いにしえの文 › 三国史記(三国時代の正史) › 新羅本紀
神徳王神德王
三国史記(三国時代の正史) 新羅本紀 現存する最も古い韓国の歴史書。新羅・高句麗・百済の本紀と、志・表・列伝から成る。金富軾が随所に「論曰」として自らの評を付けているので、編者が何を疑い何を責めたかがそのまま残っている。
1神徳王が即位する
神德王立。姓朴氏,諱景暉。阿達羅王遠孫,父乂兼,事定康大王爲大阿飡;母,貞和夫人;妃,金氏,憲康大王之女。孝恭王薨,無子,爲國人推戴卽位。
神徳王が即位した。姓は朴氏、諱は景暉で、阿達羅王の遠い子孫である。父の乂兼は定康大王に仕えて大阿飡となり、母は貞和夫人、妃は金氏で憲康大王の娘である。孝恭王が薨じて子がなかったので、国の人々が推し戴いて即位した。
夾注 1
一云銳謙。
乂兼は銳謙ともいう。
2元年 — 昇英を王太子とする
元年,五月,追尊考爲宣聖大王,母爲貞和太后,妃爲義成王后。立子昇英爲王太子,拜伊飡繼康爲上大等。
元年五月、父を追尊して宣聖大王とし、母を貞和太后、妃を義成王后とした。子の昇英を立てて王太子とし、伊飡の継康を上大等とした。
3二年 — 地が震える
二年,夏四月,隕霜。地震。
二年夏四月、霜が降りた。地震があった。
4三年 — 弓裔が年号を政開に改める
三年,春三月,隕霜。弓裔改水德萬歲爲政開元年。
三年春三月、霜が降りた。弓裔が水徳万歳を改めて政開元年とした。
5四年 — 槧浦の水と東海の水が打ち合う
四年,夏六月,槧浦水與東海水相擊,浪高二十丈許,三日而止。
四年夏六月、槧浦の水と東海の水が互いに打ち合い、波の高さは二十丈ばかりになったが、三日で止まった。
6五年 — 甄萱が大耶城を攻める
五年,秋八月,甄萱攻大耶仇史二城,不克。冬十月,地震,聲如雷。
五年秋八月、甄萱が大耶・仇史の二城を攻めたが勝てなかった。冬十月、地震があり、その音は雷のようであった。
7六年 — 神徳王が亡くなる
六年,春正月,太白犯月。秋七月,王薨。諡曰神德,葬于竹城。
六年春正月、太白が月を犯した。秋七月、王が薨じた。諡を神徳といい、竹城に葬った。