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栢栗寺

三国遺事(三国時代の遺聞集) 三國遺事 · 一然(イリョン) · 1281年(高麗・忠烈王7年) · 段落 5 · 漢字 669字 · 朗読 2.7分

三国遺事(三国時代の遺聞集) 塔像 第4 高麗の僧・一然が編んだ三国時代の説話集。正史が捨てた話を集めている。檀君神話を載せる最も古い書物である。

1石に残った足跡

雞林之北岳曰金剛嶺,山之陽有栢栗寺.寺有大悲之像一軀,不知作始而霊異頗著.或云是中國之神匠塑衆生寺像時并造也.諺云此大聖曽上忉利天還来,入法堂時所履石上脚迹至今不刓.或云救夫禮郎還来時之所視迹也.

鶏林の北岳を金剛嶺といい、山の南に栢栗寺がある。

寺に大悲像一体があり、いつ作られたか分からないが、神なる不思議がかなり著しい。あるいは中国の神妙な工匠が衆生寺の像を作った時にあわせて作ったものだともいう。

世間に言うには、この大聖がかつて忉利天に上って帰り、法堂に入る時に踏んだ石の上の足跡が、今まで磨り減っていないという。

あるいは夫礼郎(ふれいろう)を救って帰った時に示した跡だともいう。

2夫礼郎が国仙となる

天授三年壬辰九月七日,孝昭王奉大玄薩喰之子夫禮郎爲國仙.珠履千徒親安常尤甚.

天授三年壬辰の九月七日に、孝昭王が大玄薩飡の子の夫礼郎を奉じて国仙とした。

従う徒は千人であったが、その中で安常と特に親しかった。

3国仙が掠われ、琴と笛も消える

天授四年癸巳暮春之月,領徒逰金蘭到北溟之境,被犾賊所掠而去.門客皆失措而還,獨安常追迹之,是三月十一日也.大王聞之驚駭不勝曰,“先君得神笛傳于朕躬,今與玄琴藏在内庫,因何國仙忽爲賊俘爲之奈何.”〔琴笛事具載別傳〕時有瑞雲覆天尊庫.王又震懼使撿之,庫内失琴笛二寳.乃曰“朕何不予昨失國仙又亡琴笛.”乃囚司庫吏金貞髙等五人.四月募於國曰,“得琴笛者賞之一歳租.”

天授四年癸巳の晩春に、徒を率いて金蘭に遊びに行き、北溟の境に至って、狄の賊に掠め取られて行った。

門客はみな手の施しようがなく帰ったが、安常だけがひとり跡を追った。三月十一日のことである。

大王はこれを聞いて驚きを抑えられず言った。「先君が神なる笛を得て朕に伝えられ、いま玄琴とともに内庫に納めてあるのに、どうして国仙が突然賊の捕虜となったのか。これをどうしよう。」〔琴と笛のことは別の伝に詳しく載っている。〕

そのとき瑞祥の雲が天尊庫を覆った。王はまた恐れて調べさせると、庫の中から琴と笛の二つの宝が消えていた。

そこで言った。「朕はどうしてこんなに福がないのか。昨日は国仙を失い、また琴と笛を失った。」

庫を司る吏の金貞高ら五人を捕らえた。四月に国に広く告げた。「琴と笛を得た者には一年の租を賞として与えよう。」

夾注 1

琴笛事具載別傳

琴と笛のことは別の伝に詳しく載っている。

4大悲像の前に祈ると、みな帰ってくる

五月十五日郎二親就栢栗寺大悲像前,禋祈累夕,忽香卓上得琴笛二寳,而郎·常二人來到於像後.二親顛喜問其所由來,郎曰“予自被椋為波國大都仇羅家之牧子,放牧於大烏羅尼野.忽有一僧容儀端正,手携琴笛來慰曰,‘憶桑梓乎’,予不覺跪于前曰,‘眷戀君親何論其極.’僧曰‘然則冝從我来’,遂率至海壖,又與安常㑹.乃批笛為兩分與二人各乗一隻,自乗其琴泛泛歸來,俄然至此矣.”…施鑄金銀五噐二副各重五十两,摩衲袈裟五領大綃三千疋,田一萬頃納於寺,用荅慈庥焉.大赦國内,賜人爵三級,復民租三年.…封郎爲大角干〔羅之冢宰爵名〕,父大玄阿喰爲大大角干.母龍寳夫人爲沙梁部鏡井宫主,安常師爲大統,司庫五人皆免賜爵各五級.

五月十五日に、郎の両親が栢栗寺の大悲像の前に赴いて、幾夜も誠を尽くして祈った。

突然、香卓の上で琴と笛の二つの宝を得て、夫礼郎と安常の二人が像の後ろに来ていた。

両親は驚き喜んで、どうしたことかと問うと、夫礼郎が言った。

「私は掠われてから、波国の大都仇羅の家で牧童となり、大烏羅尼の野で獣を放していました。

突然、姿の端正な僧が一人、手に琴と笛を持って来て慰め、『故郷が恋しいか』と言いました。私は思わずその前に跪いて『君と親を慕う心を、どうして言い尽くせましょうか』と言いました。

僧は『それならば私について来るがよい』と言って、ついに海辺へ連れて行きましたが、そこでまた安常に会いました。

そこで笛を二つに割って二人に与え、それぞれ一つに乗らせ、自分は琴に乗ってふわりと浮いて帰って来ると、いつのまにかここに至ったのです。」

このことを取りそろえて申し上げると、王は大いに驚き、人を遣わして郎を迎え、琴と笛とともに宮闕に入らせた。

金と銀で作った器五揃いを二組、それぞれ重さ五十両と、摩衲の袈裟五領、大きな絹三千疋、田一万頃を寺に納めて、その恵みに報いた。

国の内に大赦を行い、人々に爵三級を与え、民の租を三年のあいだ免じた。

郎を大角干に〔新羅の宰相の爵の名である。〕封じ、父の大玄阿飡を大大角干とし、母の龍宝夫人を沙梁部の鏡井宮主とし、安常法師を大統とし、庫を司っていた五人はみな赦して、それぞれ爵を五級ずつ与えた。

夾注 2

羅之冢宰爵名

新羅の宰相の爵の名である。

底本は「爲波國」である。これを一続きとみて「爲波国」という国の名として読むこともある。 ― 訳者

5笛の名を万万波波息と高める

六月十二日有彗星孛于東方,十七日又孛于西方,日官奏曰,“不封爵於琴笛之瑞.”於是冊号神笛爲萬萬波波息,彗乃㓕.後多霊異文煩不載.世謂安常爲俊永郎徒,不之審也.永郎之徒唯真才·繁完等知名,皆亦不測人也.〔詳見别傳.〕

六月十二日に彗星が東方に現れ、十七日にまた西方に現れた。

日官が申し上げた。「琴と笛の瑞祥に爵を封じなかったからです。」

そこで神なる笛を冊封して万万波波息(ばんばんははそく)と名づけると、彗星はすぐに消えた。

後にも神なる不思議が多かったが、文が煩わしいので載せない。

世間では安常を俊永郎の徒だというが、詳らかでない。永郎の徒としては真才・繁完らだけが名を知られたが、これらもまた思いはかれない人たちである。〔詳しくは別の伝に見える。〕

夾注 1

詳見别傳.

詳しくは別の伝に見える。