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象潟

奥の細道(奥州へ向かう細道の記) 奥の細道 · 松尾芭蕉 · 元禄15年(1702年)刊 · 1689年の旅 · 段落 3 · 漢字 510字 · 朗読 1.3分

奥の細道(奥州へ向かう細道の記) 全一巻 「月日は百代の過客であり、行き交う年もまた旅人です」 — 芭蕉が四十六歳で江戸を離れ、奥州と北陸を五か月かけて歩いた紀行文。夏草に武士たちの夢を見、岩にしみ入る蝉の声を聞き、一つ屋根の下に眠る遊女を萩と月に見立てる。散文が終わるところごとに俳句が一句置かれる。法顕・玄奘・慧超の求法記と並ぶ、この書斎のもう一つの道である。

1象潟 — 雨もまた奇だとすれば

江山水陸の風光數をつくして今きさかたに方寸をせめ酒田のみなとより東北の方山をこへ磯を傳ひ砂をふみて其際十里日影やゝ傾く頃汐風眞砂をふき上もうろうとして鳥海の山かくる闇中に莫作して雨も又奇也とせば雨後の晴色又たのもしと蜑のとまやに膝を容て雨のはるゝを待つ

江山水陸の風光を数えきれないほど見て、今は象潟に心を傾けました。酒田の港から東北の方へ山を越え、磯を伝い、砂を踏んで、その間十里です。

日がやや傾く頃、潮風が真砂を吹き上げて朦朧とし、鳥海の山が隠れました。闇の中を手探りで進み、「雨もまた奇だ」とするなら雨後の晴れた色もまた頼もしいと思って、海人の苫屋に膝を入れて、雨の晴れるのを待ちました。

夾注 1

め一本むトアリ

「せめ」の「め」は異本に「む」とあります。

2能因島と西行法師の桜

その朝そらよく霽れ朝日はなやかにさし出るほとに象潟の渚に舟をうかぶ先能因島に舟をよせて三年幽居の跡をとぶらひむかふの岸に舟をあかれば花の上こぐとよまれしさくらの老木西行法師のかたみを殘す江上に御陵あり神功皇宮の御墓といふ寺を干滿珠寺をといふ此ところに行幸ありし事いまだ聞かずいかなる事にや

その翌朝、空がよく晴れて朝日が華やかに差し出る頃、象潟の渚に舟を浮かべました。まず能因島に舟を寄せて三年の幽居の跡を訪ね、向かいの岸に舟を上がると、「花の上こぐ」と詠まれたあの桜の老木が、西行法師の形見として残っています。

江上に御陵があります。神功皇后の御墓だと言います。寺は干満珠寺と言います。この所に行幸があったということはまだ聞きませんが、どういうことでしょうか。

夾注 2

一本渚ノ字ナシ

異本には「渚」の字がありません。

后ノ誤リナリ

「神功皇宮」の「宮」は「后」の誤りです。

3松島は笑うよう、象潟は恨むよう

此寺の方丈に座して簾を捲ば風景一眼の中に盡て南に鳥海天をさゝへ其蔭うつりて江にあり西はむや〳〵の關路をかぎり東に堤を築て秋田にかよふ道遙に海北に構へて浪うち入る所を汐ごしといふ江の縱橫一里ばかり俤松島にかよひてまたことなり松島は笑ふが如く象潟はうらむるがごとし寂しさに悲しみを加へて地勢魄をなやますに似たり 象潟や雨に西施かねぶのはな 汐越や鶴脛ぬれて海涼し 象がたや料理何くふ神祭曾良 蜑の家や戶板を敷て夕すゞみみのゝ商人 岩上にみさこの巢を見る 浪こへぬ契ありてや雎鳩のす曾良

この寺の方丈に座して簾を巻き上げると、風景が一眼のうちに尽きます。南に鳥海が天を支え、その影が映って江にあります。西はむやむやの関が道を限り、東に堤を築いて秋田へ通う道が遥かです。海は北に構えて、波が打ち入る所を汐越と言います。江は縦横一里ほどです。

面影は松島に通っていながら、また異なります。松島は笑うようで、象潟は恨むようです。寂しさに悲しみを加えて、地勢が魄を悩ませるのに似ています。

象潟よ / 雨の中の西施 ねぶの花

汐越よ / 鶴の脛が濡れて海が涼しい

象潟よ / 料理に何を食べるのでしょう 神祭 — 曾良

海人の家よ 戸板を敷いて夕涼み — みのの商人

岩の上に鶚(みさご)の巣を見る

波を越えない契りがあるのでしょうか 鶚の巣 — 曾良

夾注 1

一本中にノ二字ナシ

異本には「中に」の二字がありません。