譴告篇
論災異,謂古之人君為政失道,天用災異譴告之也。災異非一,復以寒溫為之效。人君用刑非時則寒,施賞違節則溫。天神譴告人君,猶人君責怒臣下也。故楚(嚴)〔莊〕王曰:「天不下災異,天其忘(子)〔予〕乎!」
災いや異を論ずる者は、古の人君が政をなすにあたって道を失えば、天が災いや異によってこれを譴め告げるのだと言う。災いや異は一つではないが、さらに寒温をもってその効とする。人君が刑を用いるのが時でなければ寒く、賞を施すのが節に違えば温かいという。天の神が人君を譴め告げるのは、人君が臣下を責め怒るのと同じだというのである。だから楚の荘王は言った。「天が災いや異を下さないのは、天が私を忘れたのか。」
災異為譴告,故(嚴)〔莊〕王懼而思之也。曰:此疑也。夫國之有災異也,猶家人之有變怪也。有災異,謂天譴人君;有變怪,天復譴告家人乎?家人既明,人之身中亦將可以喻。身中病,猶天有災異也。血脈不調,人生疾病;風氣不和,歲生災異。災異謂天譴告國政,疾病天復譴告人乎?釀酒於罌,烹肉於鼎,皆欲其氣味調得也。時或咸苦酸淡不應口者,猶人芍葯失其和也。
災いや異を譴め告げることとするので、荘王は懼れてこれを思ったのである。答える。これは疑わしい。そもそも国に災いや異があるのは、家の人に変や怪があるのと同じである。災いや異があればそれを天が人君を譴めるのだと言うのだから、変や怪があれば天はさらに家の人を譴め告げるのか。家の人のことがすでに明らかになったのだから、人の身の中によってもまたなぞらえられる。身の中の病は、天に災いや異があるのと同じである。血や脈が調わなければ人に疾や病が生じ、風や気が和さなければ歳に災いや異が生ずる。災いや異を天が国の政を譴め告げるのだと言うのだから、疾や病は天がさらに人を譴め告げるのか。罌で酒を醸し、鼎で肉を烹るのは、どちらもその気や味が調い得ることを望むのである。時にあるいは咸く苦く酸く淡くて口に応じないものがあるのは、人が芍や薬においてその和を失うのと同じである。
夫政治之有災異也,猶烹釀之有惡味也。苟謂災異為天譴告,是其烹釀之誤,得見譴告也。占大以小,明物事之喻,足以審天。使(嚴)〔莊〕王知孔子,則其言可信。衰世霸者之才,猶夫變復之家也,言未必信,故疑之。
そもそも政治に災いや異があるのは、烹たり醸したりするのに悪い味があるのと同じである。もし災いや異を天が譴め告げるのだと言うのであれば、それでは烹たり醸したりの誤りも譴め告げられるのを見られることになる。大きいものを小さいもので占い、物や事のなぞらえを明らかにすれば、天を審らかにするに足る。もし荘王が孔子を知っていたのであれば、その言は信じてよい。衰えた世の覇者の才は、あの変復の家と同じであるから、言が必ずしも信じられるものではないので、これを疑うのである。
夫天道,自然也,無為。如譴告人,是有為,非自然也。黃、老之家,論說天道,得其實矣。且天審能譴告人君,宜變易其氣以覺悟之。用刑非時,刑氣寒而天宜為溫;施賞違節,賞氣溫而天宜為寒。變其政而易其氣,故君得以覺悟知是非。今乃隨寒從溫,為寒為溫以譴告之,意欲令變更之。且太王父以王季之可立,故易名為歷。歷者,適也。
そもそも天の道は自然であり、為すところがない。もし人を譴め告げるのであれば、これは為すところがあるのであって、自然ではない。黄・老の家が天の道を論説したのは、その実を得ている。しかも天がまことに人君を譴め告げられるのであれば、当然その気を変え易えてこれを覚め悟らせるべきである。刑を用いるのが時でなければ刑の気は寒いのだから天は当然温かくすべきであり、賞を施すのが節に違えば賞の気は温かいのだから天は当然寒くすべきである。その政を変じその気を易えるので、君はそれによって覚め悟り是非を知れるのである。いまはそうではなく、寒さに随い温かさに従って、寒くし温かくしてこれを譴め告げ、意は変え更めさせようとしているという。しかも太王父は王季が立てるに足ると考えたので、名を易えて歴とした。歴とは嫡、跡を継ぐ子ということである。
太伯覺悟,之吳、越采葯,以避王季。使太王不易季名,而復字之季,太伯豈覺悟以避之哉?今刑賞失法,天欲改易其政,宜為異氣,若太王之易季名。今乃重為同氣以譴告之,人君何時將能覺悟,以見刑賞之誤哉?
太伯は覚め悟って、呉や越に行って薬を采り、王季を避けた。もし太王が季の名を易えずに、またこれを季と字けていたなら、太伯がどうして覚め悟ってこれを避けたであろうか。いま刑や賞が法を失って、天がその政を改め易えようとするのであれば、当然異なる気をなして、太王が季の名を易えたようにすべきである。いまはそうではなく、重ねて同じ気をなしてこれを譴め告げるのだから、人君はいつ覚め悟って、刑や賞の誤りを見られるのであろうか。
鼓瑟者誤於張弦設柱,宮商易聲,其師知之,易其弦而復移其柱。夫天之見刑賞之誤,猶瑟師之睹弦柱之非也。不更變氣以悟人君,反增其氣以渥其惡,則天無心意,苟隨人君為誤,非也。紂為長夜之飲,文王朝夕曰:「祀茲酒。」
瑟を鼓つ者が弦を張り柱を設けるのに誤って、宮と商が声を易えれば、その師はこれを知って、その弦を易えさらにその柱を移す。そもそも天が刑や賞の誤りを見るのは、瑟の師が弦や柱の非を睹るのと同じである。あらためて気を変じて人君を悟らせずに、かえってその気を増してその悪を渥くするのであれば、天には心も意もなく、間に合わせに人君に随って誤るのであって、それは誤りである。紂が長い夜の飲みをしたので、文王は朝も夕も「祀りにこの酒を用いよ」と言った。
齊奢於祀,晏子祭廟,豚不掩俎。何則?非疾之者,宜有以改易之也。子弟傲慢,父兄教以謹敬;吏民橫悖,長吏示以和順。是故康叔、伯禽失子弟之道,見於周公,拜起驕悖,三見三笞;往見商子,商子令觀橋梓之樹,二子見橋梓,心感覺悟,以知父子〔兄弟〕之禮。周公可隨為驕,商子可順為慢,必須加之捶杖,教觀於物者,冀二人之見異,以奇自覺悟也。夫人君之失政,猶二子失道也。天不告以政道,令其覺悟,若二子觀見橋梓,而顧隨刑賞之誤,為寒溫之報,此則天與人君俱為非也。無相覺悟之感,有相隨從之氣,非皇天之意,愛下譴告之宜也。
斉が祀りに奢ったので、晏子は廟に祭るにあたって豚が俎を掩わないほどにした。なぜか。それを疾んだのではなく、当然改め易えるものがあったからである。子弟が傲り慢れば、父兄は謹み敬うことを教え、吏や民が横れ悖れば、長吏は和らぎ順うことを示す。それゆえ康叔と伯禽は子弟の道を失い、周公に見えるとき、拝み起つことが驕り悖っていたので、三たび見えて三たび笞たれた。行って商子に見えると、商子は橋と梓の樹を観させた。二人は橋と梓を見て、心に感じ覚め悟って、父子・兄弟の礼を知った。周公は随って驕らせることもでき、商子は順って慢らせることもできたのに、必ずこれに捶や杖を加え、物を観ることを教えたのは、二人が異なるものを見て、奇しさによって自ら覚め悟ることを冀ったからである。そもそも人君が政を失うのは、二人が道を失ったのと同じである。天が政の道によって告げて覚め悟らせることを、二人が橋と梓を観み見たようにはせずに、かえって刑や賞の誤りに随って寒温の報いをなすのであれば、これは天と人君がどちらも非をなすことである。相い覚め悟らせる感がなく、相い随い従う気があるのは、皇天の意ではなく、下を愛して譴め告げる宜しさではない。
凡物能相割截者,必異性者也;能相奉成者,必同氣者也。是故《離》下、《兌》上曰革。革,更也。火金殊氣,故能相革。如俱火而皆金,安能相成?屈原疾楚之臭,故稱香潔之辭;漁父議以不隨俗,故陳沐浴之言。
およそ物が相い割き截れるのは、必ず性を異にするものであり、相い奉じ成せるのは、必ず気を同じくするものである。それゆえ『離』が下、『兌』が上であるのを革と言う。革とは更めることである。火と金は気を殊にするので、相い革められる。もしどちらも火、どちらも金であれば、どうして相い成せようか。屈原は楚の臭さを疾んだので、香しく潔い辞を称え、漁父は俗に随わないことを議したので、沐し浴する言を陳べた。
凡相混者,或教之熏隧,或令之負豕。二言之於除臭也,孰是孰非,非有不易,少有以益。夫用寒溫,非刑賞也,能易之乎?西門豹急,佩韋以自寬;董安於緩,帶弦以自促。二賢知佩帶變己之物,而以攻身之短。(夫)〔天〕至明矣,人君失政,不以他氣譴告變易,反隨其誤,就起其氣,此則皇天用意,不若二賢審也。楚庄王好獵,樊姬為之不食鳥獸之肉;秦繆公好淫樂,華陽後為之不聽鄭、衛之音。二姬非兩主,拂其欲而不順其行;皇天非賞罰,而順其操,而渥其氣:此蓋皇天之德,不若婦人賢也。
およそ相い混ざったものについては、あるいはこれに熏や隧を教え、あるいはこれに豕を負わせる。二つの言が臭さを除くにおいて、どちらが是でどちらが非なのか。易えないということがないのであれば、少しは益がある。そもそも寒温を用いることは刑や賞ではないのに、それを易えられるのか。西門豹は急であったので、韋を佩びて自ら寛やかにし、董安於は緩やかであったので、弦を帯びて自ら促した。二人の賢者は、佩び帯びるものが自分を変える物だと知って、それによって身の短所を攻めた。天は至って明らかであるのに、人君が政を失えば、他の気によって譴め告げ変え易えることをせず、かえってその誤りに随ってその気を就け起こすのであれば、これはつまり皇天の意の用い方が、二人の賢者の審らかさに及ばないということである。楚の荘王が猟を好んだので、樊姫はそのために鳥獣の肉を食べず、秦の繆公が淫らな楽を好んだので、華陽后はそのために鄭や衛の音を聴かなかった。二人の姫は二人の主をよくないとして、その欲を拂ってその行いに順わなかったのに、皇天は賞罰をよくないとせずにその操に順ってその気を渥くするのだから、これはおそらく皇天の徳が婦人の賢さに及ばないということである。
故諫之為言間也,持善間惡,必謂之一亂。周繆王任刑,《甫刑篇》曰:「報虐用威。」威虐皆惡也,用惡報惡,亂莫甚焉。今刑失賞寬,惡也。(大)〔天〕復為惡以應之,此則皇天之操與繆王同也。
だから諫めるという言葉は間に入ることであり、善を持って悪の間に入ることを、必ず一つの乱と言う。周の繆王が刑に任せたので、『甫刑』の篇に「虐を報いるのに威を用いる」とある。威も虐もどちらも悪であるから、悪によって悪に報いるのは、乱でこれより甚だしいものはない。いま刑を失い賞が寛いのは悪である。天がさらに悪をなしてこれに応ずるのであれば、これはつまり皇天の操が繆王と同じだということである。
故以善駁惡,以惡懼善,告人之理,勸厲為善之道也。舜戒禹曰:「毋若丹朱敖!」周公敕成王曰:「毋若殷王紂!」毋者,禁之也。丹朱、殷紂至惡,故曰「毋」以禁之。夫言毋若,孰與言必若哉?故毋必二辭,聖人審之。況肯譴非為非,順人之過以增其惡哉?天人同道,大人與天合德。聖賢以善反惡,皇天以惡隨非,豈道同之效、合德之驗哉?
だから善によって悪を駁し、悪によって善を懼れさせるのは、人に告げる理であり、善をなすことを勧め厲ます道である。舜が禹を戒めて「丹朱のように敖ってはならない」と言い、周公が成王を敕めて「殷王の紂のようであってはならない」と言った。毋とは、これを禁ずることである。丹朱と殷の紂は至って悪であるから、「毋」と言ってこれを禁じたのである。そもそも「〜のようであってはならない」と言うのは、「必ず〜のようであれ」と言うのと比べてどうであろうか。だから毋と必の二つの辞を、聖人は審らかにした。まして非を譴めながら非をなして、人の過ちに順ってその悪を増そうとするであろうか。天と人は道を同じくし、大人は天と徳を合わせる。聖賢は善によって悪を反すのに、皇天は悪によって非に随うのだから、どうして道を同じくしたあらわれ、徳を合わせた証しであろうか。
孝武皇帝好仙,司馬長卿獻《大人賦》,上乃有凌雲之氣。孝成皇帝好廣宮室,揚子雲上《甘泉頌》,妙稱神怪,若曰非人力所能為,鬼神力乃可成。皇帝不覺,為之不止。長卿之賦如言仙無實效,子云之頌言奢有害,孝武豈有之氣者,孝成豈有不覺之惑哉?然即天之不為他氣以譴告人君,反順人心以非應之,猶二子為賦頌,令兩帝惑而不悟也。竇嬰、灌夫疾時為邪,相與日引繩以糾之。心疾之甚,安肯從其欲?太伯教吳冠帶,孰與隨從其俗與之俱裸也?故吳之知禮義也,太伯改其俗也。蘇武入匈奴,終不左衽。趙他入南越,箕踞椎髻。漢朝稱蘇武而毀趙他。
孝武皇帝が仙を好んだので、司馬長卿が『大人賦』を献じると、上はそこで雲を凌ぐ気を持った。孝成皇帝が宮室を広げることを好んだので、揚子雲が『甘泉頌』を上り、神しく怪しいさまを妙に称えて、人の力でなしうるものではなく、鬼神の力でこそ成せると言うようにした。皇帝は覚らず、それをなすことをやめなかった。もし長卿の賦が仙に実の効がないと言い、子雲の頌が奢りには害があると言ったのであれば、孝武にどうして雲を凌ぐ気があり、孝成にどうして覚らない惑いがあったであろうか。とすれば、天が他の気によって人君を譴め告げずに、かえって人の心に順って非によってこれに応ずるのは、二人が賦や頌を作って二人の帝を惑わせて悟らせなかったのと同じである。竇嬰と灌夫は時が邪をなすことを疾んで、互いに日々繩を引いてこれを糾した。心に疾むことが甚だしいのに、どうしてその欲に従おうとするであろうか。太伯が呉に冠と帯を教えたことは、その俗に随い従って彼らとともに裸になるのと比べてどうであろうか。だから呉が礼義を知るのは、太伯がその俗を改めたからである。蘇武は匈奴に入って、ついに左衽をしなかった。趙他は南越に入って、箕のように踞り椎のように髻を結った。漢の朝は蘇武を称えて趙他を毀った。
之性習越土氣,畔冠帶之制,陸賈說之,夏服雅禮,風告以義,趙他覺悟,運心向內。如陸賈復越服夷談,從其亂俗,安能令之覺悟,自變從漢制哉?三教之相違,文質之相反,政失不相反襲也。譴告人君誤,不變其失而襲其非,欲行譴告之教,不從如何?管、蔡篡畔,周公告教之至於再三。其所以告教之者,豈云當篡畔哉?
他の性は越の土の気に習って、冠と帯の制に畔いていたが、陸賈が説いて、夏の服と雅かな礼によって義をもって風め告げると、趙他は覚め悟って、心を内に向けた。もし陸賈があらためて越の服を着て夷の談をして、その乱れた俗に従ったのであれば、どうしてこれを覚め悟らせ、自ら変わって漢の制に従わせられたであろうか。三つの教えが相い違い、文と質が相い反しているが、政の失いを相い反して襲ぐことはない。人君の誤りを譴め告げるにあたって、その失いを変じずにその非を襲ぎながら、譴め告げる教えを行おうとするのだから、従われないのは当然ではないか。管叔と蔡叔が篡い畔いたので、周公が告げ教えることが再三に至った。その告げ教えたものが、どうして当然篡い畔けと言うものであったろうか。
人道善善惡惡,施善以賞,加惡以罪,天道宜然。刑賞失實,惡也,為惡氣以應之,惡惡之義,安能施哉?漢正首匿之罪,制亡從之法,惡其隨非而與惡人為群党也。如束罪人以詣吏,離惡人與異居,首匿亡從之法除矣。狄牙之調味也,酸則沃之以水,淡則加之以咸。水火相變易,故膳無咸淡之失也。今刑罰失實,不為異氣以變其過,而又為寒於寒,為溫於溫,此猶憎酸而沃之以咸,惡淡而灌之以水也。由斯言之,譴告之言,疑乎?必信也?
人の道は善を善とし悪を悪として、善に賞を施し悪に罪を加えるのだから、天の道も当然そうであるべきである。刑や賞が実を失うのは悪であるのに、悪い気をなしてこれに応ずるのであれば、悪を悪とする義を、どうして施せようか。漢が首匿の罪を正し、亡従の法を制めたのは、その者が非に随って悪人と群れ党をなすことを悪んだからである。もし罪人を束ねて吏に詣り、悪人を離れて異にして居れば、首匿や亡従の法は除かれる。狄牙が味を調えるとき、酸ければこれに水を沃ぎ、淡ければこれに咸きを加えた。水と火が相い変じ易わるので、膳に咸い淡いの失いがない。いま刑罰が実を失ったのに、異なる気をなしてその過ちを変じず、さらに寒いところに寒くし、温かいところに温かくするのだから、これは酸いのを憎みながらこれに咸きを沃ぎ、淡いのを悪みながらこれに水を灌ぐのと同じである。このことから言えば、譴め告げるという言は、疑わしいのか、必ず信じられるのか。
今薪燃釜,火猛則湯熱,火微則湯冷。夫政猶火,寒溫猶熱冷也。顧可言人君為政,賞罰失中也,逆亂陰陽,使氣不和;乃言天為人君為寒為溫以譴告之乎?儒者之說,又言人君失政,天為異;不改,災其人民;不改,乃災其身也。先異後災,先教後誅之義也。曰:此復疑也。以夏樹物,物枯不生。以秋收谷,谷棄不藏。夫為政教,猶樹物收谷也。顧可言政治失時,氣物為災;乃言天為異以譴告之,不改為災以誅伐之乎?儒者之說,俗人言也。盛夏陽氣熾烈,陰氣干之,激射裂,中殺人物。謂天罰陰過,外一聞若是,內實不然。夫謂災異為譴告誅伐,猶為雷殺人罰陰過也。非謂之言,不然之說也。
いま薪で釜を燃せば、火が猛ければ湯が熱く、火が微かであれば湯が冷たい。そもそも政は火のようであり、寒温は熱さ冷たさのようである。かえって、人君が政をなすにあたって賞罰が中を失い、陰陽に逆らい乱して気を和さなくさせるのだと言えるだけであって、天が人君のために寒くし温かくしてこれを譴め告げるなどと言えようか。儒者の説はまた、人君が政を失えば天が異をなし、改めなければその人民に災いし、改めなければそこでその身に災いすると言う。先に異があり後に災いがあるのは、先に教えて後に誅する義だというのである。答える。これもまた疑わしい。夏に物を樹えれば、物は枯れて生じない。秋に穀を収めれば、穀は棄てられて蔵われない。そもそも政や教えをなすことは、物を樹え穀を収めるのと同じである。かえって、政治が時を失って気や物が災いとなるのだと言えるだけであって、天が異をなして譴め告げ、改めなければ災いをなして誅し伐つなどと言えようか。儒者の説は俗人の言である。盛んな夏に陽の気が熾り烈しいのに陰の気がこれを干せば、激しく射て裂けて、人や物に中って殺す。天が陰かな過ちを罰するのだと言うのは、外から一度聞けばそれらしいが、内実はそうではない。そもそも災いや異を譴め告げ誅し伐つことだと言うのは、雷が人を殺すのを陰かな過ちを罰することだと言うのと同じである。そうとは言えない言であり、そうではない説である。
或曰:「谷子云上書,陳言變異,明天之譴告。不改,後將復有,願貫械待時。後竟復然。即不為譴告,何故復有?子云之言,故後有以示改也。」
ある人は言う。「谷子雲が書を上り、変や異を陳べ言って、天の譴め告げることを明らかにした。改めなければ後にまたあるであろうから、どうか械を貫けて時を待ちたいと言った。後についにまたそうなった。もし譴め告げることでないのであれば、どういう故にまたあったのか。子雲の言が後にあったことで、改めるべきことを示したのである。」
曰:夫變異自有占候,陰陽物氣自有終始。履霜以知堅冰必至,天之道也。子云識微,知後復然,借變復之說,以效其言,故願貫械以待時也。猶齊晏子見鉤星在房、心之間,則知地且動也。使子云見鉤星,則將復曰天以鉤星譴告政治,不改,將有地動之變矣。然則子云之願貫械待時,猶子韋之願伏陛下以俟熒惑徙處。必然之驗,故譴告之言信也。予之譴告,何傷於義。損皇天之德,使自然無為轉為人事,故難聽之也。稱天之譴告,譽天之聰察也,反以聰察傷損於天德。何以知其聾也?以其聽之聰也。何以知其盲也?以其視之明也。何以知其狂也?以其言之當也。夫言當視聽聰明,而道家謂之狂而盲聾。今言天之譴告,是謂天狂而盲聾也。
答える。そもそも変や異には自ら占いや候があり、陰陽や物や気には自ら終わりと始めがある。霜を履んで堅い氷が必ず至ると知るのは、天の道である。子雲は微かな兆しを識って、後にまたそうなると知り、変復の説を借りてその言を効したので、械を貫けて時を待ちたいと願ったのである。斉の晏子が鉤星が房と心の間にあるのを見て、地がまさに動くと知ったのと同じである。もし子雲が鉤星を見たなら、またもや天が鉤星によって政治を譴め告げたのであり、改めなければ地が動く変があるであろうと言ったであろう。とすれば子雲が械を貫けて時を待ちたいと願ったのは、子韋が陛下の下に伏して熒惑が処を徙るのを俟ちたいと願ったのと同じである。必ずそうなる証しであったので、譴め告げるという言が信じられたのである。譴め告げることをそこに与えたとして、義に何の傷があろうか。皇天の徳を損じて、自然で為すところのないものを人の事に転じてしまうので、それゆえ聴きがたいのである。天の譴め告げることを称えるのは、天の聡く察することを譽めるのであるが、かえってその聡く察することによって天の徳を傷つけ損ずる。何によってその聾いを知るのか。その聴くことが聡いからである。何によってその盲いを知るのか。その視ることが明らかだからである。何によってその狂いを知るのか。その言が当たっているからである。そもそも言が当たり視聴が聡く明らかであるのに、道家はこれを狂いであり盲い聾いだと言う。いま天の譴め告げることを言うのは、これは天が狂いであり盲い聾いだと言うことである。
《易》曰:「大人與天地合其德。」故太伯曰:「天不言,殖其道於賢者之心。」
『易』に「大人は天地とその徳を合わせる」とある。だから太伯は言った。「天は言わず、その道を賢者の心に殖える。」
夫大人之德,則天德也;賢者之言,則天言也。大人刺而賢者諫,是則天譴告也,而反歸告於災異,故疑之也。《六經》之文,聖人之語,動言天者,欲化無道、懼愚者。之言非獨吾心,亦天意也。及其言天猶以人心,非謂上天蒼蒼之體也。變復之家,見誣言天,災異時至,則生譴告之言矣。驗古以〔今〕,知(今)天以人。
そもそも大人の徳は天の徳であり、賢者の言は天の言である。大人が刺し賢者が諫めるのは、つまり天が譴め告げることであるのに、かえって告げることを災いや異に帰するので、これを疑うのである。『六経』の文、聖人の語が、ややもすれば天を言うのは、無道な者を化し、愚かな者を懼れさせようとするのである。私の言はひとり私の心ではなく、やはり天の意でもある、というのである。その天を言うに及んでも、やはり人の心によっているのであって、上の蒼蒼とした天の体を言ったのではない。変復の家は、天を誣いて言うのを見て、災いや異が時に至れば、譴め告げるという言を生むのである。古を今によって験し、天を人によって知るのである。
受終於文祖,不言受終於天。堯之心知天之意也。堯授之,天亦授之,百官臣子皆鄉與舜。舜之授禹,禹之傳啟,皆以人心效天意。《詩》之「眷顧」,《洪范》之「震怒」,皆以人身效天之意。文、武之卒,成王幼少,周道未成,周公居攝,當時豈有上天之教哉?周公推心合天志也。上天之心,在聖人之胸;及其譴告,在聖人之口。不信聖人之言,反然災異之氣,求索上天之意,何其遠哉?世無聖人,安所得聖人之言?賢人庶幾之才,亦聖人之次也。
文祖において終わりを受けたと言い、天において終わりを受けたとは言わなかった。堯の心が天の意を知っていたのである。堯がこれを授け、天もまたこれを授け、百官や臣子がみな舜に向かい与した。舜が禹に授け、禹が啓に伝えたのは、どちらも人の心によって天の意を効したのである。『詩』の「眷み顧みる」、『洪範』の「震れ怒る」は、どちらも人の身によって天の意を効したのである。文王・武王が卒し、成王が幼く少なく、周の道がまだ成らず、周公が摂に居ったが、当時どうして上の天の教えがあったであろうか。周公が心を推して天の志に合わせたのである。上の天の心は聖人の胸にあり、その譴め告げるに及んでは聖人の口にある。聖人の言を信じずに、かえって災いや異の気をそうだとして、上の天の意を求め索めるのは、なんと遠いことか。世に聖人がいなければ、どこで聖人の言を得られるのか。賢い人は庶幾いの才であり、やはり聖人の次である。