第16章 — 帰根歸根
1空しくすることを極め、静けさを篤くする
致虛極,守靜篤。
空(むな)しくすることを極め、静けさを篤(あつ)く守る。
注 3
言致虛物之極,篤守靜物之真正也。
物の空しさを極みまで至らせ、物の静けさの真(しん)で正しいところを篤く守るという意味である。
得道之人,捐情去欲,五內清靜,至於虛極。
道を得た人は、情を捨て欲を去って、五臓が清らかに静まり、空しさの極みに至る。
守清靜,行篤厚。
清らかな静けさを守り、篤く厚く行う。
2万物はこぞって起こるが、帰りゆくさまを観る
萬物並作,吾以觀復。
万物はこぞって起こるが、私はその帰りゆくさまを観(み)る。
注 3
以虛靜觀其反復。凡有起於虛,動起於靜,故萬物雖並動作,卒復歸於虛靜,是物之極篤也。
空しさと静けさによって、その返り帰るさまを観る。およそ有は空しさから起こり、動きは静けさから起こる。だから万物がこぞって動き起こっても、ついにはまた空しさと静けさに帰る。これが物の極まった篤さである。
作,生也。萬物並生也。
作とは生じることである。万物がこぞって生じる。
言吾以觀見萬物無不皆歸其本也。人當念重其本也。
私は、万物がどれも皆その本(もと)に帰ることを観てとるという意味である。人はその本を重んじて考えるべきである。
3根に帰ることを、静けさと言う
夫物芸芸,各復歸其根。歸根曰靜,是謂復命。復命曰常,
そもそも物は盛んに茂るが、それぞれまたその根に帰る。根に帰ることを静けさと言い、これを命(めい)に帰ると言う。命に帰ることを常(じょう)と言う。
注 6
歸根則靜,故曰靜。靜則復命,故曰復命也。復命則得性命之常,故曰常也。
根に帰れば静かになるので、静けさと言った。静かになれば命に帰るので、命に帰ると言った。命に帰れば本性と生命の常を得るので、常と言った。
芸芸者,華葉盛也。
芸芸(うんうん)とは、花と葉が盛んなことである。
言萬物無不枯落,各復反其根而更生也。
万物は枯れ落ちないものが無く、それぞれその根に帰って再び生き出すという意味である。
靜謂根也。根安靜柔弱,謙卑處下,故不復死也。
静けさとは根を言う。根は安らかに静かで柔らかく弱く、謙(ひく)く下に身を置くので、二度と死ぬことがない。
言安靜者是為復還性命,使不死也。
安らかに静かであることが、まさに生まれ持った命に立ち帰って死なないようにすることだという意味である。
覆命使不死,乃道之所常行也。
命に帰って死なないようにすることが、まさに道が常に行うところである。
4常を知れば、明るい
知常曰明。不知常,妄作凶。
常を知ることを明(めい)と言う。常を知らなければ、みだりに事を起こして凶(きょう)となる。
注 3
常之為物,不偏不彰,無皦昧之狀,溫涼之象,故曰知常曰明也。唯此復,乃能包通萬物,無所不容,失此以往,則邪入乎分,則物離其分,故曰不知常,則妄作凶也。
常というものは偏りもせず現れもせず、明るいとも暗いとも言える姿が無く、温かいとも涼しいとも言える様子が無い。だから、常を知ることを明と言った。この帰りゆくことだけが万物を包み通し、受け入れないものが無い。これを失って進めば、邪(よこしま)がその分(ぶん)に割り込み、物はその分から離れる。だから、常を知らなければみだりに事を起こして凶となると言った。
能知道之所常行,則為明。
道が常に行うところを知ることができれば、明るいのである。
不知道之所常行,妄作巧詐,則失神明,故凶也。
道が常に行うところを知らず、みだりに巧みさと偽りをこしらえれば神明(しんめい)を失うので、凶となる。
5常を知れば、受け入れる
知常容,
常を知れば受け入れ、
注 2
無所不包通也。
包み通さないところが無い。
能知道之所常行,去情忘欲,無所不包容也。
道が常に行うところを知ることができれば、情を去り欲を忘れて、包み入れないものが無い。
6受け入れれば、公平になる
容乃公,
受け入れれば公平になり、
注 4
無所不包通,則乃至於蕩然公平也。
包み通さないところが無ければ、がらんと開けた公平さに至る。
無所不包容,則公正無私,眾邪莫當。
包み入れないものが無ければ、公正で私が無く、多くの邪も立ち向かえない。
公正無私,可以為天下王。治身正則形一,神明千萬,共湊其躬也。
公正で私が無ければ、天下の王となることができる。身の治めが正しければ形は一つになり、神明が千万となってその身に集まってくる。
能王,德合神明,乃與天通。
王となることができれば、徳が神明と合って、天と通じる。
7公平であれば、全うされる
公乃全,
公平であれば全(まっと)うされ、
注 1
蕩然公平,則乃至於無所不周普也。
がらんと開けて公平であれば、あまねく行き渡らないところが無いところに至る。
8全うされれば、天のようになる
全乃天,
全うされれば天のようになり、
注 1
無所不周普,則乃至於同乎天也。
あまねく行き渡らないところが無ければ、天と同じになるところに至る。
9天はすなわち道である
天乃道,
天はすなわち道であり、
注 2
與天合德,體道大通,則乃至於極虛無也。
天と徳を合わせ、道を体として大きく通じれば、極まった虚無に至る。
德與天通,則與道合同也。
徳が天と通じれば、道と一つになる。
10道は長く続く
道乃久,
道は長く続く。
注 2
窮極虛無,得道之常,則乃至於不窮極也。
虚無を極みまで突き詰めて道の常を得れば、尽きることが無いところに至る。
與道合同,乃能長久。
道と一つになれば、長く続くことができる。
11身が尽きるまで、危うくならない
沒身不殆。
身が尽きるまで危うくならない。
注 2
無之為物,水火不能害,金石不能殘。用之於心則虎兕無所投其齒角,兵戈無所容其鋒刃,何危殆之有乎。
無というものは、水も火も害することができず、金も石も傷つけることができない。これを心に用いれば、虎や兕(じ)もその牙と角を突き立てるところが無く、矛や刃もその切っ先を当てるところが無い。何の危うさが有ろう。
能公能王,通天合道,四者純備,道德弘遠,無殃無咎,乃與天地俱沒,不危殆也。
公平でありえ王でもありえて、天と通じ道と合い、この四つが残らず備われば、道と徳が広く遠く、災いも咎も無く、天と地とともに尽きるのだから、危うくならない。