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沼河比賣に歌った歌沼河比賣

古事記(古い事柄の記録) 古事記 · 太安万侶 · 712年(和銅5年) · 段落 4 · 漢字 469字 · 朗読 1.9分

古事記(古い事柄の記録) 上巻 日本で最も古い書物。天地が開けるところから始まり、神々の時代を経て推古天皇までの三巻。歌百五首が万葉仮名で記されており、漢字を意味ではなく音だけで用いた文章がまるごと残っている。日本書紀と同じ出来事を違えて記した箇所が多く、並べて読む値打ちが大きい。

1八千矛の求婚の歌

「夜知富許能,迦微能美許登波,夜斯麻久尒,都麻麻岐迦泥弖,登富登富斯,故志能久迩迩,佐加志賣袁,阿理登岐加志弖,久波志賣遠,阿理登伎許志弖,佐用婆比迩,阿理多多斯,用婆比迩,阿理迦用婆勢,多知賀遠母,伊麻陀登加受弖,淤須比遠母,伊麻陁登加泥婆,遠登賣能,那須夜伊多斗遠,淤曾夫良比,和何多多勢礼婆,比許豆良比,和何多多勢礼婆,阿遠夜麻迩,奴延波那伎奴,佐怒都登理,岐藝斯波登与牟,尒波都登理,迦祁波那久,宇礼多久母,那久那(冨)留登理加,許能登理母,宇知夜米許世泥,伊斯多布夜,阿麻波勢豆加比,許登能,加多理其登母,許遠婆。」

八千矛の 神の命は 八島国 妻枕きかねて 遠々し 越の国に 賢し女を ありと聞かして 麗し女を ありと聞こして さ婚ひに あり立たし 婚ひに あり通はせ 太刀が緒も いまだ解かずて 襲(おすひ)をも いまだ解かねば 乙女の なす板戸を 押そぶらひ 我が立たせれば 引こづらひ 我が立たせれば 青山に 鵺(ぬえ)は鳴きぬ さ野つ鳥 雉(きぎし)はとよむ 庭つ鳥 鶏(かけ)は鳴く 心(うれ)たくも 鳴くなる鳥か この鳥も 打ち止めこせね いしたふや 天馳使(あまはせづかひ) 事の 語り言も 此(こ)をば

——八千矛の神の命は 八島の国で妻を得られず 遠く遠い越の国に 賢い女がいると聞かれ 麗しい女がいると聞かれ 婚いに幾度も出で立たれ 婚いに幾度も通われて、 太刀の緒もまだ解かず 襲(うわぎ)もまだ脱がぬまま 乙女が寝ている板戸を 押し揺すりながらわたしが立っていると 引き寄せ引きながらわたしが立っていると 青山で鵺が鳴き 野の鳥の雉が高く鳴き 庭の鳥の鶏が鳴いている。 忌々しくも鳴く鳥か。 この鳥どもも打ち止めてしまえ。 いしたふや、天を馳せる使いよ。 これが語り伝えられてきた言葉です。

2戶の内から答える

尒其沼河日賣,未開戶,自内歌曰:

そこでその沼河日賣は、まだ戶を開けずに、内から歌っていうには、

3沼河比賣の答歌

「夜知富許能,迦微能美許等,奴延久佐能,賣迩志阿礼婆,和何許許吕,宇良須能登理叙,伊麻許曾婆,和杼理迩阿良米,能知波,那杼理尒阿良牟遠,伊能知波,那志勢多麻比曾,伊斯多布夜,阿麻波世豆迦比,許登能,加多理碁登母,許遠婆。阿遠夜麻迩,比賀迦久良婆,奴婆多麻能,用波伊傳那牟,阿佐比能,恵美佐加延岐弖,多久豆怒能,斯路岐多陀牟岐,阿和由岐能,和加夜流牟泥遠,曾陀多岐,多多岐麻那賀理,麻多麻傳,多麻傳佐斯麻岐,毛毛那賀尒,伊波那佐牟遠,阿夜尒,那古斐岐許志,夜知富許能,迦微能美許登,許登能,迦多理碁登母,許遠婆。」

八千矛の 神の命 萎草(ぬえくさ)の 女にしあれば 我が心 浦洲(うらす)の鳥ぞ 今こそは 我鳥(わどり)にあらめ 後は 汝鳥(などり)にあらむを 命は な死(し)せたまひそ いしたふや 天馳使(あまはせづかひ) 事の 語り言も 此(こ)をば 青山に 日が隠らば ぬばたまの 夜は出でなむ 朝日の 笑み栄え来て たくづのの 白き腕(ただむき) 沫雪(あわゆき)の 若やる胸を そ叩き 叩き愛(まな)がり 真玉手(またまで) 玉手さし枕(ま)き 股長(ももなが)に 寝(い)は寝(な)さむを あやに な恋ひ聞こし 八千矛の 神の命 事の 語り言も 此をば

——八千矛の神の命よ。 わたしは萎(な)えた草のような女ですから わたしの心は浦洲(うらす)の鳥のようです。 今はわたし自身の鳥でおりましょうが のちにはあなたの鳥となるのですから 命だけはお取りにならないでください。 いしたふや、天を馳せる使いよ。 これが語り伝えられてきた言葉です。

青山に日が隠れたら ぬばたまのような暗い夜に出てまいりましょう。 朝日のように笑みを輝かせて来て たくづののように白い腕で、 沫雪のように若々しい胸を 撫(な)で撫でていとおしみ 美しい手を枕として 足を伸ばして安らかにお寝(やす)みください。 ですから、そのように切なく恋い焦がれないでください。 八千矛の神の命よ。 これが語り伝えられてきた言葉です。

4翌日の夜に御合いになる

故其夜者不合而明日夜為御合也。

そうして、その夜は御合(みあ)いにならず、翌日の夜に御合いになりました。