天下莊子 雜篇 天下
1天下に方術を修める者は多い
天下之治方術者多矣,皆以其有為不可加矣。古之所謂道術者,果惡乎在?曰:「无乎不在。」曰:「神何由降?明何由出?」「聖有所生,王有所成,皆原於一。」
天下に方術を修める者は多く、みな自分の持っているものに加えるべきところはないと思っている。
昔いわゆる道術とは、いったいどこにあるのか。「ないところはない」という。
「霊妙さはどこから降り、明らかさはどこから出るのか」と問えば、「聖には生まれるところがあり、王には成るところがあって、ともに一に根ざす」という。
2天人・神人・至人・聖人・君子
不離於宗,謂之天人。不離於精,謂之神人。不離於真,謂之至人。以天為宗,以德為本,以道為門,兆於變化,謂之聖人。以仁為恩,以義為理,以禮為行,以樂為和,薰然慈仁,謂之君子。以法為分,以名為表,以參為驗,以稽為決,其數一二三四是也,百官以此相齒,以事為常,以衣食為主,蕃息畜藏,老弱孤寡為意,皆有以養,民之理也。
宗(もと)から離れない者を天人といい、精(きよ)さから離れない者を神人といい、真から離れない者を至人という。
天を宗とし、徳を本とし、道を門として、変化に兆しを見せる者を聖人という。
仁を恵みとし、義を理(すじ)とし、礼を行いとし、楽を和とし、ほのぼのと慈しみ深い者を君子という。
法を分けとし、名を表とし、比べを験(しるし)とし、調べを決めとして、その数が一二三四であるのがこれである。百官はこれによって互いに序列をつけ、事を常とし、衣と食を主として、増やし育て蓄え、老いた者と弱い者と孤児と寡婦を心にかけて、みな養われるところがあるようにする。これが民の理である。
3昔の人は備わっていた
古之人其備乎!配神明,醇天地,育萬物,和天下,澤及百姓,明於本數,係於末度,六通四辟,小大精粗,其運无乎不在。其明而在數度者,舊法世傳之史尚多有之。其在於《詩》、《書》、《禮》、《樂》者,鄒魯之士搢紳先生多能明之。《詩》以道志,《書》以道事,《禮》以道行,《樂》以道和,《易》以道陰陽,《春秋》以道名分。其數散於天下而設於中國者,百家之學時或稱而道之。
昔の人は備わっていた。神明に配し、天地を醇(あつ)くし、万物を育て、天下を和し、恵みが民に及んだ。本の数に明らかで末の度(のり)につながり、六つに通じ四方に開けて、小さく大きく精しく粗いものに、その働きのないところはなかった。
その明らかさが数と度にあるものは、古い法として世に伝えられた史官の記録に、まだ多く残っている。それが『詩』『書』『礼』『楽』にあるものは、鄒(すう)と魯(ろ)の士や官についた先生たちがよく明らかにできる。
『詩』で志を述べ、『書』で事を述べ、『礼』で行いを述べ、『楽』で和を述べ、『易』で陰陽を述べ、『春秋』で名分を述べる。
その数が天下に散って中国に施されたものを、諸家の学がときおり挙げて説く。
4天下が大いに乱れて道術が裂かれようとする
天下大亂,賢聖不明,道德不一,天下多得一察焉以自好。譬如耳目鼻口,皆有所明,不能相通。猶百家衆技也,皆有所長,時有所用。雖然,不該不徧,一曲之士也。判天地之美,析萬物之理,察古人之全,寡能備於天地之美,稱神明之容。是故內聖外王之道,闇而不明,鬱而不發,天下之人各為其所欲焉以自為方。悲夫,百家往而不反,必不合矣!後世之學者,不幸不見天地之純,古人之大體,道術將為天下裂。
天下が大いに乱れて賢人と聖人は明らかでなく、道と徳は一つにならず、天下は多く一方だけを見てみずから好む。
たとえば耳と目と鼻と口がみな明らかなところを持ちながら互いに通じないのと同じである。諸家の多くの技と同じで、みな優れたところがあり、ときに用いられるところがある。とはいえ、備わらず遍(あまね)くもないので、一曲の士である。
天地の美を割き、万物の理を分け、昔の人の全きを見るので、天地の美を備えて神明の姿を称えるに足る者は少ない。
そのため内に聖く外に王たる道は暗くて明らかでなく、ふさがって現れず、天下の人はそれぞれ自分の欲するところを行って、みずから方術とする。
悲しいことだ。諸家は去って帰らず、必ず合うことはあるまい。後の世の学ぶ者は、不幸にも天地の純(きよ)さと昔の人の大きな体を見られない。道術はまさに天下に裂かれようとしている。
5墨翟と禽滑釐
不侈於後世,不靡於萬物,不暉於數度,以繩墨自矯而備世之急,古之道術有在於是者。墨翟、禽滑釐聞其風而說之,為之大過,已之大循。作為《非樂》,命之曰《節用》;生不歌,死无服。墨子氾愛兼利而非鬬,其道不怒;又好學而博,不異,不與先王同,毀古之禮樂。
後の世に奢らず、万物を無駄に費やさず、数と度で輝かせず、墨縄でみずからを正して世の急に備える、昔の道術にこれにあたるものがあった。
墨翟(ぼくてき)と禽滑釐(きんかつり)がその風を聞いて喜んだ。これを行うことが度を越し、みずから抑えることも度を越した。
『非楽』を作ってこれを『節用』と名づけ、生きては歌わず、死んでは喪服を着なかった。
墨子はあまねく愛しともに利して争いを誤りとしたので、その道は怒らなかった。また学を好んで広く、人と違おうとはしなかったが、昔の王と同じではなく、古い礼と楽を壊した。
6昔の喪礼には貴賤に作法があった
黃帝有《咸池》,堯有《大章》,舜有《大韶》,禹有《大夏》,湯有《大濩》,文王有辟雍之樂,武王周公作《武》。古之喪禮,貴賤有儀,上下有等,天子棺槨七重,諸侯五重,大夫三重,士再重。今墨子獨生不歌,死不服,桐棺三寸而无槨,以為法式。以此教人,恐不愛人;以此自行,固不愛己。未敗墨子道,雖然,歌而非歌,哭而非哭,樂而非樂,是果類乎?其生也勤,其死也薄,其道大觳;使人憂,使人悲,其行難為也,恐其不可以為聖人之道,反天下之心,天下不堪。墨子雖獨能任,柰天下何!離於天下,其去王也遠矣。
黄帝に『咸池(かんち)』があり、堯に『大章』があり、舜に『大韶(たいしょう)』があり、禹に『大夏』があり、湯に『大濩(たいかく)』があり、文王に辟雍(へきよう)の楽があり、武王と周公が『武』を作った。
昔の喪礼には貴賤に作法があり上下に等級があって、天子の棺は七重、諸侯は五重、大夫は三重、士は二重であった。
いま墨子だけが、生きては歌わず死んでは喪服を着ず、桐の棺三寸で外棺がないのを法式とする。
これで人を教えるのは人を愛していないのではないかと恐れ、これでみずから行うのは、まことに自分を愛していないことである。墨子の道をまだ崩すまいとしても、とはいえ歌うべきときに歌を誤りとし、泣くべきときに泣くことを誤りとし、楽しむべきときに楽しみを誤りとする。これが果たして人の類にかなっているだろうか。
その生は勤しく、その死は薄く、その道はひどく乾いている。人を憂えさせ人を悲しませ、その行いは行いがたいので、それが聖人の道にはなれないのではないかと恐れる。天下の心に背いて天下は耐えられない。墨子がたとえ独りで引き受けられても、天下をどうするのか。天下から離れたのだから、王たることからは遠い。
7禹は大いなる聖人でありながら身を天下にこれほど労した
墨子稱道曰:「昔禹之湮洪水,決江河而通四夷九州也,名川三百,支川三千,小者无數。禹親自操稾耜而九雜天下之川;腓无胈,脛无毛,沐甚雨,櫛疾風,置萬國。禹大聖也而形勞天下也如此。」使後世之墨者,多以裘褐為衣,以跂蹻為服,日夜不休,以自苦為極,曰:「不能如此,非禹之道也,不足謂墨。」
墨子が道を称えて言った。「昔、禹が洪水をふさぎ、江(こう)と河(か)を切り開いて四方の夷(い)と九州に通じさせた。名のある川は三百、支流は三千、小さいものは数えきれなかった。
禹はみずから籠(かご)と鋤(すき)を手にして天下の川を九たび混ぜた。ふくらはぎに肉がなく、すねに毛がなく、激しい雨に髪を洗い、疾(はや)い風に櫛を入れて、万国を立てた。禹は大いなる聖人でありながら、身を天下にこれほど労したのだ。」
後の世の墨者たちは、多くは皮衣と粗布を着、木履と草履をはき、昼夜休まず、みずから苦しむことを極みとして言うようになった。「このようにできなければ禹の道ではなく、墨者と呼ぶに足りない。」
8互いを別墨と呼んで謗り合う
相里勤之弟子五侯之徒,南方之墨者苦獲、已齒、鄧陵子之屬,俱誦《墨經》,而倍譎不同,相謂別墨;以堅白同異之辯相訾,以觭偶不仵之辭相應;以巨子為聖人,皆願為之尸,冀得為其後世,至今不決。
相里勤(しょうりきん)の弟子と五侯の徒、南方の墨者である苦獲(くかく)・已歯(いし)・鄧陵子(とうりょうし)の一派は、ともに『墨経』を唱えながら背き食い違って同じでなく、互いを別墨と呼んだ。
堅さと白さの同異を論じて互いに謗(そし)り、奇数と偶数が合わない言葉で互いに応えた。巨子(きょし)を聖人として、みなその尸(かたしろ)となることを願い、その後継となることを望んで、いまに至るまで決着していない。
9墨子はまことに天下を好んだ人である
墨翟禽滑釐之意則是,其行則非也。將使後世之墨者,必自苦以腓无胈脛无毛相進而已矣。亂之上也,治之下也。雖然,墨子真天下之好也,將求之不得也,雖枯槁不舍也。才士也夫!
墨翟と禽滑釐の志は正しいが、その行いは誤りである。後の世の墨者に、必ずみずから苦しんで、ふくらはぎに肉がなくすねに毛がないことで互いに進ませるだけになるだろう。乱れの上であり、治めの下である。
とはいえ墨子はまことに天下を好んだ人である。これを求めて得られなくても、たとえ枯れ萎えても手放さなかった。才ある士であることよ。
10宋銒と尹文
不累於俗,不飾於物,不苟於人,不忮於衆,願天下之安寧以活民命,人我之養畢足而止,以此白心,古之道術有在於是者。宋鈃尹文聞其風而悅之,作為華山之冠以自表,接萬物以別宥為始;語心之容,命之曰「心之行」,以聏合驩,以調海內,請欲置之以為主。見侮不辱,救民之鬬,禁攻寢兵,救世之戰。以此周行天下,上說下教,雖天下不取,強聒而不舍者也,故曰:上下見厭而強見也。
俗に縛られず、物で飾らず、人に対していい加減にせず、衆に逆らわず、天下が安らかで民の命が生きることを願い、人と自分の養いが足りればやめ、それで心を白くする、昔の道術にこれにあたるものがあった。
宋銒(そうけい)と尹文(いんぶん)がその風を聞いて喜んだ。華山の形の冠を作ってみずから表し、万物を迎えるのに隔てを分けることを始めとした。
心の容(い)れるところを説いてこれを「心の行い」と名づけ、やわらかさで喜びを合わせ、海内(かいだい)を調え、これを立てて主とすることを願った。
侮られても辱めとせず民の争いを救い、攻めることを禁じ兵を休ませて、世の戦いを救おうとした。
これで天下をあまねく巡り、上を説き下を教えた。たとえ天下が受け入れなくても、強いて喋(しゃべ)って手放さない者たちであった。だから言う。上下に嫌われながら強いて現れた、と。
11人のためにすることが多すぎ自分のためにすることが少なすぎる
雖然,其為人太多,其自為太少;曰:「請欲固置五升之飯足矣,先生恐不得飽,弟子雖飢,不忘天下。」日夜不休,曰:「我必得活哉!」圖傲乎救世之士哉!曰:「君子不為苛察,不以身假物。」以為无益於天下者,明之不如已也,以禁攻寢兵為外,以情欲寡淺為內,其小大精粗,其行適至是而止。
とはいえ、人のためにすることが多すぎ、自分のためにすることが少なすぎた。「どうか五升の飯だけ置いてくれれば足りる」と言い、先生は腹を満たせないのではないかと恐れ、弟子は飢えても天下を忘れなかった。
昼夜休まず「私は必ず生かすのだ」と言ったのだから、世を救おうとする士として志が大きい。
「君子は細かく責め立てず、身を物に貸さない」と言った。
天下に益のないことは、明らかにするよりやめるほうがよいと考え、攻めを禁じ兵を休ませることを外とし、欲を少なく浅くすることを内とした。その小さく大きく精しく粗いことについて、その行いはただここに至って止まった。
12彭蒙と田駢と慎到
公而不當,易而无私,決然无主,趣物而不兩,不顧於慮,不謀於知,於物无擇,與之俱往,古之道術有在於是者。彭蒙田駢慎到聞其風而悅之,齊萬物以為首,曰:「天能覆之而不能載之,地能載之而不能覆之,大道能包之而不能辯之,知萬物皆有所可,有所不可,故曰選則不徧,教則不至,道則无遺者矣。」
公(おおやけ)で偏らず、平らかで私がなく、きっぱりと主となることがなく、物に従って二つにせず、思いを顧みず、知で謀らず、物に選びなくともに行く、昔の道術にこれにあたるものがあった。
彭蒙(ほうもう)と田駢(でんべん)と慎到(しんとう)がその風を聞いて喜んだ。万物を斉(ひと)しくすることを第一として言った。「天は覆うことはできるが載せることはできない。地は載せることはできるが覆うことはできない。大いなる道は包むことはできるが分けることはできない。万物にみな可(よ)いところがあり可くないところがあることを知る。だから、選べばあまねくできず、教えれば至らず、道は遺(も)らすところがない、という。」
13慎到は知を捨て己を去った
是故慎到棄知去己而緣不得已,泠汰於物以為道理,曰知不知,將薄知而後鄰傷之者也,謑髁无任而笑天下之尚賢也,縱脫无行而非天下之大聖,椎拍輐斷,與物宛轉,舍是與非,苟可以免,不師知慮,不知前後,魏然而已矣。推而後行,曳而後往,若飄風之還,若羽之旋,若磨石之隧,全而无非,動靜无過,未嘗有罪。是何故?夫无知之物,无建己之患,无用知之累,動靜不離於理,是以終身无譽。故曰至於若无知之物而已,无用賢聖,夫塊不失道。豪桀相與笑之曰:「慎到之道,非生人之行而至死人之理,適得怪焉」。
そのため慎到は知を捨て己を去って、やむをえないことに従い、物に淡々と任せることを道の理とし、知とは知らないことだと言った。知を薄くし、そのうえでこれに近づいて傷つけようとするのである。
ふらふらと任ずるところなく、天下が賢者を尊ぶのを笑い、勝手に外れて行いなく、天下の大いなる聖人を誤りとした。
槌で打ち角を削って物とともに転がり、是と非を置いて、ただ免れられればよいとした。知と思いを師とせず、前と後を知らず、ただ巍然(ぎぜん)としているだけであった。
押せばそのあと行き、引けばそのあと従い、つむじ風が回るようで、羽が巡るようで、挽き臼が転がるようで、全きで誤りがなく、動きと静けさに過ちがなく、かつて罪があったことがない。
これはどういうわけか。そもそも知のない物には己を立てる憂いがなく、知を用いる煩いがなく、動きと静けさが理から離れない。だから一生ほめられることがない。
だから「知のない物のようなところに至ればそれでよい。賢人も聖人も用いることはない。そもそも土くれは道を失わない」と言った。
豪傑たちが互いに彼を笑って言った。「慎到の道は生きた人の行いではなく、死んだ人の理に至っている。ただ怪しいだけだ。」
14彭蒙と田駢と慎到は道を知らなかった
田駢亦然,學於彭蒙,得不教焉。彭蒙之師曰:「古之道人,至於莫之是莫之非而已矣。其風窢然,惡可而言。」常反人,不見觀,而不免於魭斷。其所謂道非道,而所言之韙不免於非。彭蒙田駢慎到不知道。雖然,概乎皆嘗有聞者也。
田駢もそうであった。彭蒙に学んで、教えないことを得た。彭蒙の師が言った。「昔の道のある人は、是とすることもなく非とすることもないところに至っただけである。その風はさっと過ぎるので、どうして言えようか。」
つねに人に逆らって、見てくれる者がなく、角を削ることを免れなかった。そのいわゆる道は道ではなく、言ったことの是(よ)さも非を免れなかった。
彭蒙と田駢と慎到は道を知らなかった。とはいえ、おおむねみなかつて聞いたことのある者たちである。
15関尹と老耼
以本為精,以物為粗,以有積為不足,澹然獨與神明居。古之道術有在於是者,關尹老耼聞其風而悅之。建之以常无有,主之以太一,以濡弱謙下為表,以空虛不毀萬物為實。
本を精(くわ)しいものとし、物を粗いものとし、蓄えがあることを足りないとし、淡々と独り神明とともに住む、昔の道術にこれにあたるものがあった。
関尹(かんいん)と老耼(ろうたん)がその風を聞いて喜んだ。つねに無と有でこれを立て、太一を主とし、やわらかく弱く謙(ゆず)り低くすることを表とし、空虚で万物を壊さないことを実とした。
16己に留まるところがなければ物がおのずから現れる
關尹曰:「在己无居,形物自著。其動若水,其靜若鏡,其應若響。芴乎若亡,寂乎若清,同焉者和,得焉者失。未嘗先人而常隨人。」
関尹が言った。「己に留まるところがなければ、形ある物がおのずから現れる。その動きは水のようで、その静けさは鏡のようで、その応えは響きのようである。
ぼんやりとして無いようで、ひっそりとして清いようであり、同じくする者は和し、得ようとする者は失う。かつて人より先に出ることなく、つねに人に従う。」
17雄を知って雌を守り天下の谿となる
老耼曰:「知其雄,守其雌,為天下谿;知其白,守其辱,為天下谷。」人皆取先,己獨取後,曰受天下之垢;人皆取實,己獨取虛,无藏也故有餘,巋然而有餘。其行身也,徐而不費,无為也而笑巧;人皆求福,己獨曲全,曰苟免於咎。以深為根,以約為紀,曰堅則毀矣,銳則挫矣。常寬容於物,不削於人,可謂至極。
老耼が言った。「その雄(おす)を知ってその雌(めす)を守り、天下の谿(たにがわ)となる。その白さを知ってその汚れを守り、天下の谷となる。」
人はみな先を取るのに、彼は独り後を取り、天下の垢(あか)を受けると言った。人はみな実を取るのに、彼は独り虚を取り、蓄えがないので余りがあり、高々と余りがあった。
その身の行いはゆるやかで費えず、為すところなくして巧みを笑った。人はみな福を求めるのに、彼は独り曲がって全く、ただ咎を免れると言った。
深さを根とし、約(つまし)さを紀(のり)として、堅ければ壊れ、鋭ければ折れると言った。つねに物を寛(ひろ)く容(い)れ、人を削らなかった。至極と言えよう。
18関尹と老耼よ、昔の広大な真人であることよ
關尹老耼乎!古之博大真人哉!
関尹と老耼よ。昔の広大な真人であることよ。
19荘周がその風を聞いて喜ぶ
芴漠无形,變化无常,死與生與,天地並與,神明往與!芒乎何之,忽乎何適,萬物畢羅,莫足以歸,古之道術有在於是者。莊周聞其風而悅之,以謬悠之說,荒唐之言,無端崖之辭,時恣縱而不儻,不以觭見之也。以天下為沈濁,不可與莊語,以巵言為曼衍,以重言為真,以寓言為廣。獨與天地精神往來而不敖倪於萬物,不譴是非,以與世俗處。其書雖瓌瑋而連犿无傷也。其辭雖參差而諔詭可觀。彼其充實不可以已,上與造物者遊,而下與外死生无終始者為友。其於本也,弘大而辟,深閎而肆,其於宗也,可謂稠適而上遂矣。雖然,其應於化而解於物也,其理不竭,其來不蛻,芒乎昧乎,未之盡者。
ぼんやりと寂しく形がなく、変化に常がない。死か生か、天地と並ぶのか、神明が行くのか。おぼろにどこへ行き、ふとどこに至るのか。万物がすべて連なっているが、帰るに足るものはない。昔の道術にこれにあたるものがあった。
荘周がその風を聞いて喜んだ。遠くはるかな説と、とりとめのない言葉と、端も崖もない辞(ことば)で、ときに気ままにしながら偏らず、一方だけで現すことはしなかった。
天下は沈み濁っているのでともに正しい言葉を交わせないとし、巵言(しげん)で広く流し、重言で真とし、寓言で広げた。
独り天地の精神と往き来しながら万物に対して高ぶらず、是非を咎めず、世俗とともに過ごした。
その書は大きく奇(く)しいけれども、つながって傷つけるところがなく、その辞は入り混じっているけれども、おどけて見るに足る。
その内が実(み)ちていて止めることができず、上では物を造る者と遊び、下では死生を外にし終わりも始めもない者と友となった。
その本については大きく広く開け、深く大きく思うままであり、その宗については、ぴたりと適(かな)って上へ通じたと言えよう。
とはいえ、その変化に応じ物を解くことについては、その理は尽きず、その来るところは脱げ落ちず、おぼろで暗く、まだ尽くしていないのである。
20恵施は方術が多く、その書は五台の車に載るほどであった
惠施多方,其書五車,其道舛駁,其言也不中。厤物之意,曰:「至大无外,謂之大一;至小无內,謂之小一。无厚,不可積也,其大千里。天與地卑,山與澤平。日方中方睨,物方生方死。大同而與小同異,此之謂小同異;萬物畢同畢異,此之謂大同異。南方无窮而有窮,今日適越而昔來。連環可解也。我知天之中央,燕之北越之南是也。氾愛萬物,天地一體也。」
恵施(けいし)は方術が多く、その書は五台の車に載るほどであったが、その道は入り乱れ、その言葉は当たらなかった。
物の意味を並べて言った。「極めて大きくて外がないものを大一といい、極めて小さくて内がないものを小一という。
厚さがなければ積むことはできないが、その大きさは千里である。
天と地はともに低く、山と沢はともに平らである。
日は真ん中にありながら傾き、物は生まれながら死ぬ。
大きく同じでありながら小さく同じものとは異なる。これを小同異という。万物はすべて同じですべて異なる。これを大同異という。
南方は窮まりがなくて窮まりがあり、今日越へ行って昨日帰ってきた。
連なった環を解くことができる。
私は天の中央を知っている。燕の北と越の南がそれである。
万物をあまねく愛する。天地は一体である。」
21卵に毛があり鶏に足が三つある
惠施以此為大,觀於天下而曉辯者,天下之辯者相與樂之。卵有毛,雞三足,郢有天下,犬可以為羊,馬有卵,丁子有尾,火不熱,山出口,輪不蹍地,目不見,指不至,至不絕,龜長於蛇,矩不方,規不可以為圓,鑿不圍枘,飛鳥之景未嘗動也,鏃矢之疾而有不行不止之時,狗非犬,黃馬驪牛三,白狗黑,孤駒未嘗有母,一尺之捶,日取其半,萬世不竭。辯者以此與惠施相應,終身无窮。
恵施はこれを大きなことだと思って天下に示し、弁じる者たちを諭したので、天下の弁じる者たちが互いにこれを楽しんだ。
卵に毛がある。鶏に足が三つある。郢(えい)に天下がある。犬を羊とすることができる。馬に卵がある。蛙(かえる)に尾がある。火は熱くない。山から口が出る。輪は地を踏まない。目は見ない。指さしは至らず、至れば絶えない。亀は蛇より長い。矩(さしがね)は方(かく)でなく、規(ぶんまわし)で円にはできない。鑿(あな)は枘(ほぞ)を囲まない。飛ぶ鳥の影はかつて動いたことがない。鏃(やじり)のついた矢は速いが、行かず止まらない時がある。狗(く)は犬(けん)ではない。黄色い馬と黒い牛は三つである。白い犬は黒い。母のない駒はかつて母があったことがない。一尺の棒を日ごとにその半分を取れば、万世尽きない。
弁じる者たちがこれで恵施と応え合い、一生尽きることがなかった。
夾注 1
狗非犬
狗と犬はどちらも犬を指すが、字が違う。字が違うから同じものではないという言葉遊びである。― 訳者
22桓団と公孫龍の仲間
桓團公孫龍辯者之徒,飾人之心,易人之意,能勝人之口,不能服人之心,辯者之囿也。惠施日以其知與人之辯,特與天下之辯者為怪,此其柢也。
桓団(かんだん)と公孫龍(こうそんりゅう)は弁じる者の仲間である。人の心を飾り人の意を変えて、人の口には勝てたが人の心を従わせることはできなかった。弁じる者の囲いである。
恵施は日ごとにその知で人と弁じ、ひたすら天下の弁じる者たちと怪しいことを作った。これがその根である。
23悲しいことだ、恵施の才よ
然惠施之口談,自以為最賢,曰天地其壯乎!施存雄而无術。南方有倚人焉曰黃繚,問天地所以不墜不陷,風雨雷霆之故。惠施不辭而應,不慮而對,遍徧為萬物說,說而不休,多而无已,猶以為寡,益之以怪。以反人為實而欲以勝人為名,是以與衆不適也。弱於德,強於物,其塗隩矣。由天地之道觀惠施之能,其猶一蚉一䖟之勞者也。其於物也何庸!夫充一尚可,曰愈貴道,幾矣!惠施不能以此自寧,散於萬物而不厭,卒以善辯為名。惜乎!惠施之才,駘蕩而不得,逐萬物而不反,是窮響以聲,形與影競走也,悲夫!
しかし恵施が口で語ることは、みずから最も賢いと思って「天地もこれほどであろうか」と言ったほどで、恵施は雄々しさは持っていたが術がなかった。
南方に偏った人がいて黄繚(こうりょう)といい、天地が落ちず陥らない理由と、風雨や雷霆(らいてい)のわけを問うた。恵施は辞退せずに応え、考えずに答え、あまねく万物について説き、説いて休まず、多くして止まらず、それでもなお少ないとして怪しいことを加えた。
人に逆らうことを実とし、人に勝つことで名を得ようとしたので、そのため衆と合わなかった。徳に弱く物に強く、その道は奥まっていた。
天地の道から恵施の能を見れば、なお一匹の蚊、一匹の虻(あぶ)の労のようなものである。それが物に何の用があろうか。そもそも一つを満たすのはまだよい。道をより貴ぶと言うなら、近いだろう。
恵施はこれでみずから安らぐことができず、万物に散って飽きることなく、ついに弁が上手いという名を得た。
惜しいことだ。恵施の才は放蕩して得るところなく、万物を追って帰らなかった。これは響きを声で尽くそうとし、形が影と走り競うようなものである。悲しいことだ。