勝戦計勝戰計
1第一計 瞞天過海 — 天を瞞いて海を渡る
備周則意怠;常見則不疑。陰在陽之內,不在陽之對。太陽,太陰。
備えが行き渡れば心が緩み、いつも見ているものは疑わない。陰は陽の内にあり、陽の向かい側にあるのではない。きわめて露わなものこそ、きわめて隠れたものである。
夾注 1
陰謀作為,不能背於秘處行之。夜半行竊,僻巷殺人,愚俗之行,非謀士之所為也。
陰謀を企てるのは、人目を避けた隅で行うことではない。夜半に盗みを働き、人けのない路地で人を殺すのは愚かな者のふるまいであって、謀士のすることではない。
2第二計 囲魏救趙 — 魏を囲んで趙を救う
共敵不如分敵,敵陽不如敵陰。
敵をまとめて相手にするよりは分けて相手にするのがよく、露わな敵を撃つよりは露わでないところを撃つのがよい。
夾注 2
治兵如治水,銳者避其鋒,如導疏;弱者塞其虛,如築堰。故當齊救趙時,孫子謂田忌曰:「夫解雜亂糾紛者不控拳,救鬥者,不搏擊,批亢搗虛,形格勢禁,則自為解耳。」
兵を治めるのは水を治めるのと同じである。鋭い者にはその刃先を避け、水路を開いて導くようにし、弱い者にはその虚を塞ぎ、堰を築くようにする。だから斉が趙を救うとき、孫子は田忌に言った。「もつれた糸をほどく者は拳で打たず、争いを止める者は一緒に打ち合わない。喉をおさえて虚を突けば、形勢が塞がれて自ずとほどけるのだ。」
孫子謂田忌曰
ここでいう孫子は孫臏です。― 訳者
3第三計 借刀殺人 — 他人の刀を借りて人を斬る
敵已明,友未定,引友殺敵,不自出力,以損推演。
敵はすでに明らかで、味方はまだ定まっていないなら、味方を引き入れて敵を討たせ、自分の力は出さない。損の卦から推し広げたものである。
夾注 1
敵象已露,而另一勢力更張,將有所為,便應借此力以毀敵人。如:鄭桓公將欲襲鄶,先向鄶之豪傑、良臣、辨智、果敢之士,盡書姓名,擇鄶之良田賂之,為官爵之名而書之,因為設壇場郭門之處而埋之,釁之以雞豭,若盟狀。鄶君以為內難也,而盡殺其良臣。桓公襲鄶,遂取之。諸葛亮之和吳拒魏,及關羽圍樊、襄,曹欲徙都,懿及蔣濟說曹曰:「劉備、孫權外親內疏,關羽得志,權心不願也。可遣人躡其後,許割江南以封權,則樊圍自釋。」曹從之,羽遂見擒。
敵の姿がすでに現れているのに、別の勢力がさらに張り出して何かをしようとしているなら、その力を借りて敵を打ち砕くべきである。たとえば鄭の桓公が鄶を襲おうとしたとき、まず鄶の豪傑・良臣・知恵者・果敢な士の姓名をことごとく書き出し、鄶の良田を選んで彼らに与えるとし、官爵の名まで書き添えたうえで、城門の外に壇を設けてその文書を埋め、鶏と雄豚の血を塗って盟約をかわしたように見せかけた。鄶の君主は内で乱を企てていると思い、その良臣たちをみな殺した。桓公は鄶を襲い、ついにこれを取った。諸葛亮が呉と和して魏を防いだのもこれであり、関羽が樊城と襄陽を囲んで曹操が都を移そうとしたとき、司馬懿と蔣済が曹操に説いた。「劉備と孫権は外では親しくとも内は疎いものです。関羽が志を得ることを、孫権は心では願っておりません。人を遣わしてその背後をつけさせ、江南を割いて孫権に封ずると許せば、樊城の囲みは自ずと解けます。」曹操はこれに従い、関羽はついに捕らえられた。
4第四計 以逸待労 — 安んじて疲れた敵を待つ
困敵之勢,不以戰;損剛益柔。
敵を苦しめる形勢は、戦いによって作るのではない。剛を損じて柔を益すのである。
夾注 1
此即致敵之法也。兵書云:「凡先處戰地而待敵者佚,後處戰地而趨戰者勞。故善戰者,致人而不致於人。」兵書論敵,此為論勢,則其旨非擇地以待敵,而在以簡馭繁,以不變應變,以小變應大變,以不動應動,以小動應大動,以樞應環也。管仲寓軍令於內政,實而備之;孫臏於馬陵道伏擊龐涓;李牧守雁門,久而不戰,而實備之,戰而大破匈奴。
これが敵を来させる方法である。兵書に「およそ先に戦場に至って敵を待つ者は安らかであり、後から至って戦いに駆けつける者は疲れる。だから戦い上手な者は人を来させ、人に引きずられない」とある。兵書は敵を論じたが、ここでは形勢を論じている。その趣旨は地を選んで敵を待つことにあるのではなく、簡によって繁を御し、不変によって変に応じ、小さな変によって大きな変に応じ、不動によって動に応じ、小さな動によって大きな動に応じ、枢によって環に応じることにある。管仲は軍令を内政に寄せて実を備え、孫臏は馬陵の道で龐涓を伏撃し、李牧は雁門を守って長く戦わずに実を備え、戦って匈奴を大いに破った。
5第五計 趁火打劫 — 火事に乗じて奪う
敵之害大,就勢取利,剛決柔也。
敵の害が大きければ、形勢に乗じて利を取る。剛が柔を決するのである。
夾注 1
敵害在內,則劫其地;敵害在外,則劫其民;內外交害,則劫其國。如:越王乘吳國內蟹稻不遺種而謀攻之,後卒乘吳北會諸侯於黃池之際,國內空虛,因而搗之,大獲全勝。
敵の害が内にあればその地を奪い、害が外にあればその民を奪い、内外ともに害があればその国を奪う。たとえば越王は、呉で蟹が稲を食い荒らして種も残らぬ不作となった隙に乗じて攻めることを謀り、ついに呉王が北の黄池で諸侯と会盟して国内が空になった隙に乗じて突き入り、大勝を得た。
6第六計 声東撃西 — 東で声を上げて西を撃つ
敵志亂萃,不虞,坤下兌上之象。利其不自主而取之。
敵の心が乱れて散り、思いがけぬ事に備えられないのは、坤が下、兌が上の象である。自ら保てない隙に乗じてこれを取る。
夾注 1
西漢,七國反,周亞夫堅壁不戰。吳兵奔壁之東南陬,亞夫便備西北;已而吳王精兵果攻西北,遂不得入。此敵志不亂,能自主也。漢末,朱雋圍黃巾於宛,張圍結壘,起土山以臨城內,鳴鼓攻其西南,黃巾悉眾赴之;雋自將精兵五千,掩其東北,遂乘虛而入。此敵志亂萃,不虞也。然則聲東擊西之策,須視敵志亂否為定。亂,則勝;不亂,將自取敗亡,險策也。
西漢のとき七国が反すると、周亜夫は壁を固めて戦わなかった。呉の兵が陣営の東南の隅に押し寄せると、亜夫はすぐ西北を備えた。やがて呉王の精兵が果たして西北を攻めたが、入ることができなかった。これは敵の心が乱れず、自らを保てた場合である。漢の末、朱雋が宛で黄巾を囲み、陣を張り塁を結び、土山を築いて城内を見下ろしながら、鼓を鳴らして西南を攻めると、黄巾は兵をことごとくそこへ向けた。雋は自ら精兵五千を率いて東北を襲い、ついに虚に乗じて入った。これは敵の心が乱れて散り、思いがけぬ事に備えられなかった場合である。であれば声東撃西の策は、敵の心が乱れているかどうかを見て定めなければならない。乱れていれば勝ち、乱れていなければ自ら敗亡を招く、危うい策である。