率性篇
論人之性,定有善有惡。其善者,固自善矣;其惡者,故可教告率勉,以之為善。凡人君父審觀臣子之性,善則養育勸率,無令近惡;近惡則輔保禁防,令漸於惡,善漸於惡,惡化於善,成為性行。召公戒成曰:「今王初服厥命,於戲!若生子罔不在厥初生。」生子謂十五子,初生意於善,終以善;初生意於惡,終以惡。《詩》曰:「彼姝者子,何以與之?」傳言:譬猶練絲,染之藍則青,染之丹則赤。
人の性を論ずれば、善があり悪があることは定まっている。善い者はもとより自ら善い。悪い者は教え告げ率い勉めさせて、善くすることができる。そもそも人の君や父は臣や子の性を審らかに観て、善ければ養い育て勧め率いて、悪に近づかせない。悪に近づいたなら輔け保ち禁じ防いで、悪に漸ませない。善が悪に漸み、悪が善に化して、性と行いを成すのである。
召公は成王に戒めて言った。「今、王は初めてその命に服された。ああ、子を生むのと同じで、その初めの生まれにかかっていないものはない。」子を生むとは十五の子を言う。初めに生まれるとき善に意を置けば終わりまで善く、初めに生まれるとき悪に意を置けば終わりまで悪い。「詩」に言う。「あの姝しい人に、何を与えようか。」伝えに言う。たとえば練った絲のようなもので、藍に染めれば青くなり、丹に染めれば赤くなる。
夾注 1
近惡則輔保禁防,令漸於惡
底本は「令漸於惡」と記して否定がないが、輔け保ち禁じ防ぐことを言う箇所なので、悪に漸ませないという意味で読んだ。――訳者
十五之子其猶絲也,其有所漸化為善惡,猶藍丹之染練絲,使之為青赤也。青赤一成,真色無異。是故揚子哭岐道,墨子哭練絲也。蓋傷離本,不可復變也。人之性,善可變為惡,惡可變為善,猶此類也。逢生麻間,不扶自直;白紗入緇,不(練)〔染〕自黑。彼蓬之性不直,紗之質不黑;麻扶緇染,使之直黑。夫人之性,猶蓬紗也,在所漸染而善惡變矣。
十五の子は絲のようなもので、漸み化して善悪となるのは、藍や丹が練った絲を染めて青く赤くするのと同じである。青や赤が一たび成れば、真の色と異なりがない。だから揚子は岐れ道で哭き、墨子は練った絲を見て哭いた。本を離れれば再び変えられないことを傷んだのである。
人の性は、善が変じて悪となることもでき、悪が変じて善となることもできる。これと同じ類である。蓬が麻の間に生えれば、扶けなくても自ら直い。白い紗が緇に入れば、染めなくても自ら黒い。あの蓬の性は直くなく、紗の質は黒くないが、麻が扶け緇が染めて、直く黒くしたのである。そもそも人の性は蓬や紗のようなもので、漸み染まるところによって善悪が変わる。
王良、造父稱為善御,(不)能使不良為良也。如徒能御良,其不良者不能馴服,此則駔工庸師服馴技能,何奇而世稱之?故曰:王良登車,馬不罷駑;堯、舜為政,民無狂愚。傳曰:「堯、舜之民可比屋而封,桀、紂之民可比屋而誅。」斯民也,三代所以直道而行也。
王良や造父が善く御すると称えられるのは、良くない馬を良くすることができるからである。ただ良い馬を御することができるだけで、良くない馬を馴らし服させられないなら、それは馬商人や並の師の馴らす技能であって、何が奇しくて世が称えようか。だから言う。王良が車に登れば馬は罷れず駑ならず、堯や舜が政を為せば民に狂いも愚かさもない。伝えに言う。「堯・舜の民は屋を比べて封ずるに足り、桀・紂の民は屋を比べて誅するに足る。」この民こそ、三代が直い道で行った理由である。
聖主之民如彼,惡主之民如此,竟在化不在性也。聞伯夷之風者,貪夫廉而懦夫有立志;聞柳下惠之風者,薄夫敦而鄙夫寬。徒聞風名,猶或變節,況親接形面相敦告乎!孔門弟子七十之徒,皆任卿相之用,被服聖教,文才雕琢,知能十倍,教訓之功而漸漬之力也。未入孔子之門時,閭巷常庸無奇,其尤甚不率者,唯子路也。世稱子路無恆之庸人,未入孔門時,戴雞佩豚,勇猛無禮,聞誦讀之聲,搖雞奮豚,揚唇吻之音,聒賢聖之耳,惡至甚矣。孔子引而教之,漸漬磨礫,闔導牖進,猛氣消損,驕節屈折,卒能政事,序在四科。斯蓋變性使惡為善之明效也。夫肥沃,土地之本性也。肥而沃者性美,樹稼丰茂。而者性惡,深耕細鋤,厚加糞壤,勉致人功,以助地力,其樹稼與彼肥沃者相似類也。地之高下,亦如此焉。以鍤鑿地,以增下,則其下與高者齊;如復增鍤,則夫下者不徒齊者也,反更為高,而其高者反為下。使人之性有善有惡,彼地有高有下,勉致其教令之善,則將善者同之矣。善以化渥,釀其教令,變更為善。善則且更宜反過於往善,猶下地增加鍤更崇於高地也。賜不受命而貨殖焉,賜本不受天之富命所加,貨財積聚,為世富人者,得貨殖之朮也。夫得其朮,雖不受命,猶自益饒富。性惡之人,益不稟天善性,得聖人之教,志行變化。世稱利劍有千金之价。棠溪、魚腸之屬,龍泉、太阿之輩,其本鋌,山中之恆鐵也。冶工鍛煉,成為利,豈利劍之鍛與煉乃異質哉?工良師巧,煉一數至也。試取東下直一金之劍,更熟鍛煉,足其火,齊其,猶千金之劍也。夫鐵石天然,尚為鍛煉者變易故質,況人含五常之性,賢聖未之熟鍛煉耳,奚患性之不善哉?古貴良醫者,能知篤劇之病所從生起,而以針葯治而已之。如徒知病之名,而坐觀之,何以為奇?夫人有不善,則乃性命之疾也,無其教治,而欲令變更,豈不難哉!
聖なる主の民はあのようであり、悪しき主の民はこのようである。結局は化にあって性にはない。伯夷の風を聞いた者は、貪る夫が廉になり、懦い夫が志を立てる。柳下惠の風を聞いた者は、薄い夫が敦くなり、鄙しい夫が寬くなる。ただ風の名を聞いただけでも節を変える者があるのだから、まして親しく顔を接して互いに敦く告げ合うならどうであろうか。
孔門の弟子七十の徒は、みな卿相の用に任ずるに足った。聖の教えを被り服し、文才を雕り琢き、知も能も十倍になったのは、教え訓えた功であり、漸み漬した力である。孔子の門に入る前は、閭や巷の並の者で奇しいところがなかった。その中でとりわけ甚しく率わなかったのは、ただ子路だけである。世は子路を恆のない並の人と称した。孔門に入る前は、鶏を戴き豚を佩き、勇猛で無礼であった。誦み読む声を聞けば鶏を搖り豚を奮い、唇や吻の音を揚げて賢聖の耳を聒がせた。悪が甚しきに至っていた。孔子は引いてこれを教え、漸み漬させ磨き礫き、闔を導き牖を進めると、猛い気は消え損じ、驕った節は屈み折れて、ついに政事ができるようになり、序は四科に入った。これこそ性を変じて悪を善とさせた明らかな効である。
そもそも肥え沃うのは土地の本性である。肥えて沃うものは性が美しく、樹も稼も丰かに茂る。磽せたものは性が悪いが、深く耕し細かに鋤き、糞や壌を厚く加え、人の功を勉めて致して地の力を助ければ、その樹や稼はあの肥え沃うものと似た類になる。地の高下もまたこのようである。鍤で地を鑿り、低いところを増せば、その低いところは高いところと斉しくなる。さらに鍤を増せば、その低かったところはただ斉しいだけでなく、かえって高くなり、その高かったところがかえって低くなる。人の性に善と悪があるのが、あの地に高と低があるようなものなら、その教令の善を勉めて致せば、やがて善い者と同じになる。善によって化を渥くし、その教令を釀せば、変じ更まって善となる。善となれば、さらに以前の善を越えるのが当然である。低い地に鍤を加えて高い地より崇くなるのと同じである。
賜は命を受けないのに貨を殖した。賜はもともと天の富の命が加えられたものを受けていないのに、貨財を積み聚めて世の富人となったのは、貨を殖す術を得たからである。そもそもその術を得れば、命を受けていなくても、自ら饒かに富む。性が悪い人は、天の善い性を稟けていないが、聖人の教えを得れば、志も行いも変化する。
世は利い剣に千金の价があると称する。棠溪や魚腸の属、龍泉や太阿の輩も、そのもとの鋌は山中の恆の鉄である。冶工が鍛え煉って利い刃に成したのであって、どうして利い剣の鍛と煉だけが質を異にしようか。工が良く師が巧みで、煉ることが一つの数に至ったのである。試みに東の市で直が一金の剣を取り、改めて熟く鍛え煉り、その火を足し、その淬ぎを斉えれば、やはり千金の剣になる。そもそも鉄や石は天然のものでありながら、なお鍛え煉る者によって故の質を変え易える。まして人は五常の性を含んでいる。賢聖がまだこれを熟く鍛え煉っていないだけである。どうして性が善くないことを患えようか。
古に良い医者を貴んだのは、篤く劇しい病の生じ起こるもとを知って、針や薬で治してこれを已ませることができたからである。ただ病の名だけを知って、坐って観ているだけなら、何が奇しいのか。そもそも人に善くないところがあれば、それは性命の疾である。その教えと治めがないままに変え更まらせようとするのは、どうして難くないことがあろうか。
天道有真偽。真者固自與天相應,偽者人加知巧,亦與真者無以異也。何以驗之?《禹貢》曰「琳琅」者,此則土地所生,真玉珠也。
天の道には真と偽がある。真なるものはもとより自ら天と相い応じる。偽なるものは人が知と巧を加えたものだが、やはり真なるものと異なるところがない。何によってこれを験すか。「禹貢」に言う「琳琅」とは、土地が生んだ真の玉と珠である。
然而道人消爍五石,作五色之玉,比之真玉,光不殊別,兼魚蚌之珠,與《禹貢》琳皆真玉珠也。然而隨侯以葯作珠,精耀如真,道士之教至,知巧之意加也。陽遂取火於天,五月丙午日中之時,消煉五石,鑄以為器,磨礫生光,仰以向日,則火來至。
ところが道人は五石を消かし爍かして五色の玉を作る。真の玉に比べて、光は別ち殊なるところがない。あわせて魚や蚌の珠も、「禹貢」の琳とともに、みな真の玉と珠である。ところが隨侯は薬で珠を作り、精しい耀きが真のようであった。道士の教えが至り、知と巧の意が加わったのである。陽遂で天から火を取るには、五月の丙午の日、日中の時に、五石を消かし煉り、鋳て器とし、磨き礫いて光を生じさせ、仰いで日に向ければ、火が来て至る。
(比)〔此〕真取火之道也。今妄以刀劍之鉤月,摩拭朗白,仰以向日,亦得火焉。夫鉤月非陽遂也,所以耐取火者,摩拭之所致也。今夫性惡之人,使與性善者同類乎,可率勉之令其為善;使之異類乎,亦可令與道人之所鑄玉、隨侯之所作珠、人之所摩刀劍鉤月焉,教導以學,漸漬以德,亦將日有仁義之操。黃帝與炎帝爭為天子,教熊、羆、貔、虎以戰於阪泉之野,三戰得志,炎帝敗績。堯以天下讓舜,鯀為諸侯,欲得三公,而堯不聽,怒其猛獸,欲以為亂,比獸之角可以為城,舉尾以為旌,奮心盛氣,阻戰為強。夫禽獸與人殊形,猶可命戰,況人同類乎!推此以論,百獸率舞,潭魚出聽,六馬仰秣,不復疑矣。異類以殊為同,同類以鈞為異,所由不在於物,在於人也。凡含血氣者,教之所以異化也。三苗之民,或賢或不肖,堯、舜齊之,恩教加也。
これが真に火を取る道である。今、妄りに刀や剣の鉤月を摩り拭いて朗らかに白くし、仰いで日に向けても、やはり火を得る。そもそも鉤月は陽遂ではない。それでも火を取ることができるのは、摩り拭いたことが致したものである。今、性が悪い人が、性が善い者と同じ類だとすれば、率い勉めさせて善くさせることができる。異なる類だとしても、やはり道人が鋳た玉、隨侯が作った珠、人が摩った刀剣の鉤月のように、学で教え導き、徳で漸み漬させれば、やはり日々に仁義の操が備わってくるであろう。
黄帝は炎帝と天子たることを争い、熊・羆・貔・虎を教えて阪泉の野で戦い、三たび戦って志を得、炎帝は敗績した。堯が天下を舜に譲ろうとしたとき、鯀は諸侯として三公を得ようとしたが、堯は聴かなかった。鯀はその猛獸を怒らせて乱を起こそうとし、獸の角を比べ並べて城とし、尾を挙げて旌とし、心を奮い気を盛んにして、戦いを阻えて強がった。そもそも禽獸は人と形が殊なるのに、なお戦えと命ずることができる。まして人は同じ類である。これを推して論ずれば、百獸が率い舞い、潭の魚が出て聴き、六馬が秣を仰いだことも、もはや疑わない。異なる類が殊なるままに同じとなり、同じ類が均しいままに異なるのは、由るところが物にあるのではなく、人にあるのである。およそ血気を含むものは、教えがこれを異なるように化す。三苗の民は、賢い者も不肖の者もあったが、堯と舜がこれを斉えた。恩と教えが加わったのである。
楚、越之人,處庄、岳之間,經歷歲月,變為舒緩,風俗移也。故曰:齊舒緩,秦慢易,楚促急,燕戇投。以庄、岳言之,四國之民,更相出入,久居單處,性必變易。
楚や越の人が莊と岳の間に処り、歳月を経れば、舒やかに緩やかに変わる。風俗が移ったのである。だから言う。齊は舒やかに緩やかで、秦は慢く易く、楚は促しく急で、燕は戇く投げやりである。莊や岳で言えば、四国の民が互いに出入りし、久しく単り処れば、性は必ず変わり易わる。
夫性惡者,心比木石。木石猶為人用,況非木石?在君子之跡,庶几可見。有痴狂之疾,歌啼於路,不曉東西,不睹燥濕,不覺疾病,不知飢飽,性已毀傷,不可如何。前無所觀,卻無所畏也。是故王法不廢學校之官,不除獄理之吏,欲令凡眾見禮儀之教。學校勉其前,法禁防其後,使丹朱之志亦將可勉。何以驗之?三軍之士,非能制也;勇將率勉,視死如歸。且闔廬嘗試其士五湖之側,皆加刃於肩,血流至地。句踐亦試其士於寢宮之庭,赴火死者,不可勝數。夫刃火,非人性之所貪也,二主激率,念不顧生。是故軍之法,輕刺血。孟賁勇也,聞軍令懼。是故叔孫通制定禮儀,拔劍爭功之臣,奉禮拜伏,初驕倨而後遜順,教威德,變易性也。不患性惡,患其不服聖教,自遇而以生禍也。
そもそも性が悪い者は、心が木や石に比べられる。木や石でさえ人に用いられるのに、まして木や石でないものはどうか。君子の跡において、ほぼ見ることができる。痴れ狂う疾があって、路で歌い啼き、東西も曉らず、燥いているか湿っているかも睹ず、疾病も覚えず、飢えているか飽きているかも知らない者は、性がすでに毀れ傷ついていて、どうすることもできない。前に観るところがなく、後に畏れるところがないのである。
だから王の法は学校の官を廃せず、獄を理める吏を除かない。凡衆に礼儀の教えを見せようとするのである。学校が前で勉めさせ、法と禁が後で防げば、丹朱の志でもやはり勉めさせることができる。何によってこれを験すか。三軍の士は制することができるものではないが、勇ましい将が率い勉めさせれば、死を帰るがごとく視る。また闔廬は、かつて五湖の側でその士を試したところ、みな刃を肩に加えて血が地に流れた。句踐もまた寝宮の庭でその士を試したところ、火に赴いて死んだ者が数え切れなかった。そもそも刃や火は人の性が貪るものではないのに、二人の主が激まし率いたので、生を顧みないことを念じた。だから軍の法では、血を刺すことを軽く見る。孟賁は勇ましかったが、軍令を聞けば懼れた。
だから叔孫通が礼儀を制め定めると、剣を抜いて功を争った臣たちが礼を奉じて拝し伏し、初めは驕り倨っていたのに後には遜り順った。威と徳で教えて、性を変え易えたのである。性が悪いことを患えるのではなく、聖の教えに服さず、自ら勝手にふるまって禍を生じることを患えるのである。
豆麥之種與稻梁殊,然食能去飢。小人君子稟性異類乎?譬諸五谷皆為用,實不異而效殊者,稟氣有厚泊,故性有善惡也。殘則(授)〔受〕(不)仁之氣泊,而怒則稟勇渥也。仁泊則戾而少(愈)〔慈〕,勇渥則猛而無義,而又和氣不足,喜怒失時,計慮輕愚,妄行之人,罪故為惡。人受五常,含五髒,皆具於身。稟之泊少,故其操行不及善人,猶〔酒〕或厚或泊也。非厚與泊殊其釀也,曲孽多少使之然也。是故酒之泊厚,同一曲孽;人之善惡,共一元氣,氣有少多,鼓性有賢愚。
豆や麦の種は稻や梁と殊なるが、食べれば飢えを去ることができる。小人と君子は、稟けた性が異なる類なのか。たとえば五穀はみな用となる。実が異ならないのに効が殊なるのは、稟けた気に厚薄があるからであり、だから性に善悪があるのである。残いのは仁の気を泊く受けたのであり、怒るのは勇を渥く稟けたのである。仁が泊ければ戻って慈しみが少なく、勇が渥ければ猛くて義がない。その上に和らいだ気が足らなければ、喜怒が時を失い、計や慮が軽く愚かで、妄りに行う人となって、罪のゆえに悪を為す。
人は五常を受け、五臓を含んで、みな身に具えている。稟けたものが泊く少ないから、その操行が善い人に及ばない。酒が厚いものも泊いものもあるのと同じである。厚いものと泊いものでその釀しが殊なるのではなく、曲や孽の多少がそうさせているのである。だから酒の泊厚は同じ一つの曲孽であり、人の善悪は共に一つの元気である。気に少多があるから、性に賢愚があるのである。
西門豹急,佩韋以自緩;董安於緩,帶弦以自促。急之與緩,俱失中和,然而韋弦附身,成為完具之人。能納韋弦之教,補接不足,則豹、安於之名,可得參也。貧劣宅屋不具牆壁宇(達)〔闥〕,人指訾之。如財貨富愈,起屋筑牆,以自蔽鄣,為人具宅,人弗復非。魏之行田百畝,鄴獨二百,西門豹灌以漳水,成為膏腴,則畝收一鍾。夫人之質猶鄴田,道教猶漳水也。患不能化,不患人性之難率也。雒陽城中之道無水,水工激上洛中之水,日夜馳流,水工之功也。由此言之,迫近君子,而仁義之道數加於身,孟母之徙宅,蓋得其驗。人間之水污濁,在野外者清潔,俱為一水,源從天涯,或濁或清,所在之勢使之然也。南越王趙佗,本漢賢人也,化南夷之俗,背畔王制,椎髻箕坐,好之若性。陸賈說以漢德,懼以聖威,蹶然起坐,心覺改悔,奉制稱蕃,其於椎髻箕坐也,惡之若性。前則若彼,後則若此。由此言之,亦在於教,不獨在性也。
西門豹は急だったので、韋を佩いて自ら緩めた。董安於は緩やかだったので、弦を帯びて自ら促した。急と緩はともに中和を失っているが、韋と弦が身に附いて、完く具わった人となった。韋と弦の教えを納れて足らないところを補い接げば、豹や安於の名に参ずることができる。
貧しく劣った宅屋が牆や壁や宇や闥を具えていなければ、人は指して訾る。もし財貨が富み愈れば、屋を起こし牆を筑いて自ら蔽い鄣り、人から見て宅を具えたことになれば、人はもう非としない。魏では田を行るのに百畝であったが、鄴だけは二百であった。西門豹が漳水を灌ぐと、膏えて腴える地となり、畝ごとに一鍾を収めた。そもそも人の質は鄴の田のようであり、道の教えは漳水のようである。化すことができないことを患えるべきで、人の性が率いにくいことを患えるべきではない。
雒陽の城中の道には水がなかったが、水工が洛中の水を激し上げて、日夜馳せ流れさせた。水工の功である。これによって言えば、君子に迫り近づいて、仁義の道が数しば身に加えられるということである。孟母が宅を徙したのは、まさにその験を得たものである。人の間の水は污れ濁り、野の外にあるものは清く潔い。ともに一つの水であり、源は天の涯から来るのに、濁るものも清いものもあるのは、在るところの勢いがそうさせているのである。
南越王の趙佗は、もと漢の賢人であったが、南の夷の俗に化して、王の制に背き畔き、髻を椎にし箕のように坐って、それを性のように好んだ。陸賈が漢の徳で説き、聖の威で懼れさせると、蹶然と起き坐り、心に覚って改め悔い、制を奉じて蕃と称し、髻を椎にし箕のように坐ることを、性のように悪んだ。前はあのようであり、後はこのようである。これによって言えば、やはり教えにあるのであって、性だけにあるのではない。