鹿野苑と南の国々
1曠野精舎
法顯還向巴連弗邑。順恒水西下十由延得一精舍,名曠野,佛所住處。今現有僧。
法顕は巴連弗邑へ帰った。恒水に沿って西へ十由延下ると、一つの精舎に出会う。名は曠野で、仏が住まわれた所である。今も僧がいる。
2鹿野苑 — 初めて法輪を転じた所
復順恒水西行十二由延,到迦尸國波羅㮏城。城東北十里許,得仙人鹿野苑精舍。此苑本有辟支佛住,常有野鹿栖宿。世尊將成道,諸天於空中唱言:「白淨王子出家學道,却後七日當成佛。」辟支佛聞已,即取泥洹,故名此處爲仙人鹿野苑。世尊成道已後,人於此處起精舍。佛欲度拘驎等五人,五人相謂言:「此瞿曇沙門本六年苦行,日食一麻、一米,尚不得道,況入人間,恣身、口、意,何道之有!今日來者,慎勿與語。」佛到,五人皆起作禮處。復北行六十步,佛於此東向坐,始轉法輪度拘驎等五人處。其北二十步,佛爲彌勒授記處。其南五十步,翳羅鉢龍問佛:「我何時得免此龍身?」此處皆起塔,見在。中有二僧伽藍,悉有僧住。
さらに恒水に沿って西へ十二由延行って、迦尸国の波羅㮏城に至った。城の東北十里ほどのところに、仙人鹿野苑の精舎がある。この園にはもともと辟支仏が住んでいて、いつも野の鹿が宿っていた。世尊が今まさに道を成じようとされるとき、諸天が空の中で歌って言った。「白浄王の子が出家して道を学び、七日の後に仏と成るであろう。」辟支仏はこれを聞いて、すぐに涅槃に入った。それでこの所を仙人鹿野苑と名づけたのである。世尊が道を成じられたのち、人々がこの所に精舎を建てた。仏が拘驎ら五人を導こうとされると、五人は互いに言い合った。「あの瞿曇沙門は、もともと六年のあいだ苦行して、日に麻の実一つ、米一粒を食べても、それでも道を得られなかった。まして人の世に入って、身と口と意を気ままにしているのだから、どんな道があろうか。今日来ても、けっして言葉を交わすまい。」ところが仏が来られると、五人はみな立ち上がって礼拝した。その所がある。さらに北へ六十歩行くと、仏が東を向いて座り、初めて法輪を転じて拘驎ら五人を導かれた所がある。その北二十歩には、仏が弥勒に記を授けられた所があり、その南五十歩には、翳羅鉢という竜が仏に「わたしはいつこの竜の身を免れられるでしょうか」と尋ねた所がある。これらの所にはどこにも塔が建てられ、今も残っている。その中に僧伽藍が二つあって、どちらにも僧が住んでいる。
3拘睒弥国
自鹿野苑精舍西北行十三由延,有國,名拘睒彌。其精舍名瞿師羅園,佛昔住處。今故有衆僧,多小乘學。從是東行八由延,佛本於此度惡鬼處。亦常在此住,經行、坐處皆起塔。亦有僧伽藍,可百餘僧。
鹿野苑の精舎から西北へ十三由延行くと、拘睒弥という国がある。その精舎は瞿師羅園という名で、仏が昔住まわれた所である。今も僧たちがいて、多くは小乗を学ぶ。そこから東へ八由延行くと、仏がもともと悪鬼を導かれた所がある。仏はいつもここに住まわれ、歩き回り、座られた所にも、どこにも塔が建てられている。僧伽藍もあって、僧が百人あまりいる。
4達嚫国 — 鳩の寺
從此南行二百由延,有國名達嚫。是過去迦葉佛僧伽藍,穿大石山作之,凡有五重:最下重作象形,有五百間石室;第二層作師子形,有四百間;第三層作馬形,有三百間;第四層作牛形,有二百間;第五層作鴿形,有百間。最上有泉水,循石室前繞房而流,周圍迴曲,如是乃至下重,順房流,從戶而出。諸層室中處處穿石,作䆫牖通明。室中朗然,都無幽暗。其室四角頭穿石作梯蹬上處。今人形小,緣梯上,正得至昔人一脚躡處。因名此寺爲波羅越,波羅越者,天竺名鴿也。其寺中常有羅漢住。此土丘荒,無人民居。去山極遠方有村。皆是邪見,不識佛法、沙門、婆羅門及諸異學。彼國人民常見人飛來入此寺。于時諸國道人欲來禮此寺者,彼村人則言:「汝何以不飛耶?我見此間道人皆飛。」道人方便答言:「翅未成耳。」
ここから南へ二百由延行くと、達嚫という国がある。過去の迦葉仏の僧伽藍で、大きな岩山をうがって造ったもので、全部で五層ある。いちばん下の層は象の形に造って、五百間の石室があり、第二層は獅子の形に造って四百間、第三層は馬の形に造って三百間、第四層は牛の形に造って二百間、第五層は鳩の形に造って百間ある。いちばん上に泉の水があり、石室の前に沿って部屋を取り巻いて流れ、ぐるぐると曲がりめぐって、こうして下の層にまで至り、部屋に沿って流れ、戸から外へ出る。どの層の室の中も、ところどころ石をうがって窓を造り、明かりを通している。室の中は明るく、暗い所がまったくない。その室の四隅には、石をうがって登る段を造ってある。今の人は体が小さいので、段を踏んで登っても、昔の人が片足を置いた所にやっと届くだけである。それでこの寺を波羅越と名づけた。波羅越とは、天竺の言葉で鳩のことである。その寺にはいつも羅漢が住んでいる。この地は丘が荒れて、住む人民がなく、山からごく遠く離れてようやく村がある。そこの人はみな邪な見を持ち、仏法も沙門も婆羅門も、さまざまな他の学びも知らない。その国の人民は、人が飛んできてこの寺に入るのをいつも見ている。そのため諸国の道人がこの寺に礼拝しに来ようとすると、その村の人は「おまえはどうして飛ばないのか。わたしたちが見るところ、ここの道人はみな飛ぶのに」と言う。道人は言いつくろって「翼がまだ生えそろっていないのです」と答えた。
5行けなかったので聞いたままに記す
達嚫國幽嶮,道路艱難,而知處。欲往者,要當賷錢貨施彼國王,王然後遣人送,展轉相付,示其逕路。法顯竟不得往,承彼土人言,故說之耳。
達嚫国は奥深く険しく、道が難しいので、知っている者でなければ行けない。行こうとする者は、銭や品物を持ってその国の王に献じなければならず、そのうえで王が人を遣わして送らせ、次々に引き渡しながら、その近道を教えてくれる。法顕はついに行くことができず、その地の人の言うところを聞いたままに記すだけである。