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開化天皇

古事記(古い事柄の記録) 古事記 · 太安万侶 · 712年(和銅5年) · 段落 1 · 漢字 770字 · 朗読 3.1分

古事記(古い事柄の記録) 中下巻 日本で最も古い書物。天地が開けるところから始まり、神々の時代を経て推古天皇までの三巻。歌百五首が万葉仮名で記されており、漢字を意味ではなく音だけで用いた文章がまるごと残っている。日本書紀と同じ出来事を違えて記した箇所が多く、並べて読む値打ちが大きい。

1開化天皇(かいかてんのう)

若倭根子日子大毘毘命。坐春日之伊邪河宮。治天下也。此天皇。娶旦波之大縣主。名由碁理之女。竹野比賣。生御子。比古由牟須美命。又娶庶母伊迦賀色許賣命。生御子。御眞木入日子印惠命。次御眞津比賣命。又娶丸邇臣之祖。日子國意祁都命之妹。意祁都比賣命。生御子。日子坐王。又娶葛城之垂見宿禰之女。鸇比賣。生御子建豐波豆羅和氣王。此天皇之御子等。并五柱。故御眞木入日子印惠命者。治天下也。其兄比古由牟須美王之子。大筒木垂根王。次讚岐垂根王。此二王之女。五柱坐也。次日子坐王。娶山代之荏名津比賣。亦名苅幡戸辨。生子。大俣王。次小俣王。次志夫美宿禰王。又娶春日建國勝戸賣之女。名沙本之大闇見戸賣。生子。沙本毘古王。次袁邪本王。次沙本毘賣命。亦名佐波遲比賣。次室毘古王。又娶近淡海之御上祝以伊都玖。天之御影神之女。息長水依比賣。生子。丹波比古多多須美知能宇斯王。次水穂眞若王。次神大根王。亦名八瓜入日子王。次水穂五百依比賣。次御井津比賣。又娶其母弟。袁祁都比賣命。生子。山代之大筒木眞若王。次比古意須王。次伊理泥王。凡日子坐王之子。并十一王。故兄大俣王之子。曙立王。次菟上王。此曙立王者。次菟上王者。次小俣王者。次志夫美宿禰王者。次沙本毘古王者。次袁邪本王者。次室毘古王者。其美知能宇志王。娶丹波之河上之摩須郎女。生子。比婆須比賣命。次眞砥野比賣命。次弟比賣命。次朝廷別王。此朝廷別王者。此美知能宇斯王之弟。水穂眞若王者。次神大根王者。次山代之大筒木眞若王。娶同母弟伊理泥王之女。丹波能阿治佐波毘賣。生子。迦邇米雷王。此王。娶丹波之遠津臣之女。名高材比賣。生子。息長宿禰王。此王娶葛城之高額比賣。生子。息長帶比賣命。次虚空津比賣命。次息長日子王。又息長宿禰王。娶河俣稻依毘賣。生子。大多牟坂王。上所謂。建豐波豆羅和氣王者。天皇御年陸拾參歳。御陵在伊邪河之坂上也。

若倭根子日子大毘毘命(わかやまとねこひこおおびびのみこと)が、春日(かすが)の伊邪河宮(いざかわのみや)に坐して、天下を治められました。

この天皇が、旦波(たにわ)の大縣主(おおあがたぬし)、名は由碁理(ゆごり)の娘、竹野比賣(たかのひめ)を娶(めあわ)せて生んだ御子は、比古由牟須美命(ひこゆむすみのみこと)です。

また庶母(ままはは)伊迦賀色許賣命(いかがしこめのみこと)を娶せて生んだ御子は、御眞木入日子印惠命(みまきいりびこいにえのみこと)、次に御眞津比賣命(みまつひめのみこと)です。

また丸邇臣(わにのおみ)の祖、日子國意祁都命(ひこくにおけつのみこと)の妹、意祁都比賣命(おけつひめのみこと)を娶せて生んだ御子は、日子坐王(ひこいますのみこ)です。

また葛城之垂見宿禰(かずらきのたるみのすくね)の娘、鸇比賣(わしひめ)を娶せて生んだ御子は、建豊波豆羅和氣王(たけとよはずらわけのみこ)です。

この天皇の御子らは、あわせて五柱です。そうして御眞木入日子印惠命が天下を治められました。

その兄、比古由牟須美王の子は、大筒木垂根王(おおつつきたりねのみこ)、次に讚岐垂根王(さぬきたりねのみこ)です。この二人の王の娘が、五柱坐しました。

次に日子坐王が、山代(やましろ)の荏名津比賣(えなつひめ)、別の名は苅幡戸辨(かりはたとべ)を娶せて生んだ子は、大俣王(おおまたのみこ)、次に小俣王(おまたのみこ)、次に志夫美宿禰王(しぶみのすくねのみこ)です。

また春日の建國勝戸賣(たけくにかつとめ)の娘、名は沙本之大闇見戸賣(さほのおおくらみとめ)を娶せて生んだ子は、沙本毘古王(さほびこのみこ)、次に袁邪本王(おざほのみこ)、次に沙本毘賣命(さほびめのみこと)、別の名は佐波遲比賣(さわじひめ)です。次に室毘古王(むろびこのみこ)です。

また近淡海(ちかつおうみ)の御上祝(みかみのはふり)が斎(いつ)き祀(まつ)る天之御影神(あめのみかげのかみ)の娘、息長水依比賣(おきながのみずよりひめ)を娶せて生んだ子は、丹波比古多多須美知能宇斯王(たにわのひこたたすみちのうしのみこ)、次に水穂眞若王(みずほのまわかのみこ)、次に神大根王(かむおおねのみこ)、別の名は八瓜入日子王(やつりいりびこのみこ)です。次に水穂五百依比賣(みずほのいおよりひめ)、次に御井津比賣(みいつひめ)です。

また、その母の弟(おと)、袁祁都比賣命(おけつひめのみこと)を娶せて生んだ子は、山代之大筒木眞若王(やましろのおおつつきまわかのみこ)、次に比古意須王(ひこおすのみこ)、次に伊理泥王(いりねのみこ)です。

およそ日子坐王の子は、あわせて十一王です。

そうして兄の大俣王の子は、曙立王(あけたつのみこ)、次に菟上王(うなかみのみこ)です。この曙立王は伊勢之品遲部君・伊勢之佐那造の祖、次の菟上王は比賣陀君の祖、次の小俣王は當麻勾君の祖、次の志夫美宿禰王は佐佐君の祖、次の沙本毘古王は日下部連・甲斐國造の祖、次の袁邪本王は葛野之別・近淡海蚊野之別の祖、次の室毘古王は若狹之耳別の祖です。

その美知能宇志王が、丹波(たにわ)の河上之摩須郎女(かわかみのますのいらつめ)を娶せて生んだ子は、比婆須比賣命(ひばすひめのみこと)、次に眞砥野比賣命(まとのひめのみこと)、次に弟比賣命(おとひめのみこと)、次に朝廷別王(みかどわけのみこ)です。この朝廷別王は三川之穂別の祖です。

この美知能宇斯王の弟、水穂眞若王は近淡海之安直の祖、次に神大根王は三野國の本巣國造・長幡部連の祖です。

次に山代之大筒木眞若王が、同じ母の弟、伊理泥王の娘、丹波能阿治佐波毘賣(たにわのあじさわびめ)を娶せて生んだ子は、迦邇米雷王(かにめいかづちのみこ)です。

この王が、丹波の遠津臣(とおつおみ)の娘、名は高材比賣(たかきひめ)を娶せて生んだ子は、息長宿禰王(おきながのすくねのみこ)です。

この王が、葛城の高額比賣(たかぬかひめ)を娶せて生んだ子は、息長帶比賣命(おきながたらしひめのみこと)、次に虚空津比賣命(そらつひめのみこと)、次に息長日子王(おきながひこのみこ)です。

また息長宿禰王が、河俣稻依毘賣(かわまたのいなよりびめ)を娶せて生んだ子は、大多牟坂王(おおたむさかのみこ)です。

上に申した建豊波豆羅和氣王は、道守臣たちの祖です。

天皇は御年六十三歳でした。御陵は伊邪河の坂の上に在ります。

夾注 32

一柱。此王名以音。

一柱です。この王の名は音で読みます。

印惠二字以音。

「印惠」の二字は音で読みます。

二柱。

二柱です。

意祁都三字以音。

「意祁都」の三字は音で読みます。

一柱。

一柱です。

一柱。自波下五字以音。

一柱です。「波」から下の五字は音で読みます。

男王四。女王一。

男王が四、女王が一です。

二王。讚岐二字以音。

二王です。「讚岐」の二字は音で読みます。

此一字以音。

この一字は音で読みます。

三柱。

三柱です。

此沙本毘賣命者。爲伊久米天皇之后。自沙本毘古以下三王名皆以音。

この沙本毘賣命は、伊久米天皇(いくめのてんのう)の后となりました。沙本毘古から下の三王の名は、いずれも音で読みます。

四柱。

四柱です。

此三字以音。

この三字は音で読みます。

此王名以音。

この王の名は音で読みます。

五柱。

五柱です。

三柱。此二王名以音。

三柱です。この二王の名は音で読みます。

二柱。

二柱です。

伊勢之品遲部君。伊勢之佐那造之祖。

伊勢之品遲部君(いせのほむぢべのきみ)と伊勢之佐那造(いせのさなのみやつこ)の祖です。

比賣陀君之祖。

比賣陀君(ひめだのきみ)の祖です。

當麻勾君之祖。

當麻勾君(たぎまのまがりのきみ)の祖です。

佐佐君之祖也。

佐佐君(ささのきみ)の祖です。

日下部連。甲斐國造之祖。

日下部連(くさかべのむらじ)と甲斐國造(かいのくにのみやつこ)の祖です。

葛野之別。近淡海蚊野之別祖也。

葛野之別(かずののわけ)と近淡海蚊野之別(ちかつおうみのかののわけ)の祖です。

若狹之耳別之祖。

若狹之耳別(わかさのみみのわけ)の祖です。

四柱。

四柱です。

三川之穂別之祖。

三川之穂別(みかわのほのわけ)の祖です。

近淡海之安直之祖。

近淡海之安直(ちかつおうみのやすのあたい)の祖です。

三野國之本巣國造。長幡部連之祖。

三野國(みののくに)の本巣國造(もとすのくにのみやつこ)と長幡部連(ながはたべのむらじ)の祖です。

迦邇米三字以音。

「迦邇米」の三字は音で読みます。

三柱。此王者。吉備品遲君。針間阿宗君之祖。

三柱です。この王は、吉備品遲君(きびのほむぢのきみ)と針間阿宗君(はりまのあそのきみ)の祖です。

多牟二字以音。此者。多遲摩國造之祖也。

「多牟」の二字は音で読みます。これは多遲摩國造(たじまのくにのみやつこ)の祖です。

道守臣。忍海部造。御名部造。稻羽忍海部。丹波之竹野別。依網之阿毘古等之祖也。

道守臣(みちもりのおみ)、忍海部造(おしぬみべのみやつこ)、御名部造(みなべのみやつこ)、稻羽忍海部(いなばのおしぬみべ)、丹波之竹野別(たにわのたかののわけ)、依網之阿毘古(よさみのあびこ)たちの祖です。