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烏洛侯

北史 四夷伝(北史に記された四方の異民族の記録) 北史 四夷傳 · 李延寿 · 659年(唐・顕慶4年) · 段落 2 · 漢字 220字 · 朗読 0.9分

北史 四夷伝(北史に記された四方の異民族の記録) 全一巻 北朝の四王朝が見た東方。卵から生まれた朱蒙神話の完全な姿、長寿王百年の外交(婚姻の話と娘の死)、蓋鹵王の表文、そして勿吉・契丹・室韋・流求・倭まで十四の枝 — 隋の煬帝の滅亡を「徳を広げる者は栄え、土地を広げる者は滅びる」と結んでいる。

1烏洛侯

烏洛侯國,在地豆幹北,去代都四千五百餘里。其地下濕,多霧氣而寒。入冬則穿地爲室,夏則隨原阜畜牧。多豕,有谷、麥。無大君長,部落莫弗,皆世爲之。其俗,繩髮皮服,以珠爲飾。人尚勇,不爲奸竊,故慢藏野積而無寇盜。好射獵。樂有箜篌,木槽革面而施九弦。其國西北有完水,東北流合于難水,其小水,皆注於難,東入海。又西北二十日行,有于巳尼大水,所謂北海也。

烏洛侯国は地豆幹の北にあり、代の都から四千五百余里である。その地は低く湿っていて、霧の気が多く、寒い。冬に入ると地を掘って室とし、夏は原や丘にしたがって牧畜する。豕が多く、穀と麦がある。大きな君長はなく、部落の莫弗が、みな代々これに当たる。その風俗は、髪を縄のように編み、皮の服を着て、玉を飾りとする。人は勇を尊び、よからぬ盗みをしないので、しまい方が緩やかで野に積んであっても、侵し盗む者がない。射と狩りを好む。楽には箜篌があり、木の槽に革を張って九本の弦を施したものである。その国の西北に完水があり、東北に流れて難水に合する。その小さな川は、みな難水に注ぎ、東へ海に入る。さらに西北へ二十日行くと、于巳尼大水があり、いわゆる北海である。

2先帝の旧い石室

太武真君四年來朝,稱其國西北有魏先帝舊墟石室,南北九十步,東西四十步,高七十尺,室有神靈,人多祈請。太武遣中書侍郎李敞告祭焉,刊祝文於石室之壁而還。

太武帝の真君四年に来朝し、その国の西北に魏の先帝の旧跡の石室があり、南北九十歩、東西四十歩、高さ七十尺で、室には神霊があって、人が多く祈り請うと申し上げた。太武帝は中書侍郎の李敞を遣わして告げ祭らせ、祝文を石室の壁に刻んで帰らせた。