天竺に行った諸々の法師歸竺諸師
1阿離那跋摩、帰れなかった
歸笁諸師廣凾求法高僧傳云.“釋阿離那〔一作耶〕跋摩〔一作□〕新羅人也初希正敎早入中華.思覲聖蹤勇銳彌增,以貞觀年中離長安到五天.住那蘭陁寺多閱律論抄寫具莢.痛矣歸心,所期不遂忽於寺中無常齡七十餘.”
天竺に行った諸々の法師。
「広」の函の『求法高僧伝』にこう言う。
「僧侶阿離那跋摩は新羅の人である。初めは正しい教えを願って、早くに中華に入った。
聖なる跡を拝そうとする心に勇ましい志がいよいよ増し、貞観年中に長安を離れて五天竺に至った。
那蘭陀寺にとどまって律と論を多く読み、貝葉に写し取った。
痛ましいことよ、帰ろうとした心よ。期したところを遂げられず、ふと寺の中で世を去り、年は七十あまりであった。」
夾注 2
一作耶
「耶」と書くものもある。
一作□
別に書くものもあるが、字が消えて分からない。
2名さえ残らない二人
継此有恵業·玄泰·求本·玄恪·恵輪·玄逰,復有二亡名法師等,皆忘身順法觀化中天.而或夭於中途,或生存住彼寺者,竟未有能復雞貴與唐室者,唯玄泰師克返歸唐,亦莫知所終.
これに続いて恵業・玄泰・求本・玄恪・恵輪・玄遊があり、さらに名の残らない法師が二人いた。
みな我が身を忘れて法に従い、中天竺で教化を見た。
しかし、ある者は途中で早世し、ある者は生きてその地の寺にとどまり、ついに鶏貴と唐の王室に帰った者はなかった。
ただ玄泰法師だけがよく唐に帰ったが、やはり終わった所を知らない。
3天竺の人が呼んだ海東の名
天笁人呼海東云矩矩吒䃜說羅,矩矩吒言雞也,䃜說羅言貴也.彼圡相傳云,“其國敬雞神而取尊,故戴翎羽而表餙也.”讃曰.天笁天遥萬疊山,可憐逰士力登攀.㡬回月送孤㠶去,未見雲隨一杖還.
天竺の人は海東を矩矩吒䃜説羅と呼んだ。
「矩矩吒」は鶏をいう言葉で、「䃜説羅」は貴いという言葉である。
その地に伝えて「その国は鶏の神を敬って尊ぶので、羽を頭に挿して飾りとする」といった。
讃えて言う。
天竺の天は遥かで山は万重なり 憐れむべし、旅の士が力を尽くして攀じ登る姿よ。 幾たびか月は孤り帆を送り出したが 雲に従って杖一つ帰るのは見なかった。