憬興が聖人に出会う憬興遇聖
1死に臨んで残した言いつけ
憬興遇聖神文王代大徳憬興姓水氏,熊川州人也.年十八出家逰刄三藏望重一時.開耀元年文武王將昇遐顧命於神文曰,“憬興法師可爲國師,不忘朕命.”神文即位曲爲國老住三郎寺.
憬興が聖人に出会う。
神文王の代、大徳の憬興は姓が水氏で、熊川州の人である。
十八歳で出家し、三蔵に刃を遊ばせるようであったので、一時代に名望が高かった。
開耀元年、文武王が世を去ろうとするとき、神文王に後の事を言いつけた。
「憬興法師は国師とするに足る。わたしの命を忘れるな。」
神文王は即位すると、ことさらに国老として三郎寺に住まわせた。
2笑いで病を治す
忽寢疾彌月,有一尼来謁候之,以華嚴経中善友原病之說爲言曰.“今師之疾憂勞所致喜笑可治.”乃作十一㨾面貌各作俳諧之舞,巉巗成削變態不可勝言.皆可脫頥.師之病不覺洒然.尼遂出門乃入南巷寺〔寺在三郎寺南.〕而隠,所將杖子在幀畫十一面圎通像前.
突然病に臥せって一月を越えた。
一人の尼が来て会って見舞い、『華厳経』の中で善き友が病の根源を説いたくだりを挙げて言った。
「いまの師の病は憂いと労れから来たものですから、喜んで笑えば治せます。」
そこで十一通りの顔つきを作ってそれぞれ滑稽な舞を舞うと、切り立った崖のように険しくもあり、変わる様はとても言い尽くせず、みな顎が外れるほどであった。
師の病は、思わぬうちに洗ったように治った。
尼はついに門を出て南巷寺に〔寺は三郎寺の南にある。〕入って隠れた。
持っていた杖は、幀に描かれた十一面円通像の前にあった。
夾注 1
寺在三郎寺南.
寺は三郎寺の南にある。
3馬に乗る比丘は仏に会えない
一日将入王宫従者先備於東門之外.鞍騎甚都靴笠斯陳行路爲之辟易.一居士〔一云沙門.〕形儀踈卛手杖皆筐来憇于下馬䑓上,視筐中乹魚也.従者呵之曰,“爾着緇奚負觸物耶.”僧曰,“與其挾生肉於两服間皆真三市之枯魚有何所嫌.”言訖起去.興方出門聞其言使人追之.至南山文殊寺之門外抛筐而隐.杖在文殊像前,枯魚乃松皮也.使来告,興聞之嘆曰,“大聖来戒我騎畜爾.”終身不復騎.興之徳馨遺味偹載釋玄本所撰三郎寺碑.嘗見普賢章經彌勒菩薩言,“我當来世生閻浮提先度釋迦末法弟子,唯除騎馬比丘不得見佛.”可不警㦲.讃曰.昔賢垂範意弥多,胡乃児孫莫切瑳.背底枯魚猶可事,那堪他日負龍華.
ある日、王宮に入ろうとすると、従う者たちが先に東門の外に備えを整えた。
鞍と馬はたいそう立派で、靴と笠が並んだので、道を行く者はこのために避けて退いた。
一人の居士が〔沙門ともいう。〕身なりは粗く、手に杖をつき籠を背負って来て、下馬台の上で休んだ。籠の中を見ると干した魚であった。
従う者が叱って言った。「お前は墨染めの衣を着ていながら、どうして触れてはならぬ物を背負って歩くのか。」
居士は言った。「両の股の間に生きた肉を挟んでいることに比べれば、市で買った干した魚に何の憚ることがあろうか。」
言い終わると立って去った。
憬興はちょうど門を出たところでその言葉を聞き、人を遣わして追わせた。
南山の文殊寺の門の外に至って、籠を投げて隠れた。
杖は文殊像の前にあり、干した魚は松の皮であった。
使いが来て知らせると、憬興は聞いて嘆いた。「大いなる聖人が来られて、わたしが獣に乗ることを戒められたのだ。」
死ぬまで二度と馬に乗らなかった。
憬興の徳の香りと残した味わいは、僧の玄本が撰んだ三郎寺の碑に詳しく載っている。
かつて『普賢章経』を見ると、弥勒菩薩はこう言っている。「わたしは来る世に閻浮提に生まれ、まず釈迦の末法の弟子を度するが、ただ馬に乗る比丘だけは除いて、仏に会えないようにしよう。」
戒めずにいられようか。
讃えて言う。
昔の賢者が垂れた手本には意がいっそう多いのに どうして後の子孫は磨き砥がないのか。 背に負う干した魚さえ事とするに足るのに どうして後の日に龍華の座に背こうとするのか。
夾注 1
一云沙門.
沙門ともいう。