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旅立ち

奥の細道(奥州へ向かう細道の記) 奥の細道 · 松尾芭蕉 · 元禄15年(1702年)刊 · 1689年の旅 · 段落 5 · 漢字 543字 · 朗読 1.4分

奥の細道(奥州へ向かう細道の記) 全一巻 「月日は百代の過客であり、行き交う年もまた旅人です」 — 芭蕉が四十六歳で江戸を離れ、奥州と北陸を五か月かけて歩いた紀行文。夏草に武士たちの夢を見、岩にしみ入る蝉の声を聞き、一つ屋根の下に眠る遊女を萩と月に見立てる。散文が終わるところごとに俳句が一句置かれる。法顕・玄奘・慧超の求法記と並ぶ、この書斎のもう一つの道である。

1月日は百代の過客

月日は百代の過客にしてゆきかふ年も又旅人なり舟の上に生涯をうかべ馬の口とらへて老をむかふるものは日〳〵旅にして旅を栖とす古人も多く旅に死せるあり

月日は百代(ひゃくだい)の過客であり、行き交う年もまた旅人です。舟の上に生涯を浮かべ、馬の口をとって老いを迎える人は、毎日が旅であり、旅を住まいとしています。昔の人にも、旅のなかで亡くなった人が多くいました。

夾注 1

すみか

「栖」は「すみか」(住まい)と読みます。

2旅立つ家に寄せる句

予もいづれの年よりか片雲の風にさそはれて漂泊の思ひやまず海浜にさすらへ去年の秋江上の破屋に蜘のふるすを拂ひてやゝ年もくれ春立る霞の空に白川の關越んとそゞろ神の物につきて心をくるはせ道祖神のまねきにあひて取物手につかずもゝひきの破れをつゞり笠の緖付かへて三里に灸すゆるより松島の月先心にかゝりて住る方は人にゆづり杉風か別墅に移るに 草の戶も住かはる世はひなの家

私もいつの年からか、ちぎれ雲が風に誘われるように漂いたい思いがやまず、海辺をさすらい、去年の秋には川のほとりの壊れた家で蜘蛛の古巣を払って過ごすうちに、年も暮れました。春が立ち、霞んだ空を見ていると白河の関を越えたくなり、旅人を惑わすそぞろ神が取り憑いて心を狂わせ、道祖神が手招きするので、何一つ手につきません。股引の破れを繕い、笠の緒を付け替え、三里に灸を据えていると、松島の月がまず心にかかりました。住んでいた家は人に譲り、杉風(さんぷう)の別荘に移るときに。

草の戸も住む人の替わる世ですから / 今度は雛人形の飾られる家になるのでしょう

夾注 1

一本そトアリ

異本には「そ」がもう一字あります。

3三月二十七日の明け方

おもて八句を庵の柱にかけおき彌生も末の七日明ぼのゝ空朧々として月は有明にて光おさまれる物から不二の峰幽にみへて上野谷中の花の梢又いつかはと心ぼそし

表八句を庵の柱に掛けておきました。三月も末の二十七日、明け方の空はおぼろにかすみ、月は有明の月で光も衰えていましたが、富士の峰がかすかに見え、上野や谷中の花の梢をまたいつ見られるだろうかと思うと、心細くなりました。

4千住で別れる

むづまじきかぎりは宵よりつどひて舟にのりて送る千住といふ所にて舟をあがれは前途三千里のおもひ胸にふさがりて幻の巷に離別の泪をそゝぐ 行春や鳥は啼き魚の目は泪

親しい人たちは前の宵から集まって、舟に乗って送ってくれました。千住という所で舟を上がると、前途三千里という思いが胸にふさがり、幻のようなこの街で別れの涙を流しました。

行く春よ / 鳥は啼き、魚の目には涙

5矢立の初め

是を矢立の初めとして行道猶すゝまず人々は途中に立並びて後影の見ゆる迄はと見送るなるべしことし元禄にとせにや奧羽長途の行脚たゝかりそめに思立ちて吳天に白髮の恨を重ぬといへども耳にふれてはいまた目にみぬさかひ若生きてかへらばと定めなきたのみの末をかけ其日漸く早加といふ宿にたどり着にけり

これを矢立の初めとしましたが、行く道はなかなか進みません。人々は道の途中に立ち並び、後ろ姿が見えるまではと見送ってくれたのでしょう。今年は元禄二年でしたか、奥羽への長い道の行脚を、ただふと思い立って出てきたので、呉天のもとで白髪の恨みを重ねるという言葉もありますが、耳に聞くばかりでまだ目に見ていない土地なので、もし生きて帰れたらと、当てのない望みを先にかけて、その日ようやく草加という宿場にたどり着きました。