いにしえの文 › 北史 四夷伝(北史に記された四方の異民族の記録) › 全一巻

豆莫婁

北史 四夷伝(北史に記された四方の異民族の記録) 北史 四夷傳 · 李延寿 · 659年(唐・顕慶4年) · 段落 1 · 漢字 172字 · 朗読 0.7分

北史 四夷伝(北史に記された四方の異民族の記録) 全一巻 北朝の四王朝が見た東方。卵から生まれた朱蒙神話の完全な姿、長寿王百年の外交(婚姻の話と娘の死)、蓋鹵王の表文、そして勿吉・契丹・室韋・流求・倭まで十四の枝 — 隋の煬帝の滅亡を「徳を広げる者は栄え、土地を広げる者は滅びる」と結んでいる。

1豆莫婁

豆莫婁國,在勿吉北千里,舊北夫餘也。在室韋之東,東至於海,方二千餘里。其人土著,有居室倉庫。多山陵廣澤,於東夷之域,最爲平敞。地宜五穀,不生五果。其人長大,性強勇謹厚,不冠抄。其君長皆六畜名官,邑落有豪帥。飲食亦用俎豆。有麻布,衣制類高麗而帽大。其國大人,以金銀飾之。用刑嚴急,殺人者死,沒其家人爲奴婢。俗淫,尤惡妒者,殺之屍于國南山上,至腐,女家始得輸牛馬,乃與之。或言濊貊之地也。

豆莫婁国は勿吉の北千里にあり、昔の北夫余である。室韋の東にあり、東は海に至り、四方二千余里である。その人々は土着して、住まいと倉庫がある。山や丘、広い沢が多く、東夷の地域の中で最も平らに開けている。土地は五穀に適するが、五果は生じない。その人々は背が高く大きく、性質は強く勇ましく、慎み深く篤いので、侵し掠めることをしない。その君長はみな六畜の名で官を名づけ、邑落には豪なる長がある。飲食にはやはり俎と豆を用いる。麻布があり、衣の作りは高麗に似ているが、帽が大きい。その国の大人は、金銀でこれを飾る。刑の用い方は厳しく急で、人を殺した者は死に処し、その家の人を没収して奴婢とする。風俗は淫らで、とりわけ妬む者を憎み、これを殺して国の南の山の上に屍を置き、腐るに至って、女の家がはじめて牛や馬を納めることができ、そこで引き渡す。あるいは濊貊の地だともいう。