溟州五台山の宝叱徒太子の伝記溟州五臺山寶叱徒太子傳記
1二人の太子が山へ隠れ入る
溟州〔古河西府也.〕五䑓山寳叱徒太子傳記.新羅淨神太子寳叱徒與弟孝明太子到河西府世獻角干家一宿,翌日踰大嶺各領一千人到省烏坪累日逰翫,太和元年八月五日兄弟同隠入五䑓山.徒中侍衛䓁推覔不得,並皆還國.
溟州〔昔の河西府である。〕五台山の宝叱徒太子の伝記。
新羅の浄神太子の宝叱徒(ほうしつと)が、弟の孝明太子とともに河西府の世献角干の家に至って一夜を宿った。
翌日、大嶺を越え、それぞれ千人を率いて省烏坪に至り、幾日も遊んだ。
太和元年八月五日に、兄弟はともに五台山へ隠れ入った。
徒のうち従っていた者たちが探したが得られず、みな国に帰った。
夾注 1
古河西府也.
昔の河西府(かせいふ)である。
2青い蓮の花が咲いた所にそれぞれ庵を結ぶ
兄太子見中䑓南下真如院下山末青蓮開,其地結草菴而居.弟孝明見北䑓南山末青蓮開,亦結草菴而居.兄弟二人禮念修行,五䑓進敬禮拜.
兄の太子は中台の南の下、真如院の下の山の裾に青い蓮の花が咲いているのを見て、その地に草の庵を結んで住んだ。
弟の孝明は北台の南の山の裾に青い蓮の花が咲いているのを見て、やはり草の庵を結んで住んだ。
兄弟の二人は礼して念仏し修行し、五つの台に赴いて慎んで礼拝した。
3五つの台に留まる者たち
青在東䑓滿月形山觀音真身一萬常住,南䑓騏麟山八大菩薩爲首一萬地藏菩薩常住,白方西䑓長嶺山無量壽如来爲首一萬大勢至菩薩常住,黒掌北䑓相王山釋迦如来爲首五百大阿羅漢常住,黄䖏中䑓風爐山亦名地爐山毗盧遮那爲首一萬文殊常住,真如院地文殊大聖每日寅朝化現三十六形〔三十六形見䑓山五萬真身傳.〕.
青い色は東台の満月形山で、観音の真の身一万が常に留まり、 南台の麒麟山には八人の大菩薩を頭に一万の地蔵菩薩が常に留まり、 白い色は西台の長嶺山で、無量寿如来を頭に一万の大勢至菩薩が常に留まり、 黒い色は北台の象王山で、釈迦如来を頭に五百の大阿羅漢が常に留まり、 黄い色は中台の風盧山すなわち地盧山で、毘盧遮那を頭に一万の文殊が常に留まる。
真如院の地では、文殊大聖が日ごとに暁に三十六の姿で現れる。〔三十六の姿は「台山五万真身伝」に見える。〕
夾注 1
三十六形見䑓山五萬真身傳.
三十六の姿は「台山五万真身伝」に見える。
4弟だけが帰って王位に就く
两太子並禮拜,每日早朝汲于洞水煎茶供養一萬真身文殊.淨神太子弟副君在新羅争位誅滅.國人遣将軍四人到五䑓山,孝明太子前呼萬歳,即是有五色雲自五䑓至新羅七日七夜浮光.國人尋光到五䑓,欲陪两太子還國.寳叱徒太子涕泣不歸,陪孝明太子歸國即位.在位二十餘年.神龍元年三月八日始開真如院〔云云.〕.寳叱徒太子常服于洞霊水,肉身登空到流沙江,入蔚珎大國掌天窟修道,還至五䑓神聖窟五十年修道〔云云.〕.五䑓山是白頭山之根脉各䑓真身常住〔云云.〕.
二人の太子は並んで礼拝し、日ごとに早朝に谷の水を汲んで茶を煎じ、一万の真身の文殊に供養した。
浄神太子の弟の副君が、新羅で位を争って殺された。
国の人々が将軍四人を遣わして五台山に至り、孝明太子の前で万歳を唱えた。このとき五色の雲が五台山から新羅まで七日七夜のあいだ光となって浮かんでいた。
国の人々はその光をたどって五台山に至り、二人の太子を迎えて帰ろうとした。
宝叱徒太子は泣いて帰らなかった。孝明太子だけを迎えて国に帰り、王位に就いたが、位にあったのは二十年余りである。
神龍元年三月八日に、初めて真如院を開いた。
宝叱徒太子は常に谷の神なる水を飲み、肉身が天に昇って流沙江に至り、蔚珍の大国の掌天窟に入って道を修め、再び五台山の神聖窟に帰って五十年のあいだ道を修めた。
五台山は白頭山の根の幹であり、それぞれの台に真身が常に留まる。