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万波息笛萬波息笛

三国遺事(三国時代の遺聞集) 三國遺事 · 一然(イリョン) · 1281年(高麗・忠烈王7年) · 段落 4 · 漢字 614字 · 朗読 2.5分

三国遺事(三国時代の遺聞集) 紀異 第2 高麗の僧・一然が編んだ三国時代の説話集。正史が捨てた話を集めている。檀君神話を載せる最も古い書物である。

1神文王が父のために感恩寺を建てる

第三十一神文大王諱政明,金氏.開耀元年辛巳七月七日即位.爲聖考文武大王創感恩寺扵東海邊.〔寺中記云.文武王欲鎮倭兵,故始創此寺,未畢而崩爲海龍.其子神文立開耀二年畢.排金堂砌下東向開一穴,乃龍之入寺旋繞之備.盖遺詔之藏骨處名大王岩,寺名感恩寺,後見龍現形処名利見臺.〕

第三十一代神文大王は名が政明で、金氏である。開耀元年辛巳の七月七日に位に就いた。

亡き父の文武大王のために、東海の海辺に感恩寺を建てた。〔寺にある記に次のように言う。文武王は倭の兵を抑えようとしてこの寺を建て始めたが、終えないうちに世を去って海の竜となった。その子の神文王が位に就いて開耀二年に終えた。金堂の階の下を東に向けて穴を一つ開けたが、すなわち竜が寺に入ってとぐろを巻けるように備えたものである。遺言で骨を納めた所を大王岩といい、寺の名を感恩寺といい、のちに竜が姿を現した所を利見台といった。〕

夾注 1

寺中記云. 文武王欲鎮倭兵, 故始創此寺, 未畢而崩爲海龍. 其子神文立開耀二年畢. 排金堂砌下東向開一穴, 乃龍之入寺旋繞之備. 盖遺詔之藏骨處名大王岩, 寺名感恩寺, 後見龍現形処名利見臺.

寺にある記に次のように言う。文武王は倭の兵を抑えようとしてこの寺を建て始めたが、終えないうちに世を去って海の竜となった。その子の神文王が位に就いて開耀二年に終えた。金堂の階の下を東に向けて穴を一つ開けたが、すなわち竜が寺に入ってとぐろを巻けるように備えたものである。遺言で骨を納めた所を大王岩といい、寺の名を感恩寺といい、のちに竜が姿を現した所を利見台といった。

2海に山が浮かんで来る

明年壬午五月朔,〔一本云天授元年,誤矣.〕海官波珎喰朴夙清奏曰,“東海中有小山浮來向感恩寺,隨波徃來.”王異之,命日官金春質〔一作春日〕占之.曰“聖考今爲海龍鎮護三韓.抑又金公庾信乃三十三天之一子今降爲大臣.二聖同徳欲出守城之寳,若陛下行幸海过必得無價大寳.”王喜以其月七日駕幸利見臺,望其山遣使審之,山勢如龜頭,上有一竿竹,晝爲二夜合一.〔一云山亦晝夜開合如竹.〕使來奏之,王御感恩寺宿.

翌年壬午の五月一日に〔ある本には天授元年とあるが誤りである。〕、海官の波珍飡の朴夙清が申し上げた。「東海の中に小さな山が一つ浮かんで感恩寺に向かって来て、波に従って行き来しています。」

王はこれを不思議に思い、日官の金春質に〔春日となっている本もある。〕占わせると、こう言った。

「亡き父君がいま海の竜となられて三韓を守っておられます。また金庾信公はすなわち三十三天の一人の御子で、いま降りて大臣となられました。二人の聖人が徳を同じくして、城を守る宝を出してくださろうとしていますので、陛下が海辺へお出かけになれば、必ず値のつけられない大きな宝をお得になるでしょう。」

王は喜んでその月の七日に利見台へ行幸し、その山を見て人を遣わして調べさせた。山の形勢は亀の頭のようで、その上に竹が一本あり、昼は二つになり夜は一つに合わさった。〔山も竹のように昼と夜に開いたり合わさったりするともいう。〕

使いが帰って申し上げると、王は感恩寺に行って泊まった。

夾注 3

一本云天授元年, 誤矣.

ある本には天授元年とあるが誤りである。

一作春日

春日となっている本もある。

一云山亦晝夜開合如竹.

山も竹のように昼と夜に開いたり合わさったりするともいう。

3竜が黒い玉の帯を献じ、竹の意味を語る

明日午時竹合爲一,天地振動風雨晦暗七日.至其月十六日風霽波平.王泛海入其山,有龍奉黒玉帶來獻.迎接共坐問曰,“此山與竹或判或合如何.”龍曰“比如一手拍之無聲,二手拍則有聲,此竹之爲物合之然後有聲.聖王以聲理天下之瑞也.王取此竹作笛吹之天下和平.今王考爲海中大龍,庾信復爲天神,二聖同心,出此無價大寳令我獻之.”

翌日の昼に竹が合わさって一つになると、天地が震動し、雨風が吹き荒れて七日のあいだ暗かった。その月の十六日になって風がやみ波が穏やかになった。

王が海に船を浮かべてその山に入ると、竜が黒い玉の帯を奉じて献じた。迎え入れてともに座って問うた。「この山と竹が分かれたり合わさったりするのはどうしたことか。」

竜は言った。

「たとえば片手では打っても音がなく、両手で打ってはじめて音がするのと同じです。この竹というものも、合わさってからはじめて音がします。聖なる王が音で天下を治められる瑞しです。

王がこの竹を取って笛を作ってお吹きになれば、天下は和平になるでしょう。いま亡き王は海の大きな竜となられ、金庾信はまた天神となられて、二人の聖人が心を同じくして、値のつけられないこの宝を出し、わたしに献じさせたのです。」

4笛を作って万波息笛とする

王驚喜以五色錦彩金玉酬賽之,勑使斫竹出海時,山與龍忽隠不現.王宿感恩寺,十七日到祗林寺西溪邊留駕晝饍.太子理恭〔即孝昭大王〕守闕,聞此事走馬來賀徐察奏曰,“此玉帶諸窠皆真龍也.”王曰“汝何知之.”太子曰“摘一窠沉水示之.”乃摘左邊第二窠沉溪即成龍上天,其地成淵.因號龍淵.駕还以其竹作笛藏扵月城天尊庫.吹此笛則兵退病愈,旱雨雨晴,風定波平.號万波息笛稱爲國寳.至孝昭大王代天授四年癸巳,因失禮郎生还之異,更封號曰万万波波息笛.詳見彼傳.

王は驚き喜んで五色の錦と金玉で返礼し、人に命じて竹を切って海から出てこさせた。そのとき山と竜はふいに隠れて現れなかった。

王は感恩寺に泊まり、十七日に祇林寺の西の川のほとりに至って車を止め、昼の食事をとった。

宮殿を守っていた太子の理恭が〔すなわち孝昭大王である。〕この事を聞いて馬を走らせて来て祝い、ゆっくり見てから申し上げた。「この玉の帯の飾りの一つ一つがみな真の竜です。」

王は言った。「お前はそれをどうして知るのか。」

太子は言った。「飾りを一つ取って水に浸してお見せしましょう。」

そこで左から二つめの飾りを取って川に浸すと、たちまち竜となって天に上り、その場所は淵になった。そこで竜淵と呼んだ。

王は帰ってその竹で笛を作り、月城の天尊庫に納めた。この笛を吹くと敵兵が退き病が癒え、旱のときは雨が降り長雨のときは晴れ、風がやみ波が穏やかになった。これを万波息笛と名づけ、国の宝とした。

孝昭大王の代の天授四年癸巳に至って、失礼郎が生きて帰った不思議な事によって、改めて万万波波息笛と名を高めて封じた。詳しいことはその話に見える。

夾注 2

即孝昭大王

すなわち孝昭大王である。

後の栢栗寺の条に出てくる夫礼郎と同じ人と見る。 ― 訳者