いにしえの文 › 竹取物語(竹取の翁の物語)

第五竹取物語 5

竹取物語(竹取の翁の物語) 竹取物語 · 作者未詳 · 9世紀末〜10世紀初めに成立 · 段落 5 · 漢字 1,628字 · 朗読 4.1分

竹取物語(竹取の翁の物語) 日本に残る最も古い物語。竹の中から出てきた子が育ち、五人の貴公子と帝の求婚を次々に退けて月へ帰る。五人に持ってこいと言ったものはどれも世にない品で — 天竺の石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の首の玉、燕の子安貝 — それぞれが偽り、こしらえて恥をかく。富士の山の頂から煙が立つ理由も、この物語の終わりに記されている。

右大臣阿倍御主人は財豐に家廣き人にぞおはしける。その年わたりける唐土船の王卿といふものゝ許に、文を書きて、「火鼠の裘といふなるもの買ひておこせよ。」とて、仕うまつる人の中に心たしかなるを選びて、小野房守といふ人をつけてつかはす。もていたりて、かの浦に居る王卿に金をとらす。王卿文をひろげて見て、返事かく。「火鼠の裘我國になきものなり。おとには聞けどもいまだ見ぬものなり。世にあるものならば、この國にももてまうで來なまし。いと難きあきなひなり。しかれどももし天竺にたまさかにもて渡りなば、もし長者のあたりにとぶらひ求めんに、なきものならば、使に添へて金返し奉らん。」といへり。かの唐土船來けり。小野房守まうで來てまうのぼるといふことを聞きて、あゆみとうする馬をもちて走らせ迎へさせ給ふ時に、馬に乘りて、筑紫よりたゞ七日に上りまうできたり。文を見るにいはく、「火鼠の裘辛うじて、人を出して求めて奉る。今の世にも昔の世にも、この皮は容易くなきものなりけり。昔かしこき天竺のひじり、この國にもて渡りて侍りける、西の山寺にありと聞き及びて、公に申して、辛うじて買ひとりて奉る。價の金少しと、國司使に申しゝかば、王卿が物加へて買ひたり。今金五十兩たまはるべし。船の歸らんにつけてたび送れ。もし金賜はぬものならば、裘の質かへしたべ。」といへることを見て、「何おほす。今金少しのことにこそあンなれ。必ず送るべき物にこそあンなれ。嬉しくしておこせたるかな。」とて、唐土の方に向ひて伏し拜み給ふ。この裘入れたる箱を見れば、種々のうるはしき瑠璃をいろへて作れり。裘を見れば紺青の色なり。毛の末には金の光輝きたり。げに寳と見え、うるはしきこと比ぶべきものなし。火に燒けぬことよりも、清らなることならびなし。「むべかぐや姫のこのもしがり給ふにこそありけれ。」との給ひて、「あなかしこ。」とて、箱に入れ給ひて、物の枝につけて、御身の假粧いといたくして、やがてとまりなんものぞとおぼして、歌よみ加へて持ちていましたり。その歌は、

右大臣阿倍御主人は、財が豊かで家の大きな人でした。その年に渡って来た唐土の船の王卿(おうけい)という者のもとへ文を書いて、「火鼠の皮衣というものを買って送ってくれ。」と言い、仕える人の中で心の確かな者を選んで、小野房守(おののふさもり)という人を付けて遣わしました。持って行って、あの浦にいる王卿に金を渡しました。

王卿は文を広げて見て、返事を書きます。「火鼠の皮衣はわが国にない物です。噂には聞きますが、まだ見たことのない物です。世にある物ならば、この国にも持って参ったことでしょう。たいそう難しい商いです。けれども、もし天竺からたまたま渡って来た物があれば、長者のあたりに尋ねて求めてみましょう。ない物でしたら、お使いに添えて金をお返しいたします。」と言いました。

あの唐土の船が来ました。小野房守が帰って来て都へ上るということを聞いて、歩みの速い馬を遣わして走らせ、迎えさせなさいましたところ、馬に乗って筑紫からわずか七日で上って参りました。文を見ますと、こうありました。「火鼠の皮衣を、やっとのことで人を出して求めて差し上げます。今の世にも昔の世にも、この皮はたやすくある物ではありませんでした。昔、すぐれた天竺の聖がこの国に持って渡り、西の山寺にあると聞き及んで、朝廷に申し上げて、やっとのことで買い取って差し上げます。代金の金が少ないと国司の使いが申しましたので、王卿が自分の物を加えて買いました。今、金五十両をいただきたく存じます。船が帰りますのに付けてお送りください。もし金をいただけないのであれば、皮衣を質に取ったものとしてお返しください。」

これを見て、「何をおっしゃる。今、金が少しかかるだけのことではないか。必ず送るべき物である。うれしくも送ってくれたものだ。」と言って、唐土の方に向かって伏し拝まれました。この皮衣を入れた箱を見ると、さまざまの美しい瑠璃で色を取り合わせて作ったものでした。皮衣を見ると紺青の色でした。毛の先には金の光が輝いていました。まことに宝と見え、美しいことは比べる物もありません。火に焼けないことよりも、清らかで美しいことが並ぶものもありません。「なるほど、かぐや姫がお望みになるのも当然であった。」とおっしゃって、「ああ、もったいない。」と言って箱に入れられ、木の枝に結びつけ、お身の装いをたいそう念入りになさって、そのまま泊まることになるだろうとお思いになって、歌を詠み添えて持っていらっしゃいました。その歌は、

かぎりなきおもひに燒けぬかはごろも袂かわきて今日こそはきめ

限りない思いの火にも 焼けない皮衣ですから 濡れていた袂も乾いた今日 はじめて着てみましょう

家の門にもて至りて立てり。竹取いで來てとり入れて、かぐや姫に見す。かぐや姫かの裘を見ていはく、「うるはしき皮なンめり。わきてまことの皮ならんとも知らず。」竹取答へていはく、「とまれかくまれまづ請じ入れ奉らん。世の中に見えぬ裘のさまなれば、是をまことゝ思ひ給ひね。人ないたくわびさせ給ひそ。」といひて、呼びすゑたてまつれり。かく呼びすゑて、「この度は必ずあはん。」と、嫗の心にも思ひをり。この翁は、かぐや姫のやもめなるを歎かしければ、「よき人にあはせん。」と思ひはかれども、切に「否。」といふことなれば、えしひぬはことわりなり。かぐや姫翁にいはく、「この裘は火に燒かんに、燒けずはこそ實ならめと思ひて、人のいふことにもまけめ。『世になきものなれば、それを實と疑なく思はん。』との給ひて、なほこれを燒きて見ん。」といふ。翁「それさもいはれたり。」といひて、大臣に「かくなん申す。」といふ。大臣答へていはく、「この皮は唐土にもなかりけるを、辛うじて求め尋ね得たるなり。何の疑かあらん。さは申すとも、はや燒きて見給へ。」といへば、火の中にうちくべて燒かせ給ふに、めら〳〵と燒けぬ。「さればこそ異物の皮なりけり。」といふ。大臣これを見給ひて、御顔は草の葉の色して居給へり。かぐや姫は「あなうれし。」と喜びて居たり。かのよみ給へる歌のかへし、箱に入れてかへす。

家の門口まで持って行って立ちました。竹取の翁が出て来て受け取って入れ、かぐや姫に見せます。かぐや姫はその皮衣を見て言いました。「美しい皮のようです。けれども、本当にその皮であるかどうかは分かりません。」

竹取の翁は答えて言いました。「ともあれ、まずは中へお招き申し上げよう。世の中に見られない皮衣の姿なのだから、これを本物とお思いなさい。人をあまり困らせなさるな。」そう言って、呼び寄せてお座らせ申し上げました。こうして呼び寄せて座らせ、「今度は必ず結ばれるだろう。」と嫗も心の中で思っていました。この翁は、かぐや姫が独りでいるのを嘆かわしく思っていましたので、「よい人と結ばせよう。」と思いはかりましたが、しきりに「いやです。」と言うことですので、無理にできないのも理でした。

かぐや姫は翁に言いました。「この皮衣は火にかけて焼いても焼けないのでこそ本物であろうと思って、人の言うことにも従いましょう。『世にない物なのだから、それを本物と疑いなく思いなさい。』とおっしゃいますが、それでもこれを焼いて見ましょう。」

翁は「それもそう言われることだ。」と言って、大臣に「このように申しております。」と言いました。大臣は答えて言いました。「この皮は唐土にもなかったものを、やっとのことで探し求めて得たものです。何の疑いがありましょう。そうはおっしゃっても、早く焼いて見てください。」と言いますので、火の中にくべて焼かせなさると、めらめらと焼けてしまいました。「それだからこそ別の物の皮であったのだ。」と言いました。大臣はこれをご覧になって、お顔は草の葉の色になって座っておられました。かぐや姫は「ああ、うれしい。」と喜んで座っていました。あの詠まれた歌の返しを、箱に入れて返しました。

なごりなくもゆと知りせばかは衣おもひの外におきて見ましを

跡形もなく燃えると 知っていたなら この皮衣を 火の外に置いて 見ていたでしょうに

とぞありける。されば歸りいましにけり。世の人々、「安倍大臣は火鼠の裘をもていまして、かぐや姫にすみ給ふとな。こゝにやいます。」など問ふ。或人のいはく、「裘は火にくべて燒きたりしかば、めら〳〵と燒けにしかば、かぐや姫逢ひ給はず。」といひければ、これを聞きてぞ、とげなきものをばあへなしとはいひける。

とありました。そうして帰っていらしてしまいました。世の人々は、「安倍大臣は火鼠の皮衣を持っていらして、かぐや姫と住まわれるそうだ。ここにいらっしゃるのか。」などと尋ねます。ある人が言いますには、「皮衣は火にくべて焼いたところ、めらめらと焼けてしまったので、かぐや姫はお会いにならなかった。」と言いましたので、これを聞いてから、やり遂げるものがなく張り合いのないことを「あへなし」と言うようになったのです。

夾注 1

「あへなし」には阿倍(あべ)という名が重ねられています。――訳者