之聲,調之以自然之命,故若混逐叢生,林樂而无形;布揮而不曳,幽昏而无聲。動於无方,居於窈冥;或謂之死,或謂之生;或謂之實,或謂之榮;行流散徙,不主常聲。世疑之,稽於聖人。聖也者,達於情而遂於命也。天機不張而五官皆備。此之謂天樂,无言而心說。故有焱氏為之頌曰:『聽之不聞其聲,視之不見其形,充滿天地,苞裹六極。』汝欲聽之而无接焉,而故惑也。

わたしはまただらけのない音でこれを奏し、自ずからそうである命(めい)でこれを調えた。だから、混じり合って追い、群れて生えるようであり、林の楽のように形がなく、広げ振るっても引きずられず、奥深く暗くて音がない。

方角のないところで動き、奥深いところに留まる。ある者は死んだと言い、ある者は生きていると言い、ある者は実(み)と言い、ある者は花と言う。流れ散り移り行って、常らない音を取り仕切らない。

世がこれを疑って聖人に尋ねた。聖とは、実に通じて命に従うことである。天の機(はたらき)が張られなくても、五つの感覚がみな備わる。これを天の楽といい、言葉なく心が喜ぶ。

だから有焱氏(ゆうえんし)がこれを誉めて言った。『聞こうとしてもその音が聞こえず、見ようとしてもその形が見えず、天と地に満ち、六つの極みを包む。』

お前はこれを聞こうとしても触れるところがないので、だから惑ったのだ。

14惑うから愚かになり、愚かだから道である

樂也者,始於懼,懼故祟;吾又次之以怠,怠故遁;卒之於惑,惑故愚;愚故道,道可載而與之俱也。」

楽とは恐れから始まるので、恐れるから祟(たた)りとなる。わたしはまただらけでこれに続けたので、だらけるから逃げ去る。最後に惑いに至ったので、惑うから愚かになる。愚かだから道であり、道は載せてともに行くことができる。」

15顔淵が師金に問う

孔子西遊於衞,顏淵問師金曰:「以夫子之行為奚如?」

孔子が西の衛に遊んだとき、顔淵(がんえん)が師金(しきん)に問うた。「わたしどもの先生の行いをどう思われますか。」

16惜しいことだ、あなたの先生は窮するだろう

師金曰:「惜乎!而夫子其窮哉!」

師金が言った。「惜しいことだ。あなたの先生は窮するだろうな。」

17どうしてそうなのですか

顏淵曰:「何也?」

顔淵が言った。「どうしてそうなのですか。」

18すでに使った藁の犬

師金曰:「夫芻狗之未陳也,盛以篋衍,巾以文繡,尸祝齊戒以將之。及其已陳也,行者踐其首脊,蘇者取而爨之而已;將復取而盛以篋衍,巾以文繡,遊居寢臥其下,彼不得夢,必且數眯焉。今而夫子,亦取先王已陳芻狗,聚弟子游居寢臥其下。故伐樹於宋,削迹於衞,窮於商周,是非其夢邪?圍於陳蔡之間,七日不火食,死生相與鄰,是非其眯邪?

師金が言った。「およそ藁(わら)の犬をまだ並べないうちは、箱に入れ、縫い取りの布で覆い、祝(はふり)が斎みをしてこれを奉(ささ)げる。すでに並べてしまえば、通る者がその頭や背を踏み、草刈りの者が持って行って焚(た)きつけにするだけである。

それなのに、また持ってきて箱に入れ、縫い取りの布で覆って、その下で遊び、留まり、横になって寝るなら、その者は夢を得られず、必ずしばしば寝苦しくなるだろう。

いまあなたの先生もまた、先王がすでに並べた藁の犬を持ってきて、弟子を集めてその下で遊び、留まり、横になって寝ている。だから宋で木を伐られ、衛で跡を消され、商や周で窮したのだから、これがその夢ではないか。陳と蔡の間で囲まれ、七日のあいだ火で煮たものを食べられず、死と生が隣り合ったのだから、これがその寝苦しさではないか。

19舟を陸で押すようなものだ

夫水行莫如用舟,而陸行莫如用車。以舟之可行於水也而求推之於陸,則沒世不行尋常。古今非水陸與?周魯非舟車與?今蘄行周於魯,是猶推舟於陸也,勞而无功,身必有殃。彼未知夫无方之傳,應物而不窮者也。

およそ水の道を行くには舟に及ぶものがなく、陸の道を行くには車に及ぶものがない。舟が水で行けるからといって、これを陸で押そうとするなら、一生かけても数尺も行かない。

古(いにしえ)と今が水と陸ではないか。周と魯が舟と車ではないか。いま周のものを魯で行おうとするのは、舟を陸で押すのと同じである。骨折り損で功がなく、身に必ず災いがある。あの者は、あの方角のない伝えが、ものに応じて尽きないことを知らない。

20桔槹は人が引くものだ

且子獨不見夫桔槔者乎?引之則俯,舍之則仰。彼,人之所引,非引人也。故俯仰而不得罪於人。故夫三皇五帝之禮義法度,不矜於同而矜於治。故譬三皇五帝之禮義法度,其猶柤梨橘柚邪!其味相反而皆可於口。

またあなたはひとり、あの桔槹(はねつるべ)を見たことがないのか。引けば屈み、放せば仰ぐ。あれは人が引くのであって、人を引くのではない。だから屈み仰いでも人に咎められない。

だから、あの三皇五帝の礼と義と法度は、同じであることを誇らず、治まることを誇った。だから三皇五帝の礼と義と法度を喩(たと)えれば、山梨や梨や橘や柚のようなものだ。その味は互いに違っても、みな口に合う。

21礼法は時に応じて変わる — 西施のしかめ顔

故禮義法度者,應時而變者也。今取猨狙而衣以周公之服,彼必齕齧挽裂,盡去而後慊。觀古今之異,猶猨狙之異乎周公也。故西施病心而矉其里,其里之醜人見之而美之,歸亦捧心而矉其里。其里之富人見之,堅閉門而不出,貧人見之,挈妻子而去走。彼知矉美而不知矉之所以美。惜乎,而夫子其窮哉!」

だから礼と義と法度とは、時に応じて変わるものである。

いま猿を連れてきて周公の衣を着せれば、それは必ず噛(か)みつき引き裂いて、すべて脱ぎ捨ててから気が済むだろう。古と今の違いを見れば、猿が周公と違うのと同じである。

だから、西施(せいし)が胸を病んで自分の里で顔をしかめたところ、その里の醜い女がこれを見て美しいと思い、帰って自分も胸を押さえて自分の里で顔をしかめた。その里の富んだ者はこれを見て門を固く閉ざして出てこず、貧しい者はこれを見て妻子を連れて逃げ出した。あの女は、しかめ顔が美しいことだけを知って、しかめ顔が美しい訳を知らなかったのだ。

惜しいことだ。あなたの先生は窮するだろうな。」

22五十一歳で道を聞けなかった

孔子行年五十有一而不聞道,乃南之沛見老聃。

孔子は年が五十一になるまで道を聞けず、そこで南の沛(はい)へ行って老耽に会った。

23あなたも道を得たのか

老聃曰:「子來乎?吾聞子,北方之賢者也!子亦得道乎?」孔子曰:「未得也。」

老耽が言った。「あなたが来たのか。わたしはあなたのことを、北方の賢い者だと聞いている。あなたも道を得たのか。」孔子が言った。「まだ得ておりません。」

24どこで求めたのか

老子曰:「子惡乎求之哉?」

老子が言った。「あなたはどこでそれを求めたのか。」

25度数で求めた

曰:「吾求之於度數,五年而未得也。」

言った。「わたしは度数で求めること五年でしたが、得られませんでした。」

26またどこで求めたのか

老子曰:「子又惡乎求之哉?」

老子が言った。「あなたはまたどこでそれを求めたのか。」

27陰陽で求めた

曰:「吾求之於陰陽,十有二年而未得也。」

言った。「わたしは陰陽で求めること十二年でしたが、得られませんでした。」

28道は献上もできず差し上げもできない

老子曰:「然,使道而可獻,則人莫不獻之於其君;使道而可進,則人莫不進之於其親;使道而可以告人,則人莫不告其兄弟;使道而可以與人,則人莫不與其子孫。然而不可者,无佗也,中无主而不止,外无正而不行。由中出者,不受於外,聖人不出;由外入者,無主於中,聖人不隱。名,公器也,不可多取。仁義,先王之蘧廬也,止可以一宿而不可久處,覯而多責。

老子が言った。「そうだ。道を献上できるなら、人は自分の君に献上しない者がないだろう。道を差し上げられるなら、人は自分の親に差し上げない者がないだろう。道を人に告げられるなら、人は自分の兄弟に告げない者がないだろう。道を人に与えられるなら、人は自分の子孫に与えない者がないだろう。

それなのにそうできないのは、ほかの訳ではない。内に主(あるじ)がなければ留まらず、外に正しさがなければ行われないからである。内から出るものが外で受け入れられなければ聖人は出さず、外から入るものが内に主がなければ聖人は隠さない。

名は公(おおやけ)の器だから、多く取ってはならない。仁義は先王の宿(やど)だから、一晩泊まることはできても長く留まることはできない。長く見られれば咎めが多い。

29まことを採る遊び

古之至人,假道於仁,託宿於義,以遊逍遙之虛,食於苟簡之田,立於不貸之圃。逍遙,无為也;苟簡,易養也;不貸,无出也。古者謂是采真之遊。

昔の至人は、仁に道を借り、義に一晩を託して、気ままに歩く空(あ)き地に遊び、ざっと簡(やす)い畑で食べ、貸すことのない園(その)に立った。

気ままに歩くとは為すことのなさであり、ざっと簡いとは養いやすいことであり、貸すことがないとは出すことのなさである。昔の人はこれをまことを採(と)る遊びといった。

30天に罰せられた民

以富為是者,不能讓祿;以顯為是者,不能讓名。親權者,不能與人柄,操之則慄,舍之則悲,而一無所鑒,以闚其所不休者,是天之戮民也。怨恩取與諫教生殺,八者,正之器也,唯循大變无所湮者為能用之。故曰,正者,正也。其心以為不然者,天門弗開矣。」

富みを是(よし)とする者は禄を譲ることができず、目立つことを是とする者は名を譲ることができない。権(いきおい)を親しむ者は人に柄(え)を与えることができない。それを握れば震え、それを放せば悲しみながら、一つも照らして見るところがなく、その休めないところを覗(のぞ)くのだから、これは天に罰せられた民である。

恨みと恵み、取ることと与えること、諫(いさ)めと教え、生かすことと殺すことのこの八つは、正すための器である。ただ大きな変化に従って塞(ふさ)がるところのない者だけが、これを用いることができる。

だから言う。正しさとは正すことである。その心がそうでないと思う者には、天の門が開かない。」

31仁義は籾殻を撒いて目に入れること

孔子見老聃而語仁義。老聃曰:「夫播穅眯目,則天地四方易位矣;蚊虻噆膚,則通昔不寐矣。夫仁義憯然乃憤吾心,亂莫大焉。吾子使天下无失其朴,吾子亦放風而動,總德而立矣,又奚傑然若負建鼓而求亡子者邪?夫鵠不日浴而白,烏不日黔而黑。黑白之朴,不足以為辯;名譽之觀,不足以為廣。泉涸,魚相與處於陸,相呴以溼,相濡以沫,不若相忘於江湖!」

孔子が老耽に会って仁義を語った。

老耽が言った。「およそ籾殻(もみがら)を撒(ま)いて目に入れば、天と地と四方が位置を変え、蚊や虻(あぶ)が肌を刺せば、夜どおし眠れない。

およそ仁義が痛々しくわたしの心を乱すのだから、乱れがこれより大きいものはない。あなたは天下にその丸木を失わせないようにしたいのか。あなたも風を放って動き、徳を集めて立てばよい。また、どうして苦労して大きな鼓を背負い、逃げた子を探すようにするのか。

およそ鵠(くぐい)は毎日洗わなくても白く、烏(からす)は毎日黒く染めなくても黒い。黒と白の丸木は言い分けるに足りず、名と誉れの眺めは広いとするに足りない。

泉が枯れると、魚は陸で一緒に過ごし、互いに湿りを吹きかけ、互いに泡で濡らしてやるが、川や湖で互いに忘れていることに及ばない。」

32孔子が三日語らない

孔子見老聃歸,三日不談。弟子問曰:「夫子見老聃,亦將何規哉?」

孔子が老耽に会って帰り、三日のあいだ語らなかった。弟子が問うた。「先生は老耽にお会いになって、何で諭されたのですか。」

33わたしは今日、竜を見た

孔子曰:「吾乃今於是乎見龍!龍,合而成體,散而成章,乘雲氣而養乎陰陽。予口張而不能嗋。予又何規老聃哉?」

孔子が言った。「わたしは今やっとここで竜を見た。竜は合わさって体を成し、散って文(あや)を成し、雲気に乗って陰と陽に養われる。わたしの口は開いたまま閉じられなかった。わたしがまた何で老耽を諭そうか。」

34子貢が老耽を訪ねる

子貢曰:「然則人固有尸居而龍見,雷聲而淵默,發動如天地者乎?賜亦可得而觀乎?」遂以孔子聲見老聃。

子貢が言った。「それなら人の中に、まことに亡骸のようにしていて竜のように現れ、雷のような声を出しながら淵のように黙り、天と地のように動く者がいるのですか。わたしもお会いできますか。」そこで孔子の名を借りて老耽に会った。

35わたしの年は暮れたのに

老聃方將倨堂而應,微曰:「予年運而往矣,子將何以戒我乎?」

老耽はいましも堂に腰かけて応じながら、低い声で言った。「わたしの年は暮れていった。あなたは何でわたしを諭そうというのか。」

36三王五帝の治めが違うのに

子貢曰:「夫三王五帝之治天下不同,其係聲名一也。而先生獨以為非聖人,如何哉?」

子貢が言った。「およそ三王五帝が天下を治めたことは同じでないのに、その名を掛けたことは一つです。それなのに先生だけがひとり聖人ではないと言われるのは、どうしたことですか。」

37どうして同じでないと言うのか

老聃曰:「小子少進!子何以謂不同?」

老耽が言った。「若者よ、少し進み出よ。あなたは何によって同じでないと言うのか。」

38堯は舜に、舜は禹に

對曰:「堯授舜,舜授禹,禹用力而湯用兵,文王順紂而不敢逆,武王逆紂而不肯順,故曰不同。」

答えて言った。「堯は舜に譲り、舜は禹に譲り、禹は力を用い、湯は兵を用いました。文王は紂に従ってあえて逆らわず、武王は紂に逆らって従おうとしませんでした。だから同じでないと言うのです。」

39三皇五帝の治め — 治めたと名づけるが乱れが甚だしい

老聃曰:「小子少進,余語汝三皇五帝之治天下。黃帝之治天下,使民心一,民有其親死不哭而民不非也。堯之治天下,使民心親。民有為其親殺其殺而民不非也。舜之治天下,使民心競,民孕婦十月生子,子生五月而能言,不至乎孩而始誰,則人始有夭矣。禹之治天下,使民心變,人有心而兵有順,殺盜非殺,人自為種而天下耳,是以天下大駭,儒墨皆起。其作始有倫,而今乎婦女,何言哉!余語汝,三皇五帝之治天下,名曰治之,而亂莫甚焉。三皇之知,上悖日月之明,下睽山川之精,中墮四時之施。其知憯於𧓽蠆之尾,鮮規之獸,莫得安其性命之情者,而猶自以為聖人,不可恥乎?其无恥也?」

老耽が言った。「若者よ、少し進み出よ。わたしがあなたに三皇五帝が天下を治めたことを語ろう。

黄帝が天下を治めたときには、民の心を一つにした。民の中に自分の親が死んでも哭(こく)しない者がいたが、民はそれを非としなかった。

堯が天下を治めたときには、民の心を親しくした。民の中に自分の親のために減らすべきものを減らす者がいたが、民はそれを非としなかった。

舜が天下を治めたときには、民の心を争わせた。民は、身重の女が十月で子を生み、子が生まれて五月で物を言い、幼子に至る前に誰かを言い分けるようになったので、人に初めて早死にが生じた。

禹が天下を治めたときには、民の心を移り変わらせた。人に心があり兵に従いがあって、盗人を殺すのは殺しではないとし、人がそれぞれ仲間を作って天下としただけであった。このために天下は大いに驚き、儒家と墨家がみな起こった。

その作り始めには順序があったのに、いまは女子のようなのだから、何を言おうか。

わたしがあなたに語ろう。三皇五帝が天下を治めたことを治めたと名づけるが、乱れがこれより甚(ひど)いものはない。三皇の知は、上では日と月の明るさを狂わせ、下では山と川の精に背き、中では四季の施しを崩した。その知は蠍(さそり)の尾より痛く、小さな獣までも自分の性と命の実を安らかにできなかった。それなのに自分では聖人だと思うのだから、恥ずかしくないのか。その恥のなさよ。」

40子貢が落ち着かずに立つ

子貢蹴蹴然立不安。

子貢ははっとして落ち着かずに立っていた。

41六つの経を修めて久しいのに

孔子謂老聃曰:「丘治《詩》、《書》、《禮》、《樂》、《易》、《春秋》六經,自以為久矣,孰知其故矣,以奸者七十二君,論先王之道而明周召之迹,一君无所鉤用。甚矣夫!人之難說也,道之難明邪?」

孔子が老耽に言った。「わたしは『詩』『書』『礼』『楽』『易』『春秋』の六つの経を修めて自分では久しいと思い、その訳をよく知っていると思って、七十二人の君に進み出て先王の道を論じ、周公と召公の跡を明らかにしましたが、一人の君も取り上げて用いる者がありませんでした。甚いことよ、人を説(と)くことの難しさは。道を明らかにすることの難しさなのでしょうか。」

42六つの経は先王が残した跡である

老子曰:「幸矣子之不遇治世之君也!夫六經,先王之陳迹也,豈其所以迹哉!今子之所言,猶迹也。夫迹,履之所出,而迹豈履哉!夫白鶂之相視,眸子不運而風化;蟲,雄鳴於上風,雌應於下風而風化;類自為雌雄,故風化。性不可易,命不可變,時不可止,道不可壅。苟得於道,无自而不可;失焉者,无自而可。」

老子が言った。「幸いだな、あなたが世を治める君に出会わなかったことは。およそ六つの経は先王が残した跡である。どうしてその跡を出したもとであろうか。

いまあなたが語るものは跡と同じである。およそ跡は履(くつ)が出したものであって、跡がどうして履であろうか。

およそ白い水鳥は互いに見つめ、瞳(ひとみ)を動かさなくても風で子を孕(はら)み、虫は雄が風上で鳴き雌が風下で応じて風で子を孕む。同じ類の中で自ら雌と雄になるので、風で子を孕む。

性は変えることができず、命は改めることができず、時は止めることができず、道は塞ぐことができない。まことに道を得れば、どこからでもできないことがなく、これを失えば、どこからでもできることがない。」

43三月ののちにまた会う

孔子不出三月,復見,曰:「丘得之矣。烏鵲孺,魚傅沫,細要者化,有弟而兄啼。久矣夫丘不與化為人!不與化為人,安能化人!」

孔子は三月(みつき)外に出ず、また会って言った。「わたしは得ました。烏や鵲(かささぎ)は卵を孵(かえ)し、魚は泡を付け、腰の細い蜂(はち)は変えさせ、弟が生まれると兄が泣きます。久しいことよ、わたしが移り変わりとともに人たることをしなかったとは。移り変わりとともに人たることをしなければ、どうして人を移り変わらせられましょう。」

44よし、丘が得た

老子曰:「可,丘得之矣!」

老子が言った。「よし、丘が得た。」