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恵恭王惠恭王

三国史記(三国時代の正史) 三國史記 · 金富軾(キム・ブシク)ほか · 1145年(高麗・仁宗23年) · 段落 15 · 漢字 848字 · 朗読 3.4分

三国史記(三国時代の正史) 新羅本紀 現存する最も古い韓国の歴史書。新羅・高句麗・百済の本紀と、志・表・列伝から成る。金富軾が随所に「論曰」として自らの評を付けているので、編者が何を疑い何を責めたかがそのまま残っている。

1恵恭王が即位する

惠恭王立。諱乾運,景德王之嫡子。母,金氏滿月夫人,舒弗邯義忠之女。王即位時,年八歳,太后攝政。

恵恭王が即位した。諱は乾運、景徳王の長子である。母は金氏の満月夫人で、舒弗邯の義忠の娘である。王が即位したとき年は八歳であったので、太后が政を代わって見た。

2元年 — 尚書の義を講じさせる

元年,大赦。幸大學,命博士講《尚書》義。

元年、大赦を行った。大学に行幸し、博士に命じて『尚書』の義を講じさせた。

3二年 — 日が二つ現れる

二年,春正月,二日並出。大赦。二月,王親祀新宮。良里公家牝牛生犢,五脚,一脚向上。康州地陷成池,縱廣五十餘尺,水色靑黑。冬十月,天有聲如鼓。

二年春正月、日が二つ並んで現れた。大赦を行った。

二月、王はみずから神宮を祭った。良里公の宅で雌牛が犢を産んだが、足が五本あり、一本の足は上を向いていた。康州で地が陥って池となったが、縦と横が五十数尺で、水の色は青黒かった。

冬十月、天で鼓を打つような音がした。

4三年 — 三つの星が宮の庭に落ちる

三年,夏六月,地震。秋七月,遣伊飡金隱居,入唐貢方物,仍請加冊命。帝御紫宸殿宴見。三星隕王庭,相撃,其光如火迸散。九月,金浦縣禾實皆米。

三年夏六月、地震があった。

秋七月、伊飡の金隠居を遣わして唐に入り、その地の産物を献上させ、続いて冊命を加えてくれるよう請うと、皇帝は紫宸殿に出て宴して引見した。

三つの星が王宮の庭に落ちて互いに打ち合い、その光が火のように跳ね散った。九月、金浦県で稲がすべて米に実った。

5四年 — 大恭の乱

四年,春,彗星出東北。唐代宗遣倉部郞中歸崇敬兼御史中丞,持節齎冊書,冊王爲開府儀同三司新羅王。兼冊王母金氏爲大妃。夏五月,赦殊死已下罪。六月,京都雷雹,傷草木。大星隕皇龍寺南。地震聲如雷,泉井皆渇。虎入宮中。秋七月一吉飡大恭與弟阿飡大廉叛,集衆,圍王宮三十三日。王軍討平之,誅九族。九月,遣使入唐朝貢。冬十月,以伊飡神猷爲上大等,伊飡金隱居爲侍中。

四年春、彗星が東北に現れた。唐の代宗は倉部郎中の帰崇敬に御史中丞を兼ねさせ、節を持ち冊書を携えて来させて、王を冊して開府儀同三司・新羅王とし、あわせて王の母の金氏を冊して大妃とした。

夏五月、死罪以下の罪を赦した。六月、都に雷と雹があって草木を傷めた。大きな星が皇竜寺の南に落ちた。地が震える音が雷のようで、泉と井がみな枯れた。虎が宮の中に入った。

秋七月、一吉飡の大恭が弟の阿飡の大廉とともに叛き、徒を集めて王宮を三十三日のあいだ囲んだ。王の軍が討って平らげ、九族を誅した。

九月、使者を遣わして唐に入り朝貢させた。冬十月、伊飡の神猷を上大等とし、伊飡の金隠居を侍中とした。

6五年 — 鼠が平壌に向かう

五年,春三月,燕群臣於臨海殿。夏五月,蝗。旱。命百官各擧所知。冬十一月,雉岳縣鼠八千許,向平壤。無雪。

五年春三月、臨海殿で群臣に宴を賜った。夏五月、蝗が出て旱があった。百官に命じて、それぞれ知る人を薦めさせた。冬十一月、雉嶽県の鼠が八千ほど平壌に向かった。雪が降らなかった。

夾注 1

一云數十。

雉嶽県の鼠八千は、数十ともいう。

7六年 — 金融が叛く

六年,春正月,王幸西原京,曲赦所經州縣繋囚。三月,雨土。夏四月,王至自西原。五月十一日,彗星出五車北,至六月十二日滅。二十九日,虎入執事省,捉殺之。秋八月,大阿飡金融叛,伏誅。冬十一月,京都地震。十二月,侍中隱居退,伊飡正門爲侍中。

六年春正月、王は西原京に行幸し、通る州県の囚われた罪人を特に赦した。三月、土の雨が降った。

夏四月、王は西原から帰った。五月十一日、彗星が五車の星座の北に現れ、六月十二日に至って消えた。二十九日、虎が執事省に入ったので、捕らえて殺した。

秋八月、大阿飡の金融が叛き、誅された。冬十一月、都に地震があった。十二月、侍中の隠居が退いたので、伊飡の正門を侍中とした。

8八年 — 金標石を唐に遣わす

八年,春正月,遣伊飡金標石朝唐賀正。代宗授衛尉員外少卿放還。

八年春正月、伊飡の金標石を遣わして唐に朝し賀正させると、代宗は衛尉員外少卿を授けて放ち帰らせた。

9九年 — 恩を謝する

九年,夏四月,遣使如唐賀正,獻金銀、牛黄、魚牙紬、朝霞紬等方物。六月,遣使如唐謝恩,代宗引見於迎英殿。

九年夏四月、使者を遣わして唐に行き賀正させ、金と銀・牛黄・魚牙紬・朝霞紬などその地の産物を献上した。六月、使者を遣わして唐に行き恩を謝させると、代宗は延英殿で引いて引見した。

10十年 — 良相を上大等とする

十年,夏四月,遣使如唐朝貢。秋九月,拜伊飡良相爲上大等。冬十月,遣使如唐賀正,見于延英殿,授員外衛尉卿遣之。

十年夏四月、使者を遣わして唐に行き朝貢させた。秋九月、伊飡の良相を上大等とした。冬十月、使者を遣わして唐に行き賀正させると、延英殿で引見し、員外衛尉卿を授けて遣わした。

11十一年 — 隠居と廉相が誅される

十一年,春正月,遣使如唐朝貢。三月,以伊飡金順爲侍中。夏六月,遣使朝唐。伊飡金隱居叛,伏誅。秋八月,伊飡廉相與侍中正門謀叛,伏誅。

十一年春正月、使者を遣わして唐に行き朝貢させた。三月、伊飡の金順を侍中とした。

夏六月、使者を遣わして唐に朝させた。伊飡の金隠居が叛き、誅された。秋八月、伊飡の廉相が侍中の正門とともに叛を謀り、誅された。

12十二年 — 官の名をもとに戻す

十二年,春正月,下敎:百官之號,盡合復舊。幸感恩寺望海。二月,幸國學聽講。三月,加倉部史八人。秋七月,遣使朝唐獻方物。冬十月,遣使入唐朝貢。

十二年春正月、教を下して百官の名をすべてもとに戻させた。感恩寺に行幸して海を望んだ。

二月、国学に行幸して講義を聴いた。三月、倉部の史八人を加えた。

秋七月、使者を遣わして唐に朝させ、その地の産物を献上した。冬十月、使者を遣わして唐に入り朝貢させた。

13十三年 — 良相が時政を論じる

十三年,春三月,京都地震。夏四月,又震。上大等良相上疏,極論時政。冬十月,伊飡周元爲侍中。

十三年春三月、都に地震があった。夏四月、また震えた。上大等の良相が疏を上して時政を極め論じた。冬十月、伊飡の周元を侍中とした。

14十五年 — 百座法会を設ける

十五年,春三月,京都地震,壞民屋,死者百餘人。太白入月,設百座法會。

十五年春三月、都に地震があって民の家が壊れ、死んだ者が百余人であった。太白が月に入ったので、百座法会を設けた。

15十六年 — 恵恭王が乱兵に殺される

十六年,春正月,黄霧。二月,雨土。王幼少即位,及壯淫于聲色,巡遊不度,綱紀紊亂,災異屢見,人心反側,社稷杌陧,伊飡金志貞叛,聚衆,圍犯宮闕。夏四月,上大等金良相與伊飡敬信,擧兵誅志貞等,王與后妃爲亂兵所害。良相等諡王爲惠恭王。元妃新寶王后,伊飡維誠之女,次妃,伊飡金璋之女,史失入宮歳月。

十六年春正月、黄色い霧が立った。二月、土の雨が降った。

王は幼い年で即位し、長ずるにつれて声と女色に溺れ、出歩いて遊ぶことに法度がなかった。綱と紀が乱れ、災いと異変がたびたび現れ、人の心が背いて、社稷が危うくなった。伊飡の金志貞が叛き、徒を集めて宮闕を囲んで犯した。

夏四月、上大等の金良相が伊飡の敬信とともに兵を起こして志貞らを誅したが、王と王妃が乱兵に害された。良相らは王に諡を上して恵恭王といった。

初めの王妃は新宝王后で、伊飡の維誠の娘であり、次の王妃は伊飡の金璋の娘であるが、史に宮に入った年と月が欠けている。