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揵陀衛と仏の鉢

仏国記(仏の国々をめぐる記) 佛國記 · 法顕 · 東晋・義熙年間(416年頃) · 段落 5 · 漢字 628字 · 朗読 2.5分

仏国記(仏の国々をめぐる記) 全一巻 六十五歳の僧・法顕が戒律を求めて長安を離れ、砂漠と葱嶺を越えて天竺まで行き、獅子国を経て海路で帰ってきた十五年の記録。訪ねた国は三十。韓国・中国・日本が互いを書き記していた時代に、東アジアの人がインドを自らの目で見て残した最も早い紀行文である。

1揵陀衛国 — 眼を施した所

從此東下五日行,到揵陀衛國。是阿育王子法益所治處。佛爲菩薩時,亦於此國以眼施人。其處亦起大塔,金銀校餝。此國人多小乘學。

ここから東へ五日下って、揵陀衛国に至った。阿育王の子、法益が治めていた所である。仏が菩薩であったとき、この国で眼を人に施した。その所にも大きな塔を建て、金銀で飾ってある。この国の人は多くが小乗を学ぶ。

2頭を施した所、身を投げた所

自此東行七日,有國名竺剎尸羅。竺剎尸羅,漢言截頭也。佛爲菩薩時,於此處以頭施人,故因以爲名。復東行二日,至投身餧餓虎處。此二處亦起大塔,皆衆寶校餝。諸國王、臣民,競興供養,散華然燈,相繼不絶。通上二塔,彼方人亦名爲四大塔也。

ここから東へ七日行くと、竺刹尸羅という国がある。竺刹尸羅とは、漢の言葉で「頭を切る」という意味である。仏が菩薩であったとき、この所で頭を人に施したので、それによって名としたのである。さらに東へ二日行くと、身を投げて飢えた虎に食わせた所に至る。この二か所にも大きな塔を建てており、どれも数々の宝で飾ってある。諸国の王や臣民が競って供養し、花を散らし灯をともすことが次々と絶えない。先の二つの塔とあわせて、その地方の人は四大塔と呼んでいる。

3罽膩伽王の塔

從犍陀衛國南行四日,到弗樓沙國。佛昔將諸弟子遊行此國,語阿難云︰「吾般泥洹後,當有國王名罽膩伽於此處起塔。」後罽膩伽王出世,出行遊觀,時天帝釋欲開發其意,化作牧牛小兒,當道起塔。王問言:「汝作何等?」答曰︰「作佛塔。」王言︰「大善。」於是王即於小兒塔上起塔,高四十餘丈,衆寶校餝。凡所經見塔廟,壯麗威嚴都無此比。傳云︰「閻浮提塔,唯此爲上。」王作塔成已,小塔即自傍出大塔南,高三尺許。

揵陀衛国から南へ四日行って、弗楼沙国に至った。昔、仏が弟子たちを連れてこの国を巡ったとき、阿難に言った。「わたしが涅槃に入ったのちに、罽膩伽という国王があって、この所に塔を建てるだろう。」のちに罽膩伽王が世に出て、出かけて見物していたとき、天帝釈はその心を開かせようとして、牛を飼う子どもに姿を変え、道の上で塔を築いていた。王が「おまえは何をしているのか」と問うと、「仏塔を作っています」と答えた。王は「たいへんよいことだ」と言い、そこで子どもの塔の上に塔を建てた。高さは四十丈あまりで、数々の宝で飾ってある。これまで通りがかりに見た塔や廟のうちで、壮麗さと威厳はこれに比べられるものがまったくなかった。伝えには「閻浮提の塔のうち、ただこれが第一である」という。王の塔ができあがると、小さな塔がおのずと大塔の南の脇に出てきて、高さは三尺ほどであった。

4仏の鉢 — 象も運べない

佛鉢即在此國。昔月氏王大興兵衆,來伐此國,欲取佛鉢。既伏此國已,月氏王等篤信佛法,欲持鉢去,故大興供養。供養三寶畢,乃校餝大象,置鉢其上,象便伏地不能得前。更作四輪車載鉢,八象共牽,復不能進。王知與鉢緣未至,深自愧歎。即於此處起塔及僧伽藍,並留鎮守,種種供養。可有七百餘僧,日將中,衆僧則出鉢,與白衣等種種供養,然後中食。至暮燒香時復爾。可容二斗許,雜色而黑多,四際分明,厚可二分,甚光澤。貧人以少華投中便滿;有大富者,欲以多華供養,正復百千萬斛,終不能滿。

仏の鉢は、まさにこの国にある。昔、月氏王が大いに兵を起こし、この国を伐ちに来て、仏の鉢を取ろうとした。この国を降伏させてしまうと、月氏王らは仏法を篤く信じていたので、鉢を持ち去ろうとして、大いに供養を起こした。三宝への供養を終えてから、大きな象を飾り、鉢をその上に置いたところ、象は地に伏せて前に進むことができなかった。改めて四輪の車を作って鉢を載せ、八頭の象でともに引かせたが、やはり進むことができなかった。王は鉢との縁がまだ至っていないことを知り、深く自ら恥じて嘆き、すぐにその所に塔と僧伽藍を建て、あわせて守る者を残し、種々に供養した。僧は七百人あまりいる。日が中天に近づくと、僧たちは鉢を出して、在俗の人々とともに種々に供養し、そののちに昼の食をとる。日が暮れて香を焚くときも、また同じようにする。鉢は二斗ほど入る大きさで、色がまじっているが黒が多く、四方の縁がはっきりしており、厚さは二分ほどで、たいへん光沢がある。貧しい人が少しの花を投げ入れればすぐに満ち、大きな富のある者が多くの花で供養しようとしても、たとえ百千万斛を注いでも、ついに満たすことができない。

5道連れと分かれる — 慧景の死

寶雲、僧景止供養佛鉢便還。慧景、慧達、道整先向那竭國,供養佛影、佛齒及頂骨。慧景病,道整住看。慧達一人還,於弗樓沙國相見,而慧達、寶雲、僧景遂還秦土。慧景在佛鉢寺無常。由是,法顯獨進,向佛頂骨所。

宝雲と僧景は、仏の鉢に供養するだけで引き返した。慧景・慧達・道整は先に那竭国へ向かい、仏影と仏歯と頂骨に供養しようとしたが、慧景が病み、道整がとどまって看た。慧達は一人で戻り、弗楼沙国で顔を合わせた。そして慧達・宝雲・僧景は、ついに秦の地へ帰っていった。慧景は仏鉢寺で世を去った。こうして法顕は独り進み、仏の頂骨のある所へ向かった。