いにしえの文 › 荘子(荘周の書) › 外篇

天道莊子 外篇 天道

荘子(荘周の書) 莊子 · 荘周と後の人びと · 戦国時代(紀元前4〜3世紀)· 西晋・郭象の33篇本 · 段落 39 · 漢字 2,469字 · 朗読 9.9分

荘子(荘周の書) 外篇 「北の黒い海に魚がいる、その名を鯤という」 — この一行で始まり、背の広さが何千里あるか分からない鳥が南の海へ飛んでいくところから書が開く。胡蝶の夢を見て目覚め「私が胡蝶の夢を見たのか、胡蝶が私の夢を見ているのか」と問い、牛を解く庖丁は十九年のあいだ刃を研がず、妻が死ぬと盆を叩いて歌う。蝸牛の角の上で国と国が戦って死者数万が倒れたという話で戦をやめさせ、恵子の墓を過ぎて「私にはもう語り合う者がいない」と言う。道徳経と並べて置けば、同じところをまるで違う声で語っているのが聞こえる。

1水が静かであれば髭まで映す

天道運而无所積,故萬物成;帝道運而无所積,故天下歸;聖道運而无所積,故海內服。明於天,通於聖,六通四辟於帝王之德者,其自為也,昧然无不靜者矣!聖人之靜也,非曰靜也善,故靜也。萬物无足以鐃心者,故靜也。水靜則明燭鬚眉,平中準,大匠取法焉。水靜猶明,而況精神!聖人之心靜乎!天地之鑑也,萬物之鏡也。夫虛靜恬淡寂漠无為者,天地之平而道德之至。故帝王聖人休焉。休則虛,虛則實,實則倫矣。虛則靜,靜則動,動則得矣。靜則无為,无為也則任事者責矣。无為則俞俞,俞俞者憂患不能處,年壽長矣。夫虛靜恬淡寂漠无為者,萬物之本也。明此以南鄉,堯之為君也;明此以北面,舜之為臣也。以此處上,帝王天子之德也;以此處下,玄聖素王之道也。以此退居而閒游江海,山林之士服;以此進為而撫世,則功大名顯而天下一也。靜而聖,動而王,无為也而尊,樸素而天下莫能與之爭美。夫明白於天地之德者,此之謂大本大宗,與天和者也。所以均調天下,與人和者也。與人和者,謂之人樂;與天和者,謂之天樂。

天の道は巡って溜(た)まるところがないので、万物が成る。帝の道は巡って溜まるところがないので、天下が帰(き)する。聖人の道は巡って溜まるところがないので、国中が服する。

天に明るく、聖に通じ、帝王の徳に六つの方へ通じ四方に開けた者は、その自ら為すところが奥深く、静かでないものがない。

聖人の静かさは、静かなのが善いと思って静かなのではない。万物がその心を揺るがすに足りないので静かなのである。

水が静かであれば髭(ひげ)や眉(まゆ)まで明るく映し、平らかさが水準器に合うので、大工の棟梁(とうりょう)がこれを手本とする。水が静かでもこれほど明るいのに、まして精神はどうであろう。聖人の心の静かさよ。天と地の鑑(かがみ)であり、万物の鏡である。

およそ虚(むな)しく静かで淡々として寂(さび)しく、為すことのないものは、天と地の平らかさであり、道徳の至りである。だから帝王と聖人がここに休む。

休めば虚しく、虚しければ満ち、満ちれば理(すじ)が立つ。虚しければ静かで、静かであれば動き、動けば得る。静かであれば為すことがなく、為すことがなければ事を任された者が自分の責めを果たす。為すことがなければゆったりとし、ゆったりとすれば憂いが留まれず、年が長くなる。

およそ虚しく静かで淡々として寂しく、為すことのないものは、万物の根である。

これを明らかにして南を向いたのが堯が君となった訳であり、これを明らかにして北を向いたのが舜が臣となった訳である。これによって上に身を置くのが帝王と天子の徳であり、これによって下に身を置くのが奥深い聖人、位のない王の道である。

これによって退いて暮らし、川や海に閑(しず)かに遊べば山林の士が従い、これによって進み出て世を撫(な)でれば、功が大きく名が現れて天下が一つになる。

静かであれば聖人、動けば王であり、為すことがなくても尊く、素朴であっても天下が彼と美しさを争うことができない。

およそ天と地の徳に明るい者、これを大きな根、大きな宗(むね)といい、天と和(やわ)らぐ者という。天下を均(ひと)しく調えるその訳が、人と和らぐことである。人と和らぐことを人の楽しみといい、天と和らぐことを天の楽しみという。

2天の楽しみ

莊子曰:「吾師乎,吾師乎!𩐈萬物而不為戾,澤及萬世而不為仁,長於上古而不為壽,覆載天地、刻彫衆形而不為巧,此之謂天樂。故曰:知天樂者,其生也天行,其死也物化。靜而與陰同德,動而與陽同波。故知天樂者,无天怨,无人非,无物累,无鬼責。故曰:其動也天,其靜也地,一心定而王天下;其鬼不祟,其魂不疲,一心定而萬物服。言以虛靜推於天地,通於萬物,此之謂天樂。天樂者,聖人之心,以畜天下也。」

荘子が言った。「我が師よ、我が師よ。万物を砕きながら荒々しいとせず、恵みが万世に及びながら仁とせず、遠い昔より長いのに長生きとせず、天と地を覆い載せ、あらゆる形を刻みながら巧(たく)みとしないので、これを天の楽しみという。

だから言う。天の楽しみを知る者は、その生が天の運びであり、その死がものの移り変わりである。静かであれば陰と徳を同じくし、動けば陽と波を同じくする。

だから天の楽しみを知る者は、天の恨みがなく、人の咎(とが)めがなく、ものの繋(つな)がりがなく、鬼神の責めがない。

だから言う。その動きは天であり、その静かさは地である。一つの心が定まって天下に王たる。その鬼神が祟(たた)らず、その魂が疲れない。一つの心が定まって万物が服する。

虚しく静かなことで天と地に押し及ぼし、万物に通じるという意味だから、これを天の楽しみという。天の楽しみとは、聖人の心で天下を養うことである。」

3上は為すことがなく、下は為すことがある

夫帝王之德,以天地為宗,以道德為主,以无為為常。无為也,則用天下而有餘;有為也,則為天下用而不足。故古之人貴夫无為也。上无為也,下亦无為也,是下與上同德。下與上同德則不臣。下有為也,上亦有為也,是上與下同道。上與下同道則不主。上必无為而用天下,下必有為為天下用。此不易之道也。故古之王天下者,知雖落天地,不自慮也;辯雖彫萬物,不自說也;能雖窮海內,不自為也。天不產而萬物化,地不長而萬物育,帝王无為而天下功。故曰:莫神於天,莫富於地,莫大於帝王。故曰:帝王之德配天地。此乘天地,馳萬物,而用人羣之道也。

およそ帝王の徳は、天と地を宗とし、道徳を主とし、為すことのなさを常とする。

為すことがなければ天下を用いても余り、為すことがあれば天下に用いられても足りない。だから昔の人は、あの為すことのなさを貴んだ。

上が為すことがないのに下も為すことがなければ、これは下が上と徳を同じくすることである。下が上と徳を同じくすれば、臣たることをしない。下が為すことがあるのに上も為すことがあれば、これは上が下と道を同じくすることである。上が下と道を同じくすれば、主たることをしない。

上は必ず為すことなく天下を用い、下は必ず為すことがあって天下に用いられる。これが変わらない道である。

だから昔、天下に王たった者は、知が天と地を囲むほどでも自ら慮(おもんぱか)らず、弁が万物を刻むほどでも自ら語らず、能が国中を尽くすほどでも自ら為さなかった。

天が生まなくても万物が移り変わり、地が育てなくても万物が育ち、帝王が為すことがなくても天下に功が成る。

だから言う。天より神(くしび)なものはなく、地より富んだものはなく、帝王より大きなものはない。だから言う。帝王の徳は天と地に並び立つ。これが天と地に乗り、万物を駆り、人の群れを用いる道である。

4五つの末の枝

本在於上,末在於下;要在於主,詳在於臣。三軍五兵之運,德在末也;賞罰利害,五刑之辟,教之末也;禮法度數,形名比詳,治之末也;鐘鼓之音,羽旄之容,樂之末也;哭泣衰絰,隆殺之服,哀之末也。此五末者,須精神之運,心術之動,然後從之者也。

根は上にあり、末(すえ)の枝は下にあり、要(かなめ)は君にあり、細(こま)かさは臣にある。

三軍と五つの武器の運びは徳の末の枝であり、賞と罰、利と害、五つの刑の法は教えの末の枝であり、礼法や度数、形と名を比べて細かく見ることは治めの末の枝であり、鐘と鼓の音、羽や旄(はたがしら)の身ぶりは楽の末の枝であり、哭(こく)し泣き、喪服を着て厚くしたり減らしたりする衣は哀(かな)しみの末の枝である。

この五つの末の枝は、精神の運びと心の働きの動きを待ってから、それに従うものである。

5高さ低さと前後の順序

末學者,古人有之,而非所以先也。君先而臣從,父先而子從,兄先而弟從,長先而少從,男先而女從,夫先而婦從。夫尊卑先後,天地之行也,故聖人取象焉。天尊,地卑,神明之位也;春夏先,秋冬后,四時之序也。萬物化作,萌區有狀;盛衰之殺,變化之流也。夫天地至神,而有尊卑先後之序,而況人道乎!宗廟尚親,朝廷尚尊,鄉黨尚齒,行事尚賢,大道之序也。語道而非其序者,非其道也;語道而非其道者,安取道!

末の枝の学びは昔の人にもあったが、先とするべきものではなかった。

君が先んずれば臣が従い、父が先んずれば子が従い、兄が先んずれば弟が従い、年長が先んずれば年少が従い、男が先んずれば女が従い、夫が先んずれば妻が従う。

およそ高さ低さ、先と後は天と地の運びである。だから聖人がその姿を取った。天が高く地が低いのは神明(しんめい)の位であり、春と夏が先で秋と冬が後なのは四季の順序である。万物が移り変わって起こり、芽ぐむときにそれぞれ姿があり、盛んになり衰えて減っていくのは変化の流れである。

およそ天と地が至って神であっても、高さ低さと前後の順序があるのだから、まして人の道はどうであろう。

宗廟では親しさを高め、朝廷では位を高め、里では年を高め、事を行うときは賢い者を高めるので、大きな道の順序である。

道を語りながらその順序でないものは、その道ではない。道を語りながらその道でないなら、どうして道を取ろうか。

6大きな道を明らかにする順序

是故古之明大道者,先明天而道德次之,道德已明而仁義次之,仁義已明而分守次之,分守已明而形名次之,形名已明而因任次之,因任已明而原省次之,原省已明而是非次之,是非已明而賞罰次之。賞罰已明而愚知處宜,貴賤履位;仁賢不肖襲情,必分其能,必由其名。以此事上,以此畜下,以此治物,以此修身,知謀不用,必歸其天。此之謂大平,治之至也。

だから昔、大きな道を明らかにした者は、まず天を明らかにし、道徳がその次であった。道徳がすでに明らかになると仁義がその次であった。仁義がすでに明らかになると分(わ)けと守りがその次であった。分けと守りがすでに明らかになると形と名がその次であった。形と名がすでに明らかになると任せることがその次であった。任せることがすでに明らかになると調べて減らすことがその次であった。調べて減らすことがすでに明らかになると是非がその次であった。是非がすでに明らかになると賞と罰がその次であった。

賞と罰がすでに明らかになると、愚かな者と知る者が適(かな)ったところに身を置き、貴い者と賤(いや)しい者が自分の位を踏んだ。賢い者も劣った者も実(じつ)に従いながら、必ずその能を分け、必ずその名に拠(よ)った。

これによって上に仕え、これによって下を養い、これによってものを治め、これによって身を修めたので、知や謀(はかりごと)を用いず、必ずその天に帰った。これを大きな太平といい、治めの至りである。

7いきなり形と名を語る者

故書曰:「有形有名。」形名者,古人有之,而非所以先也。古之語大道者,五變而形名可舉,九變而賞罰可言也。驟而語形名,不知其本也;驟而語賞罰,不知其始也。倒道而言,迕道而說者,人之所治也,安能治人!驟而語形名賞罰,此有知治之具,非知治之道。可用於天下,不足以用天下,此之謂辯士,一曲之人也。禮法數度,形名比詳,古人有之。此下之所以事上,非上之所以畜下也。

だから書に「形があり名がある」とある。形と名は昔の人にもあったが、先とするべきものではなかった。

昔、大きな道を語った者は、五たび移ってから形と名を挙げることができ、九たび移ってから賞と罰を語ることができた。

いきなり形と名を語るのは、その根を知らないことであり、いきなり賞と罰を語るのは、その初めを知らないことである。

道を逆さに語り、道に背いて説く者は、人に治められる者なのだから、どうして人を治めることができようか。

いきなり形と名、賞と罰を語るのは、治める道具を知ることであって、治める道を知ることではない。天下に用いられることはできても、天下を用いるには足りないので、これを弁の立つ士、一方に偏った人という。

礼法や度数、形と名を比べて細かく見ることは昔の人にもあった。これは下が上に仕える訳であって、上が下を養う訳ではない。

8舜が堯に心の使い方を問う

昔者舜問於堯曰:「天王之用心何如?」

昔、舜が堯に問うた。「天王の心の使い方はいかがですか。」

9堯の答え

堯曰:「吾不敖无告,不廢窮民,苦死者,嘉孺子而哀婦人,此吾所以用心已。」

堯が言った。「わたしは訴えるところのない者に驕(おご)らず、窮した民を見捨てず、死んだ者を痛み、幼子をいとおしみ、女を哀れむ。これがわたしの心を使うところだ。」

10美しいことは美しいが、大きくはない

舜曰:「美則美矣,而未大也。」

舜が言った。「美しいことは美しいですが、大きくはありません。」

11それならどうなのか

堯曰:「然則何如?」

堯が言った。「それならどうなのか。」

12天の徳

舜曰:「天德而出寧,日月照而四時行,若晝夜之有經,雲行而雨施矣!」

舜が言った。「天の徳によって安らかさが出てきて、日と月が照らし四季が運び、昼と夜に法(のり)があるようであり、雲が行き雨が降るようなものです。」

13お前は天と合い、わたしは人と合う

堯曰:「膠膠擾擾乎!子,天之合也;我,人之合也。」

堯が言った。「わたしはごたごたと乱れていたのだな。お前は天と合い、わたしは人と合うのだ。」

14昔、天下に王たった者は何をしたのか

夫天地者,古之所大也,而黃帝堯舜之所共美也。故古之王天下者,奚為哉?天地而已矣。

およそ天と地は昔の人が大きいとしたところであり、黄帝や堯や舜がともに美しいとしたところである。だから昔、天下に王たった者が何をしたであろうか。天と地に従っただけである。

15孔子が周に書物を蔵めようとする

孔子西藏書於周室,子路謀曰:「由聞周之徵藏史有老聃者,免而歸居,夫子欲藏書,則試往因焉。」

孔子が西の周の王室に書物を蔵(おさ)めようとしたとき、子路が相談して言った。「わたしの聞くところでは、周の書物をつかさどる史官に老耽という者がいて、官を辞して帰り住んでいるそうです。先生が書物を蔵めようとされるなら、行って彼に頼んでみられてはどうですか。」

16よし

孔子曰:「善。」

孔子が言った。「よし。」

17十二の経を広げて語る

往見老聃,而老聃不許,於是繙十二經以說。

行って老耽に会ったが、老耽は許さなかった。そこで十二の経(きょう)を広げて語った。

18その要を聞きたい

老聃中其說,曰:「大謾,願聞其要。」

老耽はその話を遮(さえぎ)って言った。「長たらしい。その要(かなめ)を聞きたい。」

19要は仁義にある

孔子曰:「要在仁義。」

孔子が言った。「要は仁義にあります。」

20仁義は人の性か

老聃曰:「請問:仁義,人之性邪?」

老耽が言った。「問おう。仁義は人の性(さが)か。」

21まことの人の性である

孔子曰:「然,君子不仁則不成,不義則不生。仁義,真人之性也,又將奚為矣?」

孔子が言った。「そうです。君子は仁しくなければ成らず、義しくなければ生きられません。仁義はまことに人の性ですから、ほかに何をしましょう。」

夾注 1

真人之性也

真人 — 荘子が強い意味で用いる「真人(まことのひと)」と見て、「真人の性」と読むこともある。― 訳者

22何を仁義というのか

老聃曰:「請問:何謂仁義?」

老耽が言った。「問おう。何を仁義というのか。」

23あまねく愛して私がないこと

孔子曰:「中心物愷,兼愛无私,此仁義之情也。」

孔子が言った。「心の内でものを喜び、あまねく愛して私(わたくし)がないこと、これが仁義の実です。」

24鼓を打って逃げた子を探すようなものだ

老聃曰:「意,幾乎後言!夫兼愛,不亦迂乎!无私焉,乃私也。夫子若欲使天下无失其牧乎?則天地固有常矣,日月固有明矣,星辰固有列矣,禽獸固有羣矣,樹木固有立矣。夫子亦放德而行,遁道而趨,已至矣!又何偈偈乎揭仁義,若擊鼓而求亡子焉?意,夫子亂人之性也。」

老耽が言った。「ああ、後の言葉が危ういな。およそあまねく愛するというのも、遠回りではないか。私がないというのが、そのまま私である。

あなたは天下にその養いを失わせないようにしたいのか。それなら、天と地にはもともと常(かわ)らなさがあり、日と月にはもともと明るさがあり、星々にはもともと並びがあり、鳥や獣にはもともと群れがあり、木にはもともと立ちがある。

あなたも徳を放って行い、道に従って進めば、すでに至りである。また、どうして苦労して仁義を掲げ、鼓を打って逃げた子を探すようにするのか。ああ、あなたは人の性を乱しているのだ。」

25士成綺が老子をなじる

士成綺見老子而問曰:「吾聞夫子聖人也,吾固不辭遠道而來願見,百舍重趼而不敢息。今吾觀子,非聖人也,鼠壤有餘蔬,而棄妹之者,不仁也!生熟不盡於前,而積斂无崖。」

士成綺(しせいき)が老子に会って問うた。「わたしの聞くところでは先生は聖人だというので、わたしはまことに遠い道をいとわずにお会いしたいと願って来て、百か所に宿り、足が重ねて腫(は)れるまで、あえて休みませんでした。

いまわたしがあなたを見れば、聖人ではありません。鼠(ねずみ)の穴に残り物の菜(な)があるのに、ほうっておかれるのは仁しくありません。生(なま)のものも煮たものも目の前で尽きていないのに、際限なく積み集めておられる。」

夾注 1

而棄妹之者

底本は「妹(いもうと)」だが、「昧(ほうっておく)」と見て訳した。― 訳者

26老子が黙って応じない

老子漠然不應。

老子は黙ったまま応じなかった。

27翌日また会う

士成綺明日復見,曰:「昔者吾有剌於子,今吾心正卻矣,何故也?」

士成綺が翌日また会って言った。「昨日はわたしがあなたを刺しましたが、今日はわたしの心がまっすぐに退いています。どういう訳でしょうか。」

28わたしを牛と呼べば牛、馬と呼べば馬である

老子曰:「夫巧知神聖之人,吾自以為脫焉。昔者子呼我牛也而謂之牛,呼我馬也而謂之馬。苟有其實,人與之名而弗受,再受其殃。吾服也恆服,吾非以服有服。」

老子が言った。「およそ巧(たく)みで知(さと)く、神で聖い人というものから、わたしは自分で抜け出たと思っている。

昨日あなたがわたしを牛と呼んだなら牛としたであろうし、わたしを馬と呼んだなら馬としたであろう。まことにその実があるのに、人が名を与えるのを受けなければ、重ねてその災いを受ける。

わたしが従うのはいつも従うのであって、わたしが従おうとして従いがあるのではない。」

29身を修める道を問う

士成綺鴈行避影,履行遂進而問:「修身若何。」

士成綺は雁(がん)のように斜めに立って影を避け、歩み進んで問うた。「身を修めることはどうすればよいのでしょうか。」

30繋がれた馬のように止まっている

老子曰:「而容崖然,而目衝然,而顙頯然,而口闞然,而狀義然,似繫馬而止也。動而持,發也機,察而審,知巧而覩於泰,凡以為不信。邊竟有人焉,其名為竊。」

老子が言った。「あなたの姿は崖(がけ)のように突っ張り、あなたの目は見開かれ、あなたの額は突き出し、あなたの口はかっと開き、あなたの形は強(こわ)ばっていて、繋(つな)がれた馬が止まっているようだ。

動こうとして押さえられており、出ようとするものが弩(いしゆみ)のようであり、見きわめることが細かく、知と巧みで高ぶるところを眺めると、およそ信じられないというところだ。辺境にそういう人がいて、その名を盗人という。」

31至人の心には定まったところがある

夫子曰:「夫道,於大不終,於小不遺,故萬物備。廣廣乎其无不容也,淵乎其不可測也。形德仁義,神之末也,非至人孰能定之!夫至人有世,不亦大乎!而不足以為之累。天下奮棅而不與之偕,審乎無假而不與利遷,極物之真,能守其本,故外天地,遺萬物,而神未嘗有所困也。通乎道,合乎德,通仁義,賓禮樂,至人之心有所定矣。」

先生が言った。「およそ道は、大きなところで終わらず、小さなところで漏らさないので、万物が備わる。広々として容(い)れないものがなく、深くて測(はか)ることができない。

形と徳と仁義は精神の末の枝なのだから、至人でなければ誰がそれを定められようか。

およそ至人が世を治めるのも、また大きなことではないか。それでもそれが彼の繋がりとなるには足りない。天下が権(いきおい)を奪い合っても、それと一緒に行かず、偽りのないことを見きわめて利に移らない。もののまことを尽くしてその根を守ることができるので、天と地を外のものとし、万物を捨て置いても、精神が苦しむところがあったことがない。

道に通じ、徳に適い、仁義を退け、礼楽を客として扱うので、至人の心には定まったところがある。」

32知る者は語らず、語る者は知らない

世之所貴道者,書也。書不過語,語有貴也。語之所貴者,意也,意有所隨。意之所隨者,不可以言傳也,而世因貴言傳書。世雖貴之,我猶不足貴也,為其貴非其貴也。故視而可見者,形與色也;聽而可聞者,名與聲也。悲夫,世人以形色名聲為足以得彼之情!夫形色名聲果不足以得彼之情,則知者不言,言者不知,而世豈識之哉!

世が道として貴ぶものは書物である。書物は言葉にすぎないが、言葉に貴いものがある。言葉で貴いものは意(こころ)であり、意には従うところがある。

意が従うところは言葉で伝えることができない。それなのに世は言葉を貴んで書物を伝える。世が貴んでも、わたしはやはり貴ぶに足りないという。その貴ぶものが、まことに貴いものではないからである。

だから、見て見えるものは形と色であり、聞いて聞こえるものは名と音である。

悲しいことよ。世の人が形と色、名と音で、あれの実を得るに足りると思うとは。およそ形と色、名と音で、果たしてあれの実を得るに足りないのなら、知る者は語らず、語る者は知らない。それなのに世がどうしてそれを知ろうか。

33輪扁が桓公に問う

桓公讀書於堂上,輪扁斲輪於堂下,釋椎鑿而上,問桓公曰:「敢問:公之所讀者何言邪?」

桓公が堂の上で書物を読み、輪扁(りんぺん)が堂の下で車輪を削っていた。槌(つち)と鑿(のみ)を置いて上がり、桓公に問うた。「あえてお尋ねします。公がお読みになっているのは、どういう言葉ですか。」

34聖人の言葉だ

公曰:「聖人之言也。」

公が言った。「聖人の言葉だ。」

35聖人は生きているのか

曰:「聖人在乎?」

言った。「聖人は生きておられますか。」

36すでに死んだ

公曰:「已死矣。」

公が言った。「すでに死んだ。」

37それなら昔の人の滓である

曰:「然則君之所讀者,古人之糟粕已夫!」

言った。「それなら君がお読みになっているのは、昔の人の滓(かす)にすぎません。」

38言い分が立てば生き、立たなければ死ぬ

桓公曰:「寡人讀書,輪人安得議乎?有說則可,无說則死。」

桓公が言った。「わたしが書物を読むのに、車輪削りがどうして口を出すのか。言い分が立てばよいが、立たなければ死ぬぞ。」

39車輪削り — 手に馴れて心に応じる

輪扁曰:「臣也以臣之事觀之。斲輪,徐則甘而不固,疾則苦而不入,不徐不疾,得之於手而應於心,口不能言,有數存焉於其間。臣不能以喻臣之子,臣之子亦不能受之於臣,是以行年七十而老斲輪。古之人與其不可傳也死矣,然則君之所讀者,古人之糟魄已夫!」

輪扁が言った。「わたしは自分の仕事から見て申し上げます。

車輪を削るとき、ゆっくりやれば緩くて固まらず、速くやれば渋くて入りません。ゆっくりでも速くでもないのは、手に馴(な)れて心に応じることですから、口で語ることができません。その間に勘所(かんどころ)があるのです。

わたしは自分の子に悟らせることができず、わたしの子もわたしから受け取ることができません。だから年が七十になるまで、老いてなお車輪を削っています。

昔の人も、その伝えられないものとともに死にました。それなら君がお読みになっているのは、昔の人の滓にすぎません。」