いにしえの文 › 荀子(荀況の書) › 正論篇

正論正論篇

荀子(荀況の書) 荀子 · 荀況 · 紀元前3世紀 · 段落 43 · 漢字 4,260字 · 朗読 17.0分

荀子(荀況の書) 正論篇 孟子が性善を説いたところに、荀子は性悪を置いた。人の性は生まれながらに利を好み、妬み憎むので、そのままにしておけば争い奪って乱れる — だから師と法によってあるべき姿にし、礼と義で導いてはじめて治まるというのである。善は生まれつきのものではなく、積み重ねてできるものだと言った。 第一篇「勧学」が「青い染料は藍から出るが、藍より青い」で開き、「天論」は天を人の事から切り離して「天を大きなものとして慕うより、物として養い裁ち用いよ」と言う。「礼論」は礼がどこから来たのかを欲と物の争いから解き、「楽論」は音楽を否とした墨子に打ち返す。「正名」は名が天の定めたものではなく人びとが結んだ約束であることを明らかにし、「成相」の一篇は労働歌の調子に治まりと乱れを載せた歌である。 「君は舟であり衆人は水である、水は舟を浮かべもし、水は舟を覆しもする」が「王制」にある。李斯と韓非がその門下から出た。

世俗之為說者曰:「主道利周。」

世俗で説をなす者が言う。「主の道は隠し包むのが利である」

是不然。主者、民之唱也,上者、下之儀也。彼將聽唱而應,視儀而動;唱默則民無應也,儀隱則下無動也;不應不動,則上下無以相有也。若是,則與無上同也!不祥莫大焉。故上者、下之本也。上宣明,則下治辨矣;上端誠,則下愿愨矣;上公正,則下易直矣。治辨則易一,愿愨則易使,易直則易知。易一則彊,易使則功,易知則明,是治之所由生也。上周密,則下疑玄矣;上幽險,則下漸詐矣;上偏曲,則下比周矣。疑玄則難一,漸詐則難使,比周則難知。難一則不彊,難使則不功,難知則不明,是亂之所由作也。故主道利明不利幽,利宣不利周。故主道明則下安,主道幽則下危。故下安則貴上,下危則賤上。故上易知,則下親上矣;上難知,則下畏上矣。下親上則上安,下畏上則上危。故主道莫惡乎難知,莫危乎使下畏己。傳曰:「惡之者眾則危。」書曰:「克明明德。」詩曰:「明明在下。」故先王明之,豈特玄之耳哉!

これはそうではない。主は民の呼び声であり、上は下の構えである。彼らは呼び声を聞いて応じ、構えを見て動く。呼び声が黙れば民に応ずるものがなく、構えが隠れれば下に動くものがない。応ぜず動かなければ、上と下が互いに持ち合う手立てがない。このようであれば上がないのと同じで、不祥にこれより大きいものはない。

だから上は下の根本である。上が宣べ明らかにすれば下が治まり弁え、上が正しく誠であれば下が慎み律儀になり、上が公で正しければ下が易しくまっすぐになる。治まり弁えれば一つになりやすく、慎み律儀なら使いやすく、易しくまっすぐなら知りやすい。一つになりやすければ強く、使いやすければ功があり、知りやすければ明らかである。これが治の生じるところである。

上が隠し包めば下が疑い暗くなり、上が奥深く険しければ下が次第に欺き、上が偏り曲がれば下が党を組む。疑い暗ければ一つになりにくく、次第に欺けば使いにくく、党を組めば知りにくい。一つになりにくければ強くなく、使いにくければ功がなく、知りにくければ明らかでない。これが乱の起こるところである。

だから主の道は明らかなのが利で奥深いのは利でなく、宣べるのが利で隠し包むのは利でない。だから主の道が明らかなら下が安らぎ、主の道が奥深ければ下が危うい。下が安らげば上を貴び、下が危うければ上を賤しむ。だから上が知りやすければ下が上を親しみ、上が知りにくければ下が上を畏れる。下が上を親しめば上が安らぎ、下が上を畏れれば上が危うい。

だから主の道は知りにくいことより悪いものはなく、下に自分を畏れさせることより危ういものはない。伝えに「これを憎む者が多ければ危うい」とあり、『書』に「よく明らかな徳を明らかにする」とあり、『詩』に「明らかな明らかさが下にある」とある。だから先王はこれを明らかにした。どうしてただ暗くしただけであろうか。

世俗之為說者曰:「桀紂有天下,湯武篡而奪之。」

世俗で説をなす者が言う。「桀と紂が天下を持っていたのに、湯と武が篡って奪った」

是不然。以桀紂為常有天下之籍則然,親有天下之籍則不然,天下謂在桀紂則不然。

これはそうではない。桀と紂が常に天下の籍を持っていたというならそうだが、身に天下の籍を持っていたというならそうでなく、天下が桀と紂にあったというならそうでない。

古者天子千官,諸侯百官。以是千官也,令行於諸夏之國,謂之王。以是百官也,令行於境內,國雖不安,不至於廢易遂亡,謂之君。聖王之子也,有天下之後也,埶籍之所在也,天下之宗室也,然而不材不中,內則百姓疾之,外則諸侯叛之,近者境內不一,遙者諸侯不聽,令不行於境內,甚者諸侯侵削之,攻伐之。若是,則雖未亡,吾謂之無天下矣。聖王沒,有埶籍者罷不足以縣天下,天下無君;諸侯有能德明威積,海內之民莫不願得以為君師;然而暴國獨侈,安能誅之,必不傷害無罪之民,誅暴國之君,若誅獨夫。若是,則可謂能用天下矣。能用天下之謂王。湯武非取天下也,脩其道,行其義,興天下之同利,除天下之同害,而天下歸之也。桀紂非去天下也,反禹湯之德,亂禮義之分,禽獸之行,積其凶,全其惡,而天下去之也。天下歸之之謂王,天下去之之謂亡。故桀紂無天下,湯武不弒君,由此效之也。湯武者,民之父母也;桀紂者、民之怨賊也。今世俗之為說者,以桀紂為君,而以湯武為弒,然則是誅民之父母,而師民之怨賊也,不祥莫大焉。以天下之合為君,則天下未嘗合於桀紂也。然則以湯武為弒,則天下未嘗有說也,直墮之耳。

古に天子に千の官があり、諸侯に百の官があった。この千の官で令が諸々の夏の国に行われれば、これを王という。この百の官で令が境内に行われ、国がたとえ安らかでなくても廃れ替わりついに滅びるに至らなければ、これを君という。

聖王の子であり、天下を持った者の後であり、勢いと籍のあるところであり、天下の宗室であるのに、才が足らず適わず、内では民が憎み、外では諸侯がそむき、近くは境内が一つにならず、遠くは諸侯が聴かず、令が境内に行われず、甚だしくは諸侯が侵し削り攻め伐つ。このようであれば、たとえまだ滅びていなくても、私は天下がないと言う。

聖王が没して、勢いと籍を持つ者が愚かで天下を掛けるに足らなければ、天下に君がないのである。諸侯のうちよく徳が明らかで威が積まれた者があって、海内の民が誰も得て君とし師としたいと願わない者がないのに、荒い国が独り溢れるなら、どうしてよくこれを討たないでいられようか。必ず罪なき民を損ない害さず、荒い国の君を討つことを孤りの男を討つようにする。このようであれば、よく天下を用いると言えよう。よく天下を用いることを王という。

湯と武は天下を取ったのではなく、その道を修め、その義を行い、天下が同じく利とするものを興し、天下が同じく害とするものを除いたので、天下が彼に帰したのである。桀と紂は天下を捨てたのではなく、禹と湯の徳にそむき、礼と義の分を乱し、鳥獣の行いをして、その凶を積み、その悪を全くしたので、天下が彼を去ったのである。天下が彼に帰することを王といい、天下が彼を去ることを滅びるという。

だから桀と紂に天下がなく、湯と武が君を殺したのではないことを、これで明らかにする。湯と武は民の父母であり、桀と紂は民が恨む賊である。いま世俗で説をなす者が桀と紂を君として湯と武を殺したとするなら、これは民の父母を討って民が恨む賊を師とすることであり、不祥にこれより大きいものはない。

天下が合うことで君とするなら、天下はかつて桀と紂に合ったことがない。それなら湯と武を殺したとすることは、天下にかつてそのような説があったことがなく、ただそれを崩すだけである。

故天子唯其人。天下者,至重也,非至彊莫之能任;至大也,非至辨莫之能分;至眾也,非至明莫之能和。此三至者,非聖人莫之能盡。故非聖人莫之能王。聖人備道全美者也,是縣天下之權稱也。桀紂者、其志慮至險也,其志意至闇也,其行為至亂也;親者疏之,賢者賤之,生民怨之。禹湯之後也,而不得一人之與;刳比干,囚箕子,身死國亡,為天下之大僇,後世之言惡者必稽焉,是不容妻子之數也。故至賢疇四海,湯武是也;至罷不能容妻子,桀紂是也。今世俗之為說者,以桀紂為有天下,而臣湯武,豈不過甚矣哉!譬之,是猶傴巫跛匡大自以為有知也。

だから天子はただその人でなければならない。天下とは至って重く、至って強い者でなければ誰も任じられず、至って大きく、至って弁える者でなければ誰も分けられず、至って多く、至って明らかな者でなければ誰も和させられない。この三つの至りは、聖人でなければ誰も尽くせない。だから聖人でなければ誰も王となれない。聖人は道を備え美を全くした者であり、天下を掛ける秤である。

桀と紂は、その志と慮が至って険しく、その志意が至って暗く、その行いが至って乱れていて、親しい者が疎み、賢い者が賤しみ、生きる民が恨んだ。禹と湯の後であるのに一人の味方も得られなかった。比干を割き箕子を囚えて、身は死に国は滅び、天下の大きな笑いものとなり、後の世が悪を語れば必ずここを調べる。これは妻子さえ容れられない数である。

だから至って賢ければ四海を田とする。湯と武がそれである。至って愚かなら妻子さえ容れられない。桀と紂がそれである。いま世俗で説をなす者が桀と紂が天下を持ったとし、湯と武を臣とする。どうして行き過ぎが甚だしくないことがあろうか。たとえばこれは、せむしの巫女と足の悪い者が大いに自ら知があると思うようなものである。

故可以有奪人國,不可以有奪人天下;可以有竊國,不可以有竊天下也。可以奪之者可以有國,而不可以有天下;竊可以得國,而不可以得天下。是何也?曰:國、小具也,可以小人有也,可以小道得也,可以小力持也;天下者、大具也,不可以小人有也,不可以小道得也,不可以小力持也。國者、小人可以有之,然而未必不亡也;天下者,至大也,非聖人莫之能有也。

だから人の国を奪うことはできても人の天下を奪うことはできず、国を盗むことはできても天下を盗むことはできない。奪える者は国を持つことはできても天下を持つことはできず、盗んで国を得ることはできても天下を得ることはできない。

これはなぜか。言う、国は小さな備えであって、小人が持つことができ、小さな道で得ることができ、小さな力で保つことができるが、天下は大きな備えであって、小人が持つことができず、小さな道で得ることができず、小さな力で保つことができない。国は小人が持つことができるが、必ず滅びないわけではない。天下は至って大きく、聖人でなければ誰も持つことができない。

世俗之為說者曰:「治古無肉刑,而有象刑:墨黥,慅嬰,共、艾畢,剕、枲屨,殺、赭衣而不純。治古如是。」

世俗で説をなす者が言う。「治まった古には肉刑がなく象刑があった。額に入れ墨する刑は黒い頭巾で、鼻を削ぐ刑は草で編んだ紐で、宮刑は艾色の膝覆いで、足を削ぐ刑は麻の履物で、死刑は赭色の衣に縁を付けないことでした。治まった古はこうであった」

是不然。以為治邪?則人固莫觸罪,非獨不用肉刑,亦不用象刑矣。以為人或觸罪矣,而直輕其刑,然則是殺人者不死,傷人者不刑也。罪至重而刑至輕,庸人不知惡矣,亂莫大焉。凡刑人之本,禁暴惡惡,且懲其未也。殺人者不死,而傷人者不刑,是謂惠暴而寬賊也,非惡惡也。故象刑殆非生於治古,並起於亂今也。

これはそうではない。治まっていたというなら、人はもとより誰も罪を犯さなかったのだから、肉刑を用いなかっただけでなく、象刑も用いなかったはずである。

人がときに罪を犯したのに、ただその刑を軽くしたというなら、これは人を殺した者が死なず、人を傷つけた者が刑されないことである。罪が至って重く刑が至って軽ければ、凡庸な人が悪いと思わなくなる。乱れにこれより大きいものはない。

およそ人を刑する根本は、荒さを禁じ悪を憎み、またその未だ来ぬものを懲らすことである。人を殺した者が死なず人を傷つけた者が刑されなければ、これは荒い者に恵み賊に寛やかであることで、悪を憎むことではない。だから象刑はおそらく治まった古から生じたのではなく、乱れた今に揃って起こったのである。

治古不然。凡爵列、官職、賞慶、刑罰,皆報也,以類相從者也。一物失稱,亂之端也。夫德不稱位,能不稱官,賞不當功,罰不當罪,不祥莫大焉。昔者武王伐有商,誅紂,斷其首,縣之赤旆。夫征暴誅悍,治之盛也。殺人者死,傷人者刑,是百王之所同也,未有知其所由來者也。

治まった古はそうではない。およそ爵の列、官職、誉れと賞、刑罰はみな報いであり、類で互いに従うものである。一つの物が釣り合いを失えば乱れの端緒である。およそ徳が位に釣り合わず、能が官に釣り合わず、賞が功に適わず、罰が罪に適わなければ、不祥にこれより大きいものはない。

昔、武王が有商を伐ち紂を討って、その首を断ち赤い旗に掛けた。およそ荒い者を征し猛々しい者を討つことは治の盛んなることである。人を殺した者が死に人を傷つけた者が刑されることは百王が同じくしたところであり、その由来を知る者はいない。

刑稱罪,則治;不稱罪,則亂。故治則刑重,亂則刑輕,犯治之罪固重,犯亂之罪固輕也。書曰:「刑罰世輕世重。」此之謂也。

刑が罪に釣り合えば治まり、罪に釣り合わなければ乱れる。だから治まれば刑が重く、乱れれば刑が軽い。治まった世で犯した罪はもとより重く、乱れた世で犯した罪はもとより軽いからである。『書』に「刑罰は世に従って軽く、世に従って重い」とある。これを言うのである。

世俗之為說者曰:「湯武不善禁令。」曰:「是何也?」曰:「楚越不受制。」

世俗で説をなす者が言う。「湯と武は禁じ命ずることが上手でなかった」「これはなぜか」「楚と越が制を受けなかったからだ」

是不然。湯武者、至天下之善禁令者也。湯居亳,武王居鄗,皆百里之地也,天下為一,諸侯為臣,通達之屬,莫不振動從服以化順之,曷為楚越獨不受制也!

これはそうではない。湯と武は天下で至って禁じ命ずることが上手な者である。湯は亳に住み、武王は鄗に住み、どちらも百里の地であったのに、天下が一つとなり諸侯が臣となり、通じ至る者たちが震え動いて従い服し化して順わない者がなかった。どうして楚と越だけが独り制を受けなかったであろうか。

彼王者之制也,視形埶而制械用,稱遠邇而等貢獻,豈必齊哉!故魯人以榶,衛人用柯,齊人用一革,土地刑制不同者,械用、備飾不可不異也。故諸夏之國同服同儀,蠻、夷、戎、狄之國同服不同制。封內甸服,封外侯服,侯衛賓服,蠻夷要服,戎狄荒服。甸服者祭,侯服者祀,賓服者享,要服者貢,荒服者終王。日祭、月祀、時享、歲貢、終王,夫是之謂視形埶而制械用,稱遠近而等貢獻;是王者之制也。

あの王たる者の制は、形と勢いを見て器と用いるものを裁き、遠近に釣り合わせて貢ぎ物を等級づける。どうして必ず斉しくあろうか。だから魯の人は榶を用い、衛の人は柯を用い、斉の人は一枚の革を用いる。土地と形と制が同じでないのだから、器と用いるもの、備えと飾りが異ならないわけにはいかないのである。

だから諸々の夏の国は服を同じくし儀を同じくし、蛮・夷・戎・狄の国は服を同じくしても制を同じくしない。封内は甸服、封外は侯服、侯と衛は賓服、蛮と夷は要服、戎と狄は荒服である。甸服は日ごとに祭り、侯服は月ごとに祀り、賓服は季ごとに献じ、要服は年ごとに貢し、荒服は王が替わるときに一度来る。日ごとの祭り、月ごとの祀り、季ごとの献じ、年ごとの貢、王が替わるときの来訪——これをおよそ形と勢いを見て器と用いるものを裁き、遠近に釣り合わせて貢ぎ物を等級づけるという。これが王たる者の制である。

彼楚越者,且時享、歲貢,終王之屬也,必齊之日祭月祀之屬,然後曰受制邪?是規磨之說也。溝中之瘠也,則未足與及王者之制也。語曰:「淺不足與測深,愚不足與謀智,坎井之蛙,不可與語東海之樂。」此之謂也。

あの楚と越も、季ごとに献じ年ごとに貢し王が替わるときに来る者たちであるのに、必ず日ごとに祭り月ごとに祀る者たちと斉しくしてから初めて制を受けたというのか。これはコンパスで磨き合わせようとする説である。溝の中の痩せた者は、まだ王たる者の制に及んで共にすることはできない。言葉に「浅い者とは深さを測れず、愚かな者とは知を謀れず、窪んだ井戸の蛙とは東海の楽しみを語れない」とある。これを言うのである。

世俗之為說者曰:「堯舜擅讓。」

世俗で説をなす者が言う。「堯と舜は勝手に譲った」

是不然。天子者,埶位至尊,無敵於天下,夫有誰與讓矣?道德純備,智惠甚明,南面而聽天下,生民之屬莫不震動從服以化順之。天下無隱士,無遺善,同焉者是也,異焉者非也。夫有惡擅天下矣。

これはそうではない。天子は勢いと位が至って尊く、天下に敵する者がない。およそ誰に譲るのか。道と徳が純粋に備わり、知と恵みが甚だ明らかで、南面して天下を聴けば、生きる民の者たちが震え動いて従い服し化して順わない者がない。天下に隠れた士がなく漏れた善がなく、これと同じ者が正しく、これと異なる者が誤りである。およそどうして天下を勝手に譲ることがあろうか。

曰:「死而擅之。」

言う、「死にぎわに譲ったのだ」と。

是又不然。聖王在上,決德而定次,量能而授官,皆使民載其事而各得其宜。不能以義制利,不能以偽飾性,則兼以為民。聖王已沒,天下無聖,則固莫足以擅天下矣。天下有聖,而在後子者,則天下不離,朝不易位,國不更制,天下厭然,與鄉無以異也;以堯繼堯,夫又何變之有矣!聖不在後子而在三公,則天下如歸,猶復而振之矣。天下厭然,與鄉無以異也;以堯繼堯,夫又何變之有矣!唯其徙朝改制為難。故天子生則天下一隆,致順而治,論德而定次,死則能任天下者必有之矣。夫禮義之分盡矣,擅讓惡用矣哉!

これもまたそうではない。聖王が上にあって、徳を裁いて序列を定め、能を量って官を授け、みな民にその仕事を担わせてそれぞれ適切さを得させる。義で利を裁けず、作為で性を飾れない者は、併せて民とする。

聖王がすでに没して天下に聖がなければ、もとより誰も天下を勝手に譲ることができない。天下に聖があって後の子にあれば、天下が離れず、朝廷が位を替えず、国が制を改めず、天下はゆったりとして以前と異なるところがない。堯で堯を継ぐのだから、およそまた何の変化があろうか。

聖が後の子になく三公にあれば、天下は帰するようで、なお戻して振るうだけである。天下はゆったりとして以前と異なるところがない。堯で堯を継ぐのだから、およそまた何の変化があろうか。ただ朝廷を移し制を改めることが難しいだけである。

だから天子が生きていれば天下が一つに仰ぎ、順いを尽くして治まり、徳を論じて序列を定め、死ねばよく天下を任じられる者が必ずある。およそ礼と義の分が尽きているのだから、勝手に譲ることを何に用いようか。

曰:「老衰而擅。」

言う、「老い衰えて譲ったのだ」と。

是又不然。血氣筋力則有衰,若夫智慮取舍則無衰。

これもまたそうではない。血気と筋力には衰えがあるが、あの知と慮と取捨には衰えがない。

曰:「老者不堪其勞而休也。」

言う、「老いた者がその労に堪えられずに休んだのだ」と。

是又畏事者之議也。天子者埶至重而形至佚,心至愉而志無所詘,而形不為勞,尊無上矣。衣被則服五采,雜間色,重文繡,加飾之以珠玉;食飲則重大牢而備珍怪,期臭味,曼而饋,伐皋而食,雍而徹乎五祀,執薦者百餘人,侍西房;居則設張容,負依而坐,諸侯趨走乎堂下;出戶而巫覡有事,出門而宗祝有事,乘大路趨越席以養安,側載睪芷以養鼻,前有錯衡以養目,和鸞之聲,步中武象,趨中韶護以養耳,三公奉軶、持納,諸侯持輪、挾輿、先馬,大侯編後,大夫次之,小侯元士次之,庶士介而夾道,庶人隱竄,莫敢視望。居如大神,動如天帝。持老養衰,猶有善於是者與?不老者、休也,休猶有安樂恬愉如是者乎?故曰:諸侯有老,天子無老。

これもまた事を畏れる者の議論である。天子は勢いが至って重く身が至って安らかで、心が至って喜ばしく志が屈むところがなく、身が労せず、尊さに上がない。

着るものは五彩を着、間色を混ぜ、文様と刺繍を重ね、珠と玉で飾りを加える。食べるものは大きな犠牲を重ね珍奇なものを備えて香りと味を期し、ゆるやかに供し、鼓を打って食べ、和した楽で下げ、五つの祀りに供える。供え物を持つ者が百余人、西の房で侍る。

居るときは帳を張り、衝立を背にして座ると、諸侯が堂の下を小走りする。戸を出れば巫と覡が事を行い、門を出れば宗祝が事を行う。大きな路の車に乗り、蒲の席を踏んで安らぎを養い、側に香草を載せて鼻を養い、前に文様の衡があって目を養い、鈴の音が、歩めば「武」と「象」に合い、駆ければ「韶」と「護」に合って耳を養う。

三公が軛を奉じ手綱を持ち、諸侯が輪を持ち輿を挟み馬の前に立ち、大きな侯が後ろに並び、大夫がその次、小さな侯と元士がその次で、諸々の士が甲を着て道を挟み、庶人は隠れ潜んで敢えて見上げない。居ることは大いなる神のようで、動くことは天帝のようである。

老いを保ち衰えを養うのに、これより善いものがまたあろうか。老いていない者が休むとしても、休むことにこれほど安らかで楽しく平然としたものがあろうか。だから言う、諸侯には老いがあっても天子には老いがないと。

有擅國,無擅天下,古今一也。夫曰堯舜擅讓,是虛言也,是淺者之傳,陋者之說也,不知逆順之理,小大、至不至之變者也,未可與及天下之大理者也。

国を勝手にすることはあっても天下を勝手にすることはない。古と今は一つである。およそ堯と舜が勝手に譲ったというのは空言である。これは浅い者が伝えたことであり、狭い者の説であって、そむきと順いの理、小と大、至ると至らないの変化を知らないのだから、まだ天下の大きな理に及んで共にするに足らない。

世俗之為說者曰:「堯舜不能教化。」是何也?曰:「朱象不化。」

世俗で説をなす者が言う。「堯と舜は教化できなかった」「これはなぜか」「丹朱と象が化さなかったからだ」

是不然也:堯舜至天下之善教化者也。南面而聽天下,生民之屬莫不振動從服以化順之。然而朱象獨不化,是非堯舜之過,朱象之罪也。堯舜者、天下之英也;朱象者、天下之嵬,一時之瑣也。今世俗之為說者,不怪朱象,而非堯舜,豈不過甚矣哉!夫是之謂嵬說。羿蜂門者、天下之善射者也,不能以撥弓曲矢中微;王梁造父者、天下之善馭者也,不能以辟馬毀輿致遠。堯舜者、天下之善教化者也,不能使嵬瑣化。何世而無嵬?何時而無瑣?自太皞燧人莫不有也。故作者不祥,學者受其殃,非者有慶。詩曰:「下民之孽,匪降自天。噂沓背憎,職競由人。」此之謂也。

これはそうではない。堯と舜は天下で至って教化が上手な者である。南面して天下を聴けば、生きる民の者たちが震え動いて従い服し化して順わない者がなかった。それでも丹朱と象だけが独り化さなかった。これは堯と舜の過ちではなく、丹朱と象の罪である。

堯と舜は天下の華であり、丹朱と象は天下の奇矯であり一時の小物である。いま世俗で説をなす者が丹朱と象を怪しまずに堯と舜を誤りとする。どうして行き過ぎが甚だしくないことがあろうか。これをおよそ奇矯な説という。

羿と蜂門は天下で射るのが上手な者だが、ねじれた弓と曲がった矢で小さなものを当てることはできない。王良と造父は天下で御するのが上手な者だが、足の悪い馬と壊れた車で遠くに至ることはできない。堯と舜は天下で教化が上手な者だが、奇矯で小物な者を化すことはできない。

どの世に奇矯な者がなく、どの時に小物がないであろうか。太皞と燧人のときから無かったことがない。だからこういう説を作る者は不祥であり、学ぶ者はその災いを受け、誤りとする者は誉れがある。『詩』に「下の民の災いは天から降ったのではない。向かい合えばさえずり背を向ければ憎む、ひたすら争うのは人から出ている」とある。これを言うのである。

世俗之為說者曰:「太古薄葬,棺厚三寸,衣衾三領,葬田不妨田,故不掘也;亂今厚葬飾棺,故抇也。」

世俗で説をなす者が言う。「太古には葬りが薄く、棺は厚さ三寸、衣と衾は三枚、墓は田を妨げなかったので掘り返されなかった。乱れた今は葬りを厚くし棺を飾るので掘り返される」

是不及知治道,而不察於抇不抇者之所言也。凡人之盜也,必以有為,不以備不足,則以重有餘也。而聖王之生民也,皆使富厚優猶知足,而不得以有餘過度。故盜不竊,賊不刺,狗豕吐菽粟,而農賈皆能以貨財讓。風俗之美,男女自不取於涂,而百姓羞拾遺。故孔子曰:「天下有道,盜其先變乎!」雖珠玉滿體,文繡充棺,黃金充槨,加之以丹矸,重之以曾青,犀象以為樹,琅玕、龍茲、華覲以為實,人猶莫之抇也。是何故也?則求利之詭緩,而犯分之羞大也。

これは治める道を知らず、掘り返す掘り返さないの理由を察していない者の言である。

およそ人が盗むのは必ず何かのためであって、足りないものを備えるためでなければ余るものを重くするためである。ところが聖王が民を生かすには、みな富み厚くゆたかで足ることを知らせながら、余るもので度を越えさせなかった。だから盗人が盗まず、賊が刺さず、犬と豚が豆と粟を吐き、農夫と商人がみな財貨で譲ることができた。習わしの美しさは、男と女が自ずと路上で拾い取らず、民が落ちたものを拾うことを恥じた。

だから孔子は「天下に道があれば、盗人がまず変わるだろう」と言った。たとえ珠と玉が体に満ち、文様と刺繍が棺に満ち、黄金が槨に満ち、丹砂を加え曾青を重ね、犀と象で樹を作り、琅玕と龍茲と華覲で実を作っても、人はなお誰も掘り返さない。これはなぜか。利を求めることが曲がりくねって緩く、分を犯すことの恥が大きいからである。

夫亂今然後反是。上以無法使,下以無度行;知者不得慮,能者不得治,賢者不得使。若是,則上失天性,下失地利,中失人和。故百事廢,財物詘,而禍亂起。王公則病不足於上,庶人則凍餧羸瘠於下。於是焉桀紂群居,而盜賊擊奪以危上矣。安禽獸行,虎狼貪,故脯巨人而炙嬰兒矣。若是則有何尤抇人之墓,抉人之口而求利矣哉!雖此裸而薶之,猶且必抇也,安得葬薶哉!彼乃將食其肉而齕其骨也。

およそ乱れた今はこれと逆である。上は法なく使い、下は度なく行う。知ある者が考えられず、能ある者が治められず、賢い者が使われない。

このようであれば、上は天の性を失い、下は地の利を失い、中は人の和を失う。だから百事が廃れ、財物が窮して、禍と乱が起こる。王公は上で足りないことを患い、庶人は下で凍え飢え痩せ衰える。

そこで桀と紂が群れ住み、盗賊が撃ち奪って上を危うくする。鳥獣の行いを安らかとし、虎と狼のように貪るから、大きな人を干し肉にし赤子を焼いて食べる。このようであれば、人の墓を掘り返し人の口をこじ開けて利を求めることを、どうして咎められようか。たとえ裸にして埋めても、なお必ず掘り返されるだろう。どうして葬り埋めることができようか。あの者はすぐにその肉を食べその骨を齧るだろう。

夫曰:太古薄葬,故不抇也;亂今厚葬,故抇也。是特姦人之誤於亂說,以欺愚者而淖陷之,以偷取利焉。夫是之謂大姦。傳曰:「危人而自安,害人而自利。」此之謂也。

およそ、太古は葬りが薄かったから掘り返されず、乱れた今は葬りが厚いから掘り返されるというのは、ただ邪な人が乱れた説に誤り、愚かな者を欺いて泥に沈め、かりそめに利を取ることである。これをおよそ大いなる邪という。伝えに「人を危うくして自ら安らぎ、人を害して自ら利する」とある。これを言うのである。

子宋子曰:「明見侮之不辱,使人不鬥。人皆以見侮為辱,故鬥於也;知見侮之為不辱,則不鬥矣。」

子宋子が言った。「侮られることが恥辱でないと明らかにすれば、人は争わなくなる。人はみな侮られることを恥辱とするから争う。侮られることが恥辱でないと知れば争わない」

應之曰:然則以人之情為不惡侮乎?

これに応えて言う。「それでは人の情が侮りを憎まないというのか」

曰:「惡而不辱也。」

言う、「憎むが恥辱ではない」

曰:若是,則必不得所求焉。凡人之鬥也,必以其惡之為說,非以其辱之為故也。今俳優、侏儒、狎徒詈侮而不鬥者,是豈鉅知見侮之為不辱哉。然而不鬥者,不惡故也。今人或入其央瀆,竊其豬彘,則援劍戟而逐之,不避死傷。是豈以喪豬為辱也哉!然而不憚鬥者,惡之故也。雖以見侮為辱也,不惡則不鬥;雖知見侮為不辱,惡之則必鬥。然則鬥與不鬥邪,亡於辱之與不辱也,乃在於惡之與不惡也。夫今子宋子不能解人之惡侮,而務說人以勿辱也,豈不過甚矣哉!金舌弊口,猶將無益也。不知其無益,則不知;知其無益也,直以欺人,則不仁。不仁不知,辱莫大焉。將以為有益於人,則與無益於人也,則得大辱而退耳!說莫病是矣。

言う。「このようであれば、必ず求めるところを得られない。およそ人が争うのは必ずそれを憎むことを理由とするのであって、それが恥辱であることを理由とするのではない。

いま芸人や小人や戯れ者が罵り侮っても争わないのは、どうして侮られることが恥辱でないと大いに知っているからであろうか。それでも争わないのは、憎まないからである。

いま人がときにその溝に入ってその豚を盗めば、剣と戟をつかんで追い、死と傷を避けない。これがどうして豚を失うことを恥辱とするからであろうか。それでも争うことを憚らないのは、憎むからである。

たとえ侮られることを恥辱としても、憎まなければ争わず、たとえ侮られることが恥辱でないと知っていても、憎めば必ず争う。それなら争うか争わないかは、恥辱か恥辱でないかにあるのではなく、すなわち憎むか憎まないかにある。

およそいま子宋子は人が侮りを憎むことを解かずに、人に恥辱とするなと説くことに努める。どうして行き過ぎが甚だしくないことがあろうか。金の舌になり口が擦り切れるまで言っても、なお益がないだろう。

その益のないことを知らなければ知がないのであり、その益のないことを知りながらただ人を欺くなら仁でないのである。仁でなく知がないのだから、恥辱にこれより大きいものはない。人に益があると思っていたのに人に益がないのだから、大きな恥辱を得て退くだけである。説にこれより病んだものはない」

子宋子曰:「見侮不辱。」

子宋子が言った。「侮られても恥辱ではない」

應之曰:凡議必先立隆正,然後可也。無隆正則是非不分,而辨訟不決,故所聞曰:「天下之大隆,是非之封界,分職名象之所起,王制是也。」故凡言議期命是非,以聖王為師。而聖王之分,榮辱是也。

これに応えて言う。およそ議論は必ずまず高い正しさを立ててから初めてよい。高い正しさがなければ是非が分かれず、弁じ争うことが決しない。

だから聞いたところに「天下の大いなる高み、是非の封じた境、分と職と名と象の起こるところが、王の制である」とある。だからおよそ語り議し是非を期して名づけるには、聖王を師とする。そして聖王の分とは、栄誉と恥辱がそれである。

是有兩端矣。有義榮者,有埶榮者;有義辱者,有埶辱者。志意脩,德行厚,知慮明,是榮之由中出者也,夫是之謂義榮。爵列尊,貢祿厚,形埶勝,上為天子諸侯,下為卿相士大夫,是榮之從外至者也,夫是之謂埶榮。流淫汙僈,犯分亂理,驕暴貪利,是辱之由中出者也,夫是之謂義辱。詈侮捽搏,捶笞臏腳,斬斷枯磔,藉靡后縛,是辱之由外至者也,夫是之謂埶辱。是榮辱之兩端也。

これに二つの端がある。義の栄誉があり、勢いの栄誉があり、義の恥辱があり、勢いの恥辱がある。

志意が修まり、徳と行いが厚く、知と慮が明らかであることは、栄誉が内から出たものであり、これをおよそ義の栄誉という。爵の列が尊く、貢と禄が厚く、形と勢いが勝れ、上は天子や諸侯となり、下は卿や相や士大夫となることは、栄誉が外から至ったものであり、これをおよそ勢いの栄誉という。

流れ溢れ汚れ緩み、分を犯し理を乱し、傲り荒く利を貪ることは、恥辱が内から出たものであり、これをおよそ義の恥辱という。罵り侮り掴んで打ち、鞭打ち膝の骨を抜き足を切り、斬り断ち裂いて晒し、縄で縛り後ろ手に結ぶことは、恥辱が外から至ったものであり、これをおよそ勢いの恥辱という。これが栄誉と恥辱の二つの端である。

故君子可以有埶辱,而不可以有義辱;小人可以有埶榮,而不可以有義榮。有埶辱無害為堯,有埶榮無害為桀。義榮埶榮,唯君子然後兼有之;義辱埶辱,唯小人然後兼有之。是榮辱之分也。聖王以為法,士大夫以為道,官人以為守,百姓以成俗,萬世不能易也。

だから君子は勢いの恥辱はありえても義の恥辱はありえず、小人は勢いの栄誉はありえても義の栄誉はありえない。勢いの恥辱があっても堯であることに害はなく、勢いの栄誉があっても桀であることに害はない。

義の栄誉と勢いの栄誉は、ただ君子だけが併せ持ち、義の恥辱と勢いの恥辱は、ただ小人だけが併せ持つ。これが栄誉と恥辱の分である。聖王はこれを法とし、士大夫はこれを道とし、官人はこれを守りとし、民はこれで習わしを成し、万世にも改められない。

今子宋子則不然,獨詘容為己,慮一朝而改之,說必不行矣。譬之,是猶以塼涂塞江海也,以焦僥而戴太山也,蹎跌碎折,不待頃矣。二三子之善於子宋子者,殆不若止之,將恐得傷其體也。

いま子宋子はそうでなく、独り身を屈めて自分のものとし、一朝でこれを改めようと考える。その説は必ず行われないだろう。たとえばこれは、瓦と泥で大河と海を塞ごうとするようなもので、焦僥に太山を載せさせるようなものである。つまずき崩れ折れるのを片時も待たないだろう。幾人かの子宋子と親しい者たちは、おそらく止めるのに及ばない。その身を損なうことが恐ろしいからである。

子宋子曰:「人之情,欲寡,而皆以己之情,為欲多,是過也。」故率其群徒,辨其談說,明其譬稱,將使人知情之欲寡也。

子宋子が言った。「人の情は望みが少ないのに、みな自分の情を望みが多いと思う。これは行き過ぎである」そこでその群れを率い、その談説を弁じ、そのたとえを明らかにして、人に情が望みの少ないことを知らせようとした。

應之曰:然則亦以人之情為目不欲綦色,耳不欲綦聲,口不欲綦味,鼻不欲綦臭,形不欲綦佚--此五綦者,亦以人之情為不欲乎?

これに応えて言う。「それではまた、人の情が、目は色を極めたいと思わず、耳は声を極めたいと思わず、口は味を極めたいと思わず、鼻は香りを極めたいと思わず、体は安らぎを極めたいと思わないというのか。この五つの極みも人の情が望まないと思うのか」

曰:「人之情,欲是已。」

言う、「人の情はこれを望むだけである」

曰:若是,則說必不行矣。以人之情為欲,此五綦者而不欲多,譬之,是猶以人之情為欲富貴而不欲貨也,好美而惡西施也。古之人為之不然。以人之情為欲多而不欲寡,故賞以富厚而罰以殺損也。是百王之所同也。故上賢祿天下,次賢祿一國,下賢祿田邑,愿愨之民完衣食。今子宋子以是之情為欲寡而不欲多也,然則先王以人之所不欲者賞,而以人之欲者罰邪?亂莫大焉。今子宋子嚴然而好說,聚人徒,立師學,成文典,然而說不免於以至治為至亂也,豈不過甚矣哉!

言う。「このようであれば、その説は必ず行われないだろう。人の情がこの五つの極みを望むとしながら多さを望まないという。たとえばこれは、人の情が富と貴を望みながら財貨は望まないといい、美しさを好みながら西施を憎むというようなものである。

古の人はそうしなかった。人の情が多さを望んで少なさを望まないとしたから、富と厚さで賞し、殺し減らすことで罰した。これは百王が同じくしたところである。だから上の賢い者は天下を禄とし、次の賢い者は一国を禄とし、下の賢い者は田と邑を禄とし、慎み律儀な民は衣と食を全くする。

いま子宋子は人の情が望みが少なく多さを望まないという。それなら先王は人が望まないもので賞し、人が望むもので罰したというのか。乱れにこれより大きいものはない。

いま子宋子が厳かに説くことを好み、人の群れを集め、師と学を立て、文と典を成したが、その説が至れる治を至れる乱とすることを免れない。どうして行き過ぎが甚だしくないことがあろうか」