いにしえの文 › 墨子(墨翟の書)

尚賢中

墨子(墨翟の書) 墨子 · 墨翟とその門人たち · 紀元前4世紀頃 · 段落 11 · 漢字 2,488字 · 朗読 10.0分

墨子(墨翟の書) 戦国時代に儒家と並んで「二つの大きな群れ」に数えられた学派の文章である。一人の著述ではなく、墨翟とその門人たちが代を継いで加えたものなので、同じ主張を上・中・下の三通りに記した篇が多い。門派が分かれ、それぞれに写し取った跡と見られる。 十の主張が骨格である — 賢い者を高くし(尚賢)、上と義を同じくし(尚同)、あまねく愛し(兼愛)、攻めることを否とし(非攻)、用に節度を置き(節用)、葬に節度を置き(節葬)、天の意に従い(天志)、鬼神を明らかにし(明鬼)、音楽を否とし(非楽)、命を否とする(非命)。 「他人の家を見ることを自分の家のようにすれば、誰が盗むだろうか」が兼愛篇に、桃一つを盗めば罰しながら他国を攻めれば称えるという「非攻」の階段が、尺度なしに語れば「回る轆轤の上に日の出と日の入りの位置を立てるようなもの」だという三表が非命篇にある。 終わりの「公輸」の一篇は物語である。楚が雲梯を作って宋を攻めようとすると、墨子が十日十夜を歩いて行き、公輸盤と帯と木片で九度競って勝ち、帰る道で雨に遭い、よりによってその宋の村の門の内で雨を避けられない。

子墨子言曰:今王公大人之君人民、主社稷、治國家,欲脩保而無失,故不察尚賢爲政之本也?何以知尚賢之爲政本也?曰:自貴且智者爲政乎愚且賤者則治,自愚且賤者爲政乎貴且智者則亂,是以知尚賢之爲政本也。故古者聖王甚尊尚賢而任使能,不黨父兄,不偏貴富,不嬖顏色。賢者舉而上之,富而貴之,以爲官長;不肖者抑而廢之,貧而賤之,以爲徒役。是以民皆勸其賞、畏其罰,相率而爲賢。者以賢者衆而不肖者寡,此謂進賢。然後聖人聽其言,迹其行,察其所能而愼予官,此謂事能。故可使治國者,使治國;可使長官者,使長官;可使治邑者,使治邑。凡所使治國家、官府、邑里,此皆國之賢者也。

墨子先生が言った。「いま王公や大人が民の君となり、社稷を主り、国家を治めて、修め保ち失うまいと望んでいるのに、どうして賢者を尊ぶことが政の根本であることを察しないのか。

何によって賢者を尊ぶことが政の根本であると知るのか。いう、貴くて賢い者が愚かで賤しい者に対して政を執れば治まり、愚かで賤しい者が貴くて賢い者に対して政を執れば乱れる。これによって賢者を尊ぶことが政の根本であると分かる。

だから昔の聖王は賢者を尊ぶことをきわめて重んじ、能ある者に任せて用い、父や兄に党せず、貴さや富に偏せず、美しい容色を寵愛しなかった。賢者は挙げて上に置き、富ませ貴くして官の長とし、不肖の者は抑えて廃し、貧しくし賤しくして使役の者とした。

これによって民はみなその賞に励みその罰を畏れ、互いに率いて賢くなった。それで賢者が多く不肖の者が少なくなった。これを賢者を進めるという。

そのうえで聖人はその言葉を聞き、その行いをたどり、その能とするところを察して慎んで官を与えた。これを能ある者を用いるという。だから国を治めさせられる者には国を治めさせ、官の長とさせられる者には官の長とし、邑を治めさせられる者には邑を治めさせた。およそ国家や官府や邑や里を治めさせた者は、みな国の賢者であった。」

賢者之治國也,蚤朝晏退,聽獄治政,是以國家治而刑法正。賢者之長官也,夜寢夙興,收斂關市、山林、澤梁之利,以實官府,是以官府實而財不散。賢者之治邑也,蚤出莫入,耕稼樹藝,聚菽粟,是以菽粟多而民足乎食。故國家治則刑法正,官府實則萬民富。上有以絜爲酒醴粢盛,以祭祀天鬼。外有以爲皮幣,與四鄰諸侯交接。內有以食飢息勞,將養其萬民,外有以懷天下之賢人。是故上者天鬼富之,外者諸侯與之,內者萬民親之,賢人歸之。以此謀事則得,舉事則成,入守則固,出誅則彊。故唯昔三代聖王堯舜禹湯文武之所以王天下、正諸侯者,此亦其法已。

賢者が国を治めると、早く朝廷に出て遅く退き、訴えを聴き政を治めるので、これによって国家は治まり刑法は正しくなる。

賢者が官の長となると、夜に寝て早く起き、関所や市場、山林、沢や魚梁の利を取り収めて官府を満たすので、これによって官府は満ち、財は散らない。

賢者が邑を治めると、早く出て暮れて帰り、田を耕し植え育てて豆や穀物を集めるので、これによって豆や穀物は多く、民は食に足りる。

だから国家が治まれば刑法は正しく、官府が満ちれば万民は富む。上には清めて酒や供え物の穀物を用意し、天と鬼神を祭ることができ、外には皮や幣を用意して四方の隣国の諸侯と交わることができ、内には飢えた者を食わせ労した者を休ませて、その万民を養うことができ、外には天下の賢人を懐けることができる。

だから上には天と鬼神がこれを富ませ、外には諸侯がこれに与し、内には万民がこれに親しみ、賢人がこれに帰する。これによって事を謀れば得られ、事を起こせば成り、入って守れば固く、出て討てば強い。だから、ただ昔の三代の聖王である堯・舜・禹・湯・文・武が天下に王となり諸侯を正した理由も、またこの法にほかならない。

旣曰若法,未知所以行之術,則事猶若未成。是以必爲置三本。何謂三本?曰:爵位不高則民不敬也,蓄祿不厚則民不信也,政令不斷則民不畏也。故古聖王高予之爵,重予之祿,任之以事,斷予之令。夫豈爲賢臣賜哉?欲其事之成也。《詩》曰:「告女憂卹,誨女予爵。孰能執熱,鮮不用濯?」則此語古者國君諸侯之不可以不執善承嗣輔佐也,譬之猶執熱之有濯也,將休其手焉。古者聖王唯毋得賢人而使之,般爵以貴之,裂地以封之,終身不厭。賢人唯毋得明君而事之,竭四肢之力,以任君之事,終身不倦。若有美善,則歸之上,是以美善在上,而所怨謗在下,寧樂在君,憂慼在臣。故古者聖王之爲政若此。

すでにこのような法があっても、それを行う術を知らなければ、事はやはり成らない。これによって必ず三つの根本を置かなければならない。

何を三つの根本というのか。いう、爵位が高くなければ民は敬わず、蓄えた禄が厚くなければ民は信じず、政と令に決断がなければ民は畏れない。

だから昔の聖王は高く爵を与え、重く禄を与え、事を任せ、決断して命じる権を与えた。そもそもどうして賢い臣に恵みを与えるためであろうか。その事が成ることを望んだからである。

『詩』にいう、「汝に憂いを告げ、汝に爵を教えよう。誰が熱いものを握って、水で洗わずにいられよう」と。これは、昔の国君や諸侯が善い者を取って後を継がせ助けとしないわけにはいかないことを言ったのであり、たとえば熱いものを握ったときに洗う水があって、その手を休ませるようなものである。

昔の聖王は、ただ賢人を得て用いるとなれば、爵を分けて貴くし、地を割いて封じ、終身飽きることがなかった。賢人は、ただ明らかな君を得て仕えるとなれば、四肢の力を尽くして君の事を担い、終身倦むことがなかった。美しく善いことがあれば上に帰したので、これによって美しく善いことは上にあり、怨みや謗りは下にあり、安らかさと楽しみは君にあり、憂いと悲しみは臣にあった。だから昔の聖王が政を執るのはこのようであった。

今王公大人亦欲效人以尚賢使能爲政,高予之爵,而祿不從也。夫高爵而無祿,民不信也。曰:「此非中實愛我也,假藉而用我也。」夫假藉之民,將豈能親其上哉?故先王言曰:「貪於政者,不能分人以事;厚於貨者,不能分人以祿。」事則不與,祿則不分,請問天下之賢人將何自至乎王公大人之側哉?若苟賢者不至乎王公大人之側,則此不肖者在左右也。不肖者在左右,則其所譽不當賢,而所毀不當暴。王公大人尊此以爲政乎國家,則賞亦必不當賢,而罰亦必不當暴。若苟賞不當賢而罰不當暴,則是爲賢者不勸,而爲暴者不沮矣。是以入則不慈孝父母,出則不長弟鄉里,居處無節,出入無度,男女無別。使治官府則盜竊,守城則倍畔,君有難則不死,出亡則不從。使斷獄則不中,分財則不均。與謀事不得,舉事不成,入守不固,出誅不彊。故雖昔者三代暴王桀紂幽厲之所以失措其國家、傾覆其社稷者,已此故也。何則?皆以明小物而不明大物也。

いま王公や大人も人に倣って賢者を尊び能ある者を用いることで政を執ろうとし、高く爵を与えるが、禄がそれに従わない。そもそも爵が高くて禄がなければ、民は信じない。こう言う、「これは心の中から私を愛しているのではなく、借り物として私を使っているのだ」と。そもそも借り物として使われた民が、どうしてその上に親しめようか。

だから先王はこう言った。「政を貪る者は人に事を分けることができず、財貨に厚い者は人に禄を分けることができない」と。事も与えず禄も分けないなら、問うが、天下の賢人がいったい何によって王公や大人の側に至るだろうか。

もし賢者が王公や大人の側に至らなければ、不肖の者が左右にいることになる。不肖の者が左右にいれば、その誉めるところは賢者に当たらず、その謗るところは暴な者に当たらない。王公や大人がこれを尊んで国家に政を執れば、賞もまた必ず賢者に当たらず、罰もまた必ず暴な者に当たらない。

もし賞が賢者に当たらず罰が暴な者に当たらなければ、これは賢者になろうとする者が励まず、暴な者になろうとする者が阻まれないことである。これによって、家に入れば父母を慈しみ孝行せず、外に出れば郷里で年長者を年長者として年少者を年少者として扱わず、住まいに節がなく、出入りに度がなく、男女に分けがない。

官府を治めさせれば盗み、城を守らせれば背き、君に難があっても死なず、出て亡命しても従わない。訴えを裁かせれば当たらず、財を分けさせれば均しくない。ともに事を謀れば得られず、事を起こせば成らず、入って守れば固くなく、出て討てば強くない。

だから、昔の三代の暴王である桀と紂と幽王と厲王がその国家を失い、その社稷を傾け覆した理由も、すでにこれによる。なぜか。みな小さな物には明らかで、大きな物には明らかでなかったからである。

今王公大人有一衣裳不能制也,必藉良工;有一牛羊不能殺也,必藉良宰。故當若之二物者,王公大人皆知以尚賢使能爲政也。逮至其國家之亂,社稷之危,則不知使能以治之。親戚則使之,無故富貴、面目佼好則使之。夫無故富貴、面目佼好則使之,豈必智且有慧哉?若使之治國家,則此使不智慧者治國家也。國家之亂,旣可得而知已。且夫王公大人有所愛其色而使,其心不察其知,而與其愛,是故不能治百人者,使處乎千人之官;不能治千人者,使處乎萬人之官。此其故何也?曰:「若處官者爵高而祿厚,故愛其色而使之焉。」夫不能治千人者,使處乎萬人之官,則此官什倍也。夫治之法將日至者也,日以治之,日不什脩,知以治之,知不什益,而予官什倍,則此治一而棄其九矣。雖日夜相接以治若官,官猶若不治。此其故何也?則王公大人不明乎以尚賢使能爲政也。故以尚賢使能爲政而治者,若吾言之謂也。以下賢爲政而亂者,若吾言之謂也。

いま王公や大人は、衣服一着を作れなければ必ず良い職人を借り、牛や羊一頭を屠れなければ必ず良い料理人を借りる。だからこの二つについては、王公や大人もみな賢者を尊び能ある者を用いることで処することを知っている。

ところが、その国家が乱れ社稷が危うくなるに至ると、能ある者を用いて治めることを知らない。親戚であれば用い、わけもなく富み貴い者や顔かたちの美しい者であれば用いる。そもそもわけもなく富み貴い者や顔かたちの美しい者を用いるのだから、どうして必ず賢くて知恵があろうか。もしその者に国家を治めさせれば、これは賢くない者に国家を治めさせることである。国家が乱れることは、すでに知れたことだ。

またそもそも王公や大人はその容色を愛して用い、その心がその知を察せず、ただその愛だけを与える。だから百人を治められない者を千人の官に置き、千人を治められない者を万人の官に置く。

これは何のゆえか。いう、「その官に置かれた者は爵が高く禄が厚いので、その容色を愛して用いるのだ」と。

そもそも千人を治められない者を万人の官に置けば、この官は十倍である。そもそも治める仕事は日ごとに至るものであるのに、日をかけて治めても日が十倍に増えず、知をもって治めても知が十倍に増えないのに、官を十倍に与えれば、これは一つを治めて九つを捨てることである。たとえ夜昼を継いでその官を治めても、官はやはり治まらない。

これは何のゆえか。王公や大人が、賢者を尊び能ある者を用いることで政を執ることに明らかでないからである。だから、賢者を尊び能ある者を用いて政を執って治まるというのは、私の言葉の言うところであり、賢者を下げて政を執って乱れるというのも、私の言葉の言うところである。

今王公大人中實將欲治其國家,欲脩保而勿失,胡不察尚賢爲政之本也?且以尚賢爲政之本者,亦豈獨子墨子之言哉?此聖王之道,先王之書,距年之言也。傳曰:「求聖君哲人,以裨輔而身。」《湯誓》曰:「遂求元聖,與之戮力同心,以治天下。」則此言聖之不失以尚賢使能爲政也。故古者聖王唯能審以尚賢使能爲政,無異物雜焉,天下皆得其列。古者舜耕歷山,陶河瀕,漁雷澤,堯得之服澤之陽,舉以爲天子,與接天下之政,治天下之民。伊摯,有莘氏女之私臣,親爲庖人,湯得之,舉以爲己相,與接天下之政,治天下之民。傅說被褐帶索,庸築乎傅巖,武丁得之,舉以爲三公,與接天下之政,治天下之民。此何故始賤卒而貴,始貧卒而富?則王公大人明乎以尚賢使能爲政。是以民無飢而不得食、寒而不得衣、勞而不得息、亂而不得治者。故古聖王唯以審以尚賢使能爲政,而取法於天。雖天亦不辯貧富貴賤、遠邇親疏,賢者舉而尚之,不肖者抑而廢之。

いま王公や大人が心の中からその国家を治め、修め保って失うまいとするなら、どうして賢者を尊ぶことが政の根本であることを察しないのか。

また、賢者を尊ぶことが政の根本であるというのは、どうして墨子ひとりの言葉であろうか。これは聖王の道であり、先王の書であり、長い年月にわたる言葉である。伝えにいう、「聖なる君と哲なる人を求めて、汝の身を助けよ」と。『湯誓』にいう、「ついに元なる聖人を求め、これとともに力を合わせ心を同じくして天下を治めた」と。これは、聖人が賢者を尊び能ある者を用いて政を執ることを失わなかったことを言うのである。

だから昔の聖王は、ただよく賢者を尊び能ある者を用いることで政を執ることを見きわめ、他の物を混ぜなかったので、天下はみなその序列を得た。

昔、舜は歴山で田を耕し、河のほとりで陶器を焼き、雷沢で魚を取っていたが、堯は服沢の北側で彼を得て、挙げて天子とし、ともに天下の政を執って天下の民を治めた。

伊摯は有莘氏の娘の私の臣で、自ら厨の仕事をしていたが、湯は彼を得て、挙げて自分の相とし、ともに天下の政を執って天下の民を治めた。

傅説は粗い衣を着て縄を帯にし、傅巖で雇われて土壁を築いていたが、武丁は彼を得て、挙げて三公とし、ともに天下の政を執って天下の民を治めた。

これは何のゆえに、はじめ賤しくて終わりに貴くなり、はじめ貧しくて終わりに富んだのか。王公や大人が、賢者を尊び能ある者を用いることで政を執ることに明らかであったからである。これによって民のうちに、飢えても食を得られず、寒くても衣を得られず、労しても休みを得られず、乱れても治まりを得られない者はいなかった。

だから昔の聖王は、ただ賢者を尊び能ある者を用いて政を執ることを見きわめ、天に法を取った。天もまた貧富貴賤や遠近親疎を分け隔てず、賢者は挙げて尊び、不肖の者は抑えて廃する。

然則富貴爲賢以得其賞者,誰也?曰:若昔者三代聖王堯舜禹湯文武者是也。所以得其賞何也?曰:其爲政乎天下也,兼而愛之,從而利之,又率天下之萬民以尚尊天事鬼、愛利萬民。是故天鬼賞之,立爲天子,以爲民父母,萬民從而譽之曰聖王,至今不已。則此富貴爲賢以得其賞者也。

それでは、富み貴くして賢を行い、その賞を得た者は誰か。いう、昔の三代の聖王である堯・舜・禹・湯・文・武がそれである。

その賞を得た理由は何か。いう、彼らが天下に政を執るにあたっては、あまねく愛し、進んで利し、さらに天下の万民を率いて天を高く尊び鬼神に仕え、万民を愛し利した。だから天と鬼神が賞を与え、立って天子となって民の父母となり、万民は進んでこれを誉めて聖王というのが、今に至るまでやまない。これが富み貴くして賢を行い、その賞を得た者である。

然則富貴爲暴以得其罰者,誰也?曰:若昔者三代暴王桀紂幽厲者是也。何以知其然也?曰:其爲政乎天下也,兼而憎之,從而賊之,又率天下之民以上詬天侮鬼、賊殺萬民。是故天鬼罰之,使身死而爲刑戮,子孫離散,室家喪滅,絕無後嗣,萬民從而非之曰暴王,至今不已。則此富貴爲暴而以得其罰者也。

それでは、富み貴くして暴を行い、その罰を得た者は誰か。いう、昔の三代の暴王である桀と紂と幽王と厲王がそれである。

何によってそうだと知るのか。いう、彼らが天下に政を執るにあたっては、あまねく憎み、進んで害し、さらに天下の民を率いて上は天を罵り鬼神を侮り、万民を害し殺した。だから天と鬼神が罰を与え、身は死んで刑に殺され、子孫は離れ散り、家は滅び、後継ぎはまったく絶え、万民は進んでこれを非として暴王というのが、今に至るまでやまない。これが富み貴くして暴を行い、その罰を得た者である。

然則親而不善以得其罰者,誰也?曰:若昔者伯鯀,帝之元子,廢帝之德庸,旣乃刑之于羽之郊,乃熱照無有及也,帝亦不愛。則此親而不善以得其罰者也。

それでは、親しい間柄でありながら善くなく、その罰を得た者は誰か。いう、昔の伯鯀が帝の長子でありながら、帝の徳を用いずに廃したので、ついに羽山の郊で刑に処され、熱い日ざしも及ばない所に置かれ、帝もまた愛さなかった。これが親しい間柄でありながら善くなく、その罰を得た者である。

然則天之所使能者,誰也?曰:若昔者禹稷皋陶是也。何以知其然也?先王之書《呂刑》道之曰:「皇帝清問下民,有辭有苗,曰:『羣后之肆在下,明明不常,鰥寡不蓋。德威維威,德明維明。』乃名三后,恤功於民。伯夷降典,哲民維刑。禹平水土,主名山川。稷隆播種,農殖嘉穀。三后成功,維假於民。」則此言三聖人者,謹其言,愼其行,精其思慮,索天下之隱事遺利以上事天,則天鄉其德。下施之萬民,萬民被其利,終身無已。故先王之言曰:「此道也,大用之天下則不窕,小用之則不困,脩用之則萬民被其利,終身無已。」《周頌》道之曰:「聖人之德,若天之高,若地之普,其有昭於天下也。若地之固,若山之承,不坼不崩。若日之光,若月之明,與天地同常。」則此言聖人之德章明博大,埴固以脩久也。故聖人之德,蓋總乎天地者也。

それでは、天が用いた能ある者は誰か。いう、昔の禹と稷と皋陶がそれである。

何によってそうだと知るのか。先王の書『呂刑』がこれを述べていう、「皇帝は下の民に清らかに問い、有苗について申すことがあった。いう、『諸侯が下に連なっているが、明らかであることが常でなく、やもめやみなしごを覆い守らない。徳の威こそ威であり、徳の明こそ明である』と。そこで三人の君を名指して、民のために功を尽くさせた。伯夷は法典を下して民を明らかにし刑とし、禹は水と土を平らげて山や川に名を与え、稷は種まきを下して良い穀物を植えさせた。三人の君が功を成し、民に善きものがあった」と。

これは、三人の聖人がその言葉を慎み、その行いを慎み、その思慮を精しくして、天下の隠れた事や遺された利を探り、上は天に仕えたので天がその徳を享け、下は万民に施したので万民がその利を被って終身やむことがなかった、と言うのである。

だから先王の言葉にいう、「この道は、大きく天下に用いればゆるみがなく、小さく用いれば行き詰まらず、修めて用いれば万民がその利を被って終身やむことがない」と。

『周頌』がこれを述べていう、「聖人の徳は、天の高さのよう、地の広さのようで、天下に明らかである。地の固さのよう、山の受けとめるようで、裂けず崩れない。日の光のよう、月の明るさのようで、天地と同じく常である」と。これは、聖人の徳が現れて明らかで広く大きく、堅固で久しいことを言うのである。だから聖人の徳は、おおよそ天地を総べるものである。

今王公大人欲王天下、正諸侯,夫無德義,將何以哉?其說將必挾震威彊。今王公大人將焉取挾震威彊哉?傾者民之死也。民,生爲甚欲,死爲甚憎,所欲不得而所憎屢至,自古及今,未嘗能有以此王天下、正諸侯者也。今王大人欲王天下、正諸侯,將欲使意得乎天下,名成乎後世,故不察尚賢爲政之本也?此聖人之厚行也。

いま王公や大人が天下に王となり諸侯を正そうとするのに、そもそも徳も義もなければ、いったい何によってそれをするのか。その言うところは、必ず震え上がらせる威と強さを頼みにするということだ。いま王公や大人はどこから震え上がらせる威と強さを得て頼みにするのか。それはわずかの間に民が死ぬことである。

民は生きることを甚だしく望み、死ぬことを甚だしく憎む。望むところが得られず、憎むところがしばしば至るのなら、昔から今に至るまで、これによって天下に王となり諸侯を正しえた者は、いまだかつていない。

いま王公や大人が天下に王となり諸侯を正し、志を天下に得て名を後の世に成そうとするなら、どうして賢者を尊ぶことが政の根本であることを察しないのか。これは聖人の厚い行いである。

夾注 1

傾者民之死也

底本は傾だが、頃(わずかの間)の誤りと見る。― 訳者