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非相非相篇

荀子(荀況の書) 荀子 · 荀況 · 紀元前3世紀 · 段落 7 · 漢字 2,119字 · 朗読 8.5分

荀子(荀況の書) 非相篇 孟子が性善を説いたところに、荀子は性悪を置いた。人の性は生まれながらに利を好み、妬み憎むので、そのままにしておけば争い奪って乱れる — だから師と法によってあるべき姿にし、礼と義で導いてはじめて治まるというのである。善は生まれつきのものではなく、積み重ねてできるものだと言った。 第一篇「勧学」が「青い染料は藍から出るが、藍より青い」で開き、「天論」は天を人の事から切り離して「天を大きなものとして慕うより、物として養い裁ち用いよ」と言う。「礼論」は礼がどこから来たのかを欲と物の争いから解き、「楽論」は音楽を否とした墨子に打ち返す。「正名」は名が天の定めたものではなく人びとが結んだ約束であることを明らかにし、「成相」の一篇は労働歌の調子に治まりと乱れを載せた歌である。 「君は舟であり衆人は水である、水は舟を浮かべもし、水は舟を覆しもする」が「王制」にある。李斯と韓非がその門下から出た。

相人,古之人無有也,學者不道也。古者有姑布子卿,今之世,梁有唐舉,相人之形狀顏色而知其吉凶妖祥,世俗稱之。古之人無有也,學者不道也。故相形不如論心,論心不如擇術。形不勝心,心不勝術。術正而心順之,則形相雖惡而心術善,無害爲君子也;形相雖善而心術惡,無害爲小人也。君子之謂吉,小人之謂凶。故長短、小大、善惡、形相,非吉凶也。古之人無有也,學者不道也。葢帝堯長,帝舜短,文王長,周公短,仲尼長,子弓短。昔者衞靈公有臣曰公孫呂,身長七尺,面長三尺,焉廣三寸,鼻目耳具,而名動天下。楚之孫叔敖,期思之鄙人也,突禿長左,軒較之下,而以楚霸。葉公子高,微小短瘠,行若將不勝其衣。然白公之亂也,令尹子西、司馬子期皆死焉;葉公子高入據楚,誅白公,定楚國,如反手爾,仁義功名善於後世。故事不揣長,不揳大,不權輕重,亦將志乎爾。長短、大小、美惡形相,豈論也哉!且徐偃王之狀,目可瞻馬;仲尼之狀,面如蒙倛;周公之狀,身如斷菑;皋陶之狀,色如削瓜;閎夭之狀,面無見膚;傅說之狀,身如植鰭;伊尹之狀,面無須麋;禹跳,湯偏,堯、舜參牟子。從者將論志意,比類文學邪?直將差長短,辨美惡,而相欺傲邪?古者桀、紂長巨姣美,天下之傑也,筋力越勁,百人之敵也。然而身死國亡,爲天下大僇,後世言惡則必稽焉。是非容貌之患也,聞見之不衆,議論之卑爾。今世俗之亂君,鄉曲之儇子,莫不美麗姚冶,奇衣婦飾,血氣態度擬於女子;婦人莫不願得以爲夫,處女莫不願得以爲士,弃其親家而欲奔之者,比肩竝起。然而中君羞以爲臣,中父羞以爲子,中兄羞以爲弟,中人羞以爲友,俄則束乎有司而戮乎大市,莫不呼天啼哭,苦傷其今而後悔其始。是非容貌之患也,聞見之不衆,議論之卑爾。然則從者將孰可也?

人の相を見ることは古の人にはなく、学ぶ者は語らなかった。古に姑布子卿があり、今の世に梁の唐挙があって、人の形と顔色を見てその吉凶や妖祥を知るといい、世の人はこれを称える。古の人にはなく、学ぶ者は語らなかった。

だから形を見るのは心を論ずるに及ばず、心を論ずるのは術を選ぶに及ばない。形は心に勝てず、心は術に勝てない。術が正しくて心がそれに従えば、形と相がたとえ醜くても心と術が善いのだから、君子となるのに何の妨げもない。形と相がたとえ善くても心と術が悪いのだから、小人となるのに何の妨げもない。君子を吉といい、小人を凶という。

だから長短・大小・美醜・形と相は吉凶ではない。古の人にはなく、学ぶ者は語らなかった。

おおむね堯は背が高く舜は低く、文王は高く周公は低く、仲尼は高く子弓は低かった。

昔、衛の霊公に公孫呂という臣があり、身の丈は七尺、顔の長さは三尺、額の幅は三寸で、鼻も目も耳も備わっていて、その名は天下を動かした。

楚の孫叔敖は期思の田舎の人で、禿頭で左が長く、車の横木の下に入るほどだったが、楚を覇者にした。

葉公子高は小さく痩せて、歩けば衣にも耐えられないようだった。しかし白公の乱のとき、令尹の子西と司馬の子期はみな死んだ。葉公子高は入って楚を抑え、白公を討ち、楚国を安定させることを手のひらを返すようにし、仁義と功名は後の世に善かった。

だから事は長さを計らず、大きさを量らず、軽重を秤にかけず、ただ志を見るだけである。長短・大小・美醜の形と相を、どうして論ずるだろうか。

また徐偃王の姿は目が馬を見上げるほどであり、仲尼の姿は顔が面をかぶったようであり、周公の姿は身が枯れ木を切ったようであり、皋陶の姿は顔色が削った瓜のようであり、閎夭の姿は顔に肌が見えず、傅説の姿は身がひれを立てたようであり、伊尹の姿は顔に髭も眉もなかった。禹は足を引き、湯は片方が曲がり、堯と舜は瞳が二重だった。

従う者たちは志意を論じ学問を比べようとするのか、それともただ長短を分け美醜を論じて互いに欺き傲ろうとするのか。

昔、桀と紂は背が高く大きく美しく、天下の傑物であり、筋力はすぐれて百人を相手にした。それでも身は死に国は滅び、天下の大きな笑いものとなり、後の世で悪を語れば必ず彼らを挙げる。これは容貌の患いではなく、聞き見ることが多くなく、議論が低いからである。

いま世の乱れた君や里の抜け目ない若者たちは、美しくあでやかでない者がなく、変わった衣に女のような飾りをつけ、血気と態度が女子に似ている。女たちは夫に得たいと願わない者がなく、未婚の娘たちは連れ合いに得たいと願わない者がなく、自分の家を捨てて走り寄ろうとする者が肩を並べて起こる。それでも中くらいの君は彼を臣とするのを恥じ、中くらいの父は彼を子とするのを恥じ、中くらいの兄は彼を弟とするのを恥じ、中くらいの人は彼を友とするのを恥じる。やがて役人に縛られ市で殺されると、天を呼んで泣き叫ばない者がなく、その今を痛み、その初めを悔いる。これは容貌の患いではなく、聞き見ることが多くなく、議論が低いからである。

それでは従う者たちは、どちらを正しいとするだろうか。

人有三不祥:幼而不肯事長,賤而不肯事貴,不肖而不肯事賢,是人之三不祥也。人有三必窮:爲上則不能愛下,爲下則好非其上,是人之一必窮也。鄉則不若,偝則謾之,是人之二必窮也。知行淺薄,曲直有以相縣矣,然而仁人不能推,知士不能明,是人之三必窮也。人有此三數行者,以爲上則必危,爲下則必滅。《詩》曰:「雨雪瀌瀌,宴然聿消。莫肯下隧,式居屢驕。」此之謂也。人之所以爲人者,何已也?曰:以其有辨也。飢而欲食,寒而欲煖,勞而欲息,好利而惡害,是人之所生而有也,是無待而然者也,是禹、桀之所同也。然則人之所以爲人者,非特以二足而無毛也,以其有辨也。今夫狌狌形笑,亦二足而無毛也,然而君子啜其羹,食其胾。故人之所以爲人者,非特以其二足而無毛也,以其有辨也。夫禽獸有父子而無父子之親,有牝牡而無男女之別,故人道莫不有辨。辨莫大於分,分莫大於禮,禮莫大於聖王。聖王有百,吾孰法焉?故曰:文久而滅,節族久而絶,守法數之有司極禮而褫。故曰:欲觀聖王之跡,則於其粲然者矣,後王是也。彼後王者,天下之君也,舍後王而道上古,譬之是猶舍己之君而事人之君也。故曰:欲觀千歲則數今日,欲知億萬則審一二,欲知上世則審周道,欲知周道則審其人所貴君子。故曰:以近知遠,以一知萬,以微知明。此之謂也。

人に三つの不祥がある。幼くして年長に仕えようとしないこと、賤しくして貴い者に仕えようとしないこと、愚かでありながら賢い者に仕えようとしないこと——これが人の三つの不祥である。

人に必ず行きづまる三つがある。上となれば下を愛することができず、下となればその上を誤りとするのを好む。これが人が必ず行きづまる第一である。向かい合えばそうせず、背を向けてそしる。これが人が必ず行きづまる第二である。知と行いが浅く薄く、曲直が互いに大きく隔たっているのに、仁ある人が推してやれず、知ある士が明らかにしてやれない。これが人が必ず行きづまる第三である。

人にこの三つの行いがあれば、上となれば必ず危うく、下となれば必ず滅びる。『詩』に「雪がしきりに降っても、日が差せばたちまち消える。身を低くしようとせず、いつも傲って座っている」とある。これを言うのである。

人が人である理由は何か。言う、弁別があるからである。

飢えれば食べたいと思い、寒ければ暖まりたいと思い、疲れれば休みたいと思い、利を好んで害を憎むのは、人が生まれつき持つもので、待つことなくそうなるものであり、禹と桀が同じところである。そうであるなら、人が人である理由は、ただ二本足で毛がないからではなく、弁別があるからである。

いまあのオランウータンは形が人に似て、やはり二本足で毛がない。それでも君子はその羹を飲み、その肉を食べる。だから人が人である理由は、ただ二本足で毛がないからではなく、弁別があるからである。

およそ鳥獣には父と子はあっても父子の親しみはなく、雌雄はあっても男女の区別はない。だから人の道には弁別のないものがない。

弁別は分より大きいものはなく、分は礼より大きいものはなく、礼は聖王より大きいものはない。聖王は百人ある。私は誰を法とすべきか。だから言う、文は久しくなれば滅び、節と調べは久しくなれば絶え、法と数を守る役人も礼を尽くせば剥がれ落ちると。

だから言う、聖王の跡を見ようとするなら、その明らかなところに見るべきで、後の王がそれであると。あの後の王とは天下の君である。後の王を捨てて遠い古を語るのは、たとえば自分の君を捨てて他人の君に仕えるようなものである。

だから言う、千年を見ようとするなら今日を数え、億万を知ろうとするなら一つ二つを審らかにし、上の世を知ろうとするなら周の道を審らかにし、周の道を知ろうとするならその人々が貴んだ君子を審らかにせよと。だから言う、近いもので遠いものを知り、一つで万を知り、微かなもので明らかなものを知ると。これを言うのである。

夫妄人曰:「古今異情,其所以治亂者異道。」而衆人惑焉。彼衆人者,愚而無說,陋而無度者也。其所見焉,猶可欺也,而況於千世之傳也!妄人者,門庭之間,猶可誣欺也,而況於千世之上乎!聖人何以不可欺?曰:聖人者,以己度者也。故以人度人,以情度情,以類度類,以說度功,以道觀盡,古今一度也。類不悖,雖久同理,故鄉乎邪曲而不迷,觀乎雜物而不惑,以此度之。五帝之外無傳人,非無賢人也,久故也。五帝之中無傳政,非無善政也,久故也。禹、湯有傳政而不若周之察也,非無善政也,久故也。傳者久則論略,近則論詳,略則舉大,詳則舉小。愚者聞其略而不知其詳,聞其詳而不知其大也,是以文久而滅,節族久而絶。

およそ妄りな人は「古と今は情が異なり、治まり乱れる理由も道が異なる」と言い、多くの人はこれに惑う。あの多くの人とは、愚かで説くところがなく、狭くて度量のない者たちである。自分が見ているものさえ欺くことができるのに、まして千代にわたって伝わったものならなおさらである。妄りな人は門と庭の間のことさえ偽って欺くことができるのに、まして千代前のことならなおさらである。

聖人はどうして欺けないのか。言う、聖人とは自分をもって測る者である。だから人で人を測り、情で情を測り、類で類を測り、説で功を測り、道ですべてを見る。古と今は一つの尺度である。類がそむかなければ、たとえ久しくても理は同じである。だから邪で曲がったものに向かっても迷わず、雑多な物を見ても惑わない。これで測るのである。

五帝より外に伝わる人がないのは、賢い人がいなかったからではなく、久しいからである。五帝の中に伝わる政がないのは、善い政がなかったからではなく、久しいからである。禹と湯に伝わる政があっても周ほど詳しくないのは、善い政がなかったからではなく、久しいからである。

伝わるものが久しければ論は粗く、近ければ論は詳しい。粗ければ大きなものを挙げ、詳しければ小さなものを挙げる。愚かな者はその粗いものを聞いてその詳しさを知らず、その詳しいものを聞いてその大きさを知らない。だから文は久しくなれば滅び、節と調べは久しくなれば絶える。

凡言不合先王,不順禮義,謂之姦言,雖辯,君子不聽。法先王,順禮義,黨學者,然而不好言,不樂言,則必非誠士也。故君子之於言也,志好之,行安之,樂言之。故君子必辯。凡人莫不好言其所善,而君子爲甚。故贈人以言,重於金石珠玉;觀人以言,美於黼黻、文章;聽人以言,樂於鐘鼓琴瑟。故君子之於言無厭。鄙夫反是,好其實,不恤其文,是以終身不免埤汙傭俗。故《易》曰:「括囊,無咎無譽。」腐儒之謂也。

およそ言葉が先王に合わず、礼と義に従わないものを邪な言葉という。たとえ明らかでも君子は聞かない。

先王を法とし、礼と義に従い、学ぶ者と群れていても、語ることを好まず語ることを楽しまないなら、必ず誠の士ではない。

だから君子は言葉について、志で好み、行いで安らぎ、楽しんで語る。だから君子は必ず明らかに語る。

およそ人は自分の善しとするところを語ることを好まない者がないが、君子はいよいよそうである。だから人に言葉を贈ることは金や石や珠玉より重く、人に言葉で示すことは刺繍の文様より美しく、人の言葉を聞くことは鐘や鼓や琴や瑟より楽しい。だから君子は言葉に飽きることがない。

下卑た男はこれと逆である。その中身だけを好んでその文を顧みない。だから生涯、低く汚れた凡俗を免れない。だから『易』に「袋を括れば、咎もなく誉れもない」とある。腐った儒者を言うのである。

凡說之難,以至高遇至卑,以至治接至亂。未可直至也,遠舉則病繆,近世則病傭。善者於是閒也,亦必遠舉而不繆,近世而不傭,與時遷徙,與世偃仰,緩急嬴絀,府然若渠匽檃栝之於己也,曲得所謂焉,然而不折傷。故君子之度己則以繩,接人則用抴。度己以繩,故足以爲天下法則矣。接人用抴,故能寬容,因衆以成天下之大事矣。故君子賢而能容罷,知而能容愚,博而能容淺,粹而能容雜,夫是之謂兼術。《詩》曰:「徐方既同,天子之功。」此之謂也。

およそ説くことの難しさは、至って高いもので至って低いものに出会い、至って治まったもので至って乱れたものに接するところにある。まっすぐに至ることはできない。遠くを挙げれば誤りという病があり、近い世を挙げれば凡俗という病がある。

上手な者はその間において、やはり必ず遠くを挙げても誤らず、近い世を挙げても凡俗にならず、時に従って移り、世に従って屈み伸び、緩め締め、伸ばし縮めることを、まるで堰や矯め木が自分の手にあるようにして、曲がりながらも言おうとするところを得て、しかも折れも傷つきもしない。

だから君子は自分を測るには墨縄を用い、人に接するには引き板を用いる。自分を墨縄で測るから天下の法則となるに足り、人に引き板で接するから寛やかに容れることができ、多くの人によって天下の大事を成す。

だから君子は賢くて愚かな者を容れることができ、知があって愚かな者を容れることができ、広くて浅い者を容れることができ、純粋で雑じった者を容れることができる。これをおよそ兼ねる術という。『詩』に「徐の地はすでに同じくなった、天子の功である」とある。これを言うのである。

談說之術:矜莊以莅之,端誠以處之,堅彊以持之,分別以喻之,譬稱以明之,欣驩芬薌以送之,寶之珍之,貴之神之,如是則說常無不受。雖不說人,人莫不貴,夫是之謂爲能貴其所貴。傳曰:「唯君子爲能貴其所貴。」此之謂也。

談じ説く術はこうである。厳かに重々しく臨み、正しく誠をもって身を置き、堅く強く保ち、分け隔てて悟らせ、たとえを引いて明らかにし、喜ばしく香り高く送り出し、それを宝とし珍とし、貴び神妙とする。このようにすれば、説くことは常に受け入れられないことがない。たとえ人を喜ばせなくても、人が貴ばない者はない。これをおよそ、その貴ぶものを貴ぶことができるという。伝えに「ただ君子こそ、その貴ぶものを貴ぶことができる」とある。これを言うのである。

君子必辯。凡人莫不好言其所善,而君子爲甚焉。是以小人辯言險而君子辯言仁也。言而非仁之中也,則其言不若其默也,其辯不若其吶也;言而仁之中也,則好言者上矣,不好言者下也。故仁言大矣。起於上所以道於下,正令是也;起於下所以忠於上,謀救是也。故君子之行仁也無厭。志好之,行安之,樂言之,故言君子必辯。小辯不如見端,見端不如見本分。小辯而察,見端而明,本分而理,聖人士君子之分具矣。有小人之辯者,有士君子之辯者,有聖人之辯者:不先慮,不早謀,發之而當,成文而類,居錯遷徙,應變不窮,是聖人之辯者也。先慮之,早謀之,斯須之言而足聽,文而致實,博而黨正,是士君子之辯者也。聽其言則辭辯而無統,用其身則多詐而無功,上不足以順明王,下不足以和齊百姓,然而口舌之均,噡唯則節,足以爲奇偉偃卻之屬,夫是之謂姦人之雄,聖王起,所以先誅也。然後盜賊次之。盜賊得變,此不得變也。

君子は必ず明らかに語る。およそ人は自分の善しとするところを語ることを好まない者がないが、君子はいよいよそうである。だから小人は明らかに語っても言葉が陰険であり、君子は明らかに語って言葉が仁である。

語って仁に適っていなければ、その言葉は黙っているに及ばず、その明らかさは口ごもるに及ばない。語って仁に適っていれば、語ることを好む者が上であり、語ることを好まない者が下である。だから仁ある言葉は大きい。

上から起こって下を導くもの、それが正しい令である。下から起こって上に忠を尽くすもの、それが謀って救うことである。だから君子は仁を行うのに飽きることがない。志で好み、行いで安らぎ、楽しんで語る。だから君子は必ず明らかに語るという。

小さく論ずるのは端緒を示すに及ばず、端緒を示すのは根本の分を示すに及ばない。小さく論じて細やかであり、端緒を示して明らかであり、根本の分が筋が通っていれば、聖人と士君子の分が備わる。

小人の弁があり、士君子の弁があり、聖人の弁がある。

先に考えず、早くから謀らなくても、出せば適切であり、文を成せば類があり、置きどころを移しても変化に応じて尽きることがない。これが聖人の弁である。

先に考え、早くから謀って、わずかの言葉も聞くに足り、文があって実に至り、広くて群れが正しい。これが士君子の弁である。

その言葉を聞けば言は明らかだが綱がなく、その身を用いれば偽りが多くて功がなく、上は明らかな王に従わせるに足らず、下は民を和し斉えるに足らない。それでも口と舌が滑らかで、ぶつぶつ言うのにも節があり、奇抜で反り返った輩となるに足る。これをおよそ邪な者の雄という。聖王が起これば、まず討つところであり、その次が盗賊である。盗賊は変わりうるが、これらは変わりえない。