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武官

三国史記(三国時代の正史) 三國史記 · 金富軾(キム・ブシク)ほか · 1145年(高麗・仁宗23年) · 段落 61 · 漢字 4,648字 · 朗読 18.6分

三国史記(三国時代の正史) 雑志 現存する最も古い韓国の歴史書。新羅・高句麗・百済の本紀と、志・表・列伝から成る。金富軾が随所に「論曰」として自らの評を付けているので、編者が何を疑い何を責めたかがそのまま残っている。

1侍衛府

侍衛府,有三徒,眞德王五年置,將軍六人,神文王元年,罷監置將軍,位自級湌至阿湌爲之,大監六人,位自奈麻至阿湌爲之,隊頭十五人,位自舍知至沙湌爲之,項三十六人,位自舍知至大奈麻爲之,卒百十七人,位自先沮知至大舍爲之

侍衛府には三つの徒がある。真徳王五年に置いた。

将軍は六人。神文王元年に監を廃して将軍を置いた。位は級飡から阿飡までの者を任じる。大監は六人。位は奈麻から阿飡までの者を任じる。隊頭は十五人。位は舎知から沙飡までの者を任じる。項は三十六人。位は舎知から大奈麻までの者を任じる。卒は百十七人。位は先沮知から大舎までの者を任じる。

2諸軍官 — 将軍

諸軍官,將軍共三十六人,掌大幢四人,貴幢四人,漢山停(羅人謂營爲停)三人,完山停三人,河西停二人,牛首停二人,位自眞骨上堂至上臣爲之,綠衿幢二人,紫衿幢二人,白衿幢二人,緋衿幢二人,黃衿幢二人,黑衿幢二人,碧衿幢二人,赤衿幢二人,靑衿幢二人,位自眞骨級湌至角干爲之,至景德王時,熊川州停加置三人

諸軍官のうち将軍は合わせて三十六人である。大幢四人、貴幢四人、漢山停(新羅の人は営を停という)三人、完山停三人、河西停二人、牛首停二人を掌る。位は真骨の上堂から上臣までの者を任じる。緑衿幢二人、紫衿幢二人、白衿幢二人、緋衿幢二人、黄衿幢二人、黒衿幢二人、碧衿幢二人、赤衿幢二人、青衿幢二人。位は真骨の級飡から角干までの者を任じる。景徳王の時に至って、熊川州停に三人を加え置いた。

3大官大監

大官大監,眞興王十年置,掌大幢五人,貴幢五人,漢山停四人,牛首停四人,河西停四人,完山停四人,無衿,綠衿幢四人,紫衿幢四人,白衿幢四人,緋衿幢四人,黃衿幢四人,黑衿幢四人,碧衿幢四人,赤衿幢四人,靑衿幢四人,共六十二人,着衿,眞骨,位自舍知至阿湌爲之,次品自奈麻至四重阿湌爲之

大官大監は真興王十年に置いた。大幢五人、貴幢五人、漢山停四人、牛首停四人、河西停四人、完山停四人を掌り、衿がない。緑衿幢四人、紫衿幢四人、白衿幢四人、緋衿幢四人、黄衿幢四人、黒衿幢四人、碧衿幢四人、赤衿幢四人、青衿幢四人、合わせて六十二人で、衿を着ける。真骨は位を舎知から阿飡までとし、次の品は奈麻から四重阿飡までの者を任じる。

4隊大監

隊大監,領馬兵,罽衿一人,音里火停一人,古良夫里停一人,居斯勿停一人,參良火停一人,召參停一人,未多夫里停一人,南川停一人,骨乃斤停一人,伐力川停一人,伊火兮停一人,綠衿幢三人,紫衿幢三人,白衿幢三人,黃衿幢三人,黑衿幢三人,碧衿幢三人,赤衿幢三人,靑衿幢三人,菁州誓一人,漢山州誓一人,完山州誓一人,領步兵,大幢三人,漢山停三人,貴幢二人,牛首停二人,完山停二人,碧衿幢二人,綠衿幢二人,白衿幢二人,黃衿幢二人,黑衿幢二人,紫衿幢二人,赤衿幢二人,靑衿幢二人,緋衿幢四人,共七十人,並着衿,位自奈麻至阿湌爲之

隊大監のうち馬兵を領する者は、罽衿一人、音里火停一人、古良夫里停一人、居斯勿停一人、参良火停一人、召参停一人、未多夫里停一人、南川停一人、骨乃斤停一人、伐力川停一人、伊火兮停一人、緑衿幢三人、紫衿幢三人、白衿幢三人、黄衿幢三人、黒衿幢三人、碧衿幢三人、赤衿幢三人、青衿幢三人、菁州誓一人、漢山州誓一人、完山州誓一人である。

歩兵を領する者は、大幢三人、漢山停三人、貴幢二人、牛首停二人、完山停二人、碧衿幢二人、緑衿幢二人、白衿幢二人、黄衿幢二人、黒衿幢二人、紫衿幢二人、赤衿幢二人、青衿幢二人、緋衿幢四人である。合わせて七十人で、いずれも衿を着ける。位は奈麻から阿飡までの者を任じる。

5弟監

弟監,眞興王二十三年置,領大幢五人,貴幢五人,漢山停四人,牛首停四人,河西停四人,完山停四人,無衿,碧衿幢四人,綠衿幢四人,白衿幢四人,緋衿幢四人,黃衿幢四人,黑衿幢四人,紫衿幢四人,赤衿幢四人,靑衿幢四人,罽衿幢一人,共六十三人,位自舍知至大奈麻爲之

弟監は真興王二十三年に置いた。大幢五人、貴幢五人、漢山停四人、牛首停四人、河西停四人、完山停四人を領し、衿がない。碧衿幢四人、緑衿幢四人、白衿幢四人、緋衿幢四人、黄衿幢四人、黒衿幢四人、紫衿幢四人、赤衿幢四人、青衿幢四人、罽衿幢一人、合わせて六十三人で、位は舎知から大奈麻までの者を任じる。

6監舎知

監舍知,共十九人,法興王十年置,大幢一人,上州停一人,漢山停一人,牛首停一人,河西停一人,完山停一人,碧衿幢一人,綠衿幢一人,白衿幢一人,緋衿幢一人,黃衿幢一人,黑衿幢一人,紫衿幢一人,赤衿幢一人,靑衿幢一人,罽衿幢一人,白衿武幢一人,赤衿武幢一人,黃衿武幢一人,無衿,位自舍知至大舍爲之

監舎知は合わせて十九人。法興王十年に置いた。大幢一人、上州停一人、漢山停一人、牛首停一人、河西停一人、完山停一人、碧衿幢一人、緑衿幢一人、白衿幢一人、緋衿幢一人、黄衿幢一人、黒衿幢一人、紫衿幢一人、赤衿幢一人、青衿幢一人、罽衿幢一人、白衿武幢一人、赤衿武幢一人、黄衿武幢一人である。衿がなく、位は舎知から大舎までの者を任じる。

7少監

少監,眞興王二十三年置,大幢十五人,貴幢十五人,漢山停十五人,河西停十二人,牛首停十三人,完山停十三人,碧今幢十三人,綠衿幢十三人,白衿幢十三人,緋衿幢十三人,黃今幢十三人,黑衿幢十三人,紫衿幢十三人,赤衿幢十三人,靑衿幢十三人,領騎兵,音里火停二人,古良夫里停二人,居斯勿停二人,參良火停二人,召參停二人,未多夫里停二人,南川停二人,骨乃斤停二人,伐力川停二人,伊火兮停二人,緋衿幢三人,碧衿幢六人,綠衿幢六人,白衿幢六人,黃衿幢六人,黑衿幢六人,紫衿幢六人,赤衿幢六人,靑衿幢六人,罽衿幢一人,菁州誓三人,漢山州誓三人,完山州誓三人,領步兵,大幢六人,漢山停六人,貴幢四人,牛首停四人,完山停四人,碧衿幢四人,綠衿幢四人,白衿幢四人,黃衿幢四人,黑衿幢四人,紫衿幢四人,赤衿幢四人,靑衿幢四人,緋衿幢八人,菁州誓九人,漢山州誓九人,完山州誓九人,共三百七十二人,六停無衿,此外皆着衿,位自大舍已下爲之

少監は真興王二十三年に置いた。大幢十五人、貴幢十五人、漢山停十五人、河西停十二人、牛首停十三人、完山停十三人、碧衿幢十三人、緑衿幢十三人、白衿幢十三人、緋衿幢十三人、黄衿幢十三人、黒衿幢十三人、紫衿幢十三人、赤衿幢十三人、青衿幢十三人である。

騎兵を領する者は、音里火停二人、古良夫里停二人、居斯勿停二人、参良火停二人、召参停二人、未多夫里停二人、南川停二人、骨乃斤停二人、伐力川停二人、伊火兮停二人、緋衿幢三人、碧衿幢六人、緑衿幢六人、白衿幢六人、黄衿幢六人、黒衿幢六人、紫衿幢六人、赤衿幢六人、青衿幢六人、罽衿幢一人、菁州誓三人、漢山州誓三人、完山州誓三人である。

歩兵を領する者は、大幢六人、漢山停六人、貴幢四人、牛首停四人、完山停四人、碧衿幢四人、緑衿幢四人、白衿幢四人、黄衿幢四人、黒衿幢四人、紫衿幢四人、赤衿幢四人、青衿幢四人、緋衿幢八人、菁州誓九人、漢山州誓九人、完山州誓九人である。

合わせて三百七十二人である。六停は衿がなく、これ以外はみな衿を着ける。位は大舎以下の者を任じる。

8火尺

火尺,大幢十五人,貴幢十人,漢山停十人,牛首停十人,河西停十人,完山停十人,綠衿幢十人,緋衿幢十人,紫衿幢十人,白衿幢十三人,黃衿幢十三人,黑衿幢十三人,碧衿幢十三人,赤衿幢十三人,靑衿幢十三人,屬大官,罽衿七人,音里火停二人,古良夫里停二人,居斯勿停二人,參良火停二人,召參停二人,未多夫里停二人,南川停二人,骨乃斤停二人,伐力川停二人,伊火兮停二人,碧衿幢六人,綠衿幢六人,白衿幢六人,黃衿幢六人,黑衿幢六人,紫衿幢六人,赤衿幢六人,靑衿幢六人,菁州誓二人,漢山州誓二人,完山州誓二人,領騎兵,大幢六人,漢山停六人,貴幢四人,牛首停四人,完山停四人,碧衿幢四人,綠衿幢四人,白衿幢四人,黃衿幢四人,黑衿幢四人,紫衿幢四人,赤衿幢四人,靑衿幢四人,緋衿幢八人,白衿武幢八人,赤衿武幢八人,黃衿武幢八人,領步兵,共三百四十二人,位與少監同

火尺は、大幢十五人、貴幢十人、漢山停十人、牛首停十人、河西停十人、完山停十人、緑衿幢十人、緋衿幢十人、紫衿幢十人、白衿幢十三人、黄衿幢十三人、黒衿幢十三人、碧衿幢十三人、赤衿幢十三人、青衿幢十三人で、大官に属する。

罽衿七人、音里火停二人、古良夫里停二人、居斯勿停二人、参良火停二人、召参停二人、未多夫里停二人、南川停二人、骨乃斤停二人、伐力川停二人、伊火兮停二人、碧衿幢六人、緑衿幢六人、白衿幢六人、黄衿幢六人、黒衿幢六人、紫衿幢六人、赤衿幢六人、青衿幢六人、菁州誓二人、漢山州誓二人、完山州誓二人が騎兵を領する。

大幢六人、漢山停六人、貴幢四人、牛首停四人、完山停四人、碧衿幢四人、緑衿幢四人、白衿幢四人、黄衿幢四人、黒衿幢四人、紫衿幢四人、赤衿幢四人、青衿幢四人、緋衿幢八人、白衿武幢八人、赤衿武幢八人、黄衿武幢八人が歩兵を領する。

合わせて三百四十二人で、位は少監と同じである。

9軍師幢主

軍師幢主,法興王十一年置,王都一人,無衿,大幢一人,上州停一人,漢山停一人,牛首停一人,河西停一人,完山停一人,碧衿幢一人,綠衿幢一人,緋衿幢一人,白衿幢一人,黃衿幢一人,黑衿幢一人,紫衿幢一人,赤衿幢一人,靑衿幢一人,白衿武幢一人,赤衿武幢一人,黃衿武幢一人,共十九人,著衿,位自奈麻至一吉湌爲之。六

軍師幢主は法興王十一年に置いた。王都の一人は衿がない。大幢一人、上州停一人、漢山停一人、牛首停一人、河西停一人、完山停一人、碧衿幢一人、緑衿幢一人、緋衿幢一人、白衿幢一人、黄衿幢一人、黒衿幢一人、紫衿幢一人、赤衿幢一人、青衿幢一人、白衿武幢一人、赤衿武幢一人、黄衿武幢一人で、合わせて十九人である。衿を着け、位は奈麻から一吉飡までの者を任じる。

10大匠尺幢主

大匠尺幢主,大幢一人,上州停一人,漢山停一人,牛首停一人,河西停一人,完山停一人,碧衿幢一人,綠衿幢一人,緋衿幢一人,白衿幢一人,黃衿幢一人,黑衿幢一人,紫衿幢一人,赤衿幢一人,靑衿幢一人,共十五人,無衿,位與軍師幢主同

大匠尺幢主は、大幢一人、上州停一人、漢山停一人、牛首停一人、河西停一人、完山停一人、碧衿幢一人、緑衿幢一人、緋衿幢一人、白衿幢一人、黄衿幢一人、黒衿幢一人、紫衿幢一人、赤衿幢一人、青衿幢一人で、合わせて十五人である。衿がなく、位は軍師幢主と同じである。

11歩騎幢主

步騎幢主,王都一人,無衿,大幢六人,漢山六人,貴幢四人,牛首州四人,完山州四人,碧衿幢四人,綠衿幢四人,白衿幢四人,黃衿幢四人,黑衿幢四人,紫衿幢四人,赤衿幢四人,靑衿幢四人,白衿武幢二人,赤衿武幢二人,黃衿武幢一人,共六十三人,位自奈麻至沙湌爲之

歩騎幢主は王都の一人で衿がない。大幢六人、漢山六人、貴幢四人、牛首州四人、完山州四人、碧衿幢四人、緑衿幢四人、白衿幢四人、黄衿幢四人、黒衿幢四人、紫衿幢四人、赤衿幢四人、青衿幢四人、白衿武幢二人、赤衿武幢二人、黄衿武幢一人で、合わせて六十三人。位は奈麻から沙飡までの者を任じる。

12三千幢主

三千幢主,音里火停六人,古良夫里停六人,居斯勿停六人,參良火停六人,召參停六人,未多夫里停六人,南川停六人,骨乃斤停六人,伐力川停六人,伊伐兮停六人,共六十人,著衿,位自舍知至沙湌爲之

三千幢主は、音里火停六人、古良夫里停六人、居斯勿停六人、参良火停六人、召参停六人、未多夫里停六人、南川停六人、骨乃斤停六人、伐力川停六人、伊伐兮停六人で、合わせて六十人である。衿を着け、位は舎知から沙飡までの者を任じる。

13著衿騎幢主

著衿騎幢主,碧衿幢十八人,綠衿幢十八人,白衿幢十八人,黃衿幢十八人,黑衿幢十八人,紫衿幢十八人,赤衿幢十八人,靑衿幢十八人,罽衿幢六人,菁州六人,完山州六人,漢山州六人,河西州四人,牛首幢三人,四千幢三人,共一百七十八人,位與三千幢主同

著衿騎幢主は、碧衿幢十八人、緑衿幢十八人、白衿幢十八人、黄衿幢十八人、黒衿幢十八人、紫衿幢十八人、赤衿幢十八人、青衿幢十八人、罽衿幢六人、菁州六人、完山州六人、漢山州六人、河西州四人、牛首幢三人、四千幢三人で、合わせて百七十八人。位は三千幢主と同じである。

14緋衿幢主

緋衿幢主,四十人,沙伐州三人,歃良州三人,菁州三人,漢山州二人,牛首州六人,河西州六人,熊川州五人,完山州四人,武珍州八人,共四十人,著衿,位自舍知至沙湌爲之

緋衿幢主は四十人である。沙伐州三人、歃良州三人、菁州三人、漢山州二人、牛首州六人、河西州六人、熊川州五人、完山州四人、武珍州八人で、合わせて四十人である。衿を着け、位は舎知から沙飡までの者を任じる。

15師子衿幢主

師子衿幢主,王都三人,沙伐州三人,歃良州三人,菁州三人,漢山州三人,牛首州三人,河西州三人,熊川州三人,完山州三人,武珍州三人,共三十人,著衿,位自舍知至一吉湌爲之

師子衿幢主は、王都三人、沙伐州三人、歃良州三人、菁州三人、漢山州三人、牛首州三人、河西州三人、熊川州三人、完山州三人、武珍州三人で、合わせて三十人である。衿を着け、位は舎知から一吉飡までの者を任じる。

16法幢主

法幢主,百官幢主三十人,京餘甲幢主十五人,小京餘甲幢主十六人,外餘甲幢主五十二人,弩幢主十五人,雲梯幢主六人,衝幢主十二人,石投幢主十二人,共一百五十八人,無衿

法幢主は、百官幢主三十人、京余甲幢主十五人、小京余甲幢主十六人、外余甲幢主五十二人、弩幢主十五人、雲梯幢主六人、衝幢主十二人、石投幢主十二人で、合わせて百五十八人。衿がない。

17黒衣長槍末歩幢主

黑衣長槍末步幢主,大幢三十人,貴幢二十二人,漢山二十八人,牛首二十人,完山二十人,紫衿二十人,黃衿二十人,黑衿二十人,碧衿二十人,赤衿二十人,靑衿二十人,綠衿二十四人,共二百六十四人,位自舍知至級湌爲之

黒衣長槍末歩幢主は、大幢三十人、貴幢二十二人、漢山二十八人、牛首二十人、完山二十人、紫衿二十人、黄衿二十人、黒衿二十人、碧衿二十人、赤衿二十人、青衿二十人、緑衿二十四人で、合わせて二百六十四人。位は舎知から級飡までの者を任じる。

18三武幢主

三武幢主,白衿武幢十六人,赤衿[武]幢十六人,黃衿武幢十六人,共四十八人,位與末步幢主同

三武幢主は、白衿武幢十六人、赤衿武幢十六人、黄衿武幢十六人で、合わせて四十八人。位は末歩幢主と同じである。

19万歩幢主

萬步幢主,京五種幢主十五人,節末幢主四人,九州萬步幢主十八人,共三十七人,無衿,位自舍知至大奈麻爲之

万歩幢主は、京五種幢主十五人、節末幢主四人、九州の万歩幢主十八人で、合わせて三十七人。衿がなく、位は舎知から大奈麻までの者を任じる。

20軍師監

軍師監,王都二人,無衿,大幢二人,上州停二人,漢山停二人,牛首停二人,河西停二人,完山停二人,碧衿幢二人,綠衿幢二人,緋衿幢二人,白衿幢二人,黃衿幢二人,黑衿幢二人,紫衿幢二人,赤衿幢二人,靑衿幢二人,共三十二人,著衿,位自舍知至奈麻爲之

軍師監は王都の二人で衿がない。大幢二人、上州停二人、漢山停二人、牛首停二人、河西停二人、完山停二人、碧衿幢二人、緑衿幢二人、緋衿幢二人、白衿幢二人、黄衿幢二人、黒衿幢二人、紫衿幢二人、赤衿幢二人、青衿幢二人で、合わせて三十二人である。衿を着け、位は舎知から奈麻までの者を任じる。

21大匠大監

大匠大監,大幢一人,上州停一人,漢山停一人,牛首停一人,河西停一人,完山停一人,碧衿幢一人,綠衿幢一人,緋衿幢一人,白衿幢一人,黃衿幢一人,黑衿幢一人,紫衿幢一人,赤衿幢一人,靑衿幢一人,共十五人,無衿,位自舍知至大奈麻爲之

大匠大監は、大幢一人、上州停一人、漢山停一人、牛首停一人、河西停一人、完山停一人、碧衿幢一人、緑衿幢一人、緋衿幢一人、白衿幢一人、黄衿幢一人、黒衿幢一人、紫衿幢一人、赤衿幢一人、青衿幢一人で、合わせて十五人である。衿がなく、位は舎知から大奈麻までの者を任じる。

22歩騎監

步騎監六十三人,王都一人,大幢六人,漢山六人,貴幢四人,牛首四人,完山四人,碧衿幢四人,綠衿幢四人,白衿幢四人,黃衿幢四人,黑衿幢四人,紫衿幢四人,赤衿幢四人,靑衿幢四人,白衿武幢二人,赤衿武幢二人,黃衿武幢二人,著衿,共六十三人,位與軍師監同

歩騎監は六十三人である。王都一人、大幢六人、漢山六人、貴幢四人、牛首四人、完山四人、碧衿幢四人、緑衿幢四人、白衿幢四人、黄衿幢四人、黒衿幢四人、紫衿幢四人、赤衿幢四人、青衿幢四人、白衿武幢二人、赤衿武幢二人、黄衿武幢二人。衿を着け、合わせて六十三人で、位は軍師監と同じである。

23三千監

三千監,音里火停六人,古良夫里停六人,居斯勿停六人,參良火停六人,召參停六人,未多夫里停六人,南川停六人,骨乃斤停六人,伐力川停六人,伊火兮停六人,共六十人,著衿,位自舍知至大奈麻爲之

三千監は、音里火停六人、古良夫里停六人、居斯勿停六人、参良火停六人、召参停六人、未多夫里停六人、南川停六人、骨乃斤停六人、伐力川停六人、伊火兮停六人で、合わせて六十人である。衿を着け、位は舎知から大奈麻までの者を任じる。

24師子衿幢監

師子衿幢監三十人,位自幢至奈麻爲之

師子衿幢監は三十人で、位は幢から奈麻までの者を任じる。

25法幢監

法幢監,百官幢三十人,京餘甲幢十五人,外餘甲幢六十八人,石投幢十二人,衝幢十二人,弩幢四十五人,雲梯幢十二人,共一百九十四人,無衿,位自舍知至奈麻爲之

法幢監は、百官幢三十人、京余甲幢十五人、外余甲幢六十八人、石投幢十二人、衝幢十二人、弩幢四十五人、雲梯幢十二人で、合わせて百九十四人。衿がなく、位は舎知から奈麻までの者を任じる。

26緋衿監

緋衿監四十八人,領幢四十人,領馬兵八人

緋衿監は四十八人で、幢を領する者が四十人、馬兵を領する者が八人である。

27著衿監

著衿監,碧衿幢十八人,綠衿幢十八人,白衿幢十八人,黃衿幢十八人,黑衿幢十八人,紫衿幢十八人,赤衿幢十八人,靑衿幢十八人,罽衿六人,菁州六人,漢山六人,完山六人,河西三人,牛首幢三人,四千幢三人,共一百七十五人,位自幢至奈麻爲之

著衿監は、碧衿幢十八人、緑衿幢十八人、白衿幢十八人、黄衿幢十八人、黒衿幢十八人、紫衿幢十八人、赤衿幢十八人、青衿幢十八人、罽衿六人、菁州六人、漢山六人、完山六人、河西三人、牛首幢三人、四千幢三人で、合わせて百七十五人。位は幢から奈麻までの者を任じる。

28皆知戟幢監

皆知戟幢監四人,並王都,位自舍知至奈麻爲之

皆知戟幢監は四人で、いずれも王都にある。位は舎知から奈麻までの者を任じる。

29法幢頭上

法幢頭上百九十二人,餘甲幢四十五人,外法幢百二人,弩幢四十五人

法幢頭上は百九十二人である。余甲幢四十五人、外法幢百二人、弩幢四十五人である。

30法幢火尺

法幢火尺,軍師幢三十人,師子衿幢二十人,京餘甲幢十五人,外餘甲幢百二人,弩幢四十五人,雲梯幢十一人,衝幢十八人,石投幢十八人,共二百五十九人

法幢火尺は、軍師幢三十人、師子衿幢二十人、京余甲幢十五人、外余甲幢百二人、弩幢四十五人、雲梯幢十一人、衝幢十八人、石投幢十八人で、合わせて二百五十九人である。

31法幢辟主

法幢辟主,餘甲幢四十五人,外法幢三百六人,弩幢百三十五人,共四百八十六人

法幢辟主は、余甲幢四十五人、外法幢三百六人、弩幢百三十五人で、合わせて四百八十六人である。

32三千卒

三千卒百五十人,位自大奈麻已下爲之

三千卒は百五十人で、位は大奈麻以下の者を任じる。

33軍の名二十三

凡軍號二十三,一曰六停,二曰九誓幢,三曰十幢,四曰五州誓,五曰三武幢,六曰罽衿幢,七曰急幢,八曰四千幢,九曰京五種幢,十曰二節末幢,十一曰萬步幢,十二曰大匠尺幢,十三曰軍師幢,十四曰仲幢,十五曰百官幢,十六曰四設幢,十七曰皆知戟幢,十八曰三十九餘甲幢,十九曰仇七幢,二十曰二罽,二十一曰二弓,二十二曰三邊守,二十三曰新三千幢

およそ軍の名は二十三ある。一を六停、二を九誓幢、三を十幢、四を五州誓、五を三武幢、六を罽衿幢、七を急幢、八を四千幢、九を京五種幢、十を二節末幢、十一を万歩幢、十二を大匠尺幢、十三を軍師幢、十四を仲幢、十五を百官幢、十六を四設幢、十七を皆知戟幢、十八を三十九余甲幢、十九を仇七幢、二十を二罽、二十一を二弓、二十二を三辺守、二十三を新三千幢という。

34六停

六停,一曰大幢,眞興王五年始置,衿色紫白,二曰上州停,眞興王十三年置,至文武王十三年改爲貴幢,衿色靑赤,三曰漢山停,本新州停,眞興王二十九年罷新州停,置南川停,眞平王二十六年罷南川停,置漢山停,衿色黃靑,四曰牛首停,本比烈忽停,文武王十三年罷比烈忽停,置牛首停,衿色綠白,五曰河西停,本悉直停,太宗王五年罷悉直停,置河西停,衿色綠白,六曰完山停,本下州停,新文王五年罷下州停,置完山停,衿色白紫

六停は次のとおりである。一を大幢といい、真興王五年に初めて置いた。衿の色は紫と白である。二を上州停といい、真興王十三年に置き、文武王十三年に至って改めて貴幢とした。衿の色は青と赤である。三を漢山停といい、もとは新州停であった。真興王二十九年に新州停を廃して南川停を置き、真平王二十六年に南川停を廃して漢山停を置いた。衿の色は黄と青である。四を牛首停といい、もとは比列忽停であった。文武王十三年に比列忽停を廃して牛首停を置いた。衿の色は緑と白である。五を河西停といい、もとは悉直停であった。太宗王五年に悉直停を廃して河西停を置いた。衿の色は緑と白である。六を完山停といい、もとは下州停であった。神文王五年に下州停を廃して完山停を置いた。衿の色は白と紫である。

35九誓幢

九誓幢,一曰綠衿誓幢,眞平王五年始置,但名誓幢,三十五年改爲綠衿誓幢,衿色綠紫,二曰紫衿誓幢,眞平王四十七年始置郞幢,文武王十七年改爲紫衿誓幢,衿色紫綠,三曰白衿誓幢,文武王十二年,以百濟民爲幢,衿色白靑,四曰緋衿誓幢,文武王十二年始置長槍幢,孝昭王二年改爲緋衿誓幢,五曰黃衿誓幢,神文王三年,以高句麗民爲幢,衿色黃赤,六曰黑衿誓幢,神文王三年,以靺鞨國民爲幢,衿色黑幢,七曰碧衿誓幢,神文王六年,以報德城民爲幢,衿色碧黃,八曰赤衿誓幢,神文王六年,又以報德城民爲幢,衿色赤黑,九曰靑衿誓幢,神文王七年,以百濟殘民爲幢,衿色靑白

九誓幢は次のとおりである。一を緑衿誓幢といい、真平王五年に初めて置いてただ誓幢と名づけたが、三十五年に改めて緑衿誓幢とした。衿の色は緑と紫である。二を紫衿誓幢といい、真平王四十七年に初めて郎幢を置いたが、文武王十七年に改めて紫衿誓幢とした。衿の色は紫と緑である。三を白衿誓幢といい、文武王十二年に百済の民をもって幢とした。衿の色は白と青である。四を緋衿誓幢といい、文武王十二年に初めて長槍幢を置いたが、孝昭王二年に改めて緋衿誓幢とした。五を黄衿誓幢といい、神文王三年に高句麗の民をもって幢とした。衿の色は黄と赤である。六を黒衿誓幢といい、神文王三年に靺鞨国の民をもって幢とした。衿の色は黒である。七を碧衿誓幢といい、神文王六年に報徳城の民をもって幢とした。衿の色は碧と黄である。八を赤衿誓幢といい、神文王六年にまた報徳城の民をもって幢とした。衿の色は赤と黒である。九を青衿誓幢といい、神文王七年に百済の残った民をもって幢とした。衿の色は青と白である。

36十停

十停(或云三千幢),一曰音里火停,二曰古良夫里停,三曰居斯勿停,衿色靑,四曰參良火停,五曰召參停,六曰未多夫里停,衿色黑,七曰南川停,八曰骨乃斤停,衿色黃,九曰伐力川停,十曰伊火兮停,衿色綠,並眞興王五年置

十停(三千幢ともいう)は次のとおりである。一を音里火停、二を古良夫里停、三を居斯勿停といい、衿の色は青である。四を参良火停、五を召参停、六を未多夫里停といい、衿の色は黒である。七を南川停、八を骨乃斤停といい、衿の色は黄である。九を伐力川停、十を伊火兮停といい、衿の色は緑である。いずれも真興王五年に置いた。

37五州誓

五州誓,一曰菁州誓,二曰完山州誓,三曰漢山州誓,衿色紫綠,四曰牛首州誓,五曰河西州誓,衿色綠紫,並文武王十二年置

五州誓は次のとおりである。一を菁州誓、二を完山州誓、三を漢山州誓といい、衿の色は紫と緑である。四を牛首州誓、五を河西州誓といい、衿の色は緑と紫である。いずれも文武王十二年に置いた。

38三武幢

三武幢,一曰白衿武幢,文武王十五年置,二曰赤衿武幢,神文王七年置,三曰黃衿武幢,九年置

三武幢は次のとおりである。一を白衿武幢といい文武王十五年に置き、二を赤衿武幢といい神文王七年に置き、三を黄衿武幢といい九年に置いた。

39罽衿幢

罽衿幢,太宗王元年置,衿色罽

罽衿幢は太宗王元年に置いた。衿の色は罽である。

40急幢

急幢,眞平王二十七年置,衿色黃綠

急幢は真平王二十七年に置いた。衿の色は黄と緑である。

41四千幢

四千幢,眞平王十三年置,衿色黃黑

四千幢は真平王十三年に置いた。衿の色は黄と黒である。

42京五種幢

京五種幢,衿色,一靑綠,二赤紫,三黃白,四白黑,五黑靑

京五種幢の衿の色は、一が青と緑、二が赤と紫、三が黄と白、四が白と黒、五が黒と青である。

43二節末幢

二節末幢,衿色,一綠紫,二紫綠

二節末幢の衿の色は、一が緑と紫、二が紫と緑である。

44万歩幢

萬步幢,九州各二衿色,沙伐州,靑黃靑紫,歃良州,赤靑赤白,菁州,赤黃赤綠,漢山州,黃黑黃綠,牛首州,黑綠黑白,熊川州,黃紫黃靑,河西州,靑黑靑赤,武珍州,白赤白黃

万歩幢は九州にそれぞれ二つの衿の色がある。沙伐州は青と黄、青と紫。歃良州は赤と青、赤と白。菁州は赤と黄、赤と緑。漢山州は黄と黒、黄と緑。牛首州は黒と緑、黒と白。熊川州は黄と紫、黄と青。河西州は青と黒、青と赤。武珍州は白と赤、白と黄である。

45大匠尺幢

大匠尺幢,無衿

大匠尺幢は衿がない。

46軍師幢

軍師幢,眞平王二十六年始置,衿色白

軍師幢は真平王二十六年に初めて置いた。衿の色は白である。

47仲幢

仲幢,文武王十一年始置,衿色白

仲幢は文武王十一年に初めて置いた。衿の色は白である。

48百官幢

百官幢,無衿

百官幢は衿がない。

49四設幢

四設幢,一曰弩幢,二曰雲梯幢,三曰衝幢,四曰石投幢,無衿

四設幢は、一を弩幢、二を雲梯幢、三を衝幢、四を石投幢といい、衿がない。

50皆知戟幢

皆知戟幢,神文王十年始置,衿色黑紫白

皆知戟幢は神文王十年に初めて置いた。衿の色は黒と紫と白である。

51三十九余甲幢

三十九餘甲幢,無衿(謂京餘甲小京餘甲外餘甲等也,其數未詳)

三十九余甲幢は衿がない。(京余甲・小京余甲・外余甲などをいうが、その数は詳らかでない。)

52仇七幢

仇七幢,文武王十六年始置,衿色白

仇七幢は文武王十六年に初めて置いた。衿の色は白である。

53二罽幢

二罽幢(或云外罽),一曰漢山州罽幢,太宗王十七年置,二曰牛首州罽幢,文武王十二年置,衿色皆罽

二罽幢(外罽ともいう)は、一を漢山州罽幢といい太宗王十七年に置き、二を牛首州罽幢といい文武王十二年に置いた。衿の色はいずれも罽である。

54二弓

二弓(或云外弓),一曰漢山州弓尺,眞德王六年置,二曰河西州弓尺,眞平王二十年置,無衿

二弓(外弓ともいう)は、一を漢山州弓尺といい真徳王六年に置き、二を河西州弓尺といい真平王二十年に置いた。衿がない。

55三辺守幢

三邊守幢(一云邊守),神文王十年置,一曰漢山邊,二曰牛首邊,三曰河西邊,無衿

三辺守幢(辺守ともいう)は神文王十年に置いた。一を漢山辺、二を牛首辺、三を河西辺といい、衿がない。

56新三千幢

新三千幢(一云外三千),一曰牛首州三千幢,二曰奈吐郡三千幢,文武王十二年置,三曰奈生郡三千幢,十六年置,衿色未詳

新三千幢(外三千ともいう)は、一を牛首州三千幢、二を奈吐郡三千幢といい文武王十二年に置き、三を奈生郡三千幢といい十六年に置いた。衿の色は詳らかでない。

57衿とは何か

衿,蓋書傳所謂徽織詩云織文鳥章,箋云織,徽織也,鳥章,鳥隼之文章,將帥以下,衣皆著焉史記漢書謂之旗熾,熾與織,字異音同周禮司常九旗,所畫異物者,徽織所以相別,在國以表朝位,在軍又象其制而爲之,被之以備死事,羅人徽織,以靑赤等色爲別者,其形象半月,罽赤著衣於上,其長短之制未詳

衿とは、おそらく古い書物にいう徽織であろう。『詩経』に「織文鳥章」といい、箋に「織は徽織である。鳥章は鷹や隼の文様で、将帥より下の者は衣にみな着ける」という。『史記』『漢書』ではこれを旗熾といい、熾と織とは字が異なるが音が同じである。『周礼』の司常の九旗は描く物がそれぞれ異なるが、徽織は互いを見分けるためのものである。国にあっては朝廷の位を表し、軍にあってはまたその制にならって作り、これを身に着けて死を覚悟する戦いに備えた。

新羅の人の徽織は、青や赤などの色で区別したもので、その形は半月のようであり、罽と赤いものを衣の上に着けた。その長短の制は詳らかでない。

58花と鈴

大將軍花,三副,長九寸,廣三寸三分,上將軍花,四副,長九寸五分,下將軍花,五副,長一尺,大監花,大虎頰皮,長九寸,廣二寸五分,鈴黃金,圓一尺二寸,弟監花,熊頰皮,長八寸五分,鈴白銀,圓九寸,少監花,鷲尾,鈴白銅,圓六寸,火尺花與少監同,鈴鐵,圓二寸,軍師幢主花,大虎尾,長一尺八寸,軍師監花,熊胸皮,長八寸五分,大匠尺幢主花,熊臂皮,長七寸(一云中虎額皮,長八寸五分),鈴黃金,圓九寸,三千幢主花,大虎尾,長一尺八寸,三千監花,鷲尾,諸著衿幢主花,大虎尾,長一尺八寸五分,花以猛獸皮若鷲鳥羽作之,置杠上,若所謂豹尾者,今人謂之面槍將軍花,不言物名,其數或多或少,其義未詳,鈴行路置馱馬上,或云鐸

大将軍の花は三重で、長さ九寸、幅三寸三分である。上将軍の花は四重で、長さ九寸五分。下将軍の花は五重で、長さ一尺である。

大監の花は大虎の頬の皮で、長さ九寸、幅二寸五分。鈴は黄金で、周りが一尺二寸である。弟監の花は熊の頬の皮で、長さ八寸五分。鈴は白銀で、周りが九寸である。少監の花は鷲の尾、鈴は白銅で、周りが六寸である。火尺の花は少監と同じで、鈴は鉄、周りが二寸である。

軍師幢主の花は大虎の尾で、長さ一尺八寸である。軍師監の花は熊の胸の皮で、長さ八寸五分である。大匠尺幢主の花は熊の腕の皮で、長さ七寸(中虎の額の皮で長さ八寸五分ともいう)、鈴は黄金で、周りが九寸である。三千幢主の花は大虎の尾で、長さ一尺八寸である。三千監の花は鷲の尾である。諸著衿幢主の花は大虎の尾で、長さ一尺八寸五分である。

花は猛獣の皮か鷲鳥の羽で作り、竿の上に置く。いわゆる豹尾のようなもので、今の人はこれを面槍という。将軍の花は物の名をいわず、その数も多かったり少なかったりして、その意味は詳らかでない。鈴は道を行くとき荷を積んだ馬の上に置く。鐸ともいう。

59政官

政官(或云政法典),始以大舍一人,史二人爲司,至元聖王元年,初置僧官,簡僧中有才行者充之,有故則遞,無定年限

政官(政法典ともいう)は、初めは大舎一人と史二人をもって司とした。元聖王元年に至って初めて僧官を置き、僧のうち才能と行いのある者を選んで充て、事故があれば交替させ、定まった年限はなかった。

60国統と都唯那

國統一人(一云寺主),眞興王十二年,以高句麗惠亮法師爲寺主,都唯那娘一人,阿尼大都唯那一人,眞興王始以寶良法師爲之,眞德王元年加一人,大書省一人,眞興王以安臧法師爲之,眞德王元年加一人,少年書省二人,元聖王三年,以惠英梵如二法爲之

国統は一人(寺主ともいう)。真興王十二年に高句麗の恵亮法師を寺主とした。都唯那娘は一人で、阿尼すなわち尼であった。大都唯那は一人。真興王が初めて宝良法師をこれに任じ、真徳王元年に一人を加えた。大書省は一人。真興王が安蔵法師をこれに任じ、真徳王元年に一人を加えた。少年書省は二人。元聖王三年に恵英・梵如の二法師をこれに任じた。

61州統と郡統

州統九人,郡統十八人

州統は九人、郡統は十八人である。