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非楽上非樂上

墨子(墨翟の書) 墨子 · 墨翟とその門人たち · 紀元前4世紀頃 · 段落 10 · 漢字 1,652字 · 朗読 6.6分

墨子(墨翟の書) 非樂上 戦国時代に儒家と並んで「二つの大きな群れ」に数えられた学派の文章である。一人の著述ではなく、墨翟とその門人たちが代を継いで加えたものなので、同じ主張を上・中・下の三通りに記した篇が多い。門派が分かれ、それぞれに写し取った跡と見られる。 十の主張が骨格である — 賢い者を高くし(尚賢)、上と義を同じくし(尚同)、あまねく愛し(兼愛)、攻めることを否とし(非攻)、用に節度を置き(節用)、葬に節度を置き(節葬)、天の意に従い(天志)、鬼神を明らかにし(明鬼)、音楽を否とし(非楽)、命を否とする(非命)。 「他人の家を見ることを自分の家のようにすれば、誰が盗むだろうか」が兼愛篇に、桃一つを盗めば罰しながら他国を攻めれば称えるという「非攻」の階段が、尺度なしに語れば「回る轆轤の上に日の出と日の入りの位置を立てるようなもの」だという三表が非命篇にある。 終わりの「公輸」の一篇は物語である。楚が雲梯を作って宋を攻めようとすると、墨子が十日十夜を歩いて行き、公輸盤と帯と木片で九度競って勝ち、帰る道で雨に遭い、よりによってその宋の村の門の内で雨を避けられない。

子墨子言曰:仁人之事者,必務求興天下之利,除天下之害。將以爲法乎天下,利人乎即爲,不利人乎即止。且夫仁者之爲天下度也,非爲其目之所美,耳之所樂,口之所甘,身體之所安,以此虧奪民衣食之財,仁者弗爲也。

墨子先生が言った。「仁なる人の仕事は、必ず天下の利を興し、天下の害を除くことを努めて求めることである。これをもって天下の法とし、人に利があれば行い、人に利がなければやめる。

またそもそも仁なる者が天下のために考えることは、その目が美しいとするところ、耳が楽しむところ、口が甘いとするところ、身体が安らぐところのためではない。これによって民の衣食となる財を損ない奪うことを、仁なる者はしない。」

是故子墨子之所以非樂者,非以大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙之聲以爲不樂也,非以刻鏤華文章之色以爲不美也,非以犓豢、煎炙之味以爲不甘也,非以高台、厚榭、邃野之居以爲不安也。雖身知其安也,口知其甘也,目知其美也,耳知其樂也,然上考之不中聖王之事,下度之不中萬民之利。是故子墨子曰:爲樂非也。

だから墨子先生が音楽を非とする理由は、大きな鐘や鳴る鼓や琴や瑟や竽や笙の音を楽しくないとするからではなく、彫り刻んで華やかに模様をつけた色を美しくないとするからではなく、飼った家畜や煎り焼いた味を甘くないとするからではなく、高い台や厚い楼や奥深い住まいを安らかでないとするからではない。

たとえ身がその安らかさを知り、口がその甘さを知り、目がその美しさを知り、耳がその楽しさを知っても、上は考え調べれば聖王の事にかなわず、下は量れば万民の利にかなわない。

だから墨子先生が言った。「音楽を行うことは誤りである。」

今王公大人雖無造爲樂器,以爲事乎國家,非直掊潦水、拆壞垣而爲之也,將必厚措斂乎萬民,以爲大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙之聲。然則當用樂器,譬之若聖王之爲舟車也,即我弗敢非也。古者聖王亦嘗厚措斂乎萬民,以爲舟車,既以成矣,曰:「吾將惡許用之?」曰:「舟用之水,車用之陸,君子息其足焉,小人休其肩背焉。」故萬民出財,齎而予之,不敢以爲慼恨者,何也?以其反中民之利也。然則樂器反中民之利亦若此,即我弗敢非也。

いま王公や大人が楽器を造って国家の事とするのは、ただ溜まった水を掻い出し、崩れた垣を取り壊して作るのではなく、まさに必ず万民に厚く取り立てて、大きな鐘や鳴る鼓や琴や瑟や竽や笙の音を作るのである。

それなら、まさに楽器を用いることが、たとえば聖王が舟や車を作ったのと同じであるなら、私はあえて非とはしない。

昔の聖王もまた、かつて万民に厚く取り立てて舟や車を作った。すでに出来上がると、「私はこれをどこに用いようか」と言い、「舟は水に用い、車は陸に用いて、君子はその足を休め、小人はその肩と背を休める」と言った。だから万民が財を出し、持ってきて与えて、あえて恨み憾みに思わなかったのはなぜか。それがかえって民の利にかなったからである。

それなら、楽器がかえって民の利にかなうこともまたこのようであるなら、私はあえて非とはしない。

民有三患:飢者不得食,寒者不得衣,勞者不得息,三者民之巨患也。然即當爲之撞巨鍾、擊鳴鼓、彈琴瑟、吹竽笙而揚干戚,民衣食之財將安可得乎?即我以爲未必然也。意舍此,今有大國即攻小國,有大家即伐小家,强刼弱,衆暴寡,詐欺愚,貴傲賤,寇亂盜賊並興,不可禁止也。然即當爲之撞巨鍾、擊鳴鼓、彈琴瑟、吹竽笙而揚干戚,天下之亂也,將安可得而治與?即我以爲未必然也。是故子墨子曰:姑嘗厚措斂乎萬民,以爲大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙之聲,以求興天下之利,除天下之害,而無補也。是故子墨子曰:爲樂非也。

民には三つの患いがある。飢えた者が食を得られず、寒い者が衣を得られず、労した者が休みを得られない。この三つが民の大きな患いである。

それなら、まさにこれのために大きな鐘を撞き、鳴る鼓を打ち、琴や瑟を弾き、竽や笙を吹き、盾や斧を振り上げたとして、民の衣食となる財をいったいどうして得られようか。私は必ずしもそうではないと思う。

またこれを置いておくとして、いま大国が小国を攻め、大きな家が小さな家を伐ち、強い者が弱い者を脅し、数の多い者が少ない者に暴れ、偽る者が愚かな者を欺き、貴い者が賤しい者に驕って、寇と乱れがともに起こり、禁じやめさせることができない。

それなら、まさにこれのために大きな鐘を撞き、鳴る鼓を打ち、琴や瑟を弾き、竽や笙を吹き、盾や斧を振り上げたとして、天下の乱れをいったいどうして得て治められようか。私は必ずしもそうではないと思う。

だから墨子先生が言った。「しばらく試しに万民に厚く取り立てて、大きな鐘や鳴る鼓や琴や瑟や竽や笙の音を作って、天下の利を興し天下の害を除くことを求めても、補いにならない。」

だから墨子先生が言った。「音楽を行うことは誤りである。」

今王公大人惟毋處高臺厚榭之上而視之,鍾猶是延鼎也,弗撞擊,將何樂得焉哉?其說將必撞擊之。惟勿撞擊,將必不使老與遲者,老與遲者耳目不聰明,股肱不畢强,聲不和調,明不轉朴。將必使當年,因其耳目之聰明,股肱之畢强,聲之和調,明之轉朴。使丈夫爲之,廢丈夫耕稼樹蓺之時;使婦人爲之,廢婦人紡績織絍之事。今王公大人惟毋爲樂,虧奪民衣食之時以拊樂,如此多也。是故子墨子曰:爲樂非也。

いま王公や大人が高い台や厚い楼の上にいてこれを見れば、鐘はまるで並べた鼎のようで、撞き打たなければ、いったい何の楽しみを得ようか。その言うところは、まさに必ずこれを撞き打つということだ。

ただこれを撞き打つにあたって、まさに必ず老いた者や鈍い者を使わないだろう。老いた者や鈍い者は耳目が聡く明らかでなく、手足がすべて強くなく、声が和して調わず、明らかさが転じ回らない。まさに必ず盛りの年の者を使って、その耳目の聡く明らかなことと、手足のすべて強いことと、声の和して調うことと、明らかさの転じ回ることを用いるだろう。

男にこれをさせれば、男が田を耕し植え育てる時を廃させ、婦人にこれをさせれば、婦人が糸を紡ぎ織る仕事を廃させる。

いま王公や大人がただ音楽を行って、民の衣食となる時を損ない奪って音楽を打ち鳴らすことが、このように多い。

だから墨子先生が言った。「音楽を行うことは誤りである。」

今大鍾、鳴鼓、琴瑟、竽笙之聲既已具矣,大人鏽然奏而獨聽之,將何樂得焉哉?其說將必與人。不與君子聽之,廢君子聽治;與賤人聽之,廢賤人之從事。今王公大人惟毋爲樂,虧奪民之衣食之財以拊樂,如此多也。是故子墨子曰:爲樂非也。

いま大きな鐘や鳴る鼓や琴や瑟や竽や笙の音がすでに備わったとして、大人がひとり寂しく奏してひとり聴けば、いったい何の楽しみを得ようか。その言うところは、まさに必ず人とともにするということだ。

君子とともに聴けば、君子が政を聴いて治めることを廃させ、賤しい者とともに聴けば、賤しい者が事に当たることを廃させる。

いま王公や大人がただ音楽を行って、民の衣食となる財を損ない奪って音楽を打ち鳴らすことが、このように多い。

だから墨子先生が言った。「音楽を行うことは誤りである。」

昔者齊康公興樂萬,萬人不可衣短褐,不可食穅糟。曰:「食飲不美,面目顏色不足視也;衣服不美,身體從容不足觀也。」是以食必粱肉,衣必文繡。此掌不從事乎衣食之財,而掌食乎人者也。是故子墨子曰:今王公大人惟無爲樂,虧奪民衣食之財以拊樂,如此多也。是故子墨子曰:爲樂非也。

昔、斉の康公が万舞の楽を興したところ、万舞をする者に短い粗衣を着させることはできず、糠や酒粕を食べさせることはできなかった。こう言った、「飲み食いが美しくなければ、顔や顔色が見るに足らず、衣服が美しくなければ、身体や立ち居が見るに足らない」と。これによって食べるものは必ず良い米と肉、着るものは必ず模様と刺繍であった。

この者たちは、衣食となる財に当たる仕事に向かわずに、人に食べさせてもらうことを受け持つ者である。

だから墨子先生が言った。「いま王公や大人がただ音楽を行って、民の衣食となる財を損ない奪って音楽を打ち鳴らすことが、このように多い。」だから墨子先生が言った。「音楽を行うことは誤りである。」

今人固與禽獸、麋鹿、蜚鳥、貞蟲異者也。今之禽獸、麋鹿、蜚鳥、貞蟲,因其羽毛以爲衣裘,因其蹄蚤以爲絝屨,因其水草以爲飲食。故唯使雄不耕稼樹蓺,雌亦不紡績織絍,衣食之財固已具矣。今人與此異者也,賴其力者生,不賴其力者不生。君子不强聽治,即刑政亂;賤人不强從事,即財用不足。今天下之士君子以吾言不然,然即姑嘗數天下分事,而觀樂之害。王公大人蚤朝晏退,聽獄治政,此其分事也。士君子竭股肱之力,亶其思慮之智,內治官府,外收斂關市、山林、澤梁之利,以實倉廩府庫,此其分事也。農夫蚤出暮入,耕稼樹蓺,多聚叔粟,此其分事也。婦人夙興夜寐,紡績織絍,多治麻絲葛緒,綑布縿,此其分事也。今惟毋在乎王公大人說樂而聽之,即必不能蚤朝晏退,聽獄治政,是故國家亂而社稷危矣。今惟毋在乎士君子說樂而聽之,即必不能竭股肱之力,亶其思慮之智,內治官府,外收斂關市、山林、澤梁之利,以實倉廩府庫,是故倉廪府庫不實。今惟毋在乎農夫說樂而聽之,即必不能蚤出暮入,耕稼樹蓺,多聚叔粟,是故叔粟不足。今惟毋在乎婦人說樂而聽之,即不必能夙興夜寐,紡績織絍,多治麻絲葛緒,綑布縿,是故布縿不興。曰:孰爲大人之聽治而廢國家之從事,曰樂也。是故子墨子曰:爲樂非也。

いま人はもともと鳥や獣や大鹿や飛ぶ鳥や虫とは違う。いまの鳥や獣や大鹿や飛ぶ鳥や虫は、その羽や毛を衣や毛皮とし、その蹄や爪を袴や履物とし、その水や草を飲み食いとする。だから、たとえ雄に田を耕し植え育てさせず、雌にも糸を紡ぎ織らせなくても、衣食となる財はもともとすでに備わっている。

いま人はこれと違って、その力に頼る者は生き、その力に頼らない者は生きられない。君子が努めて政を聴いて治めなければ刑と政は乱れ、賤しい者が努めて事に当たらなければ財と用いるものは足りない。

いま天下の士や君子が私の言葉をそうではないと思うなら、それならしばらく試しに天下の分かれた仕事を数え上げて、音楽の害を見てみよう。

王公や大人が早く朝廷に出て遅く退き、訴えを聴き政を治めるのが、その分かれた仕事である。士や君子が手足の力を尽くし、その思慮の知を尽くして、内は官府を治め、外は関所や市場、山林、沢や魚梁の利を取り収めて倉や府庫を満たすのが、その分かれた仕事である。農夫が早く出て暮れに帰り、田を耕し植え育てて豆や穀物を多く集めるのが、その分かれた仕事である。婦人が早く起き夜に寝て、糸を紡ぎ織り、麻や糸や葛を多く扱って布を織るのが、その分かれた仕事である。

いま、ただ王公や大人が音楽を好んでこれを聴けば、必ず早く朝廷に出て遅く退き、訴えを聴き政を治めることができないので、だから国家は乱れ社稷は危うい。いま、ただ士や君子が音楽を好んでこれを聴けば、必ず手足の力を尽くし、その思慮の知を尽くして、内は官府を治め、外は関所や市場、山林、沢や魚梁の利を取り収めて倉や府庫を満たすことができないので、だから倉や府庫は満ちない。いま、ただ農夫が音楽を好んでこれを聴けば、必ず早く出て暮れに帰り、田を耕し植え育てて豆や穀物を多く集めることができないので、だから豆や穀物は足りない。いま、ただ婦人が音楽を好んでこれを聴けば、必ず早く起き夜に寝て、糸を紡ぎ織り、麻や糸や葛を多く扱って布を織ることができないので、だから布は興らない。

いう。何が大人が政を聴いて治めることを廃させ、国家が事に当たることを廃させるのか。いう、音楽である。

だから墨子先生が言った。「音楽を行うことは誤りである。」

何以知其然也?曰:先王之書湯之《官刑》有之,曰:「其恒舞於宮,是謂巫風。其刑,君子出絲二衛,小人否,似二伯黃徑。」乃言曰:「嗚呼!舞佯佯,黃言孔章,上帝弗常,九有以亡。上帝不順,降之百𦍙,其家必壞喪。」察九有之所以亡者,徒從飾樂也。於《武觀》曰:「啟乃淫溢康樂,野于飲食,將將銘,莧磬以力。湛濁于酒,渝食于野,萬舞翼翼,章聞于天,天用弗式。」故上者天鬼弗式,下者萬民弗利。

何によってそうだと知るのか。いう、先王の書である湯の『官刑』にそれがあって、こういう。「その常に宮で舞うことを巫の風という。その刑は、君子は絲二衛を出し、小人はそうできなければ二伯黄径に準ずる。」

そして言う、「ああ、舞いはゆらゆらと、荒い言葉がはなはだ著れて、上帝はこれを常とせず、九州はこれによって滅びた。上帝は従わず、百の災いを降したので、その家は必ず壊れ滅びるであろう」と。

九州が滅びた理由を察すれば、ただ音楽を飾ることに従ったからである。

『武観』にいう、「啟はそこでみだれあふれ安楽にふけり、野で飲み食いし、鏘鏘と鳴らし、石の磬を力まかせに打った。酒に濁り沈み、野で食を過ごし、万舞はゆらゆらと、その響きが天に聞こえたので、天はこれを良しとしなかった」と。

だから上は天と鬼神が良しとせず、下は万民に利がない。

夾注 1

黃言孔章

底本の黄言は整っていない箇所である。意味を立てにくいので「荒い言葉」と訳しておいた。― 訳者

是故子墨子曰:今天下士君子,請將欲求興天下之利,除天下之害,當在樂之爲物,將不可不禁而止也。

だから墨子先生が言った。「いま天下の士や君子が、まことに天下の利を興し天下の害を除くことを求めようとするなら、まさに音楽というものを禁じやめさせないわけにはいかない。」