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節用上

墨子(墨翟の書) 墨子 · 墨翟とその門人たち · 紀元前4世紀頃 · 段落 4 · 漢字 640字 · 朗読 2.6分

墨子(墨翟の書) 戦国時代に儒家と並んで「二つの大きな群れ」に数えられた学派の文章である。一人の著述ではなく、墨翟とその門人たちが代を継いで加えたものなので、同じ主張を上・中・下の三通りに記した篇が多い。門派が分かれ、それぞれに写し取った跡と見られる。 十の主張が骨格である — 賢い者を高くし(尚賢)、上と義を同じくし(尚同)、あまねく愛し(兼愛)、攻めることを否とし(非攻)、用に節度を置き(節用)、葬に節度を置き(節葬)、天の意に従い(天志)、鬼神を明らかにし(明鬼)、音楽を否とし(非楽)、命を否とする(非命)。 「他人の家を見ることを自分の家のようにすれば、誰が盗むだろうか」が兼愛篇に、桃一つを盗めば罰しながら他国を攻めれば称えるという「非攻」の階段が、尺度なしに語れば「回る轆轤の上に日の出と日の入りの位置を立てるようなもの」だという三表が非命篇にある。 終わりの「公輸」の一篇は物語である。楚が雲梯を作って宋を攻めようとすると、墨子が十日十夜を歩いて行き、公輸盤と帯と木片で九度競って勝ち、帰る道で雨に遭い、よりによってその宋の村の門の内で雨を避けられない。

聖人爲政一國,一國可倍也;大之爲政天下,天下可倍也。其倍之,非外取地也,因其國家,去其無用,足以倍之。聖王爲政,其發令興事、使民用財也。無不加用而爲者,是故用財不費,民德不勞,其興利多矣。

聖人が一国に政を執れば一国を倍にすることができ、大きく天下に政を執れば天下を倍にすることができる。その倍にするのは、外から土地を取るのではなく、その国家によりながら、その無用なものを除けば、倍にするに足りるのである。

聖王が政を執るにあたっては、令を発し事を起こし、民を使い財を用いるのに、用いることに加えないものを行うことはなかった。だから財を用いるのに無駄がなく、民は労せず、その利を興すことが多かった。

其爲衣裘何以爲?冬以圉寒,夏以圉暑。凡爲衣裳之道,冬加溫、夏加凊者,𦬒䱉;不加者,去之。其爲宮室何以爲?冬以圉風寒,夏以圉暑雨。凡爲宮室,加固者,𦬒䱉;不加者,去之。其爲甲盾五兵何以爲?以圉寇亂盜賊,若有寇亂盜賊,有甲盾五兵者勝,無者不勝,是故聖人作爲甲盾五兵。凡爲甲盾五兵,加輕以利堅而難折者,𦬒䱉;不加者,去之。其爲舟車何以爲?車以行陵陸,舟以行川谷,以通四方之利。凡爲舟車之道,加輕以利者,𦬒䱉;不加者,去之。凡其爲此物也,無不加用而爲者,是故用財不費,民德不勞,其興利多矣。有去大人之好聚珠玉鳥獸犬馬,以益衣裳宮室甲盾五兵舟車之數,於數倍乎?若則不難倍。故孰爲難倍?唯人爲難倍。

その衣や毛皮を作るのは何のためか。冬は寒さを防ぎ、夏は暑さを防ぐためである。およそ衣服を作る道は、冬に暖かさを加え夏に涼しさを加えるものは〔𦬒䱉 ― 意味の明らかでない二字〕し、加えないものは除く。

その宮室を造るのは何のためか。冬は風と寒さを防ぎ、夏は暑さと雨を防ぐためである。およそ宮室を造るのに、堅さを加えるものは〔𦬒䱉 ― 意味の明らかでない二字〕し、加えないものは除く。

その鎧や盾や五つの武器を作るのは何のためか。寇や乱や盗賊を防ぐためである。寇や乱や盗賊があれば、鎧や盾や五つの武器のある者は勝ち、ない者は勝てないので、聖人が鎧や盾や五つの武器を作った。およそ鎧や盾や五つの武器を作るのに、軽さを加え、鋭く堅くて折れにくいことを加えるものは〔𦬒䱉 ― 意味の明らかでない二字〕し、加えないものは除く。

その舟や車を作るのは何のためか。車は丘や陸を行き、舟は川や谷を行って、四方の利を通じさせるためである。およそ舟や車を作る道は、軽さと使いやすさを加えるものは〔𦬒䱉 ― 意味の明らかでない二字〕し、加えないものは除く。

およそこれらの物を作るのに、用いることに加えないものを行うことはなかった。だから財を用いるのに無駄がなく、民は労せず、その利を興すことが多かった。

大人が珠や玉や鳥や獣や犬や馬を集めるのを好むのをやめて、衣服や宮室や鎧や盾や五つの武器や舟や車の数に加えるなら、倍になるのに何の難しさがあろうか。それなら倍にするのは難しくない。

それでは、何が倍にするのに難しいのか。ただ人が倍にするのに難しい。

然人有可倍也。昔者聖王爲法曰:「丈夫年二十,毋敢不處家。女子年十五,毋敢不事人。」此聖王之法也。聖王既沒,於民次也。其欲蚤處家者,有所二十年處家;其欲晚處家者,有所四十年處家。以其蚤與其晚相踐,後聖王之法十年,若純三年而字,子生可以二三年矣。此不惟使民蚤處家而可以倍與?且不然已。

しかし人も倍にすることができる。昔、聖王が法を作ってこう言った。「男は年二十になれば、あえて家を構えないことはなく、女は年十五になれば、あえて人に仕えないことはない。」これが聖王の法である。

聖王がすでに没すると、民は勝手にするようになった。早く家を構えようとする者は二十年で家を構え、遅く家を構えようとする者は四十年で家を構える。その早いのと遅いのを合わせて見れば、聖王の法より十年遅れる。もし三年ごとに子を産むなら、生まれる子は二人三人にはなりうる。これは民に早く家を構えさせて倍にできるということではないか。それともそうではないだろうか。

今天下爲政者,其所以寡人之道多。其使民勞,其籍斂厚,民財不足,凍餓死者不可勝數也。且大人惟毋興師以攻伐鄰國,久者終年,速者數月,男女久不相見,此所以寡人之道也。與居處不安、飲食不時、作疾病死者,有與侵就𠋠橐、攻城野戰死者,不可勝數。此不今爲政者所以寡人之道數術而起與?聖人爲政特無此,此不聖人爲政其所以衆人之道亦數術而起與?故子墨子曰:去無用之務,行聖王之道,天下之大利也。

いま天下で政を執る者は、人を少なくする道が多い。その民の使い方が労しく、その取り立てが厚く、民の財が足りず、凍え飢えて死ぬ者は数えきれない。

また大人がただ軍を起こして隣国を攻め伐つので、長いものは年を越し、速いものは数か月で、男女が長く互いに会えない。これが人を少なくする道である。また住まいが安らかでなく、飲み食いが時に合わず、病んで死ぬ者と、侵し進んで城を攻め野で戦って死ぬ者は数えきれない。

これは、いま政を執る者が人を少なくする道がいくつもの筋から起こっているのではないか。聖人が政を執ればただこれがない。これは、聖人が政を執るにあたって人を多くする道がまたいくつもの筋から起こっているのではないか。

だから墨子先生が言った。「無用な務めを除き、聖王の道を行うことが、天下の大きな利である。」