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地豆干

北史 四夷伝(北史に記された四方の異民族の記録) 北史 四夷傳 · 李延寿 · 659年(唐・顕慶4年) · 段落 1 · 漢字 99字 · 朗読 0.4分

北史 四夷伝(北史に記された四方の異民族の記録) 全一巻 北朝の四王朝が見た東方。卵から生まれた朱蒙神話の完全な姿、長寿王百年の外交(婚姻の話と娘の死)、蓋鹵王の表文、そして勿吉・契丹・室韋・流求・倭まで十四の枝 — 隋の煬帝の滅亡を「徳を広げる者は栄え、土地を広げる者は滅びる」と結んでいる。

1地豆干

地豆干國,在室韋西千餘里。多牛、羊,出名馬,皮爲衣服,無五穀,唯食肉酪。延興二年八月,遣使朝貢,至於太和六年,貢使不絕。十四年,頻來犯塞,孝文詔征西大將軍陽平王頤擊走之。自後時朝京師,迄武定末,貢使不絕。及齊受禪,亦來朝貢。

地豆干国は室韋の西千余里にある。牛と羊が多く、名のある馬を産し、皮で衣服を作り、五穀がないので、ただ肉と乳のみを食べる。延興二年八月、使いを遣わして朝貢し、太和六年に至るまで、貢ぎの使いが絶えなかった。十四年、しきりに来て塞を侵したので、孝文帝は詔して征西大将軍の陽平王頤に撃って走らせた。その後は時おり都に朝し、武定の末まで貢ぎの使いが絶えなかった。斉が禅譲を受けると、やはり来て朝貢した。