応神天皇應神天皇
1応神天皇の御子たちと三人の子への問い
品陀和氣命。坐輕嶋之明宮治天下也。此天皇。娶品陀眞若王之女。三柱女王。一名。高木之入日賣命。次中日賣命。次弟日賣命。故高木之入日賣之子。額田大中日子命。次大山守命。次伊奢之眞若命。次妹。大原郎女。次高目郎女。中日賣命之御子。木之荒田郎女。次大雀命。次根鳥命。弟日賣命之御子。阿倍郎女。次阿具知能三腹郎女。次木之菟野郎女。次三野郎女。又娶。丸邇之比布禮能意富美之女。名宮主矢河枝比賣。生御子。宇遲能和紀郎子。次妹。八田若郎女。次女鳥王。又娶其矢河枝比賣之弟。袁那辨郎女。生御子。宇遲之若郎女。又娶咋俣長日子王之女。息長眞若中比賣。生御子。若沼毛二俣王。又娶櫻井田部連之祖。嶋垂根之女。糸井比賣。生御子。速總別命。又娶日向之泉長比賣。生御子。大羽江王。次小羽江王。次幡日之若郎女。又娶迦具漏比賣。生御子。川原田郎女。次玉郎女。次忍坂大中比賣。次登富志郎女。次迦多遲王。又娶。葛城之野伊呂賣。生御子。伊奢能麻和迦王。此天皇之御子等。并廿六王。此中大雀命者。治天下也。於是天皇。問大山守命與大雀命詔。汝等者。孰愛兄子與弟子。爾大山守命白愛兄子。次大雀命。知天皇。所問賜之大御情而白。兄子者。既成人。是無悒。弟子者。未成人。是愛。爾天皇詔。佐邪岐。阿藝之言。如我所思。即詔別者。大山守命。爲山海之政。大雀命。執食國之政以白賜。宇遲能和紀郎子。所知天津日繼也。故大雀命者。勿違天皇之命也。
品陀和気命(ほむだわけのみこと)は、軽嶋の明宮(軽嶋之明宮)にいらせられて天下をお治めになりました。
この天皇は、品陀真若王(ほむだのまわかのみこ)の娘、三柱の女王を妻にお迎えになりました。一人は高木之入日売命(たかきのいりひめのみこと)、次は中日売命(なかつひめのみこと)、次は弟日売命(おとひめのみこと)です。
高木之入日売の子は、額田大中日子命(ぬかたのおおなかつひこのみこと)、次に大山守命(おおやまもりのみこと)、次に伊奢之真若命(いざのまわかのみこと)、次に妹の大原郎女(おおはらのいらつめ)、次に高目郎女(たかもくのいらつめ)です。
中日売命の御子は、木之荒田郎女(きのあらたのいらつめ)、次に大雀命(おおさざきのみこと)、次に根鳥命(ねとりのみこと)です。
弟日売命の御子は、阿倍郎女(あべのいらつめ)、次に阿具知能三腹郎女(あぐちのみはらのいらつめ)、次に木之菟野郎女(きのうののいらつめ)、次に三野郎女(みののいらつめ)です。
また丸邇之比布礼能意富美(わにのひふれのおおみ)の娘、名は宮主矢河枝比売(みやぬしやかわえひめ)を妻にお迎えになり、お生まれになった御子は宇遅能和紀郎子(うじのわきいらつこ)、次に妹の八田若郎女(やたのわきいらつめ)、次に女鳥王(めとりのみこ)です。
またその矢河枝比売の弟の袁那弁郎女(おなべのいらつめ)を妻にお迎えになり、お生まれになった御子は宇遅之若郎女(うじのわかいらつめ)です。
また咋俣長日子王(くひまたながひこのみこ)の娘、息長真若中比売(おきながまわかなかつひめ)を妻にお迎えになり、お生まれになった御子は若沼毛二俣王(わかぬけふたまたのみこ)です。
また桜井田部連の祖である嶋垂根(しまたりね)の娘、糸井比売(いといひめ)を妻にお迎えになり、お生まれになった御子は速総別命(はやぶさわけのみこと)です。
また日向の泉長比売(いずみのながひめ)を妻にお迎えになり、お生まれになった御子は大羽江王(おおはえのみこ)、次に小羽江王(おはえのみこ)、次に幡日之若郎女(はたびのわきいらつめ)です。
また迦具漏比売(かぐろひめ)を妻にお迎えになり、お生まれになった御子は川原田郎女(かわらだのいらつめ)、次に玉郎女(たまのいらつめ)、次に忍坂大中比売(おさかのおおなかつひめ)、次に登富志郎女(とほしのいらつめ)、次に迦多遅王(かたじのみこ)です。
また葛城の野伊呂売(ののいろめ)を妻にお迎えになり、お生まれになった御子は伊奢能麻和迦王(いざのまわかのみこ)です。
この天皇の御子たちは、合わせて二十六王です。この中で大雀命が天下をお治めになりました。
このとき天皇は、大山守命と大雀命にお問いになりました。「お前たちは、兄である子と弟である子と、どちらが愛しいか。」
大山守命は「兄である子が愛しく存じます」と申し上げました。次に大雀命は、天皇がお問いになる大御心を察して申し上げました。「兄である子はすでに人となって、憂えることがありません。弟である子はまだ人となっておりませんので、こちらが愛しく存じます。」
そこで天皇はおっしゃいました。「さざきよ、吾君(あぎ)の言葉は、わが思うとおりである。」
そして分けてお命じになりました。大山守命は山と海の政を執り、大雀命は食国(おすくに)の政を執って申し上げ、宇遅能和紀郎子は天津日継をお継ぎになるようにと。それゆえ大雀命は天皇の命に違われませんでした。
夾注 19
品陀二字以音。
「品陀」の二字は音で読みます。
此女王等之父。品陀眞若王者。五百木之入日子命。娶尾張連之祖。建伊那陀宿禰之女。志理都紀斗賣。生子者也。
この女王たちの父である品陀真若王は、五百木之入日子命(いおきのいりひこのみこと)が尾張連の祖である建伊那陀宿禰(たけいなだのすくね)の娘、志理都紀斗売(しりつきとめ)を妻に迎えて生んだ子です。
伊奢二字以音。
「伊奢」の二字は音で読みます。
五柱。
五柱です。
三柱。
三柱です。
此四字以音。
この四字は音で読みます。
五柱。
五柱です。
自比至美以音。
「比」から「美」までは音で読みます。
三柱。
三柱です。
一柱。
一柱です。
一柱。
一柱です。
一柱。
一柱です。
三柱。
三柱です。
五柱。
五柱です。
此三字以音。
この三字は音で読みます。
一柱。
一柱です。
男王十一。女王十五。
男王が十一、女王が十五です。
天皇所以發是問者。宇遲能和紀郎子。有令治天下之心也。
天皇がこの問いを発せられたわけは、宇遅能和紀郎子に天下を治めさせようという御心があったからです。
自佐至藝五字以音。
「佐」から「藝」までの五字は音で読みます。
2葛野を望む
一時天皇越幸近淡海國之時。御立宇遲野上。望葛野。歌曰。
あるとき天皇が近淡海国へ越えておいでになったとき、宇遅野の上にお立ちになり、葛野を望んで歌われました。
3千葉の葛野の歌
知婆能。加豆怒袁美禮婆。毛毛知陀流。夜邇波母美由。久爾能富母美由。
ちばの かづのをみれば ももちだる やにはもみゆ くにのほもみゆ
— 葉の茂る葛野を見れば 家の多く立つ屋庭も見え 国の秀でた地も見える。
4宮主矢河枝比売に出会う
故到坐木幡村之時。麗美孃子。遇其道衢。爾天皇問其孃子曰。汝者誰子。答白。丸邇之比布禮能意富美之女。名宮主矢河枝比賣。天皇即詔其孃子。吾明日還幸之時。入坐汝家。故矢河枝比賣。委曲語其父。於是父答曰。是者天皇坐那理。恐之。我子仕奉。云而。嚴餝其家候待者。明日入坐。故獻大御饗之時。其女矢河枝比賣。(命)令取大御酒盞而獻。於是天皇。任令取其大御酒盞而御歌曰。
木幡村においでになったとき、麗しい娘を道の衢(ちまた)でお見かけになりました。
天皇はその娘にお問いになりました。「お前は誰の子か。」答えて申し上げました。「丸邇之比布礼能意富美の娘、名は宮主矢河枝比売でございます。」
天皇はその娘におっしゃいました。「わたしは明日、還る途にお前の家に立ち寄ろう。」
矢河枝比売がその父にくわしく語ると、父は答えました。「これは天皇でいらせられるのだ。恐れ多いことだ。わが子よ、よくお仕えせよ。」そうしてその家を厳かに飾って待っていると、翌日おいでになりました。
大御饗をたてまつるとき、その娘の矢河枝比売に大御酒の盞(さかずき)を取ってたてまつらせました。そこで天皇はその大御酒の盞をお受けになりながら歌われました。
夾注 1
此二字以音。
この二字は音で読みます。
5蟹の歌
許能迦邇夜。伊豆久能迦邇。毛毛豆多布。都奴賀能迦邇。余許佐良布。伊豆久邇伊多流。伊知遲志麻。美志麻邇斗岐。美本杼理能。迦豆伎伊岐豆岐。志那陀由布。佐佐那美遲袁。須久須久登。和賀伊麻勢婆夜。許波多能美知邇。阿波志斯袁登賣。宇斯呂傳波。袁陀弖呂迦母。波那美波志。比斯那須。伊知比韋能。和邇佐能邇袁。波都邇波。波陀阿可良氣美。志波邇波。邇具漏岐由惠。美都具理能。曾能那迦都爾袁。加夫都久。麻肥邇波阿弖受。麻用賀岐。許邇加岐多禮。阿波志斯袁美那。迦母賀登。和賀美斯古良。迦久母賀登。阿賀美斯古邇。宇多多氣陀邇。牟迦比袁流迦母。伊蘇比袁流迦母。
このかにや いづくのかに ももづたふ つぬがのかに よこさらふ いづくにいたる いちぢしま みしまにとき みほどりの かづきいきづき しなだゆふ ささなみぢを すくすくと わがいませばや こはたのみちに あはししをとめ うしろでは をだてろかも はなみはし ひしなす いちひゐの わにさのにを はつには はだあからけみ しはには にぐろきゆゑ みつぐりの そのなかつにを かぶつく まひにはあてず まよがき こにかきたれ あはししをみな かもがと わがみしこら かくもがと あがみしこに うたたけだに むかひをるかも いそひをるかも
— この蟹はどこの蟹か。 遠くを伝って来た角鹿(つぬが)の蟹だ。 横に這って、どこへ至ったのか。 伊知遅島(いちぢしま)、御島(みしま)に着いて 鳰鳥(にほどり)のように潜って息をつき 上り下りの佐佐那美(ささなみ)の道を 休まずにわたしが歩いて来ると、 木幡(こはた)の道で出会った娘。 後ろ姿は盾のようにすらりとして 歯並びは菱の実のようにそろっていて、 櫟井(いちひゐ)の和邇(わに)の丘の土を、 上の土は赤く赤く、 下の土は黒く黒いので、 その真ん中の土を、 火に当てないその土を 眉墨に濃く描き垂れた わたしが出会った女(をみな)よ。 こうあってほしいとわたしが見た子、 あああってほしいとわたしが見た子が 思いがけず向かい合って座っているよ、 添い寄っているよ。
6髪長比売を太子に賜わる
如此御合生御子。宇遲能和紀郎子也。天皇。聞看。日向國諸縣君之女。名髮長比賣。其顏容麗美。將使而。喚上之時。其太子大雀命。見其孃子。泊于難波津而。感其姿容之端正。即誂告。建内宿禰大臣。是自日向喚上之髮長比賣者。請白天皇之大御所而。令賜於吾。爾建内宿禰大臣。請大命者。天皇。即以髮長比賣。賜于其御子。所賜状者。天皇。聞看豐明之日。於髮長比賣令握大御酒柏。賜其太子。爾御歌曰。
このように結ばれてお生まれになった御子が、宇遅能和紀郎子です。
天皇は、日向国の諸県君の娘、名は髪長比売(かみながひめ)の顔かたちが麗しいとお聞きになり、召し使おうとして呼び上げられたとき、太子の大雀命が、その娘が難波津に泊まっているのを見て、その姿の端正なことに感じ入りました。そこで建内宿禰大臣に頼んで告げました。「この日向から呼び上げられた髪長比売を、天皇の大御所に請い申し上げて、わたしに賜わるようにしてほしい。」
建内宿禰大臣が大命を請うと、天皇はすぐに髪長比売をその御子に賜わりました。賜わったさまはこうです。天皇が豊明(とよのあかり)の日に、髪長比売に大御酒の柏(かしわ)の葉を握らせ、その太子に賜わりました。そこで歌われました。
夾注 1
自宇下五字以音。
「宇」から下の五字は音で読みます。
7いざささばの歌
伊邪古杼母。怒毘流都美邇。比流都美邇。和賀由久美知能。迦具波斯。波那多知婆那波。本都延波。登理韋賀良斯。志豆延波。比登登理賀良斯。美都具理能。那迦都延能。本都毛理。阿加良袁登賣袁。伊邪佐佐婆。余良斯那。
いざこども のびるつみに ひるつみに わがゆくみちの かぐはし はなたちばなは ほつえは とりゐがらし しづえは ひととりがらし みつぐりの なかつえの ほつもり あからをとめを いざささば よらしな
— さあ子どもたちよ、野蒜(のびる)を摘みに 蒜を摘みにわたしが行く道の 香しい花橘は 上の枝は鳥が居て枯らし 下の枝は人が取って枯らしたので、 三つ栗の中の枝のような 赤らむ娘を さあ、連れて行ったらよいだろう。
8また歌う
又御歌曰。
また歌われました。
9依網の池の歌
美豆多麻流。余佐美能伊氣能。韋具比宇知。「比斯」賀。「良能」佐斯祁流斯良邇。奴那波久理。波閇祁久斯良邇。和賀許許呂志。(叙)伊夜袁許邇斯弖。伊麻叙久夜斯岐。
みづたまる よさみのいけの ゐぐひうちが ひしがらの さしけるしらに ぬなはくり はへけくしらに わがこころしぞ いやをこにして いまぞくやしき
— 水の溜まる依網(よさみ)の池に 杙(くひ)を打つ者が、菱の茎の刺しているのを知らぬように 蓴(ぬなは)の茎が延びているのを知らぬように、 わたしの心はまことに愚かで 今になって悔しいことだ。
10太子が歌う
如此歌而賜也。故被賜其孃子之後。太子歌曰。
このように歌ってお賜わりになりました。その娘を賜わった後、太子は歌いました。
11木幡の娘の歌
美知能斯理。古波陀袁登賣袁。迦微能碁登。岐許延斯迦杼母。阿比麻久良麻久。
みちのしり こはだをとめを かみのごと きこえしかども あひまくらまく
— 道の後(しり)の木幡(こはだ)の娘を 雷のような噂に聞くばかりであったが 今は共に枕を交わしている。
12また歌う
又歌曰。
また歌いました。
13争わずに共に寝てくれた
美知能斯理。古波陀袁登賣波。阿良蘇波受。泥斯久袁斯叙母。宇流波志美意母布。
みちのしり こはだをとめは あらそはず ねしくをしぞも うるはしみおもふ
— 道の後(しり)の木幡(こはだ)の娘が 争わずに共に寝てくれたのが いよいよ愛しく思われる。
14吉野の国主が太刀を見て
又吉野之國主等。瞻大雀命之所佩御刀。歌曰。
また吉野の国主たちが、大雀命のお佩きになった御刀を見て歌いました。
15品陀の日の御子の歌
本牟多能。比能美古。意富佐邪岐。意富佐邪岐。波加勢流多知。母登都流藝。須惠布由。布由紀能須。加良賀志多紀能。佐夜佐夜。
ほむたの ひのみこ おほさざき おほさざき はかせるたち もとつるぎ すゑふゆ ふゆきのす からがしたきの さやさや
— 品陀(ほむた)の日の御子 大雀(おほさざき)よ、大雀よ。 お佩きの太刀は、本は鋭く 末は震えて、冬木の下の 枯れた枝のようにさやさやと鳴る。
16横臼で醸した酒の歌
又於吉野之白檮上。作横臼而。於其横臼。釀大御酒。獻其大御酒之時。撃口鼓爲伎而歌曰。
また吉野の白檮の野に横臼を作り、その横臼で大御酒を醸し、その大御酒をたてまつるとき、口鼓を撃って伎(わざ)をしながら歌いました。
17国主の酒の歌
加志能布邇。余久須袁都久理。余久須邇。迦美斯意富美岐。宇麻良爾。岐許志母知袁勢。麻呂賀知。
かしのふに よくすをつくり よくすに かみしおほみき うまらに きこしもちをせ まろがち
— 白檮(かし)の野に横臼を作り その横臼で醸した大御酒を おいしくお召しあがりください、 わが父よ。
18今も詠う歌
此歌者。國主等。獻大贄之時時。恒至于今。詠之歌者也。
この歌は、国主たちが大贄(おおにえ)をたてまつるたびに、今まで常に詠う歌です。
19百済から論語と千字文が来る
此之御世。定賜。海部。山部。山守部。伊勢部也。亦作劍池。亦新羅人參渡來。是以建内宿禰命。引率。爲役之堤池而。作百濟池。亦百濟國主照古王。以牡馬壹疋。牝馬壹疋。付阿知吉師以貢上。亦貢上横刀及大鏡。又科賜。百濟國。若有賢人者貢上。故受命以貢上人。名和邇吉師。即論語十卷。千字文一卷。并十一卷。付是人即貢進。又貢上。手人韓鍛。名卓素。亦呉服西素二人也。又秦造之祖。漢直之祖。及知釀酒人。名仁番。亦名須須許理等。參渡來也。故是須須許理。釀大御酒以獻。於是天皇。宇羅宜是所獻之大御酒而。御歌曰。
この御世に、海部・山部・山守部・伊勢部をお定めになり、また剣池を作りました。
また新羅の人々が渡って来ました。建内宿禰命がこれを引き連れて堤と池を造る役をさせ、百済池を作りました。
また百済の国主の照古王が、牡馬一疋と牝馬一疋を阿知吉師に付けてたてまつりました。また横刀と大鏡をたてまつりました。
また百済国に「もし賢い人がいるなら、たてまつれ」とお命じになりました。それで命を受けてたてまつった人の名は和邇吉師で、論語十巻と千字文一巻、合わせて十一巻をこの人に付けてたてまつりました。
また手人(てひと)の韓鍛(からかぬち)、名は卓素、また呉服(くれはとり)の西素の二人をたてまつりました。
また秦造の祖と漢直の祖、そして酒を醸すことを知る人、名は仁番、別の名を須須許理(すすこり)という者たちが渡って来ました。
この須須許理が大御酒を醸してたてまつりました。そこで天皇は、この献じられた大御酒にうらげ――御心が解けて歌われました。
夾注 4
此阿知吉師者。阿直史等之祖。
この阿知吉師は、阿直史たちの祖です。
此和邇吉師者。文首等祖。
この和邇吉師は、文首たちの祖です。
宇羅宜三字以音。
「宇羅宜」の三字は音で読みます。
阿知吉師·和邇吉師
阿知吉師・和邇吉師 ― 百済から渡って来た人なので、その国の音で阿直岐・王仁と記しました。古事記は阿知吉師・和邇吉師と記しています。― 訳者
20須須許理の酒に酔う
須須許理賀。迦美斯美岐邇。和禮惠比邇祁理。許登那具志。惠具志爾。和禮惠比邇祁理。
すすこりが かみしみきに われえひにけり ことなぐし えぐしに われえひにけり
— 須須許理(すすこり)が醸した酒に わたしは酔ってしまった。 事和(ことなぐ)しの酒、笑いの酒に わたしは酔ってしまった。
このように歌っておいでになる途中、御杖で大坂の道の中にある大石をお打ちになると、その石が走り避けました。それで諺に「堅い石も酔った人を避ける」と言います。
21宇治川の戦い
如此之歌幸行時。以御杖打大坂連中之大石者。其石走避。故諺曰堅石避醉人也。故天皇崩之後。大雀命者。從天皇之命。以天下。讓宇遲能和紀郎子。於是大山守命者。違天皇之命。猶欲獲天下。有殺其弟皇子之情。竊設兵將攻。爾大雀命。聞其兄備兵。即遣使者。令告宇遲能和紀郎子。故聞驚。以兵伏河邊。亦其山之上。張施垣立帷幕。詐以。舍人爲王。露坐呉床。百官。恭敬往來之状。既如王子之坐所而。更爲其兄王。渡河之時。具餝船楫。者舂佐那葛之根。取其汁滑而。塗其船中之簀椅。設蹈應仆而。其王子者。服布衣褌。既爲賎人之形。執楫立船。於是其兄王。隱伏兵士。衣中服鎧。到於河邊。將乘船時。望其嚴餝之處。以爲弟王。坐其呉床。都不知。執楫而立船。即問其執楫者曰。傳聞。茲山有忿怒之大猪。吾欲取其猪。若獲其猪乎。爾執楫者。答曰不能也。亦問曰何由。答曰。時時也徃徃也。雖爲取而不得。是以白不能也。渡到河中之時。令傾其船。墮入水中。爾乃浮出。隨水流下。即流歌曰。
天皇がお亡くなりになった後、大雀命は天皇の命に従って、天下を宇遅能和紀郎子に譲りました。
ところが大山守命は天皇の命に違って天下を獲ようとし、弟の皇子を殺す心を抱いて、ひそかに兵を備えて攻めようとしました。
大雀命は、兄が兵を備えていると聞いて、すぐに使者を遣わして宇遅能和紀郎子に告げさせました。それを聞いて驚き、兵を河辺に伏せ、またその山の上に垣を張りめぐらし帷幕を立て、偽って舎人を王に仕立てて呉床(あぐら)に露わに座らせたので、百官が往き来して恭しくするさまは、まことに王子の座す所のようでした。
そして兄の王が河を渡るときのために、船と楫をよく飾り、佐那葛(さなかづら)の根を舂(つ)いてその滑る汁を取り、船の中の簀椅(すばし)に塗って、踏めば倒れるようにしておき、その王子は布の衣と褌を着て賤しい人の姿になり、楫を執って船に立ちました。
兄の王は兵士を隠し伏せ、衣の中に鎧を着て河辺に至り、船に乗ろうとするとき、その厳かに飾った所を望み見て、弟の王がその呉床に座っているものとばかり思い、楫を執って船に立っているとは、まったく知りませんでした。
そこで、その楫を執る者に問いました。「伝え聞くところでは、この山に忿り怒る大猪がいるという。わたしはその猪を取りたいと思う。その猪は獲れるだろうか。」
楫を執る者は答えました。「獲れません。」また問いました。「どうしてか。」答えました。「たびたび、あちこちで取ろうとしましたが獲れませんでした。それで獲れないと申し上げるのです。」
渡って河の中ほどに至ったとき、その船を傾けて水の中に落としました。兄の王は浮き出て、水の流れに従って流れながら歌いました。
夾注 1
此二字以音。
この二字は音で読みます。
22棹取りの早い人よ、来てくれ
知波夜夫流。宇遲能和多理邇。佐袁斗理邇。波夜祁牟比登斯。和賀毛古邇許牟。
ちはやぶる うぢのわたりに さをとりに はやけむひとし わがもこにこむ
— 流れの速い宇治の渡りに 棹を取るのが早い人よ、 わたしのもとに来てくれ。
23訶和羅の前に沈む
於是伏隱河邊之兵。彼廂此廂。一時共興。矢刺而流。故到訶和羅之前而。沈入。故以鉤探其沈處者。繋其衣中甲而。訶和羅鳴。故號其地謂訶和羅前也。爾掛出其骨之時。弟王歌曰。
そこで河辺に伏せ隠れていた兵が、こちらの側もあちらの側も一時にともに起こり、矢をつがえて射かけ、流しました。訶和羅(かわら)の前に至って沈みました。
鉤でその沈んだ所を探ると、衣の中の甲に繋がって「かわら」と鳴りました。それでその地を訶和羅の前と申します。
その骨を掛け出したとき、弟の王が歌いました。
夾注 1
訶和羅三以以音。
「訶和羅」の三字は音で読みます。
24宇治の渡りの梓弓
知波夜比登。宇遲能和多理邇。和多理是邇。多弖流。阿豆佐由美。麻由美。伊岐良牟登。許許呂波母閇杼。伊斗良牟登。許許呂波母閇杼。母登幣波。岐美袁淤母比傳。須惠幣波。伊毛袁淤母比傳。伊良那祁久。曾許爾淤母比傳。加那志祁久。許許爾淤母比傳。伊岐良受曾久流。阿豆佐由美。麻由美。
ちはやひと うぢのわたりに わたりぜに たてる あづさゆみ まゆみ いきらむと こころはもへど いとらむと こころはもへど もとへは きみをおもひで すゑへは いもをおもひで いらなけく そこにおもひで かなしけく ここにおもひで いきらずそくる あづさゆみ まゆみ
— 宇治の渡りの渡り瀬に立つ 梓弓、檀弓(まゆみ)。 切ろうと心には思っても 取ろうと心には思っても、 本の方では君を思い出し 末の方では妹(いも)を思い出して、 つらさがそこから迫り 悲しさがここから迫って、 切らずに来てしまった梓弓、檀弓よ。
25海人の諺
故其大山守命之骨者。葬于那良山也。是大山守命者。於是大雀命。與宇遲能和紀郎子二柱。各讓天下之間。海人貢大贄。爾兄辭令貢於弟。弟辭令貢於兄相讓之間。既經多日。如此相讓非一二時故海人既疲往還而泣也。故諺曰。海人乎。因己物而泣也。然宇遲能和紀郎子者早崩。故大雀命治天下也。
その大山守命の骨は那良山に葬りました。この大山守命は土形君たちの祖です。
そこで大雀命と宇遅能和紀郎子の二柱が、互いに天下を譲り合っているあいだに、海人が大贄をたてまつりました。兄は辞して弟にたてまつらせ、弟は辞して兄にたてまつらせ、互いに譲り合うあいだに、すでに多くの日が過ぎました。このような譲り合いが一度や二度ではなかったので、海人は往き還りに疲れて泣きました。それで諺に「海人であるなあ、自分の物のために泣くことだ」と言います。
しかし宇遅能和紀郎子は早くお亡くなりになったので、大雀命が天下をお治めになりました。
夾注 1
土形君。弊岐君。榛原君等之祖。
土形君・弊岐君・榛原君たちの祖です。
26天之日矛が渡って来る
又昔。有新羅國主之子。名謂天之日矛。是人參渡來也。所以參渡來者。新羅國有一沼。名謂阿具奴摩此沼之邊。一賎女晝寢。於是日耀如虹指其陰上。亦有一賤夫。思異其状。恒伺其女人之行。故是女人。自其晝寢時妊身。生赤玉。爾其所伺賤夫。乞取其玉。恒裹着腰。此人營田於山谷之間故。耕人等之飮食。負一牛而。入山谷之中。遇逢。其國主之子天之日矛。爾問其人。曰何汝飮食負牛。入山谷。汝必殺食是牛。即捕其人。將入獄囚。其人答。曰吾非殺牛。唯送田人之食耳。然猶不赦。爾解其腰之玉。幣其國主之子。故赦其賤夫。將來其玉。置於床邊。即化美麗孃子。仍婚爲嫡妻。爾其孃子。常設種種之珍味。恒食其夫。故其國主之子。心奢詈妻。其女人言。凡吾者。非應爲汝妻之女。將行吾祖之國。即竊乘小船。逃遁渡來。留于難波。於是天之日矛。聞其妻遁。乃追渡來。將到難波之間。其渡之神。塞以不入。故更還泊多遲摩國。即留其國而。娶多遲摩之俣尾之女。名前津見。生子。多遲摩母呂須玖。此之子。多遲摩斐泥。此之子。多遲摩比那良岐。此之子。多遲麻毛理。次多遲摩比多訶。次清日子。此清日子。娶當摩之咩斐。生子。酢鹿之諸男。次妹菅竈由良度美。故上云多遲摩比多訶。娶其姪由良度美。生子。葛城之高額比賣命。故其天之日矛持渡來物者。玉津寶云而。珠二貫。又振浪比禮。切浪比禮。振風比禮。切風比禮。又奧津鏡。邊津鏡。并八種也。
また昔、新羅の国主の子がいて、名を天之日矛(あめのひぼこ)と申します。この人が渡って来ました。渡って来たわけはこうです。
新羅国に一つの沼があり、名を阿具奴摩(あぐぬま)と申します。この沼のほとりで、一人の賤しい女が昼寝をしました。すると日の光が虹のようにその陰上を指しました。また一人の賤しい男がそのさまを異しく思い、常にその女の行いをうかがっていました。その女はその昼寝のときから身を妊み、赤い玉を生みました。そこで、うかがっていた賤しい男がその玉を乞い取り、常に裹(つつ)んで腰に着けていました。
この人は山谷の間に田を営んでいたので、耕す人たちの飲食を牛一頭に負わせて山谷の中に入ろうとしたとき、その国主の子の天之日矛と出会いました。
そこでその人に問いました。「どうしてお前は飲食を牛に負わせて山谷に入るのか。お前はきっとこの牛を殺して食うのだろう。」そしてその人を捕らえて獄に入れようとしたので、その人は答えました。「わたしは牛を殺すのではありません。ただ田の人たちの食を送るだけです。」それでも赦されませんでした。そこで腰の玉を解いて、その国主の子に幣としてたてまつりました。
それでその賤しい男を赦し、その玉を持って来て床のほとりに置くと、たちまち麗しい娘に化りました。そこで婚(よば)って嫡妻としました。
その娘は常に種々の珍味を設けて、その夫に食べさせていました。ところがその国主の子は心が奢って妻を詈(ののし)ったので、その女は言いました。「およそわたしは、あなたの妻となるべき女ではありません。わたしの祖の国へ行きます。」そしてひそかに小船に乗り、逃げ遁れて渡って来て、難波に留まりました。
そこで天之日矛は、その妻が遁れたと聞いて、追って渡って来て、難波に到ろうとしたとき、その渡りの神が塞いで入れませんでした。それで還って多遅摩国に泊まりました。
そしてその国に留まり、多遅摩の俣尾の娘、名は前津見(さきつみ)を妻に迎えて生んだ子が多遅摩母呂須玖(たじまもろすく)です。この子が多遅摩斐泥(たじまひね)、この子が多遅摩比那良岐(たじまひならき)、この子が多遅麻毛理(たじまもり)、次に多遅摩比多訶(たじまひたか)、次に清日子(きよひこ)です。
この清日子が当摩の咩斐(たぎまのめひ)を妻に迎えて生んだ子が酢鹿之諸男(すがのもろお)、次に妹の菅竈由良度美(すがかまゆらどみ)です。
それで、上に申した多遅摩比多訶がその姪の由良度美を妻に迎えて生んだ子が、葛城の高額比売命(たかぬかひめのみこと)です。
その天之日矛が持って渡って来た物は、玉津宝(たまつたから)と申して、珠二貫、また浪を振る比礼(ひれ)・浪を切る比礼・風を振る比礼・風を切る比礼、また奥津鏡・辺津鏡、合わせて八種です。
夾注 8
自阿下四字以音。
「阿」から下の四字は音で読みます。
此者坐難波之比賣碁曾社。謂阿加流比賣神者也。
これは難波の比売碁曾社にいらせられる阿加流比売神です。
三柱。
三柱です。
上
上げて読みます。
此四字以音。
この四字は音で読みます。
此者息長帶比賣命之御祖。
これは息長帯比売命の御祖です。
比禮二字以音。下效此。
「比禮」の二字は音で読みます。以下もこれに倣います。
此者伊豆志之八前大神也。
これは伊豆志の八前(やまえ)の大神です。
27秋山の下氷壮夫と春山の霞壮夫
故茲神之女。名伊豆志袁登賣神坐也。故八十神。雖欲得是伊豆志袁登賣。皆不得婚。於是有二神。兄號秋山之下氷壯夫。弟名春山之霞壯夫。故其兄謂其弟。吾雖乞伊豆志袁登賣。不得婚。汝得此孃子乎。答曰易得也。爾其兄曰。若汝有得此孃子者。避上下衣服。量身高而釀甕酒。亦山河之物。悉備設。爲宇禮豆玖云爾爾其弟。如兄言具白其母。即其母。取布遲葛而。一宿之間。織縫。衣褌。及襪沓。亦作弓矢。令服其衣褌等。令取其弓矢。遣其孃子之家者。其衣服及弓矢。悉成藤花。於是其春山之霞壯夫。以其弓矢。繋孃子之厠。爾伊豆志袁登賣。思異其花。將來之時。立其孃子之後。入其屋即婚。故生一子也。爾白其兄曰。吾者。得伊豆志袁登賣。於是其兄。慷愾弟之婚以。不償其宇禮豆玖之物。爾愁白其母之時。御祖答曰。我御世之事。能許曾神習。又宇都志岐青人草習乎。不償其物。恨其兄子。乃取其伊豆志河之河嶋節竹而。作八目之荒籠。取其河石。合鹽而。裹其竹葉。令詛言。如此竹葉青。如此竹葉萎而。青萎。又如此鹽之盈乾而。盈乾。又如此石之沈而。沈臥。如此令詛置於烟上。是以其兄。八年之間。于萎病枯。故其兄患泣。請其御祖者。即令返其詛戸。於是其身如本以安平也。
この神の娘、名は伊豆志袁登売神(いづしをとめのかみ)がいらせられました。八十神(やそがみ)がこの伊豆志袁登売を得ようとしましたが、みな婚(よば)うことができませんでした。
ここに二柱の神がいて、兄は秋山の下氷壮夫(あきやまのしたひおとこ)、弟は春山の霞壮夫(はるやまのかすみおとこ)と申します。
兄がその弟に言いました。「わたしは伊豆志袁登売に乞うたが、婚うことができなかった。お前はこの娘を得られるか。」答えました。「たやすく得られます。」
兄は言いました。「もしお前がこの娘を得たなら、上下の衣服を脱いで与え、身の高さほどの甕に酒を醸し、また山河の物をことごとく備え設けて、うれづく――賭けの償いをしよう。」
弟は兄の言ったとおりにその母にくわしく申しました。するとその母は布遅葛(ふじかづら)を取って、一夜のあいだに衣と褌、襪(したうず)と沓を織り縫い、また弓矢を作って、その衣と褌などを着せ、その弓矢を取らせて、その娘の家へ遣わしたところ、その衣服と弓矢はことごとく藤の花になりました。
そこでその春山の霞壮夫は、その弓矢を娘の厠に掛けました。伊豆志袁登売はその花を異しく思い、持って来るとき、その娘の後ろに立ってその屋に入り、そのまま婚いました。それで一人の子を生みました。
弟はその兄に申しました。「わたしは伊豆志袁登売を得ました。」
兄は弟が婚うたことに慷愾(こうがい)して、そのうれづくの物を償いませんでした。弟が愁えてその母に申したとき、御祖は答えました。「わが御世のことは、よくこそ神に習うべきものを、また、うつしき青人草――この世の人に習って、その物を償わぬのか。」そしてその兄の子を恨み、伊豆志河の河嶋の節竹(ふしだけ)を取って八つ目の荒籠を作り、その河の石を取って塩に合わせ、その竹の葉に裹(つつ)んで詛(のろ)わせました。
「この竹の葉が青み、この竹の葉が萎むように、青み萎めよ。またこの塩が盈(み)ち乾くように、盈ち乾けよ。またこの石が沈むように、沈み臥せよ。」
このように詛って、烟の上に置きました。それでその兄は八年のあいだ、萎み病み枯れました。兄は患い泣いて、その御祖に請うたので、すぐにその詛戸(のろいど)を返させました。すると、その身はもとのように安らかになりました。
夾注 4
自宇至玖以音。下效此。
「宇」から「玖」までは音で読みます。以下もこれに倣います。
布遲二字以音。
「布遲」の二字は音で読みます。
此二字以音。
この二字は音で読みます。
此者神宇禮豆玖之言本者也。
これが「神うれづく」という言葉のもとです。
28若野毛二俣王の子孫
又。此品陀天皇之御子。若野毛二俣王。娶其母弟。百師木伊呂辨。亦名弟日賣眞若比賣命。生子。大郎子。亦名意富富杼王。次忍坂之大中津比賣命。次田井之中比賣。次田宮之中比賣。次藤原之琴節郎女。次取賣王。次沙禰王。故意富富杼王者。又根鳥王。娶庶妹三腹郎女。生子。中日子王。次伊和嶋王。又堅石王之子者。久奴王也。
また、この品陀天皇の御子である若野毛二俣王が、その母の弟の百師木伊呂弁(ももしきいろべ)、別の名は弟日売真若比売命(おとひめまわかひめのみこと)を妻に迎えて生んだ子が大郎子(おおいらつこ)、別の名は意富富杼王(おおほどのみこ)、次に忍坂之大中津比売命(おさかのおおなかつひめのみこと)、次に田井之中比売(たいのなかつひめ)、次に田宮之中比売(たみやのなかつひめ)、次に藤原之琴節郎女(ふじわらのことふしのいらつめ)、次に取売王(とりめのみこ)、次に沙禰王(さねのみこ)です。
意富富杼王は三国君たちの祖です。
また根鳥王が庶妹の三腹郎女を妻に迎えて生んだ子が中日子王(なかつひこのみこ)、次に伊和嶋王(いわしまのみこ)です。また堅石王(かたしわのみこ)の子は久奴王(くぬのみこ)です。
夾注 4
上
上げて読みます。
七王
七王です。
三國君。波多君。息長君。酒田酒人君。山道君。筑紫之末多君。布勢君等之祖也。
三国君・波多君・息長君・酒田酒人君・山道君・筑紫の末多君・布勢君たちの祖です。
二柱。
二柱です。
29御年と御陵
凡此品陀天皇。御年壹佰參拾歳。御陵在川内惠賀之裳伏岡也。
およそこの品陀天皇は御年百三十歳でいらせられました。御陵は川内の恵賀の裳伏岡(恵賀之裳伏岡)にあります。